貴方と私の家族の話・後
「あのっ、ミツバさん手伝います!」
「あっコラ加恋!」
台所に立っているミツバさんを目ざとく見つけたわたしは考えるより早くその隣にシュタッと駆けつける。
そわそわとこのタイミングを伺っている間ずっと私を不審者を見るような目向きで見張っていた隊長は、私が立った瞬間体を震わせて制止の声をかけた。
でも聞こえないふり。
一方腕まくりをする私に、ミツバさんはとても嬉しそうな笑顔をむけた。
「まあ加恋ちゃん、いいの?」
「はい〜!」
辛党味覚音痴と家庭力崩壊女が掛け合わさったら死しかない…
などと隣でぶつぶつよくわからないことを呟いていた隊長が気がかりではあったけど、でもこんな機会滅多にないしいいよねっ。
ミツバさんの隣に立って作業の指示を聞く私は、ふと視界の端に隊長が写って目線だけ後ろに向ける。
(あれっ)
隊長は机につっぷしている。
「もう終わった…俺の命はねぇ…まさかこの天下御免の沖田総悟様の死因が毒殺たぁね…神様もびっくりでさぁ…」
呪詛みたいな低い声がつらつらと聞こえてくる。
きちんと聞こえなかったけど、なんだかコミカルに弱っている隊長が可愛くておかしくて、私は久しぶりに声を出して笑った。
ミツバさんが、「うん?」と笑顔でこちらを向いて、隊長も少し驚いたように顔を上げて私をみている。
「ふふふ」
トマトを持っていた利き手の代わりに口を右手の甲で抑えながら、私はなんだか面白さをこえられなかった。
隊長が、色んな顔を見せてくれる。
モデルみたいにすました綺麗な表情、媚びを売るような甘えた表情、羽を伸ばしてみせる弱った顔。
どれもこれも、私が引き出せたものではないけど。
その瞳の先にいるのは、私なんかじゃないけど。
(わたし、大好き…)
隊長が大好きだ。
冷たいあなたが、優しいあなたが好き、理屈ではないーー
他のどんな人にだって感じられない、胸が踊るような恋心をわたしは隠してたって忘れたりしない。
ミツバさん、ごめんなさい。
あなたの大切な家族に、わたし、不相応にも恋してる。
わたしほんとは、素性がバレたら困っちゃう。
だってわたしの生きてきた場所はあまりに汚くて卑しくて、だからわたしもなんの役にも立たない、ただのモノを知らなすぎる小娘だから。
私隊長に釣り合ってないの、ミツバさん。
「加恋ちゃん、トマトはくし切りでお願いね。」
優しく教えてくれるミツバさんに従いながら、少しそんなことを思っていた。
小一時間ほど経って、すべての品を作り終えた私たちは今の机にそれを運び切った。
隊長はまたお姉さん向けのにこにこ笑顔を引っ張り出して、美味しそうです姉上と手を合わせている。
「じゃー私も、いただきまーす」
3人で囲う食卓は不思議な感じがした。
ミツバさんは私の知らない「真選組」を語ってくれた。
近藤さんは昔から豪傑な人で、ミツバさんは楽しいことを求めて何かとついて行っていたこと、幼かった隊長とも子供同士のように遊んでくれたこと、
正反対に見える土方さんと近藤さんの、悪友めいたつるみが微笑ましくもあり羨ましくもあり、何度見ていても飽きなかったこと。
近藤さんの道場は次第に人が増えて行っても何か金の影が薄く、火の車家計だったらしいこと。
それでも賑やかになって行って、やがて旅立ち、今の真選組になったこと…。
私はまるでドラマチックな映画でも見ているかのような気分で、そんな真選組の前史を楽しんでいた。
話は自然と現在のことに移って行く。
箸もだいぶ進んだ頃だった。
「それでね私、総ちゃんに言ったのよ。
加恋ちゃんってかっこいい子よねって」
そしたらこの子がよくわかりましたね、なんていうからね…
ミツバさんがくすくす笑いながらそんな事を言ったとき、ご飯を口いっぱいに含みながら私は目を丸くした。
ごくんと飲み込んで口を開く。
「えーっ、わたしかっこいい?隊長がそう言ったの?」
本人の方を思わずぱっと見ると、まるで知らん顔して話を聞いている風でもない。
なにも聞こえないようなすました顔で、お味噌汁をすすっていた。
「…そんなこと言われたことないですよ」
こそこそと口元に手を当ててミツバさんに囁くと、ミツバさんは可愛らしく目をまるめたあと、「えぇっそうなの?」となぜか嬉しそうに答えた。
隊長、もしかしてきこえないふりしてるのかな?
ミツバさんとそんな話をしてたなんてつゆも知らず。
私は同じようにみそ汁をすすりながら、ちらちらと隊長の顔をこっそり覗くのだった。
(なんか恥ずかしいな)
私の知らないところで、私のことを話したりするんだ、隊長って。
てっきり一緒じゃないときは、私の存在なんて抹消されてるんだとばかり思ってた。
「ねーね、隊長わたしのこと他にどんな風に話してくれたの?」
お茶碗を持ったまま、首を横に向けて身を乗り出しながら聞くわたしに、隊長は相変わらず静かな顔で言う。
「さぁなんだっけねィ」
「総ちゃんはね、加恋ちゃんは女の子らしくて可愛くて守ってあげたくなる感じだと言ってわ」
えっ!とわたしが思わずミツバさんの顔を見るのと同時に、ゴハッとみそ汁でむせる音がして、隊長は盛大に咳き込み始めた。
「えっ隊長がっ、そう言ったんですか!」
「ちっげーよ!」
真っ赤な顔で振り向いた隊長は、思わずと言ったかんじで鋭い口調で突っ込んできた。
違いますよ、と言い直して、怒ったように訂正を始める。
「姉上、それは周りの奴らが普通はそう言いますって話で、俺の意見とは無関係なんですよ!」
「あら、そうだったかしら…」
腕を組んで考えるお姉さんに、隊長はその後も一生懸命説明をしていた。
わたしはそれを、ドキドキしながら見ている。
ミツバさんの勘違いだったけど、聞いた瞬間びっくりしてびっくりして、でも「ほんと!?」って思う気持ちが、わたしの胸を高鳴らせたんだよ。
それからもたくさんお話ししたね。
隊長のこと、ミツバさんのこと、わたしのこと。
その楽しい団欒の食事はまるで小さな家族の食卓のようで。
楽しい時間はあっという間に進んでゆく。
自己紹介でもするみたいに、いろんな事を話したけど私 こんなに包み隠さず話そうとしたこと、あまりなかったなってふと思う。
隊長は何も聞かないから、私もなにも話さずここまで来た。
けれどここで今、少しずつお互いについての「知ってること」を増やしているこの時間には、きっと、きっと何かの意味があるんだって…
私、信じてるの。
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