怖くないよ



「そうだ!蓮くんこれあげる」

深い思考に沈んでいた俺は加恋ちゃんの無邪気な声に引き戻された。


「ドッキリマンシール…?」
「この前の討ち入りのあと隊長が買ってくれたの。でもやかん大王がかぶったから一個あげる」

ゆびでつまんで差し出す小さなステッカーを受け取る。
子供じみた安っぽいイラスト。これが噂のドッキリマンシールか……

しかしこれを買ってやる沖田さんもなんか想像に難いな。苦笑する。

「これを、沖田さんがくれたわけ?」
「うん、約束してたんだー。
ちゃんと仕事したら、シールと…」

はっとしたように加恋ちゃんは言葉を切った。


「…シールと、なに?何もらったの?」

するとほんの少しばつがわるそうに、顔を赤らめて目は右往左往。

その様子を見てぴんときた。…わかりやすい子だ。

「なに、ひょっとしてキスとか?」

すると途端にかあっと顔を赤らめ、しかし騒ぐ風でもなく静かに目を閉じると照れたように、うん、と頷く。図星か、可愛らしい。

「ごほうび」

隊長は頑張ったらくれるんだー、とすこし笑って。

あぁ、この子は平気なんだきっと。
この子には、あの人がいる。
第3者のおれからみたってなぜかそう思えるのだ。

さわやかな風が俺と加恋ちゃんの間をふわりと割った。
その空気にのるように、すくりふわっと立つ加恋ちゃんの大きなりぼんが可愛らしく揺れる。


ぼんやり重なる、黒い影。亜麻色の髪。居ないはずの姿と彼女のたたずまいが見せた不思議な空間は、どこか独特の世界観、そしていつもの風景をどこか知らない場所に思わせるにおいを持っていた。

(そうか、この二人って、ちょっと似てるんだ)

うすくくちびるを開いて、しばらく見つめ。おれはとても穏やかなきもちだった。


「おー?蓮じゃねえかぃ」

のんびりと間延びした声がして、通りに目をやる。

「沖田さん!」
「隊長お!」

椅子から腰を浮かせた俺とそれより早く跳び跳ねてその隊服にとびついた加恋ちゃん。

沖田さんはその背中を軽く手で押さえるようにして受け止めると顔をあげ、こちらに笑いかけた。

「すまねえな、仕事中に」
「いえいえ!暇っすから」

どうぞ、と差し出した団子をさんきゅーさんきゅーと受け取りかぶりつく。

「たいちょう警邏帰り?」
「まーな」

抱きついたまま見上げて尋ねる加恋ちゃんに団子をほおばりながら沖田さんはうなずいた。

「おめーは今日は非番か」
「うん」

ゆっくりと頭を撫でられて気持ち良さそうに目を細めてこたえる加恋ちゃん。

最近蓮んとこ入り浸りすぎじゃねえのかィという声にそんなことないと歌うように返している。

「いつもわりぃねえ」
「いえ、楽しいですから」

にっこりと言うと、沖田さんは苦笑した。

「たのしい、ねぇ〜。
こいつうっとーしくねぇか?」

「いえ、そんなことは」

「遠慮しなくていいぜ、あんまうるさかったら無視していいからな」

お前も仕事のじゃますんなよ、加恋ちゃんに投げ掛ける。

「邪魔してないモン!」
「へーへー。
そろそろ帰るぞ。夕方は会議だ」

「うん」

「世話んなったな」
「いえいえ!またいらしてくださいね」

駄々をこねたすえに、片手を沖田さんの右手に握ってもらった加恋ちゃん。

空いた右手を俺にひらひとふる彼女の頬はほんのり染まっている。

心になにかあたたかいものが流れてきたのだ。

その重なる二つの影はまるで兄妹のような、恋人も部下上司も越えたなにか強いものを秘めているように見えたから。

そっと微笑むと、串の散らばった皿と湯飲みをお盆にのせ、彼も暖簾の向こうへ姿を消した。


怖くない



怖いどころか、本当に怖いのは、本当はーー。

加恋の本性とはなんなのか。
こんな様子で本当に真選組で隊士として機能してるのか?

どこまでいっても純真無垢な美少女の、このあどけない姿が本当の姿なのか?

周りの人間にとって一番の関心ごとであったが…。

その真実が明らかになるのは、もう少しだけ、先の話だ。



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