ランスロットの
    眠り姫/03


セシルさんと同じオレンジの軍服。
それを着てスザクの元へ行けば、「いいの?」と真剣な顔で言われた。
確かめるような問い掛けは厳しい声音で、反対する気持ちがスザクにはあるのだろう。
これを着る事が何を意味するか理解している。
それでもあたしはこれを着るしかない。

「いいもなにも、イヤだって言ったらあたし路頭に迷うもん」
「でも戦うことになる。人の命を奪うことだってあるんだ。
キミはそれができるのかい?」

軍人としてのスザクの言葉に息が詰まる。
できるだろうか?
殺す以前に、戦いとは無縁の平和な国で、穏やかな日常を生きていた人間が。
できないかもしれない。戸惑うかもしれない。
それでもあたしは進むしかない。スザクを助けるって決めたから。

「あたしは人の命を奪うために戦うんじゃなくて、誰かを守るために戦いたい」

『スザクみたいに』
なんて言葉は、照れくさくて言えなかったけど。

「分かった。
だけどこれだけは言わせてほしい。
キミが考える以上に、この世界は甘くないよ」
「納得いかないことを無理強いされるかもしれない。それでも戦うよ。
あたしはこの世界で生きるから」

簡単には信じることができないことを信じてくれた人が、ここには何人もいる。
だから大丈夫だ。あたしはこの世界で生きていける。

それにランスロットが言っていた。
『私は彼の絶望を照らすことが出来ませんでした』って。
この先、スザクが絶望するようなことが起きるはずだ。
その時に助ける為の、守る為の力をつけておきたい。
 
「あたしはこの世界で生きたい。
ここが自分の居場所だから」
「…………。
………分かった。
キミの覚悟はよく分かった。
だけど、その覚悟は体力とは見合ってないよ」

あたしの瞳を見つめていたスザクの目線が、下へ下へとおりていく。

「身体、細そうだ」

すごい真剣な眼差しで身体を凝視され、そんなに見ないでくれと恥ずかしくなる。

「そ、そう、だよね。
毎回乗るたびにバテてたら話にならないもんね……」

セシルさんが言うに、ランスロットは他のナイトメアと違って精神にも負荷がかかるそうだ。
それはシミュレーションでも同じ。
あたしがものっすごい疲れたのはそのせいだ。

『まずは身体を慣らさないとねぇ〜』と、ロイドは楽しそうに言っていた。
いつもよりすごく生き生きとしてるのは、新しいパーツを見つけたからだろう。

「シミュレーションで身体を徐々に慣らしいくのも大切だけど、まずは体力作りかな。
明日の朝から一緒にジョギングを始めよう」

スザクの提案は涙が出るほど嬉しいけど、同時に申し訳なく思ってしまう。

「いいの?
スザク、学校あるから朝のジョギングって辛くない?」
「いつもやってるから問題ないよ。
僕も軍人だから身体は常に鍛えておかないと」

スザクは朗らかに笑い、あたしもつられて笑顔になる。
ありがとうを言おうとすれば、誰かが後ろからのしかかってきた。
妖怪子泣きジジイか?ってぐらい重い。

「なぁ〜んの話ぃ?」
「ロイドさん」「ロイドさん……」

スザクは少し驚いた顔で。あたしは疲れきった顔で。
名前を叫ぶ声が重なったけど、スザクとあたしで全然違った。

「重いですどいてください」
「話してくれなきゃどかなぁあい」

ヒョロッとした細身のくせにけっこう重いよこの人。
力抜けば潰されてしまいそうだ。

「はっ話しますからどいてください重いぃいいい!!」

あたしの答えに「うふ」と満足そうに笑ってロイドは離れた。短時間だけどかなり疲れて息切れする。
呼吸を整えた後、二人で毎朝ジョギングすることをロイドに伝えた。

「ふぅんジョギングね。体力作りはいい心がけだよ。まぁボクはやらないけど。
手、出して」

今度は何されるんだろう? 手錠の件があるから恐怖で手を出せずにいれば、スザクが「大丈夫だよ」と笑顔で言ってくれた。
スザクがそう言うなら……と恐る恐る右手を差し出せば、ロイドはあたしの手の平に三つ折りにした紙をちょんと乗せた。

「何ですかこれ?」

不思議に思ってその紙を広げる。
紙幣が3枚────これはブリタニアのお金?

