縛られる自由



「ったく、なんで私がお前の面倒見なきゃならないネ!!」

傘をさす神楽ちゃんはぷんぷんと肩を尖らせて、常に私より半歩先を歩く。

見えない顔の表情を伺いながら、私はその早い歩調についていった。

「ねー神楽ちゃん、神楽ちゃんは何のお菓子が好き?」
「酢昆布アル」

「すこんぶ…ね、どこで売ってるの?神楽坂の紀の善には売ってるかなぁ?」

お前って本当にはっ倒したくなるアルな、とぼそっと聞こえた気がした声に聞き返すと、
「んな場違いな店で売ってるわけないって言ったんだヨ」
とはぐらかされた。

「そっか〜、今度来るまでに探しとくね、神楽ちゃんへのお土産はすこんぶにしよう」

ねっ、と笑いかけると、神楽ちゃんは複雑そうな表情を浮かべて私をちらっと見る。

「どしたの?私の顔に何かついてる?」

「…えは」
「え?」

「お前は、何が好きかって聞いてるネ」

目を数度、ぱちぱちさせる。
神楽ちゃんの陶器みたいに白く滑らかな頬は、ほんのり赤く色づいていた。

「神楽ちゃん私はね、最近は定食屋の隣にあるいちご大福が好きよ」

少し前を行くその肩に投げかけるように大きな声でそう言ってみると、「女のくせに、気だるげな白髪のオッさんみたいな趣味アルな」
と気の無い調子で返事が返ってきた。

いちご大福って、気だるげで、白髪で、オッさんな人が好むものなんだ…知らなかった。
私の中でいちご大福はいかにも可愛らしいもののように思えていたので、ちょっと恥ずかしくなって口をつぐむ。

前を行く神楽ちゃんは、背丈はわずかに低いがすらりとした姿勢で傘をさし歩く姿は、どうにもかっこよく思えた。

なんだろう、むずむずするこの気持ち。隣まで走って行きたい、そっけないその肩にすり寄って呆れられてみたい。

「あ」

ふ、と頭に思い浮かんだそのフレーズが、私の足を止めた。
神楽ちゃんが怪訝に振り返る。

「神楽ちゃんって…」
「何アルか」

閃いた顔のままで半開きだった口は、にわかに結ばれておもわず三日月型を描く。

「隊長だわ」

「あ?」

「隊長に似てるんだ」

ふふっ、と笑みをこぼす私の声を神楽ちゃんは素っ頓狂な雄叫びでかき消してしまった。

「なッッにバカなこと言ってるアルかおまえ!!!!!
バカあるか、死ぬアルカ?私とあいつとの仲を知っててんなふざけたこと…」

「俺との仲がなんだって?」

思わぬ横槍に、神楽ちゃんは真っ青な顔をしてそのまま固まってしまった。

「隊長!」
「よォバカ猫、とバカチャイナ」

気が抜けるような独特の調子で喋るその人は、紛れもなく私たちが今話題にしていた人物だ。

死ぬほど嫌そうな顔をしたまま固まってしまった神楽ちゃんを、隊長は抑えられない笑みとともに肘でつつく。

「おぅ、チャイナぁ、俺とのどんな仲だよ?」
こいつに言えない方か?
と、隊長はにやにやしながら親指でくいと私の方をさした。

首をかしげる私に、今度こそ神楽ちゃんがうがぁあと叫んで隊長の腕を振り払った。

「こいつの前でややこしい言い方すんなヨ、どっちもこっちもないアル!」

お前そーゆーちゃらちゃら調子のいいこと言う癖いつか必ず身を滅ぼすアルよ、と神楽ちゃんは数段低い声になってそう忠告した。

隊長は首をすくめてみせる。

「あーあァ押しかけチャイナに説教されちまったィ
勝手にひとんちまでのこのことなんの用ですかぃ?」

態とらしく大きな声でそう言うから、ふっと視線を横にずらすとなるほど、
大きな門構えに立派な表札。
「武装警察真選組屯所」
荘厳で達筆な文字が、ここが私の家であることを示していた。

いつの間にか着いていたらしい。

「ねー隊長、神楽ちゃん私のこと送りに来てくれたんだよ。押しかけチャイナさんじゃないの」

でも隊長は、そんな私の言葉を聞いたのになにも反応は返さず顔色も変えないまま、にやにやと神楽ちゃんを意地悪く見つめていた。

「明日は槍でも降んのかねぇ」
「好きでやったんじゃないアル」

銀ちゃんの頼みだったから仕方なくやってやったヨ。自分の猫くらい自分で世話しろサド警官、
神楽ちゃんはつんとすました長いまつ毛をぱちぱちさせながらそう言い放つと、くるっと踵を返して来た道を引き返した。


神楽ちゃんの足音が次第に遠くなる。
静かな空間で私と隊長だけが取り残された。

隊長は黙っているので、私は隣を振り返ってみる。
神楽ちゃんの言った方角を見つめていた隊長と目があった。

なんとなくその瞳に捕らえられたような気になって、私はぴしっと固まった。

「…なぁに?」

黙ってるのも変なので、数秒の間ののち相手を覗き込むように聞いてみる。

「おまえ、嫌われてるよなぁ」

可笑しそうに隊長は笑った。
誰が誰に?と聞きそうになってやめる。口の端をわずかにあげるその表情が、意地悪を言ってると私に如実に伝えてくるからだ。

「友達だもん!」
「おまえがそう思ってるだけだろ?」

腕を組んで強く主張してみるが、さらりとひどい言葉であしらわれる。

お前どう考えてもあの手の女に嫌われる要素しかないもんな、と面白そうに続けてくる隊長は、な?と念押しするように私に顔を近づけてくる。

腕組みをしたまま、じ、とその顔を見つめ返す。

隊長はその後も例の銀ちゃん記憶喪失事件以来いかに私をうっとおしそうに見ているかということをつらつらと説明していた。

私はというと、その言葉たちを聞いてるそぶりを見せながら頭の中では「隊長は今日も顔から声まで素敵だ」というようなことを、うわごとのように繰り返している。

2人は同じ場にいるのに、全くもってどちらも相手の考えていることには微塵も注意を払っていない。


今更ながら私たち、どっちもかなりネジの飛んだ自由人なのだ。


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