放し飼い



夢を見た。

夜の任務に備えて部屋でごろ寝をしていた。
夏の昼下がり。

炎天下の道が蜃気楼でゆらいでる。

私は目をひそめるけど、ゆらゆら姿を歪める世界は一向にはっきりした輪郭を持たない。

その中にひとひらの光が舞い降りる。

黄金のそれははかなげに宙を舞い、蝶のように羽をはばたかせて鱗粉を撒き散らす。

遠くに誰かがいた。

知らないような、それでいて懐かしいようなその影はゆらぎながらこちらを振り向くのだ。

蝶の光がその人物に舞い寄り、その派手な着物の柄となる、その顔は、顔はーーーー



「あ、起きた」


端正な美青年。

目を開けた私は、ゆっくりと瞬きをしてその姿を確かめた。

死んだかと思ったぜィ、とその人は無表情でのぞきこみながらそんなことを言う。

自分の腕を枕にして横たわっていた私はゆっくりと体を起こした。


「あれ…もう時間?」

「いやァ早いに越したことぁねえだろィ」


せっかくの祭だしな、と伸びをしながら携えた刀に手をやる。

寝ながらも抱えるようにしていた赤い鞘の刀をとり、飾り棚に置いてあるもう一振にも目をやる。

「なんだお前、ふた振揃えるつもりか?」

「うーーん…」


将軍のお守り、って土方さんは言ってたよね。

将軍様がどんなお人か私は見たことないけど、武士は将軍家に使えるもの。そう本で読んだ。

私たちにとって神様みたいな人、ってことじゃないだろうか。


「この任務すっごく大切な気がする」

「やめとけ、気負うほどお荷物だぜィ」

「わたしはいつも気負ってるよ?」


隊長がいる限り、わたしは隊長も、隊長の大切なものも全て守らなくてはいけない。
それだけが私の仕事だもん。

「じゃあ今日の祭は俺の警護してくれんのか?」


隊長の瞳が悪い光を宿して、口角をにやっとあげる。


自分の顔がぱっと明るくなるのがわかった。


「もちろん…、もちろん!
お望みとあらば!」

「じゃ命令だ。今日一日俺の祭遊びに尽くせィ」


はいっと嬉々として返事をし、脇にずしりと重い刀を横たえた。

手を胸にやってひざまずく。


悠然と見下ろす隊長とひれ伏す私の間を、大きく傾いた夕日の光が眩しく割っていた。


所変わって、江戸川の脇にて。


「なんとか間に合いましたね!」


河原にずらりと並べられたカラクリの大軍を前に、新八は息をついた。


「まぁ所々問題はあるけど」


なんとかなった、とジイさ…平賀源外は息をつく。


「てか、そもそもてめーらがこなけりゃこんな手間はかからなかったんだよ!」


新八、神楽、銀時を恨めしそうに指差し「このスットコドッコイ!」と手伝ってやった貧乏三人組に対してなんとも酷いことを抜かす。

銀時はうざったいとでも言いたげに大げさなため息をついた。


「公害ジジイ偉そうなこと言ってんじゃねー!

俺たちゃお登勢のババアに言われて仕方なく来てやったん…」


銀時の言葉はじゃらんっという気前のいい音に遮られた。

その幸福の音に過剰反応した新八と神楽はしゃがみこむ。

「源外さん、コレ…!」

「最後のメンテナンスがあるんだよ、邪魔だから祭でもどこでも行ってこい」


源外の言葉は半分も届いてなかった。
だってこんな大金とんとおめにかかっていないのだ。

神楽などはもう銀時の手を引いて、早く早くと賑やかな祭囃子の方へ駆け出していた。

新八は頭を下げる。


「ありがとうございます平賀サン!」

「ふん」


鼻を鳴らしてすぐに向こうを向いてしまった源外の、その顔がうつむき気味で、駆け出しかけていた足が止まる。

なんか源外さん、カラクリ大好きなのは見てて伝わるくらいなのに、どうしてあんなに寂しそうな顔してるんだろっか。

新八は頭を傾けた。

…まあ僕らが知る由はないんだけど、さ。

それにしてもあのカラクリの大軍。なんでも将軍様にお目見えする予定らしいのだが、こんな庶民のどんちゃん騒ぎに将軍様が来てるってこと?

なんか嫌な予感がする。
ただしくは、嫌なやつらに会う予感しかしない、のである。


新八はしぶしぶ二人の後を追って、暗がりの夕日の元に灯る提灯の明かりの列に飛び込んでいった。

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