正義の話・後
「ちょっと、何よこれ」
腕を組んだ銀時は憮然として怪訝そうだ。
向かいに座っていた加恋はぱん、と手を顔の前で合わせて言う。
「銀ちゃんごめんネ、加恋ドジ踏んで全部バレちゃったの」
「いやいや加恋ちゃんそーゆー話じゃないのよ、このトンデモ食品は一体なんなのかって話してんの」
「土方スペシャルだ。」
加恋のとなりで綺麗な顔をたいそう険しくしてタバコをふかしていた土方が、やっと口を開いた。
そのわきで、トシくさーいジュドー喫煙反対〜っと加恋が煙を一生懸命銀時の方へかからないように仰いでいる。
「いやいやお巡りさん食べ物粗末にしちゃいけないよ?誰もこんなスペシャル求めてないからね。
あ、お姉さんすみませーんチョコパフェひとつ!」
手を上げてウェイトレスを呼び止める銀時をみて、オメーに土方スペシャルの良さはわかるめぇと鼻で笑う土方。
こんな時ばかり加恋を味方にひきこみにかかる。
「どーだ加恋、うめぇだろ?」
「トシ〜ごめんね、もうワンちゃんとかネコちゃんの餌は食べちゃダメって隊長に言われてるんだ」
銀時が飲みかけていた水をブッと吹き出す。
無邪気で悪気がないぶん数段タチがわるかった。
何だこれ?奢ってやったのにこの敗北感…という土方の切ないつぶやきは加恋の耳には入っていないらしい。
「あ待っておねーさーん、わたしお子様ランチがいいな。ハンバーグの方ね」
「かしこまりました」
頭を下げて去っていくウェイトレスをみながら、銀時は顔をしかめる。
「ちょっと、お子様ランチって子供しか頼んじゃいけないんじゃねーの?」
「わたしはじょうれん客だからいいのっ。あのお姉さんいつもにこにこ注文とってくれるから好き」
そういえば、この前沖田といるのをみたのもこのファミレスだったと銀時は数日前のことを思い出す。
「沖田くんは今日いないんだ?」
「隊長は仕事入ってるから。わたしもお仕事だったけど、トシが銀ちゃんしめるっていうからわたし止めに来たのよ」
「人を悪役みてーにいうな。」
元はと言えばお前たちが勝手な真似をしたのが原因だろう。
ぴしゃりと言われて肩をすくめる加恋。
その仕草で大方予測はついた。
切り出されるであろう嫌な事件の話を銀時は待っていた。
それは頼んだ料理が出てくるまでのしばらくの間だったが、妙に長くも感じられるのだった。
「…本筋に入るが、総悟たちに吹き込まれたことは全部忘れてくれ」
パフェとお子様ランチが運ばれてきたところで、土方はそう切り出した。
スプーンに伸びかかっていた銀時の手がとまる。
「…都合のいい話だなオイ
その感じじゃオメーもあそこで何が行われてるか知ってるんだろ?」
大層な役人さんだよ。
銀時は、目の前の犯罪に無視を決め込もうとしている彼らをそう揶揄した。
「無視じゃねー、いずれうちが潰すさ。だがまだ早ェ。
てめーらみたいな小物が歯向かったところでどうこうなる相手じゃねんだ。ウチだって下手打てば潰されかねん」
土方は、バックについている天道衆という組織について一通り説明をした。
事実上、この国の実権を握っている者たちだ。
「トシ…全部わかってたんだね」
近藤さんには言うなよ、と、誰かと同じ釘の刺し方をする土方をみて加恋は困ったように笑った。
同時に加恋は自分の言葉を悔いた。
『銀ちゃんならーー』。
軽々しく言う台詞ではなかった、沖田の態度は土方さんとまったく同じで、それは全て近藤さんを一心に守ろうとする彼らの共通の姿勢なのだ。
(それをちゃんとわかろうとしなかった。私、まだまだだね)
ハンバーグをつつきながら、加恋は無性に沖田に会いたいと思った。
あの目を見つめて、口に出さずに気持ちを込めて、キスをして、ぎゅっと抱きつきたい…。
「いでっ」
「あっ、トシごめんね」
ぼーっとしていたためか、不意に加恋のヒジが土方のヒジに当たった(ダジャレではない)。
銀時はぼんやりそれを見ていたが、次の瞬間はっとする。
「え、加恋ちゃん左利き?だよね?」
そう。
それは左利きと右利きが、利き手を内側にして並んだ場合起きる現象だ。
利き手が隣合わせのため、食事の際などに腕がぶつかるのだ。
「おまえ…直せって総悟に言われてんだろ、叱られるぞ」
「えへへ…ごはんのときだけ。ひみつね」
口元に指をあてて誤魔化すように笑う加恋。
「直せって?沖田くんが言ってんの?」
「うんそー。ほら、剣は左だとよくないんでしょう?」
「うーん、まあ一理あるんだけどさ…」
通常、武士に左剣士はいない。
しきたりとして、左利きの者も剣に限っては右利きに矯正される。
理由は様々だが、左利き右帯刀では並んで歩くとき他の者と鞘がぶつかってうるさい…など、慣習面を考慮して右で持つよう訓練するのがセオリーなのだ。
「でもぶっちゃけ俺も昔そのへんのゴロツキどもとヤンチャしてたときは左利きのヤツもちらほら見たことあるよ。
まあ土地柄もあるだろうが、なんつーか、沖田くん意外と古典的っつーか、頭固いとこあんのね」
へー、左の人もいるんだ!
加恋は顔を輝かせて銀時の話を聞いていた。
近頃は右でものを食べるようにし、剣も右で握って沖田と稽古をしている加恋だが、いかんせん矯正の時期が遅かったためか、時折癖が出ている。
土方はため息をつきながら、それでも沖田に告げ口はよしておいてやろうと心に決めた。
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