あなたに一生仕えます
隊長はなにも言わずにだまってそれを聞いていたけど、目だけはわずかに色を変えていた。
私の中を全部見ようとするときの目だった。
「剣がなくっちゃ、真選組の隊士でなくちゃ、私は隊長も、過去もいまも、未来も全部をなくしちゃうよ。
私の…」
「いらんこと考えるんじゃねェ。」
ふっと視界が突然暗くなり、隊長の手が私の目をふさいでると気づく。
「余計なもの見るなよ。剣が鈍るぜ」
その真っ暗の中で、私はとてつもない量の出来事をその一瞬で見た。記憶のかけらが頭の中で、数え切れないほど蘇る。思い出と呼べるもの、よべないもの。
「…隊長、手を外してよ」
「そう言われると外したくなくなるのがSってもんだぜ」
「隊長、外して、抱きしめて」
隊長がドエススマイルをやめるのがなんとなくわかった。
視界が明るくなる。
「仕方ねぇなァ」
真っ白な世界で、そこでは、隊長が腕を控えめに広げていた。
「おら、来い」
ちょっと優しめなのは、二人きりだから。そういうことも意外とちゃんと頭に入ってる加恋は、遠慮せずそこに飛び込んだ。
「隊長」
「なんでィ」
よしよしと頭を撫でられた。それがれ気持ちよくって、いつも隊長に身を委ねる。
隊長が、想像もつかないほど優しい手でなでるから。
「…一生仕えます」
「いい覚悟だ。」
朝の部屋に互いの声が短く響いた。
腕の中に私をおさめただけだだった隊長が、私の体をちゃんと抱きしめる。
隊長っていっつも同じ匂いがする。
白檀のように甘くていい香り。
しばらくぼーっと何もしないし何も考えなかった。
「…加恋」
「加恋さーーーん!います?」
すぱーんと襖が開いて、山崎の能天気な声が空間を打ち砕く。
ちょっとびっくりして隊長の腕から身を起こした。
しかしわずかに間に合わず、その現場をバッチリ確認してしまったようでザキはあたふたと青い顔をした。
「わわわスミマセン!お取込み中でしたかすいまっせん!!」
小さい音だったけど、隊長の舌打ちが聞こえて、あららと何だか肩身がせまくなってしまった。
隊長が不機嫌な気配をだすので、ザキに向き直って明るい声を出す。
「おはよ〜ザキ〜、今日も一段とザキより背中の霊の方がオーラ放ってるね〜!」
パチパチと褒め称えるとザキが噛みつくように叫んできた。
「褒めてねーからそれ!
てかまって、え?いるの?俺の後ろいるの!?ちょっ加恋ちゃん助けて!」
「おいザキ、ノックもしねぇで女の部屋に入るとは何事でェ…」
「わわわ沖田さんスミマセン!あんまり女と思ってなかったです!」
「あ、それもそーだな」
「あれれ〜ちょっと、何かおかしいぞ〜」
自分がバカにされてるのだけは何となく感じて間に割って入った。
「で、何の用だ」
「ちょっと待って隊長、私のせいべつについてまだ話しが…ぶっ」
顔を手で押さえ込まれる。私をまる無視して2人は会話を続行させてゆく。
「いえなんか、『昨日の件』で土方さんがお呼びなんですけど、なにかありました?」
「うわマジかぃ、奴のマヨネーズ全破棄したのもうバレやしたか」
「あんた怖いもの知らずですねホント」
ザキは呆れ気味に返すけど、隊長の飄々とした言葉が真実を語っていないこと、私にはもちろんわかっていた。
今は事情を知ってるから見抜けるけれど、こんな息をするように上手に人をだませるのなら、私は今までなんどもこの人にたまされてるのかもしれない。
優しい嘘は、人を守る嘘だ。
自分の守ろうと思ったものをまもる、それが侍魂だとして、嘘さえそのための手段にする。正義のため悪役に徹する不器用な隊長を、ずっと見てきた。
真選組は、ここは、そんな不器用な男の人たちの集まりだって、私はおもってきたんだ。
「だいたいな、あれは存在自体が迷惑行為なんでぇ。な、そうだろ?」
「い、いや、俺はなんとも言えませんけども、」
「答えろ、そうなのかそうじゃねぇのか?」
「いや、えぇ、そう思いますけども…」
「ほぉ〜、俺をどう思うんだ山崎ィ、ん?」
低い、この場には不自然な声がする。いつのまにか、部屋のそばに影がもう一つできていた。
「ふっふっ副長ぉぉぉ」
「おっせーから様子見に来たら何談義だコノヤロー山崎切腹だゴルァ!」
「いやなんで俺だけーー!?」
白い刀を容赦無く抜き取って激昂する副長に、縮み上がったザキが隊長の後ろへ飛ぶように隠れた。
3人でぎゃあぎゃあと、人の布団で騒ぎまくる様子をわたしはにこにこ見つめていた。
これが平和だというのなら、私たち「ケイサツ」の仕事はなんて誇り高いものなんだろうって本気で思う。
こんななんでもない日が、続いていくために私たちの剣がある。
わたしの剣がある……
剣が大事かなんて質問は、答えるまでもなくてお門違いだ。
女だろうが子供だろうが、関係ない。
下着泥棒も強姦魔にも、わたしを女だと侮らせはしない。
なめられてるのなら…
わたし、もっと強くならなくちゃ。
今日の朝の中で、私はわたしなりに決意を新たにした。
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