正義の話・後



朝から下り坂だった天気は、昼近くにはジメジメとした雨に変わっていた。

銀の糸がつるつると垂れる窓の景色を眺めながら、銀時はつぶやくように言う。

「嫌な雨だ。」

なにもこんな日に、そんな湿っぽい話持ってこなくてもいーじゃねェか…。

ぎゅっ、と体育座りをした足を腕で締め付ける神楽を、向かいに座っていた加恋が気遣わしげに見つめる。

「そいつァすいやせん。一応知らせとかねーとと思いましてね」

沖田と加恋は朝から現場と屯所の往復を繰り返したのち、事の顛末を万事屋に報告しに来ていた。

新八と神楽にいたっては同じく道信を見張っていたようで、彼を守りきれなかったことを相当悔いているように見える。

「てめーらのせいじゃねえさ。野郎だってそれなりの結末は覚悟してたよ」

銀時は2人に声をかけた。

その声は、身内にだけ見せる優しさをしっかりと含んでいる。

「ガキどもは俺らで引き取り手を探しまさァ。情けねーが、俺らにできるのはもうそれくらいですからねィ…」

かたん。

物音がして、一番扉に近い位置に座っていた加恋ははっと顔を戸口へ向けた。

入り口の引き戸が開かれる。

「っ、てめーら…!ここには来るなって言ったろィ?」

ぞろぞろと入ってきた子供たちを見て沖田が驚きの声をあげた。

心苦しかったが、銀時たちを頼りにここに来ることを予想した上で、それはしてはならないと伝えてあった。

頼まれたら、この子供たちが依頼をしに来たらーー。
その切なすぎる未来は簡単に予測がついたからだ。



「ねえ、お兄ちゃん…頼まれたらなんでもしてくれるんだろ?」

先生の仇を、仇をうってよォ…!!


わぁっと響きだした泣き声に、神楽と新八の顔がぎゅっと ゆがんだ。

なんて悲しい光景なのだろう。


ひときわ小さな男の子が、銀時の机の前までやってくる。

「これね…さっき、あの女のひとにもらったの…宝物だけど、僕にあげるって。

これ、大人のひとにもすごいお宝になるってことでしょ…?」

男の子が差し出したのはドッキリマンシールだった。

それはいつしか、沖田が加恋へのご褒美にとあげたやかん大王のレアシール。

無表情でだまっていた加恋がぴくりと眉を動かした。

沖田ははっと目を見開いて…わずかに眉を寄せる。


「これあげるから。お願い。お願いにーちゃん
僕たちにとっては…先生は…せんせい、は…」

子供達は、鬼道丸としての道信の悪行に勘付いていた。
しかしそれでも納得などできないのだ。

彼らにとってはかけがえのない父親…それはどんな罪でも汚せない、尊い事実だったから。


沖田と加恋は顔を見合わせた。

そして沖田は、ぐっと目を閉じて心を鬼にする。

「…いい加減にしろ、お前ら。もう帰んな。」

穏やかに言い聞かせた。

加恋も珍しく神妙な顔で、普段からはおおよそ想像のつかない静かな声で子供たちの前にしゃがみこむ。

「ね、おねーちゃんとあっちに行ってよっか。大丈夫、大丈夫だから…」

近くにいた年端のいかない小さな女の子が数人、大きな目に涙をためて加恋を見上げる。

「大丈夫だよ…一人じゃないから…」

そっと抱きしめると、その幼女たちを中心に再び大きな鳴き声が広がってゆく。
それはまるで、淀んだ水に輪をかけてゆく波紋のように…。

銀時は、意を決した面持ちで勢いよく立ち上がった。


「ガキども…」

その声に、子供達は一瞬体を震わせる。
しかし。


「俺も集めてるぜ、ドッキリマンシール。

こいつのためならなんだってしてやるさ」

小粋にウィンクまでこぼして。

戸口へだまって進んでゆく銀時を…一同は目玉がこぼれ落ちそうなほどの表情で見つめていた。

「っ、本気アルか銀ちゃん!」
「解せねーな。わざわざ死にに行くってのか」

いつの間にか入り口に待ち伏せたように土方が銀時に投げかけた。

酔狂としか言いようのない、究極のロマンティズム。

しかし土方の揶揄に、銀時はいつだってまっすぐ答えるのだ。


「行かなくても、俺は死ぬんだよ。」

坂田銀時とは、そういう男だった。


「魂が、折れちまうんだよ…」

守るべき物も護れずに命を永らえたとしても、それは死んだのと同じこと。

そうでないなら、死んだとしても価値のあること。


銀時は、己のために死ぬのではない。

鬼道丸が、いや道信が信じた生き方を、なぞらえるために死にゆくのだ。

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