正義の話・前



「あー食った食った」

「ねえ隊長、そういうのって食べ終わってから言うものだと思うの」


つい数分前、約束していたファミレスでのフルコース(ナンだそれ)を味わったばかりだ。
にもかかわらず早くも団子にかぶりついている沖田に、重なる出費を受け財布の中を計算していた加恋はそう声をかけた。


「わりいねぇ給料日近くてさ」


声色だけはいかにも残念そうだが、沖田が給料日前ならその隣で眉間にしわを寄せながら苦手な計算に悪戦苦闘している加恋も同じくである。

それをわかってて言いのけるのが、沖田総悟という男なのだ。


「エート、引く、120だから…−1400円?」

「おまえさぁどういう計算してたら毎度毎度所持金がマイナス圏に突入するわけ?」

「っもーできない!デンタクがいい!隊長のケータイかしてよぉっ」


沖田の右ポケットに文明の利器が入っていることを知ってる加恋は手を伸ばす。

しかしそれは、ひょいと身体をひねる沖田の器用な動きによって阻止された。

「たまにゃ頭使いなせぇ」
「隊長ーいじわる〜〜!」

「頭使わなすぎるとな、脳がいらないって判断した部分から血流止まっちまう…って話知ってるか?」
「エ"ッ!」


目をひん剥いて ばっ!と両手で頭を挟んで加恋は立ち止まる。

沖田は顔が見えないのをいいことに、前を見ながらそれは意地の悪い笑みを浮かべていた。

(頭わり〜〜)


これがホントなら今頃加恋の頭は全面貧血、脳梗塞状態だ。

もっとも、それは前を行く栗毛頭の青年にも当てはまる事なのだが。



「お前、団子くわねぇのかィ」

「うん…隊長食べていいよ」


というか、そんな自分の買うお金もう残ってないんですけどネ…というささやかなつぶやきは沖田に届くことはない。



沖田自身は意図してやっているわけではなかったが、彼の「給料日前」、と言う言葉に加恋は弱かった。


かれの給料の大半が、振り込まれると同時に「シオクリ」というもののために瞬時に消えていることを、加恋は知っていたからだ。


昔、宴会のときたまたま居合わせた隊士たちの話を耳に挟んだのだ。

沖田隊長はその実力で若くしてとんでもない高給取りだが、その多くを高額なシオクリにつぎ込んでいると。

言葉の意味がわからなくて、忍び込んだ副長室の、付けっ放しのパソコンから慣れない手つきで辞書を引いた。

『生活を援助するための金品を送ること』。

そのときの、ざわざわした気持ちを加恋は忘れない。


のちに彼がたった一人の姉とともに育ったこと、その姉も病弱で、今やその唯一の家族を守れる者は沖田自身しかいないことを知った。

加恋は、何も聞かなかったが沖田は金持ちなわけではないのだろうと察するようになったのだ。


給料前と言われると、どうにもいつもに増して財布の紐が緩むのであった。

沖田に対してのみであるが。



「はぁ〜どうしよ…加恋って今まであんまりあたまつかわなかったかも…もう血止まってるかも…」

「オイそんなことよりさぁ」
「そんなこと!?」

沖田は次の見回りをどうするか尋ねてきた。

このままコース通りに行くかどうかということだ。


「っま、先の夏祭りの騒ぎ以来攘夷活動の動きも若干穏やかだしな。
このままでいいか」


のんきに最後の一つの団子にかぶりついた沖田だが。

その足を、名前を呼ぶ加恋の声が止めた。


「あ?なんだよ」

加恋の顔は先ほどとは打って変わって真選組隊士のそれになっており、目はしっかり沖田を見据えている。

「実は気になってるところが。」

その表情に、沖田はぴくりと眉を動かす。

「…どこだよ」


加恋はその問いに直接は答えなかった。

代わりに、ちらりとその翡翠の瞳を右手の路地に向けて目配せする。

何を、と言いかけた沖田は次の時口をつぐんだ。


加恋の白魚の指が、自らの陶器のような頬をツゥ、と引っ掻くようになぞったのだ。

沖田はハッとして頭の中に瞬時に地図を引いた。かぶき町から、西に外れて神社の方へ、さらに超えて町の外れに…。


なるほど。
沖田は自分のペットがただの警察犬ではないことを改めて認識した。


にっと口だけでする加恋の微笑みは、もちろん天真爛漫な光を振りまき濁りがない。

だがその端に、ほんの僅かに勝気な不敵さをのぞかせていた。


人差し指を頬に滑らす仕草は、「そこに傷のある者」を暗に示すジェスチャーである。

沖田は口が自然と釣り上るのを感じた。

「下品なやつやも、いるもんだよな」

「オヤクニンさんが、上品のなんたるかを教えてあげよう」


赤い目を獰猛に光らせて路地裏に消えてゆく沖田の半歩後ろで、加恋はニコニコ笑って無邪気につぶやく。

二人は暗い細道に吸い込まれ、その姿はすぐに通りから見えなくなった。

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