怖くないよ



口の端をきゅうっと上げ、にひひと笑った顔が俺を出迎えた。


「こんにちは加恋ちゃん」


かわいい着物だねと屈んで微笑むと、頬を染めて恥ずかしそうに両手をきゅっと後ろでくんだ。

赤い生地に散らされた豪華な小梅模様。

絢爛な上着に対して、胸まである袴は落ち着いた赤みがかった藤色だ。

さすが高給取りは違うな。近藤さんあたりが買ってるんだろうか。


しおらしいポーズをとっていた加恋ちゃんだがすぐにその姿勢をやめ、腕を絡めてきた。


「ね、ね、それわたしの団子?たべていいの?」

そうだよと頷くと、きゃはっと声を上げて皿をひったくり、瞬く間にかぶりつき始めた。


沖田隊長も大概だけど、この子もなかなかの食べっぷりだ。それで二人とも華奢なんだよなあ。
身体動かすって大事だ。


「討ち入りお疲れ様」


縁台に腰掛けた彼女に声をかけると、でっかい目をさらに大きくする。


「よく知ってるねぇ」

「茶屋なんてさ。客の話筒抜けだから」

笑いながらごまかすと、あー、いっけないんだ〜と指をさされる。


「大事な捕物だからって副長がぴりぴりしちゃって」

「そりゃあ大変だったね」

「でも怪物ニコチーンはわたしが一刀両断したから、もう大丈夫!」

「斬っちゃったの?」

苦笑しながらつっこむ。

「駄目じゃない上司なんだから」
「うんでもまよらーはまだ生きてたの」

「あ、死ななかったの?」

「そう。だからね、隊長が背中から左を狙いなさいって。
こう…ズドンとね」

真剣な顔で、襲撃の仕方を事細かに説明する加恋。

「でも間違えてザキの背中刺しちゃったのね」

「え?」


誰某の話かわからないが、俺はとりあえずザキって人の苦悶を思いやって、胸の中でこっそり手を組んだ。

「討ち入りは大丈夫だったよ。うちは犠牲者なし!」

負傷者はけっこういるけどねー。
何でもないことのようにさらりと言いのけた加恋に、俺は胸の奥がざわざわした。

なんだろうな、この気持ち…。

そんなこちらの心の移り変わりなどつゆ知らず、加恋はまた新しい話題を持ち出して一生懸命語るのだ。

「それでね〜、近藤さんがね、またお妙さんに殴られたのよ」

加恋ちゃんの話はいつもこんな感じだ。

飛び飛びで話が転換したり内容がよくわからなかったり。

でも彼女はたいして頓着せずぽんぽんと話すもんだから、こちらもあまり真剣に掴もうとしていては振り落とされるのだと最近は理解してきた。

ていうかこの『近藤さんがお妙さんに殴られた』という話は頻繁に出てくるんだけど、一体『近藤さん』は何回『お妙さん』に殴られるんだろうか。

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