「必要な物はそれで買うといい。
ここで暮らしていくからね。
残った分は今後のために持っておくこと」
「あ……ありがとうございます……」

嬉しい気持ちが大きすぎて息を吐くようなお礼しか言えない。
ここに来た目的はそれなのか、ロイドはいつもの笑みを浮かべて向こうへと行った。

3枚の紙幣にもう一度視線を落とす。
これ1枚でどれだけ買えるんだろう?

「空の住んでいた場所のお金は円?」
「え?」
「空はそれでどれだけ買えるか分からないんだよね?
キミが使ってお金は円だった?」
「う、うん。お札は千円、五千円、一万円で」

スザクはホッとした笑顔を見せる。

「良かった。キミのいた場所は本当に日本だったんだね。
それ1枚で大体日本円で1万円って考えたらいいよ」
「1枚で1万円……!」

ヒュッと喉が鳴る。
なんて大金をロイドはポンと渡したんだ!
あの人の事をもう『ロイドさん』としか呼べない!!
後で改めてちゃんとお礼言わないと……!!

「空は今から街に行っても大丈夫かい?」
「街って?
……あ、そっか。ここ租界の中だもんね。大丈夫だよ」
「案内するよ。キミが迷わないように」

スザクの申し出に心がギュンと跳ねる。
嬉しくて、あたしは何度もこくこく頷いた。


 ***


昼を少し過ぎた租界は思っていたよりも人が少なく、落ち着いた雰囲気だった。
ぼんやりと立ち止まるあたしに気付いて、前を歩くスザクが足を止める。

「大丈夫?」

スザクの声に我に返ったあたしは慌てて頷く。

「だ、大丈夫っ。
そっくりで驚いただけだから」
「そっくりで?」
「あたしの住んでた所と。
こんな街並みの都会が向こうの日本にもあったんだ」
「そうなんだ。
でも、キミの所とは全然違うよ。ここはブリタニアの人が造ったからね」

街並みを見据えるスザクの顔が一瞬だけ曇る。
その表情は本当に一瞬で、あたしに視線を戻したスザクはいつも通りの笑顔だった。

「行こうか、そろそろ。はぐれないようにね」
「……うん」

歩き出したスザクにあたしも続く。
あたしの歩調に合わせてくれているのか、スザクはゆっくり歩いてくれた。

「まずは何を買おうか。
日用品? それとも服?」

どちらにしようか迷っていると、視線の先に店が────かわいい服を着るマネキンが並ぶショーウインドーが目に入った。

「服から買っていい?
あそこ、近いから」
「うん。僕は外で待ってるね」
「ありがとう」

服だけじゃなく下着も買いたかったから、スザクの言葉にホッとした。
店に到着し、スザクはショーウインドーの前に立つ。
「ここで待ってるね」と言うスザクの言葉に頷く。
店に入ろうと動いた足は、なぜか店から
ルルーシュ・ランペルージが出てきた事でギクリと停止した。

「ヒッ!!」

思いもしなかった遭遇に息が止まる。
サラサラの黒髪と紫色の瞳。背は高く、身体は細い。
顔がアニメより美しくて王子さまで、だけどこっちに気づいてあたしを怪訝そうにガン見する眼差しは鋭い。
すごい怖い。ドッッッと冷や汗が出た。

「ルルーシュ! キミも買い物かい?」

聞こえた軽やかな足音と爽やかな声にめちゃくちゃ安心する。
ショーウインドー前にいたスザクはあたしの前に来てくれて、背中が大きく頼もしく見えた。
スザクに気づいたルルーシュの瞳も表情も柔らかくなる。
 
「ああ、そうだ。スザクもか?」
「うん。僕は租界の案内だけど」
「……案内? この人を?」
だから軍の人がここにいるのか」

ルルーシュはあたしを一瞥し、またスザクに視線を戻す。
さっきの鋭い眼差しは、どうして軍の人間がここにいるんだという疑問からくるものだろうか?

