正義の話・前
「えー夢とはいかなるものか…持っていても辛いしなくても悲しい。
しかしそんな茨の道さえ己の拳で切り拓こうとするお前の姿…」
感動したぞぉおおお!
赤いチャイナ娘がマイクをリングに叩きつけるのを、連れの二人は真っ青な顔で見ていた。
「ヤバイよ俺知らない、知らない」
「僕も知らないよ銀さんのしつけが悪いからあんななるんでしょ」
「何言ってんの新八…子供の性格は3歳までに決まるらしいよ」
2人は格闘技が行われていたリングに乱入し大乱闘を繰り広げる神楽を見て見ぬ振りしようと、会場を抜け始める。
せっかくの休日に、厄介に巻き込まれるのはもうごめんなのだ。
我先にと進もうとする2人はしかし次の瞬間、聞き覚えのある声にふと脇を見た。
いや、見てしまった。
「あ」
亜麻色の髪をした青年が、リングに向かって叫んでいる。
その横で、三角巾を頭に巻きサングラスを被った怪しげな少女がパンフレットを凝視していた。
なぜ少女とわかったかというと、着物が明らからに女物だったらだ。
銀時たちは、その女が誰なのかももちろんわかっていた。
「お、沖田さん加恋さん…」
口をぱくぱくさせる新八に気がついて、着流しの沖田がこちらを向いた。
「ありゃ、旦那たちもこんな色気のないとこでデートですかぃ、奇遇ですねィ」
も、って…こいつらデート中?なのか?
ほほが、ぴく、と引きつった新八であった。
「やー非番がかぶってたんでね、たまにゃ2人で出かけるかってことになって、大好きな格闘技見に来たんでさァ」
「なんでそこまでいって格闘技に落ち込んだわけ?途中までいい流れだったじゃん、そのまま遊園地とか行けばよかったじゃん」
大会がおひらきになり、一行は会場に面した神社の石段で一息をついていた。
死んだ目を向けてそう言い放つ銀時に、鳥居に寄りかかった沖田はちっちと指を振る。
「だめだなー旦那、女子格闘技の魅力をなーんもわかっちゃいねえ。女どもが醜い顔で掴み合ってるとこなんて爆笑モンでさァ。
俺らにとっては外せねぇ娯楽なんすよ」
そらお前のサド気質にかなってるだけだろ!
と言いたい一同だったが、さっきから一言も喋らずに沖田の脇に腰を下ろし、パンフレットにマルしたりバツしたりと、なにやら熱心に書き込んでいる加恋の様子を見るとなにも言えない。
なにあの子ガチ勢じゃん、しかもなんか選手の写真の横にコメント書いてるじゃん、マジじゃん。
「え、ていうかあのォ、おたくの隣にいる子って加恋ちゃんであってます?」
「ほかのどこのどいつとこんな休日に2人でほっつき歩くっつーんですかぃ」
「あ、やっぱデートなんだ」
独り言のようにつぶやいた銀時をぐいっと引っ張って、おもむろに神楽が前に出てくる。
「いっしょーケンメやってる人を笑うなんてサイテーアル。真剣勝負の邪魔するよーなやつらに格闘技見る資格なんてないネ!」
「明らかに邪魔してたやつが言うんじゃねーよ。」
銀時が頭をはたく。
いたーっとそこをおさえる神楽に、沖田がかったるそうに投げかけた。
「おぅチャイナがいたか。そうだな、お前もちょっと付き合えよ」
「ハ?」
「もーーっとおもしれぇ見せ物があんだよ。」
鳥居から腰を離し、石段を降り始めた沖田。
後ろを振り返り、くい、と銀時たちを指で率いる。
「旦那がたも来てくだせぇ。見りゃわかりますよ」
3人は顔を見合わせた。
沖田は鳥居のところに腰を下ろしたままの少女に数段低い声をかける。
「おい、行くぞ。オメーが言い出したんだろ」
その赤い目を、意味ありげに鋭く光らせる沖田だった。
四角い空間だった。
