陽が落ちた頃、清正は肌寒い風を感じつつ秀吉を迎えに出向いた。
秀吉は三成が来るとばかり思っていたのか「三成、よう来たの」と声を発したが
清正が頭を下げているのを見て口をへの字にまげた。

「なんじゃ清正か」
「はっ、三成は政務が残っているゆえ清正が秀吉様のお供に参上いたしました」
「うーん、そうか…清正か…」

秀吉はうなり声をあげながらぐるぐると円を描きながら
部屋の中を歩き回った。
清正は、秀吉のその態度を見て心底面白くないと思ったが
大恩ある秀吉にそんなことも言えず、黙ってその様子を見守った。

「まっ、しゃーない!清正良いかこれだけは肝に命じておけ!」
「はっ」
「わしより、女子にモテちゃいかんぞ」

三成は顔はいいがキツイ性格のせいで女が寄ってこんからな
少々口うるさいが、供にするならああいうのが一番なんじゃ
と続け、それを聞いた清正は頭を抱え込んだ。

「はぁ、善処します。」
「うむうむ、では天国へと参るか!」




甘ったるい香りが、脳を刺激するように立ち込める。
ここは天国―…と称するには少々俗っぽい空間であると清正は座敷を見渡した。

正常な精神を蝕むような甘い香りもだが
清正は何より楼の窓にある格子が気に食わなかった。

格子越しに見る娘は格別だ、自分が救ってやらねばという気持ちになるわい
と秀吉は語ったが清正には自由を奪われた女が
同じ地獄に落ちないかと誘っているように見えて仕方がない。
行きずりの女にその場限りの情けをかけて、割り切れるほど
清正は大人になれないのである。
これが左近であれば、一夜の愛を可哀想な女に注ぐだろうが
今は三成に夢中である。
いとも簡単に切り捨てるやもしれない。

座敷を一通り見渡したあと小さくため息をついた清正の隣では
秀吉がニタニタとだらしのない笑みを浮かべながら
綺麗な娘はまだかと落ち着かない様子で座している。
そして、秀吉の期待に応えるように襖が開きしおらしく腰を折る女が鈴のような声で
「お待たせいたしました」と侘びを入れた。

「待っておったぞ!ほれ、こちらに来んか!」
「あい」

顔をあげ、艶やかな笑みを浮かべる女に続き同じように着飾った娘が座敷を賑やかにした。
女達は笛や太鼓、舞を披露すると笑みをかたときも忘れずに
可愛らしく、気品のある振る舞いで秀吉と清正を楽しませた。

「あら、お武家様たくましいこと」
「ほんまやわ、鍛えられた太い腕たまらんわぁ」

秀吉が気に入った娘に膝枕を要求し
子供のように甘えるくらいに酒が回った頃
清正は女に囲まれうっとりした目で見つめられ、はては身体を触られるのだが
細くか弱い女を突き放すこともできず、ぶっきらぼうに「俺はいい」とだけ呟いた。

清正の初心な反応は男馴れした女共には面白いのか、悪戯に着物を強くひっぱり
大きくはだけさせ、小麦色の肌に触れ反応を楽しんでいた矢先、大きな音と共に襖が勢いよく開いた。
清正はとっさに立ち上がり懐に忍ばせていた短刀に手をかけたが
そこには思いもよらぬ人物が立っていた。

「三成…?」

石田三成、その男であった。
肩でせわしく息をする三成は、額ににじんだ汗を大雑把にふき取ったあと
秀吉の姿を確認したあと、ようやく清正へと目線を移した。
そして声を発するより先に清正の腕を掴むと奥の寝具が用意された部屋へと入り
状況が把握できていない女共に「どうか俺たちの存在は隠してくれ」と手短に伝えると
ぴしゃりと襖を閉じた。



「お楽しみのところ悪かったな」

数分の沈黙のあと、三成がポツリと呟いた。

「…状況がいまいち飲み込めないのだが」
「秀吉様が遊郭に遊びに行っていると、おねね様に漏れたのだよ」

ねねの名前がでて、清正は思わず声をあげそうになったが
ぐっと堪えた。

「なら秀吉様をお隠しせねばならんだろう」
「いや、秀吉様は少々お戯れがすぎる、灸を据えるべきだ」

ふう、と深いため息をついた三成は低く静かな声で坦々と続けた。

「直におねね様がここに参る、そうすれば秀吉様の供をしている清正も折檻を
受けるだろう…静かにしていろ」
「ああ…何だわざわざ助けに来てくれたのか珍しいな」
「馬鹿、俺が受けた役目を変わった清正が罰を受けるのは後味が悪いだけだ」

顔をぷいと横に背けた三成は、衣擦れの音とともに
布団に腰をかけた。

「いつまで突っ立っている、お前も座れ」

月明かりが差し込むだけのこの座敷で
三成を形どる輪郭だけがうっすらと浮かんでいる。
薄い唇が開き、落ち着きのある声で名前を呼ばれ
清正はくらりと眩暈を感じた。
焚かれた甘ったるい香のせいだ、そう思い三成の隣に腰掛けた。

