きれいな感情







いけ好かない奴だと、よく口にしていた。

男にしては、線が細い身体もいやに整っている顔立ちも
果ては、他人を思いやる心遣いを母の胎内に置いてきた
その性格も全てが気に食わなかった。
だが、奴を嫌悪する一方で、自身が守ってやらねばという責任感が生まれ
愛おしく感じることも事実だった。

愛情とは一体どういう感情なのか。


暖かい陽が差し込む一室で、肉付きの良い男がその肉体を晒すように
着衣を着崩したまま寝そべっている。
男は加藤清正といい、豊臣家子飼いの将であるのだが
けだるげに寝転がっている姿は、青い悩みを抱えている青年以外の何者でもなかった。

愛情

自他共に現実主義者と認知されている清正は、この掴みどころのない感情について
思慮をめぐらせていた。

清正の人生のうちに、これほど真剣に愛について思案する機会がいくらあったであろうか。
皆無…ではないが、片手で事足りるほどだろう。
女に恵まれないというわけではない、主秀吉の共として遊郭に足を運ぶこともあれば
好意を寄せられることもある。
だが清正にとって彼女等の好意に応えることは愛情ではなく
角を立てずにやり過ごすだけの処世術に過ぎなかった。
確かに、好意を寄せられること思いに応えてやることそれに伴う快感は
男としては嫌ではなかった。
しかし、そこに愛情があるかと聞かれれば清正は押し黙る。


考えたこともなかったが、自分を実子のように可愛がってくれている
秀吉の妻であるねねから与えられた好意は愛情だとそれくらいは分かる。
では、清正がある男に抱いている感情は何か。
認めたくはないがそれもまた、愛情なのであろう。
つかみどころのない、いじらしい痛みに心を締め付けられ
時には衝動的な性欲に駆られる時もある。
それは男が清正という人間を否定したときにも、許容したときにも訪れる。

憎悪と愛しさ、その正反対の感情が直進的に性的欲求に繋がるという
その事実を自身で認識し、自分の性癖を情けなく感じた。

ましてや、相手はれっきとした男なのだ。
鍛えられた筋肉こそないものの、幼い頃に垣間見た細く白い身体には男の
象徴がついていた。
それを全部承知の上で俺は奴に欲情しているということだ。
考えれば、考えるほどゾッとし
奴のせいで好色になったと清正は思い人を恨めしく感じた。

男は
石田三成といった。


「清正さん、今お時間大丈夫ですか?」

癖のある男の声が清正の頭を突き抜けた。
清正は目でその声の主を確認するより先に身体を起こしわざとらしく
頭をガリガリと掻いたあと、身体ごと男に向け口を開いた。

「くだらん用事なら後にしてくれ」
「俺にとっちゃくだらない、と言っちゃなんですけど清正さんにとっては大事な用事ですよ」

男は含み笑いをし、清正の前に腰を下ろした。
体格の良い男は、胡坐をかくと不精に生えたもみあげ部分を指で掻くと
ニッと笑顔を見せた。

「秀吉様が今夜お忍びで遊びに行くからお供を探しているんですよ」
「またか…女遊びがおねね様に見つかって灸を据えられたばかりじゃないか」
「悲しいかな男とは女に囲まれてちやほやされたいものなんですよね」

この”大事な用事”を伝えにきた男は島左近といい
左の目じりから頬にかけて古い刀傷があるのだが、清正は左近と顔を付き合わせたときに
思わずじっとその傷を見てしまう癖があった。

「秀吉様は殿にお声をかけてくださったんですけど、うちの殿はそういう遊びをあまり好ましく思ってなくてね」
「俺に変わりに同行してほしいってか」
「そういうことです」
「…三成に来た話だろう、それなら左近お前が三成の変わりに行けば良い」
「行っても良いんですけどね、そうすると殿が焼きもち妬くんですよ」

喉の奥でくくっと笑いながら左近は今度はニヤリと笑みを浮かべた。

左近は主君三成の禄高四万石の半分二万石の知行を持って
召抱えられた人物である。
生真面目で人付き合いの不器用な三成が左近のその才に惚れて
知行の半分を与えたのだ。

