貴方と私の家族の話・後



夜の深まりに引き連れられて、時間は刻々と過ぎて行く。

風呂上がりにくつろいでいた私のところへ、ミツバさんが声をかけてきた。

「あのね、加恋ちゃん…寝てもらうお部屋なんだけど」


ミツバさんは申し訳なさそうに、昨日と同じ部屋でいいかと聞いてきた。

後ろで隊長が飛び跳ねる気配がする。


「ミツバさんっ!!」

私はというと、お姉さまの元へすっ飛んで行き、その手を握ってきらきらと顔を見上げる。

「全然っ、かまいません!!」

「ごめんなさいね、私と同じ部屋だと咳で夜中に起こしてしまうかもしれないし…

でも昨日は子供達がいたから良かったけど、ほら総ちゃんの部屋だから…年頃の女の子が総ちゃんと2人きりでも申し訳ないかしらと思ったんだけどね」

首をふるふると振りながら、全く問題はないということを全力で伝える。

背後の隊長はもう呼吸を忘れて口をパクパクさせていた。

ふふふ隊長、ダメよそんな顔したって。



今夜、隊長の実家のお部屋で隊長と2人っきり…

私の恋路を、もう誰も止められないみたい!













「なんでこうなったんでィ!」

バフッと顔面に当たった枕が、信じられないくらいの威力を持って私を後方へ吹っ飛ばした。

真っ赤になった顔をさするけど、こんなことでくじける私ではないのだ。
なにせ私はもう隊長と同じ部屋にいて、布団までくっつけて敷いちゃったんだから。

「まあまぁ〜決まったことは仕方ないよ、2人の一夜を楽しもっ、ね?」

ぴとっと腕に寄り付くと、全力で振り払われるいつものいたちごっこ。

「言っとっけど、俺の安眠妨げたらただじゃおかねーからな」

布団に潜り込みながらどすをきかせてそう言う隊長。

亜麻色の可愛い髪が、布団からぴょんと出ている。


「うんうん、邪魔なんかしない。加恋いい子にしてる」

「そうか…

で、お前のいういい子っていうのは、床についてる人間の布団に無理やり潜り込んで人をこの上なくイラつかせる奴のことなのかィ?」

隣に横たわっている隊長と、バチっと目が合った。

見つめあって、数秒。


にっ、と笑顔を見せると隊長は盛大に舌打ちをして思い切りわたしを蹴飛ばした。

「いだだっ」
「ジャマ!」

私はあっけなく布団の外へ放り出された。

「ちょっと隣でお話ししようと思っただけじゃない〜」

腰をさすりながら私は仕方なく、電気を豆電にする。

「…ねー、そんならせめておやすみのちゅーちょうだい」

甘えた声でねだってみるけど、隊長からは冷めた寝息しか聞こえない。

静けさに息をついて、一度自分の布団の中へもぐった。

もぞもぞと体勢を整えて、収まりの良い場所を見つけたのちに何度か呼吸をする。



しかしもちろん、諦めたわけではない。

私はじりじりと布団の中で移動しながらもう1つの寝床へたしかに近づいて行く。

暗がりでよく見えないけれど、私は野生の瞳をらんらんと光らせて目を凝らすのだ。

いる。
目の前にきっといる、大好きな人のぬくもりを感じながら私はその存在をしばらくこっそりと堪能していた。

聞こえるか聞こえないかくらいの、かすかな呼吸の音が耳に届いて胸が締め付けられるようにきゅんと鳴る。

そっと、手を伸ばした。


(たいちょう)

まだ寝るわけないでしょって、驚かそう、この手でそのすやすや息をたててる肩をつついて、起こしてやろう。
どきどきしながら指を出した。

隊長起きて、まだ寝ない。
寝たくないよ、隊長起きて…


「っあ」

ぱしっと、掴まれたのは私の指。


「隊長」

短く呼ぶ声が途切れて、布団の海の中で私は二度三度ひっくり返った気がした。

「っは、たいちょ…」

気がつくと布団が剥がされて、私は仰向けになっていた。
両の手首が縫い付けられて、ビクともしない体の上に人がいる。

隊長だった。

私を見下ろして、着流し姿の隊長が暗闇で私を押さえつけてる。
その瞳がどんな表情をしているのか、それを判断することはできない。

ぎゅっと、私の手首を締め付ける力が強まった。

前にもこんなことあったな。屯所で、隊長の部屋で…。

「隊長」
「……」

「痛いよ…」

つぶやくみたいにそう言ってみると、私を捕まえていた手がわずかにゆるめられた気がして息を飲む。

「加恋」


彼の顔が、近い。

頭を右側に傾けながら覗き込むようにして私に鼻先を近づけて来た隊長の目は、思っていたよりもずっと甘い光をたくわえていて、わたしは驚きに身を固める。

私をゆったりと捉える目が、優しくて甘い。

あ、だめだ私…
目をじんわり細めながら回らない頭でぼんやりそう思いながら。


私はキスをされた。

柔らかい唇を押し付けるだけの、そっけなくてクールで、それでも見つめる瞳がとってもロマンチックなキス。

こんな風にくちづけをしてもらえるなら、こおりの刃で千度刺されたって構わない。
そんな様に思える一瞬だった。


「ん、は…うそ、ゆめみたい…」
「何言ってやがる」

暗闇の中で笑う気配がして、ぴんっと額を弾かれる。

「いだっ」
「おやすみのチューだろ」

ねだったの、おまえだろ。
不憫なやつだなと言わんばかりに、隊長は可笑しそうにそう言った。

「うん、私がお願いしたの…」

そっと、隊長の硬い胸に手を置いて頬を寄せる。
手のひらから伝わる筋肉の感触が、私の鼓動を速めている気がした。

ここで寝てもいい?
と小さく聞くと、「勝手にしなせぇ」と想像した通りのことばで呟かれた。

夢見た通りに2人で1つの床で寝れたら、銀ちゃんや神楽ちゃんや、土方さんたちに思い切り自慢しようと思っていたのに、いざ本当にその幸せがおとずれると私はこの時間を誰にも渡したくないと頭のすみで思った。

秘密にしたい。
私と、隊長だけの…ううん、こんな幸せな気持ちは私だけのひみつだ。


その夜、私は隊長にぴったりよりそったまま、魔法にかけられた様にころりと眠りの世界に誘われた。

朝が来るまで一度も目覚めない、寝てる間に何が起こるかなんてもちろん知らない。

そんなおだやかな眠りをずっと、ずっと…。



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