貴方と私の家族の話・前



「っあーー疲れた…」

見慣れた風景が朱に染まっている。
遠くに連なる山が暗く険しく色を刻んで、まもなく日が落ちることを訴えているようだ。

「これで今日の予定はおしまいだね」

行き先の住所が記されたリストを見ていた加恋が顔を上げて笑いかける。

土方の生まれに近い場所をめぐり、引き連れていた子供達の数も随分と減った。

今では、チヨとその弟の2人だけだ。

「ねー、私たちはどこ行くの?」

「2人の預け先はここから少し遠いから、今日は一旦隊長のお家に行って泊めてもらおうね。」

加恋の手を引いていた彼女にそう声をかけると、姉弟は沖田の顔を覗き込んだ後、顔を見合わせてわあっとはしゃいだ。

「うおー、隊長さんのおうちだぜ!」
「きっと忍者屋敷みたいに仕掛けがあるわ!いじめるための!」

「てめーら人のことなんだと思ってやがんでィ」

「も、もーすぐ隊長のおうち…!」
「おめーも改まってリップとか塗るな!何しに行くつもりだホントに!」

ふいに。

垣根の角を曲がった道に、白い花の揺れる仕草が世界から音を奪った。

後ろの3人が足を止めるのがわかる。



「…総ちゃん?」

その女性は、沖田の生き写しのような顔をしていた。

もし沖田が女に生まれていたら、こんな女性になったのだろう…
いや、それだけは到底足りない。

そう思わせるような、手の届かない美しさがその人にはあった、と、加恋はのちに思った。

それはまるで、穢れを知らない百合の花のように。


「アネウエーーーッ!」


驚いたのは次の瞬間だった。
荷物がどさどさと落ちる音がしたと思うと、黒い影が瞬きのうちに女性の方へひとっ飛びだ。

「たっ、隊長ォーーー!お土産がァ!」

地面に散乱した東京名物・しんせんぐみクッキー(まがい物である)を必死にかき集める加恋。

だから言ったのだ、そんなに買ってどうするのだと!その始末がこれである。

「たっ、隊長さんどーしちまったんだ…?」
「何か悪いものでも食ったのかしら…」

半分くらい真面目にドン引きしている2人を引きつり笑いで見やりながら、加恋はもう一度麗しい男女に視線を戻した。

(ミツバさん…)

もちろん、なにも初めて会うわけではないのだが、こんな閉鎖的な空間で寝食を共にするのは初めてなのだ。

ひとつ呼吸をすると、意を決して歩み寄る。


「こっ」

こんにゃちは…

歯切れの悪いつぶやきが響いて、加恋はあっ噛んだと口を抑える。


「…加恋ちゃん、よね?ひさしぶりね、まぁこんなに可愛らしくなって…こんにちは」

ミツバは口元に手をやり、ゆったりと微笑んで見せた。

その惚れ惚れするような優美さにすっかり見とれながら、何かに操られでもしてるかのようにぼんやり喋る。

「あの、わたし…
いつもお世話になっています、たいちょ…おき、総…

……隊長さんの部下の者です、よろしくお願いします」


「何回いいなおすんだよオマエ、頭悪いなぁ〜っ」

しかも結局隊長かよ、とツッコミをいれる弟の頭を、チエはだまってひっぱたいた。

沖田はというと、もはやそんな(元)彼女の言動も気にならないといった様子で、ただにこにこと姉の周りにまとわりついている。

不思議な時間が始まろうとしていた。









「今日はゆっくりしていってね、なんのお構いもできませんけど…」

殺風景な畳の居間に置かれたちゃぶ台に、一同は集まっていた。

やってきたミツバさんは、大きなお盆に茶碗や取り皿を乗っけている。

「ごめんなさいね、4人って聞いてたから…量が多くなるからあまり大したものは作れなかったの」


申し訳無さそうに配膳していくミツバさんがちゃぶ台に乗せてる料理に、子供2人はよだれをたらしていた。

ざっと部屋を見た感じからしても、やはりあまり裕福な家には見えなかった。
加恋は、いつの日か立ち聞きしてしまった隊士たちの話を思い返す。

『沖田隊長は、給料の大半をシオクリに…。』

立ち上る湯気を見つめる顔が、無意識に神妙な表情になる加恋だった。


「いっただきまーす!」

声を揃えて箸をとった2人に、加恋と沖田も手を合わせる。

「わーいおみそしる!」

木製の器に注がれた暖かな湯気を放つ味噌汁を手に取る子供達も加恋に、ミツバはにこにことこんなことを言う。


「ふふ、腕によりをかけて作ったのよ。わたしの得意の一品なの。
みんなのお口に合うといいのだけど…」


何かがおかしい。

味噌汁を口に含んだ3人は、器に口をつけてすすったままの状態で完全停止していた。

(あれ…なんか…)
(なんか…味噌汁って…)

((味噌汁って、こんなに辛かったっけ!?))

「うっ、ゲッホゲホ!」
「かっ、カラッ…かッ…」

突如咳き込み始めた3人に、まぁ大変とミツバが心配そうに立ち上がる。

訳もわからず涙目でむせかえっていた3人は、ふと机の向こう側で絶対零度の視線を向けている人物に気がついた。

その男の、目が言っている。


『お前ら、わかってるよな?』


「(いやいやいやいや何もわからないわよ!)」

「(うぅ、辛い…そうだ…ミツバさんって辛党を通り越した辛党、一種の味覚異常者だった…)」

「(なにこれ!コレ無理、俺無理!なにこれ化学毒殺班!?!)」

目に涙をためて、必死にアイコンタクトで会話をする3人を見て、ミツバの顔には不安げな色がともる。

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