縛られる自由








自由って、何にも縛られないことなんかじゃない。










ある日のこと、私は神楽坂にある御用達店で買った最中を抱えて、インターホンの前に立っていた。

うきうきとそのボタンを押し、鳴り響いたチャイムの音にそわつきながらも家の主の出迎えを待つ。

ガラスの引き戸が、音を立てて開かれた。


「あっ、銀ちゃ…」

「何しに来たアルかアホ女」

ぱっと笑顔になりかけてた顔は、口を開けたまま固まった。

てっきり出てくると思っていた大柄の銀髪男ではなく、それは可愛らしい中華少女が登場して、私の思考は一瞬止まる。

「びっくりした、神楽にゃんだぁ!」
「その呼び方やめろって言ってるアル!」

ぐわっと食ってかかって来た勢いに負けて、わかったわかったと手を振ってしまう。

「じゃあ、なにか新しい呼び名を考えようか」
「結構アル」

「えーつまんない、特別な呼び方考えよーよ。私にしてくれるみたいに!」

目の前の少女は目を見開いて、「特別な呼び方?」と心底不審げな顔をこちらに向ける。

「うん、私のこと他の人と違う呼び方するでしょ。バカ猫〜とか、アホペット〜とか」

「ちょっと待つアル、まさかお前…」

相手はそこで絶句してしまった。
今度は私が怪訝な顔をする番だった。

「どうしたの?」

顔を覗き込んで尋ねるけど、無言で見つめ返されたまま。
程なくして、はぁーというため息とともにひと一人分だけ開かれていた引き戸が全開にされ、こんな言葉がふってきた。

「神楽でいいアル」
「え?」

「ふつーに、神楽って呼ぶヨロシ!」

そっぽ向いた顔を見ることはできなかったけど、ぶっきらぼうな言い方の中にどうしようもないかわいさが滲んでいて、私は笑顔が咲くのを感じながら大きく頷いた。

「うんっ、わかった神楽ちゃん!」
「結局ちゃん付けアルかまぬけ猫」

軽口を叩きながら神楽ちゃんは部屋の中に入ってゆくので、入室を許可されたのだととって私もあとにつづいた。

「なんだ、珍しい客だなァおい」

間延びした声がして、私はすぐに居間へと飛び込んで手を振る。

「銀ちゃーん!来たよ」
「ちょっと、なになに、何もってんのソレ!その右手の袋!」

「あ、これ前銀ちゃんが言ってたおかし」

袋から猫の形をした最中を取り出して、「このピンクのふくちゃんが白あんで、白いくるちゃんはね、こしあんね」と1つ1つ出しながら説明すると、そばから神楽ちゃんが奪って口に放っていった。

「うまいアルぅう〜モナカってどこで買っても同じだとか思ってた自分が憎いアル、貧乏しみついた生活にすっかり洗脳されてたアル!」

「ちょーっこれ俺が言ってたってもうスゲー前じゃん!覚えてたの!?

よしよし加恋ちゃ〜ん、オマエは出来る子だよ、今にいい嫁さんになれるよ」

銀さんが保証しまぁす!と髪をがしがしと撫で回され、私はくすぐったさに身をよじりながらも「およめさん…」と素敵な妄想のお花畑に意識を飛ばしていた。

素敵なドレスを着た「およめさん」のわたしには、もちろん隣に大好きな隊長という王子様がいるのだ。
そうに違いないのだ。

「お前ほんとおめでたい頭してるアルな、奴のどこをどうみたらそんなお気楽な未来予想図描けるアルか?

天下のドリカムでもさすがにカムトゥルーできないドリームもあるってもんネ」

「まあまあ神楽ちゃん、いいじゃないの本人が嬉しそうにしてるんだから」

お盆にお茶を乗せてきた新八くんは、わたしの前に湯呑みを置くと律儀にお礼を言ってくれる。

笑顔でうなずくと、最中をこれでもかというほど頬張った銀ちゃんが、ソファに座っているわたしの後ろから顔を覗き込んできた。

「んでー?何用よ、珍しいジャン」
「あ、うん、この前のお詫びにね」
「詫びィ?」

記憶喪失の一件で、わたしはどうもデリケートになっていた銀ちゃんを追い込むきっかけを作ってしまったらしい。

神楽ちゃんに詰め寄られた時は新八くんがフォローしてくれたけど、それが本当なら謝りに行きたいと思っていた。

「つってもなぁ、おれあんま覚えてねーし…記憶も戻ってるしな」

お前が気にするこたぁなんもねーよ、と頭に手が置かれて、わたしは心が不思議に落ち着けられていくのを感じた。

大きな手から、ぬくもりが伝わるのが心地よい。

「つーか、この前来た時はなんの用事できたんだ、もしかして依頼?」

ふと尋ねられて、私はぶんぶんと首を横に振った。

「全然、依頼とかじゃなくて…その、ちょっと銀ちゃんに話したいことがあったから」

「なんだ、相談か?なんでも聞くぜ」

椅子を引いて来て腰掛けようとする銀ちゃんに、私はあわてて手を胸の前で振った。

「ううんっ、もういいの!大したことじゃなかったの、それはまた、今度で」

そう言ってにっこり笑うと、銀ちゃんは一瞬だけ、私の目をじっと見つめた気がした。

けれどその目はすぐに伏せて笑うと、いつもの調子で頭をかきながら言う。

「いつでも聞いてやりますよォ。お代はキッチリもらうけどな」
「えっ、一回いくらなの?」

銀ちゃんはぐっとマジメな顔を近づけてくると、驚く私を見てニヤッと口角を上げるとこんなことを言うのだった。

「一回につき、梅花亭の菓子1個でどーですか、お嬢サン」




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