「彼女の名前は七河空。
僕と同じ技術部に所属している人だよ」

そしてスザクは次にルルーシュを紹介してくれた。

「彼はルルーシュ。
僕の友達で、大学の向かいにあるアッシュフォード学園の生徒だよ」
「ルルーシュ・ランペルージだ。よろしく」

ふわりと微笑んだ。瞳には友好の色。
鼻血が出そうなほど完璧な笑顔。全世界の女性が惚れるだろうなぁってぐらいの極上の笑み。
きみが軍人相手にこんな笑顔を向ける人間じゃないって、あたしは知っているぞルルーシュ・ランペルージ。
スザクがそばにいるからだろう。
めちゃくちゃゾッとした。ぞわっと身震いした。
この人は嘘をつくのが神レベルで得意なんだと改めて思い知った。
ルルーシュに対する恐怖で背筋がビキビキと引きつっている。

「よ、よろしくお願いします」

無理やり口角を上げ、頑張って笑顔を作る。
スザクとルルーシュが何か話してたけど内容が頭に入らない。
早く帰ってほしいなぁとそれだけ思っていれば、

「俺は先に帰るよ。また明日な、スザク」
「うん、また明日」

そんなやり取りが聞こえ、ホッとした。
が、ルルーシュがこっちを見てまた緊張する。

「もし時間があれば学園に遊びに来るといい。みんな歓迎すると思うから」
「あ、ありがとうございます」

生徒会のみんなやナナリーに会いたいなぁという気持ちはあるけれど、それ以上にルルーシュが怖かった。
帰るルルーシュを見送り、見えなくなってやっと緊張がとける。

まさかルルーシュとここで会うなんて。
どうしてルルーシュはこの店で買い物してたんだろう?
ナナリーの服を買いに来てたのだろうか?
突如、ハッとひらめいた。もしかして買ってたのはC.C.の服?

「空、お店入らないの?」
「……あ! えーっと、あたし少しお腹空いたかも! 先に何か食べに行こう!」

店内にC.C.が残ってそうな気がして、スザクをぐいぐい引っ張って店から離れた。


 ***
 

あたしが会いに行こうとしない限り、ルルーシュとは二度と会わないだろう。
特派にいる限りあたしの安全は保障されている。
そう考えると心がすごく軽くなった。

ご飯食べて別の店で服買って、日常生活に必要だと思うものを全て買う。
荷物のほとんどを持ってくれてるスザクには悪いけど、最後に行きたい所があった。

「食料品売ってる店ってこの近くにある?」
「どうして?」
「プリンの材料を買いたいの。
ロイドさんにお礼がしたいから」
「作れるの?」

スザクは驚きに目を見開いた。
気持ちがシュンとする。そんなにびっくりしなくてもいいじゃないか。

「……意外だったかな」
「い、いや違うんだ! 確かに意外だけどすごいなって思って!
本当にすごいよ、プリン作れるなんて。
僕も食べたいなぁ」

シュンと下がった気持ちがスザクの言葉で浮上する。

「もちろんスザクの分も作るよ。
特派の人達やセシルさんの分も」
「ありがとう。みんな喜ぶよ。
大学に一番近い店でいいかい?
ロイドさんに頼まれて時々そこで買い物してるから」
「ロイドさんに?
それってもしかして……」
「『プリン買ってきて』って頼まれるんだ」
「ふふ。やっぱり」

朝昼晩と毎日プリンを食べている、とセシルさんは言っていた。
あたしもプリンは好きだけどロイドさんみたいには食べられない。

「あのさ、聞きたいことがあるんだけど。
空ってもしかしてルルーシュのこと苦手?」

スザクの指摘にドキィッと心臓が跳ねた。

「……ど、どうしてそう思ったの?」
「怖がってるように見えた。
それを隠そうと無理に笑っていて、ルルーシュが帰るって言った途端ホッとしてた。
空は気持ちが表情に出やすいんだね」

