正義の話・後



銀時と別れたあと、土方と加恋は2人で屯所への帰路についていた。

日が傾き、朱にそまりつつある道を歩く。

「ったく…面倒ばっか起こしやがって。
よりによってあのヤローに知られたなんて、厄介極まりないぞ。」


銀時は不思議な男だ。

普段はやる気のなさばかりが目につくが、一度その心に何かを宿せば、彼を止められるものは何もないーーーそう思わせる意志の強さ。

彼の生き方は、空を行く雲のように自由にもみえるし、意地でも地面から抜けない雑草のように頑固にも見えた。

「銀ちゃんは人というものを巻き込んでいく存在なんだよ。
ヒーローなんだ。
私たちが知らせなくても、もしかしたら…。」

加恋のかいかぶった言葉に、土方は直接は何も返さなかった。

「加恋」

ただ短く言う。

「この件は、お前が思っているより根が深い。」

加恋は足を止めた。

顔にはわずかに不安げな色があらわれていて、その幼い表情に土方は自分の言動を少し後悔する。

だが事実だった。
土方の「イヤな勘」だ。

「…道信、とか言ったか。
あの和尚にはウチからも見張りをつけてやる。

だが天道衆の息のかかったものが既にマークしている可能性もあるから、最低限のものになるが…」

「トシ…」

「それで我慢しろ。
屯所着いたらおとなしく総悟の帰りでも待ってるんだな。」

これ以上面倒ごと増やすなよ、と付け加えられた。
勝手な行動はするなと、暗に釘を刺されたのだ。

だまって頷く。

それから屯所に着くまで、2人は何を話すでもなく、夕日を背中に負いながら細い道を黙々と歩くのだった。

不気味なくらい、真っ赤な夕暮れの中を。



************


目を開けると、暗闇の中で声がした。

隊長の帰りが遅く、早めに床についたから、体感では眠りだしてから数時間は経っている気がした。
布団を握りしめたまま、声を出してみる。

「だれ?」
「俺だよ」

その心が跳ねるような甘い声を聞いて、わたしはばっと布団をはねのける。

「隊長」

夜に、しかも就寝後に隊長がみずから自室に来てくれることなどそうそうない。
私はすっかり嬉しくなって、目を凝らしてその姿を見つけた。

「なーになーに、遊びに来てくれたの?隊長、わたしね」

「バカ」

遮るように、ぎりっと腕を掴まれた。
その力があんまりに強くて、わずかに眉が寄ってしまう。

「た、隊長?」
「…なにか上着羽織ってすぐに来い」


鬼道丸が死んだ。

闇の中で発せられたそのことばが、呪いのように時を止めた。

今なんて言ったの…

死んだ…?

「なん、」
「とにかく来い。」

低く言い残して立ち上がった隊長に慌てて着いていこうとすると、どんと肩を押し返される。

「上に羽織って来いっつったろィ!」

少し大きい声を出されてひるんでしまった。

そうだった…えっと、なにか羽織るもの…

「んな薄着で部屋の外ふらふら出歩くもんじゃねーぜ。気をつけろ」

語気は強かったけど、最後の言葉だけは諭すような優しさが少しだけ穏やかで。

だまって従おうと思った。
大人しく夜着のうえに薄い羽織をかけて、私は突然の通告に乱れ出した胸を落ち着けながら後をついていく。

「…場所は?」
「和尚の寺からそう離れていねーが…甲州街道をたどっていたらしい」

「それって…」

隊長の顔色を伺う。
江戸から甲州街道方面をたどれば、隊長たちの故郷の方へ向かうことになる。

「道信さんは、夜逃げするつもりだったんだね…」


しかし、死んでしまった。
もう説明はいらなかった。

トシの言う通りだった、この事件はそう簡単な話ではなかった。
彼の読みの通り、もうすでにマークがついていたんだ。

そして逃げた。
だから殺された。口封じのために、ケジメのためにーーー。

「それでも逃げたくなったんだ…正しくて眩しい道に、どうしようもなく惹かれたんだ」

私の言葉に、廊下を先行していた隊長は足を止めた。

「あのな、言っとくけど…
俺たちが関わろうが関わるまいが、あの和尚はいずれ逃げたに決まってるぜィ」

まっすぐ見つめてくる、隊長の瞳にはぶれがない。
うん、と私は頷いた。

わかってる。

「でも行かなきゃ。あのちびちゃんたちが…しんぱいだよ」

追い越して走り出した私を、隊長は一瞬ひるんで見ていたけど、すぐに制止の声をかけて追いかけてくる。

私たちは、現場へ急行した。

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