清正は初めてその話を聞いたとき(馬鹿な真似しやがって)と心底呆れた。
一人の家臣に自らの知行の半分を与えるとは、やり方がまずい。
三成とて左近以外にも家臣を抱えているのだ。
その家臣に知行を分け与えてしまえば三成の懐が寂しくなる。
頭がいやに切れる三成が、そのことに気づかぬはずもなく
三成が心底左近に惚れて、どうしても傍におきたいという意思が
清正にはいやというほど思い知らされた。

そう清正にとって左近は嫌悪の対象でしかなかった。

左近もそれを知ってか、清正にのろけともとれることばかり
にやにやと笑みを浮かべながら話すのだ。

この島左近という男。
軍略も冴え頭もきれ、物事を客観的に見れる
いわゆる”大人”の男だが、いかんせん性格が悪い。
清正が機嫌を悪くするのを見て楽しむ癖がある。

「主君が家臣に焼きもち…ねぇ、お前ら主従の関係履き違えてるんじゃねぇか」
「ええ、実に良い関係を築かせていただいていますよ」

三成は不器用で頑固ゆえに生き難い。
が、人生経験豊富な左近からしたら清廉潔白、不器用で子供染みた三成が
心底可愛く見えるらしい。

「んで、秀吉様のお供行っていただけますか?」
「断る。」
「それまたどうして?先ほどまでごろごろと寝転がっていたではないですか、それとも
秀吉君のお世話が嫌とでも?」
「秀吉様のお供が嫌なはずないだろ、三成の我ままに振り回されるのが気に食わん…
それに、だ」

左近は相変わらずニタニタと笑みを浮かべながら
清正の子供じみた言い分を聞く。

「今度おねね様に見つかってみろ、秀吉様だけでなくお供についた奴も折檻を喰らうに決まっている」
「あぁ、まぁそうですね」
「俺はそんなとばっちりごめんだ」
「そんなこと言って、清正さんにとっちゃおねね様の折檻はご褒美なんじゃないですか?」
「はぁ!!??」

確かに清正はねねに滅法弱いが、他人に指摘されると複雑な気持ちになること
この上ない。

「行かん、もう絶対に行かん」
「ははは、すいませんって!冗談ですよ冗談」

機嫌を損ねた清正の肩を軽快に叩きながら左近はからからと笑った。
そして、一つの足音に気づきそちらに視線を移すと
変わって柔らかく微笑んだ。

「殿、どうしたんです。」
「左近が遅いから様子を見に来たのだ」

政務をしていたのだろうか、三成は墨で汚れた手で襖をあけると
左近を見てから清正に視線を落とした。
清正は三成が左近に向けた柔らかい表情を見逃さなかった。

「この様子だと、清正は首を縦に振らなかったようだな」
「お察しの通りで」
「三成が誘われたんだ、三成が行けばいいだろう」
「俺はお前のように暇ではないのでな、まぁ良い左近帰るぞ」
「待て、どうするつもりだ?」

左近を連れて自室へと帰ろうとする三成をとっさに清正が呼び止めた。

「お前には関係ないことだ」
「一回聞いちまったんだ、どうするかくらい言い残してから去れ」
「…あまり気が進まぬが、正則に頼む」
「正則…か」

秀吉の女遊びの供というのは、秀吉に自制を促す役目も担っている。
その供に酒好きで五月蝿いくらいに賑やかな正則を推すのは
役目を放棄したようなものだ。
清正はその光景を思い浮かべては苦い表情を浮かべた。

「しょうがない、俺が行ってやるよ」
「そうか、すまない。」
「いやいや話がまとまって良かった、清正さんも近頃自室に篭ってばかりなんですから
たまには女抱いて発散させるのも良いんじゃないですか」
「ほぉ、清正も女遊びをするのか」

意地の悪い左近の言葉に三成は少し笑みを浮かべながら問いを投げかけた。
三成にとって清正は、幼い頃から共に育った兄弟のようなもので
弟のように思っていた清正が急に大人になったように思えたのだろう。
三成は人より淡白であるために、女遊びに無縁な人生を送っていたが
なるほど清正のような精力溢るる青年なら経験していて
当たり前だなと瞬時に清正に対する偏見を塗り替えたのだった。

清正はというと
三成に、他人との関係を勘ぐられて
気恥ずかしさと、罪悪感で胸がいっぱいになり何も言えないまま
また、愛とはなんだ?と自問自答を始めるのであった。




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