パーフェクトに言い当てられて泣きたくなった。

「ごめんね……。
スザクの友達なのに……」
「謝ることないよ。悪い事じゃないんだから。
……でも、どうして空はルルーシュが苦手なんだい?」

すごく困る事を言われ、うぐっと内心呻く。
当然の疑問だ。だってスザクが思うルルーシュ・ランペルージには、苦手になる要素が全然無いんだもの。
スザクを納得させられるそれっぽい嘘が言えずにいたら、スザクは「話しづらかったら話さなくていいよ」と微笑んでくれた。

「ごめん……」
「大丈夫だよ。
ルルーシュの良いところに気づいたら、きっと苦手意識も無くなるはずだから」

ルルーシュの良いところは知っている。容赦なく恐ろしいところも。
知りすぎてるくらい知っている。

あの時の鋭い眼差しは怖すぎた。
あんな目をされたら苦手意識が消えるわけない。
今思い出しても息が詰まるほど恐ろしくなるんだから。

次ルルーシュと対面する事になったら自分を偽れる自信がない。
怪しまれてギアスをかけられる未来しか思い浮かばない。
絶対クラブハウスには行かないでおこう────そう心に決めた。

スザクの案内してくれた店で買い物した後、大学の宿舎に帰る。
まずは買った荷物を運ばないと。
あたしの部屋はセシルさんと相部屋だ。
出掛ける前に『今日から同じ部屋ね。空ちゃんの物を置ける空間をつくっておくわ』と嬉しそうに言っていたあの時のセシルさんは女神だった。

セシルさんとあたしの名前が書かれたプレートが掲げられた扉を数回ノックする。
扉を開けて「ただいま帰りました」と言いながら中に入れば、部屋の掃除をしていたセシルさんが笑顔で迎えてくれた。

「お帰りなさい。たくさん買ったわね。
欲しいものは全部買えた?」
「はい。ロイドさんのおかげで」

スザクが出入口近くに荷物を下ろした。

「空、袋ここ置いとくよ。
僕は先に食堂行って厨房貸してもらえるか聞いてくるから」
「ありがとうスザク」

部屋を出ていったスザクを見送ったセシルさんは「何か作るの?」と興味津々な顔で聞いてきた。

「プリンを作ろうと思ってるんです。
ロイドさんにお礼がしたいから」
「プリンを作るのね?
すごいわ! ロイドさん絶対喜ぶわよ!
手作りのプリンなんてすごく久しぶりだから」
「……久しぶり?
セシルさんはロイドさんにプリンを作ったことがあるんですね」
「ええ。一度だけ作ったことがあるの。
美味しさを追求して色々入れてみたんだけど、それを食べたロイドさんったら、一口食べただけで『ボクにはレベルが高すぎるプリンだ』って言ってそれ以上は食べてくれなかったの。
美味しすぎて食べれなくなるなんてことがあるのかしら?」

心の底から疑問に思ってるようなセシルさんに、あたしは何も言えなかった。
『美味しさを追求して色々入れてみた』という言葉に、大体のことを察したからだ。
ロイドさんが完食できないプリンってどんなやつ? 何を入れたか気になったものの、知るのが少し怖くなってあたしは別の話題に変えた。

「セシルさん。
聞きたいことがあるんですけど、お風呂は宿舎にあるシャワールームだけですか?」
「そうよ。男女別々に設置してあるけど何か心配なことでもあった?」
「いえ、問題ないです」

問題はないけど、湯舟に入ってゆっくりできないのは残念だった。
でもぜいたくは言えない身の上だ。我慢しなければ。

「空ちゃんはシャンプー買った?」
「あ、いえ」
「良かった。
実はね、シャンプーやボディーソープは軍で支給されるものがあるんだけど、そのシャンプーは髪を大事にしたいと思う女の子には優しくないシロモノなの。
市販のもので良いのがあるから、よければ私のと共有しない?」
「いいんですか?」
「もちろんよ」
「ありがとうございます……!!」
「実は私、部屋を半分こしたり一緒にシャワー浴びに行ける子がいたらいいなぁってずっと思ってたの。
妹がいたらこんな感じかしら」

