getgive | ナノ




「どーん」
「…………」
「いや、何か反応示してよ」
「――タミフルの以上摂取でもした?」

酷い。何処がと聞かれれば、故郷である世界の知識を含んだ皮肉を冷たく鋭い鉄槌で殴られたところだろうか。

相も変わらずジュンは清廉潔白とも言える、繊細な顔立ちでニコニコしている。皮肉を吹っかけている。
メアリーはいつも通りの彼を一瞥して、視線を己の右手に切り替えた。

「あんなひどいことしたのに、まだやさしくしてくれるんだ」

自分には責任感があるが、直ぐ逸らしてしまう。自覚はしていたが、それ自体からも逃げていたメアリーはジュンに初めてそれを指摘され、少しずつ変わり始めていた。
己の右手、それはつい最近許しがたい罪を犯しかけたそれである。彼女は栗色の瞳を閉じ、あたかも手の中に忌まわしい物を潰すが如く思い切り握り締めた。

思わず滑り出してしまった言葉に、彼は首を可愛らしくかしげてメアリーを見遣る。

「ねぇメアリー、どうしたの? 今日のメアリーの可笑しさはいつもより酷いよ」
「うん、そっちの言い分も結構酷いと思う」

可愛さ余って憎さ百倍とはこのことだろう。喜ぶべきか、嘆くべきか、メアリーはこの意識外の世界に来てから精神面などにおいて逞しくなってきた。原因は自身でも分かっている。分かっているからこそあまり大口叩いてその原因を叫ぶことも出来ない。

「ねぇ、覚えてる?」
「都合の良い場合だけね」
「ん、なら覚えてるかもしれない」

確認するかのように首を少しだけたちに落す。さらり、と衣擦れにも似た音が目と同じ色をした髪から流れる。

「私って殺人未遂を犯したじゃない」
「よくもまあいけしゃあしゃあと“未遂”って言えるね」
「うーん、多分誰かさんの性格が映ったのかも」

軽く憎まれ口を叩いてみせると、メアリーは息をゆっくりと吐き、のんびりと自分の言いたいことを気が済むまで言って見せた。

「私が殺そうとしても、ジュンは変わらず私に接してくれるじゃない。まぁ、殺そうとした人間に対して当然の扱いもたまにするから、そこら辺は有耶無耶になっちゃうけど。
その時のジュンの優しさ、って言うのかな。それが私にとって酷く重たくて、息が詰まるほど苦しかったんだよね。
まるでほら、アレ。鳥が翼を打ち抜かれてクルクルと回りながら地面へと落ちる瞬間」
「ふぅん。メアリーって表現力が豊かだね。気持ち悪いや」
「この前書庫で東洋の本を読んでみたの」

長くなる、と察したジュンはふかふかとしたまるで玉座のように上等な椅子に腰掛け、頬杖を吐いてその色に似合う風采で彼女の口に耳を傾ける。
別に構わない、と言う風にメアリーもどんどん言い重ねていく。

「今も、今もよ。あんたのその優しさは腑に落ちないし、凄い重い。別段優しくないときも」

うわ、とふざけたように口角を吊り上げてはやし立てるジュン。そんな不謹慎な態度でも、繊細な顔立ちだからこそ上等なものに見える。不躾な口を塞いでしまえば完璧な人形である。






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