貴方と私の家族の話・前



車窓に切り取られた景色は、遠くのものほどよく見えた。
連なる山々や、その上空を行く雲はほとんど動かずに、ゆっくりと遠ざかる。

その風景は手前に近づくほどに、形を失っては目にも留まらぬ速さで駆け抜けて行った。

そして一番近くにあるもの。
目の前にあって、息をするもの。
それは、それはーーーーー。






『間も無く府中宿、本町、ーー』

ほとんど乗客のいない車内に、ボソボソとしたアナウンスが響いた。
内藤新宿に始まり甲州街道をたどって田舎道を突き進んでいる。

目指すは、日野。

先刻まで響き渡っていたガキ共の声も、今は穏やかな寝息の他に聞こえるものはない。


「…」


俺は目の前に座るひときわでかいガキに目をやった。

リボンで結った髪、頭から生えたように見える背中に背負った刀、そして横長の機械で隠れた顔。

女は両手でその薄型の機械を持ち、凄まじい速さであちこちのボタンを連打していた。

そして切り裂く刃の音に混じって、時折生々しい血しぶきの音や肉が削げる音、そしてボルボロスの飛ばす岩石の音が小さく漏れているのだ。


紛れもなくモンハンである。



「おい加恋、顔が近えぞ。いい加減にしろ」

肘掛に腕をついてそう言うと、加恋にしては消極的な、生返事に近いテンションの反応があり、わずかにゲーム機を顔から遠ざける。

出発が決まってからというもの、ずっとこんな感じだ。

「わかってるな?」という俺の念押しにすっかりやる気を削がれたようで、この数日彼女は完全に第2の顔、廃人ゲーマーの姿へと変貌を遂げていた。

なにを「わかってる」というのか。



『姉貴の前で彼女ヅラするべからず』。

俺と加恋の間の不文律だった。

俺は加恋との関係を姉上には話していないし、話すつもりもない。

彼女だと言えば、おれは姉貴の前で加恋といちゃいちゃのラブラブカップルを演じなければならなくなる。

恋人と報告した女に冷淡な態度を取ったり、恋人らしいそぶりも見せないような様子でいたのでは、姉上に不審がられ、心配させてしまうからだ。

そんなことがあっていいのだろうか?いやそんなはずはない(反語)。

ただでさえ体の弱い姉上、これ以上心配かけるわけにゃいかないんでぃ。

かといって、いくら姉上のためでもこいつといちゃいちゃするなんておれは御免被るので、だったら最初から交際の事実を消してしまえばいいというわけだ。


が、そうは問屋がおろさないのが加恋の方だ。

恋人ごっこの解消令を出されてすっかり意気消沈した加恋は、仕事が終わっては部屋にこもって我を忘れるように攻略に勤しんでいるようだった。


ゲーマーといっても何をどんな顔でどのようなプレイをしているのか、俺はその様子をきちんと知らない。

加恋が俺の部屋に遊びにくることはあっても、その逆はないからだ。
だから、こいつが部屋にこもると俺たちの交流は途端に減少する。


(だが俺は知ってますぜぃ…)

眉間にシワが深く刻まれる。


俺は知っているのだ。

諦めたそぶりをみせているが、それも全てフェイクであることを。


そう、こいつはそんなことでいちいち元気をなくすようなタマではない。

まあ要するに、落ち込んだふりをしているのだ。
が、いかんせん演技が下手すぎる。

俺との旅への嬉しさが隠しきれていないし、やる気満々でその荷物の中に積まれた本たちの存在もよーく知っている。

そう、タイトルは…


『彼氏の家族に気に入られる7つの方法』
『伝統作法これでまるわかり』
『地球の嫁入り道』
などなど、
その他多数。


俺は身震いした。
戦慄だ、鳥肌ものだ。

この女、確実に俺との距離を外堀から埋めてくつもりだぞオイ!

改めて加恋の顔を確認した。
目は真剣にゲームの画面を追っているが、俺にはそわそわした空気が丸わかりだ。

しかも髪には一段と艶がある気がするし、爪はつるつるに磨かれて、短く切り揃えられている。


何度でもいうが、俺はこの女が一番怖い。

とっっても非常識なところがあるし、そのくせわからないことや知らないことを、こういうアナログな方法で勉強しようとするからタチが悪いのだ。

しかも、すぐ真に受ける性格ときた。

こいつ、姉上にあって早々「ふつつかものですが…」なんて言い出すんじゃないだろうな、むしろその可能性しか浮かばなくてすごくイヤだ。


あぁ、本当にイヤだ!
頭を抱える俺を、電車は容赦無く故郷へと運んでゆく。

ここにきて、実家へ連れてくこと、交際解消を言い渡したこと、全てにおいて相手のぶっ飛び具合が一枚上手をいっている気がして、その全部を後悔し始めている俺だった。


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