本当に嬉しそうに笑うセシルさんに、お姉さんがいたらこんな感じかなぁとあたしも思ってしまった。
扉が開いてスザクが顔をひょっこりさせる。

「空、食堂のおばちゃんが厨房借りていいって」
「ありがとうスザク。
それじゃあセシルさん、プリン冷蔵庫入れたら戻ってきますね」
「ええ、待ってるわ。行ってらっしゃい」
「行ってきます」

セシルさんに見送られて部屋を出る。
後ろにいるスザクが「ついさっきだけど、ロイドさんが食堂でプリンを食べようとしていたよ」と教えてくれた。

「え?! プリン食べちゃったの?」
「止めといた。空がプリン作るから。
ごめん、止めた理由をロイドさんが知りたがってるから話しちゃったよ。
こういうのは、ほんとは出来上がった後のお楽しみなんだけど」
「ううん。いいの。
ありがとね、止めてくれて。
ロイドさんどんな反応してた? やっぱり喜んでた?」
「喜ぶかなって僕も思ってたんだけど、思ったよりも違った反応だった。
イヤな思い出でもあるのかな? 青い顔して黙り込んじゃって……」

手作りプリンはロイドさんにとって忘れられないトラウマになってるようだ。


 ***


スザクに手伝ってもらい、プリン作りは順調に進んだ。
しかし、ぐっさぐさ刺さる熱い視線がすごく気になって居心地が悪い。

「……ロイドさん。
さっきからずっとこっち見てますけど何かあるなら言ってください」

無理だ。ロイドさんの視線に堪えられなくなった。
カウンターに肘をついて作業過程をガン見するロイドさんは、悪魔みたいな笑顔でニコォッと笑う。

「どうやって作るか気になってね。
ボクに見られるのはイヤ?」
「イヤに決まってますよそんなの。
ね、スザク?」

オーブンで焼かれてるプリンをボンヤリ眺めていたスザクが顔を上げた。

「……えっ?
ごめん、もう一回言ってほしい」
「ロイドさんがすっごい見てくるの。ずっとだよずっと。
スザクも気になってたよね?」
「見てた? ロイドさんが?
プリン作りが思ったより楽しくて全然気にならなかったけど」

スザクのぽやぽやした笑顔は、ガン見するロイドさんのことがどうでも良くなるような笑顔だった。

「ロイドさんが最初からずっと見てたのは、あたしが何か変なもの入れないか見張るためですよね?」

ロイドさんは一瞬だけ驚きに目を見開き、ニマリと笑んだ。

「だぁい正解。
キミはセシル君とは違って普通にプリン作ってたね」

スザクが詳細を知りたそうにあたしを見る。
話していいかどうか迷ったものの、話すことにした。

「セシルさんがロイドさんに前に一度プリンを作ったんだけど、美味しさを追求して色々入れてみたんだって」
「色々……?
一体何が入ってたんですか?」

スザクの問いにロイドさんはぶるぶると首を振って答えた。

「聞かないほうがいい」

セシルさんのプリンはロイドさんにとってかなりのトラウマになってるようだった。

焼き上がったプリンをオーブンから出し、調理台に置く。
固まってるかどうか、液が出ないか確認した後、やりきった達成感にホッと息を吐く。

「後は冷まして冷蔵庫に入れるだけ?」
「うん。いい感じにできた」
「どんな感じでできたんだい?」

カウンターにいたロイドさんがすっごい笑顔でゾンビみたいなポーズをしながら厨房に突入してきた。怖ッ!!!
接近し、プリンを確認したロイドさんは喜びにキャーと高く可愛い声を上げた。