それは異様な雰囲気を醸して、銀時たちさえ渦巻くようにそこにある。
「こいつァ…」
どういうことだ、と言う風に銀時は沖田を見やる。
「言ったでしょ、面白ぇ見世物でさぁ。」
煉獄関…。
怪しげな格好をしていた少女が、ここで初めてそう呟いた。
サングラスをかけたまま、どこを見ているのかもわからない風貌でその眼下に広がる世界に顔を向けている。
はるか下に、大柄の男が2人対峙していた。
「ここで行われてるのはね、銀ちゃん。正真正銘、ホンモノの殺し合いよ」
刹那、向き合っていた男のうち1人が倒れる。
酷いほどの血しぶきをあげて、もうすでにただの肉塊だ。
鬼の形相をした男の持つ棍棒が、黒々と血塗られている。
「勝者、鬼道丸!」
ワアッと沸き起こった歓声に地が揺れる。
万事屋3人はそれを呆然と眺めていた。
「こ、こんなことが…」
「賭け試合か…」
銀時の目が細まる。
「この時代、侍が稼いでいくのは容易じゃねぇ…まああんたがたには身に染みてわかる話でしょうが」
「オイ殺されてーのか」
銀時が中指を立てるが、全く取り合わずに柵にもたれてこう続ける沖田。
「命知らずの浪士たちがこうして命の取り合い演じてるんですよ。
しょーもねー話だが、真剣での斬り合いなんざそうお目にかかれるモンじゃねーのも事実でさァ。そこに賭けまで絡むとあっちゃ…。」
その呆れた実態は、ここ一ヶ月、加恋が調べ尽くしたことだった。
見回り中や日々のぶらつきから存在をかぎつけた沖田は加恋にだけこの怪しい影の話をした。
沖田も関心の及ぶ範囲で調べを進めていたが、加恋もよほど暇だったのか、あっとゆーまに所在、実像、その構造までを密に調べ上げたのだ。
けれど彼女は終始不服そうにも見えた。いや、正確には、本当はそう思ってるのではないかと予想できる、というだけだ。
彼女が不満げな様子を外に出すなど、天と地がひっくり返ってもありえないことからだ。
けれどこの件について、沖田はひとつ自分でも納得できないことを彼女に課した。
「ちょっと沖田さん、あんた達それでも役人ですか?明らかに違法じゃないですか、コレ」
「…役人だからこそ手が出せねぇ」
胸糞悪いもの見せるなと神楽に掴まれた胸ぐらを正しながら、沖田はそう呟いた。
「…幕府も、絡んでるってゆーのか」
「残念ながら、俺らの主人は骨まで腐り落ちてるらしーです」
自由なあんたらがうらやましーよ。
沖田が加恋に課したこととは、まさにこれだった。
沖田はこの異様な、激しく法に触れるタチの悪い見世物の存在を教えながらも、これが公に漏れることがないようにも指示をした。
『近藤さんにも?』
見上げてきた加恋の瞳を思い出すたび、おれはこいつをそばに繋いだことを後悔する。
近藤さんにもだ。
そう告げた時の、こいつの顔。
あぁ、イライラする。殺してやりたい。
そうだ、俺たちは自分たちで望んで真選組となり、自分たちで望まない形で真選組に成り下がった。
下手を打てばこちらも潰されかねない。
俺たちは正義のために生まれたというのに、真選組の言う正義とは、腸の煮え繰り返るような悪事を目の前にしても、粛清一つできないようなものだったのだろうか。
もちろん沖田自身は、正義などというこっぱずかしいもののために真選組になった覚えはさらさらない。
だが、こんな矛盾を認識していても目をつぶれるほど大人にもなれなかった。
それが大人だというのなら、俺は一生、大人になんてなれなくていい。
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