長い沈黙が流れた。
そもそも清正も三成も饒舌ではない。
付き合いの長い二人は特に話題もなければ
無理して会話を続けようと思う仲でもなかった。

ただ、清正はこれほどないまでに緊張していた。

薄暗い部屋に布団の上で想い人と二人、何ともいえぬ雰囲気で座している。
女共に感じた直進的な緊張とは異なる心臓の鼓動に
清正は今にも逃げ出したい衝動に駆られた。

「清正」

ぽつり、と三成が清正を呼んだ。

「ん?」
「今日はどの娘を抱くつもりだったのだ」
「…おまえなぁ」
「いや良い、今のは聞かなかったことにしてくれ」

三成の突拍子もない質問に顔を顰め声色を一層低くした
清正の異変に気づいた三成は自身がまた
失礼なことを口走ったことに気づき、質問を撤回した。

そうしているうちに、隣の座敷が騒がしくなった。
秀吉の悲鳴に、聞きなれた女性の声。
ああ、おねね様がいらしたのかと清正と三成も呆れた顔で襖を見つめた。
このまま嵐が去ってくれればいいと思っていた矢先「清正!」と秀吉が悪魔の一声をあげた。

「どこに清正がいるってのさ」
「そ、その襖の向こうじゃ」

ねねの軽快な足音が一歩一歩近づくのが襖越しでも伝わってくる。
三成は「まずい」と一言発すると
辺りを見渡したあと、逃げ道がないことに気づき舌打ちをした。
清正は咄嗟に三成の腕を引くと自分達が先ほどまで座していた
布団の中に引きずり込んだ。

「何を…!」
「良いから黙ってろ」
「いや、しかし…これでは見つかってしまっ…」
「黙れって言ってるだろ、次喋ったらその口ふさぐぞ」
「お前こ…」

言いかけた三成の言葉は清正の口の中へと消えていった。
三成は大きく目を見開いたあと、清正の胸を押し抵抗するが
がっちり鍛えられた身体はビクともしない。
足もいつの間に組み敷いたのか、清正の体重に押し付けられ動かせず
良いように唇を貪られ、清正の口内から伝わってくる酒の味に
酔わされている気分になる。

三成の抵抗も弱弱しくなってきた矢先…


「きーよーまーさー!」

大きな音と共にねねの声が部屋中を包み込む。
が、すぐに「あらやだ、ごめんなさい」と謝罪の言葉が聞こえ
すーっと襖が閉められた。
そのあとすぐに秀吉の悲鳴が響き、何かを引きずる音と共に
ねねの声も聞こえなくなった。


あたりが静かになった頃、三成の薄い唇を味わっていた
清正の唇が名残惜しいように小さく音をたてて離れた。

「行ったか」
「清正…お前…」

三成は口元を押さえながら、清正からすばやく離れると
顔を真っ赤にさせながら震える声を発した。

「女遊びを邪魔したのは悪かったが、俺の口を吸うなど気が触れたか」

男に馴れた女より、幾分も可愛い反応をしてくれる三成を見て
清正は身体の奥から熱いものがこみあげてくる衝動に駆られた。
三成という男は、清廉潔白であるがゆえに
気難しいが、自分に好意を向けてくれた人間には甘いところがある。
心を許した三成のなんと甘いことだろうか。
その姿を知っているのは左近をはじめ、三成を慕う数少ない友だけだ。

三成の奥にある甘い部分を一人で全て吸いつくしてしまいたい
清正は焦る熱にほだされて震える手を伸ばし口を開いた。

「ああ、気が触れたのかもな」

三成の髪、頬、唇と触れて
半ば強引に指を口の中に突っ込んだ

「やめろっ」
「三成、愛ってなんだと思う?」
「あ、い…?」
「お前を抱きたい」

女を抱いたこともある。だが狂いそうになるくらい欲しいと思うのは三成だけだ。
それが愛でないなら、愛などこの世に存在しないと言い切れる。
欲しいのだ。
この高潔な男が。

清正の太い指に口内をかき回され三成は苦痛の表情を浮かべたあと
少し強めに清正の指をぎりと噛んだ。

「痛っ…」
「酔ったのか知らんがくだらことを言うな…愛などと都合の良い言葉で誤魔化して
お前の性欲を処理するのだけは御免だ」
「三成…」
「やめてくれ、お願いだ…俺に触れないでくれ」

三成の口からあふれ出た唾液がつっと顎から滴りおちた。
袖口で乱雑にそれをふき取ると立ち上がり急ぎ足で座敷を出て行った。


「はぁ…」

残された清正は深いため息をついた。
三成の言うとおり確かに酔っていたのかもしれない。
左近と三成の間に感じ取れた、確かな信頼と一種の愛情に
焦ってしまったのだろう。

愛、とは清廉でもあり不浄でもある。

三成も馬鹿ではない。
清正の言葉が冗談などではなく、本気だと気づいたはずだ。

だが、三成はそれを受け入れることができなかった。
三成もまた清正同様色恋に鈍感である。
自分に向けられる不純な好意に応える
術というものを身に着けていないのだ。

さて、ではどうするべきか。
清正は自身の猛りきったモノを見下ろして
また深いため息をついた。

三成の心は女心よりも難解である。
だが、思いは伝わったはずだ。
ここからが勝負である。


脈もあった。
嫌われてはいない。

問題は三成に誠意を伝えること。
とんでもない難題である、と清正はまた深いため息をついた。





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6年ぶりに小説書いたので
なかなか調子がでなかった;

清正と三成はなかなか
くっつけないと可愛いです。
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