「冷蔵庫に入れる前にボクに味見を!
熱いプリンがどんなものか確かめさせてもらうよぉ!」

狂喜の笑みを満面に浮かべるロイドさんに『マッドサイエンティスト』という言葉が頭をよぎる。
隣のスザクもドン引きの顔をしている。あのスザクにそんな表情をさせられるロイドさんをすごいと思う。

「どうぞ食べてくださいロイドさんのお礼の為に作ったので食べてください」
「ありがとーーーーーーッ!!」
「そ、それじゃああたしは部屋の片付けに戻ります」
「行ってらっしゃい。ロイドさんは僕に任せて」

ありがとう。本当にありがとう────そんな気持ちを込めてスザクを見つめれば、気持ちが通じたみたいに頷き返してくれた。


 ***


部屋に戻って驚いた。
本棚の整理でもしていたのか、たくさんの本が床に積み上げられている。

「お帰りなさい。
ごめんなさい、散らかってて。本棚を移動させてたの」

と、軍服(上)を脱いで白シャツがまぶしいセシルさんが言った。
最初に置いてあった位置からかなり離れた所に本棚がある。
積み上げられた本を何冊か手に取り、セシルさんは本棚へ行く。

「あたしも本戻すの手伝います」
「ありがとう。後で整理するから適当に並べてちょうだい」

二人で本を戻していく。
分厚いハードカバーの辞書や持ち運びできる小さいサイズの小説や大学ノートなど、セシルさんの本棚がどんどん埋まっていく。
見ていてワクワクするほど色んな本があった。
その中に一冊だけ、プラスチック製のかわいい表紙の本がある。何だろうこれ?
気になって思わず開いてしまった。
アルバムだ。褐色の肌の女の人の写真が入っている。

「空ちゃん。人のものを勝手に見るのはいけないことよ?」
「わ、ごめんなさい!」

慌てて閉じれば、セシルさんはくすりと笑った。

「うそ。いいのよ、好きに見て。
見られて恥ずかしいような写真は入っていないから」
「いいんですか?」
「いいのよ。
アルバム、ちょっといい?」

手を伸ばすセシルさんにアルバムを返す。
受け取ったアルバムのページをペラペラめくった後、セシルさんはページを広げたまま渡してくれた。

「はい。
これ、誰かすぐ分かるはずよ」

二人が写る写真。
スプーン片手に幸せそうに笑うロイドさんと、今よりも髪が長いセシルさんが困った顔で笑っている。二人とも私服だ。

「こ、これいつの写真ですか?!」
「うふふ、学生時代の頃の写真よ。ロイドさんは全然変わってないでしょう?
昔も今もプリンが大好き」

学生時代を思い出しているのか、セシルさんは懐かしそうに目を細めた。

「今もずっと変わらないわ。
プリンだけじゃなくて、ぜーんぶ。
結婚を考えてもいい年なのに、そういうのは全然頭にないみたい。
子供っぽいのよね、あの人」

セシルさんの声音がいつもと違う。
あれ? もしかしてセシルさんってロイドさんのことが好きなんじゃ?
ドキドキしていたら、突然扉が勢いよく開いた。
ロイドさんが飛び込んできてギョッとする。
ズカズカとこっち来るロイドさんに、一体何が!?と戸惑っていれば、手を掴まれ引っ張られた。

「わっ!? ひゃっ!」

倒れそうになりながらも踏ん張って耐えた。
あたしの手をロイドさんは両手で握り直し、うっとりとした笑みで見つめてくる。

「ボクと結婚しよう」

拝啓、すっごい遠い世界にいるお父様お母様へ。
七河空はワケも分からないまま求婚されました。

「けっけけっけっこんんんんんん!!?」

絶叫が響き渡り、シンと静まり返る。

手を握ったままのロイドさんの手首を、セシルさんがギュッとワシ掴む。
ギリギリと音がして、ロイドさんが「アヒャーッ痛痛痛痛ー!!」と叫んだ。
ロイドさんの手から解放してくれたセシルさんは、心が凍るような笑みを浮かべて言った。

「ロイドさん、外で二人で話しましょうか」

死にそうな顔でロイドさんは頷いた。


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