起きて、まず一番に目にしたのが手首の手錠。
目が覚めたら自分の世界に、なんて事はなく、目が覚めた後でもあたしはまだ『コードギアス』の世界にいた。
ランスロットの
眠り姫/02
ベッドと少しの家具があるだけの狭い空間────そこがあたしに与えられた部屋だった。
上半身を起こし、改めて手錠を見る。
着替えや歯磨きであんなに苦労するなんて……。
「保護観察ってなんか嘘臭いんだよねぇ……」
ロイドの性格からして、『面白そうだから』なんて自分勝手な理由で手錠をかけたに決まってる。
バターン!と扉がいきなり開いた。
「おっはようございまぁあ〜すっ!!」
「ひゃああああ!!!」
ノックも無しにロイドがズカズカ部屋に入り込んできた。
「ちょ、ちょちょちょっと!
なにいきなり入ってんですかぁっ!!」
着替え中だったらどうするつもりなんだこの男!
遠慮する気はないのか、ロイドはベッドまで一直線だ。
「キミ、なにか勘違いしてるでしょ?
保護観察中なんだからいちいちキミの事情は察したりはしないよ」
言いながら、ロイドは手錠の鎖を指でつまんだ。
「もしかして『コレ』だけだと思ってたぁ? ざ〜んねんでしたぁ!」
「痛ッ!!
ちょっ、引っ張らないでください!!」
「んふふ、ついて来ないともっと痛いよ? ちなみに拒否権はないからね〜」
薄笑いを浮かべたロイドがあたしには悪魔に見えた。
引っ張られ引きずられるようにして強制的に連れて行かれた先は食堂だった。
朝ご飯を食べているのは数人だけ。
その中に見覚えのある顔が二人いた。
「スザク! セシルさん!」
制服姿のスザクとオレンジの軍服を着たセシルさんにホッとした。
駆け足で二人が座る席へと向かう。
「おはよう、空」
「空ちゃんおはよう。よく眠れた?」
「これがあって寝にくかったんですけど、眠れました」
手錠を持ち上げるように見せ、あたしはセシルさんの右隣の席に座る。
続いてロイドがあたしの隣に腰掛けた。
うっわ嫌だなぁと顔がひきつる。
「…………セシルさん。
左隣 行ってもいいですか?」
「うん、じゃあボクも行こうかな。キミの左隣」
いやだもうこの人!! 空気を読んでよアナタの隣に座りたくないあたしの空気を!!
どの席に行ってもロイドがどこまでもついてきそうな気がしたから、席を移動するのを諦めた。
「空ちゃんは嫌いなものってある?」
「いいえ。なんでも食べれますよ」
「それじゃあ私達と一緒でも大丈夫ね?
すみませーん、モーニングセットを2人前追加お願いします!」
厨房に向けてのセシルさんの声に、
「あ、ボクの分だけいつものヤツつけといてね〜」
と、ロイドが付け足すように言った。
「いつものヤツ……?」
「食べないと頭の回転が遅くてねぇ。ボクの好物だよ」とロイドはデレーっと笑い、
「おかげで毎月赤字ですけどね」とセシルさんは冷めた笑みを浮かべた。
「???」
なんだろう? ロイドの好物って?
モーニングセットが届いてやっと、ロイドの言う好物が何か分かった。
トレーには見覚えのある小さなデザートがちょこんと置いてあり、フタには英語で商品名が書いてある。
「こ、これが……ロイドさんの好物……?」
「うん。僕もすごく驚いた」
「中毒みたいなものよ。
品切れで食べられなくなったら子供みたいに駄々をこねちゃうの」
「好物だからねぇ」
プリンの愛しそうに見つめるロイドの顔はきらっきらに輝いている。
いただきますを言ってからロイドはプリンを最初に食べ始めた。
本当に好きなんだなぁと少し驚きながら、あたしもいただきますのあいさつをして食べ始めた。
一番に完食したスザクはトレイを手に立ち上がる。
「ごちそうさまです。
すみません。学校があるので先に失礼します」
「気をつけてね、スザクくん」
「……行ってらっしゃい」
いいなぁ、と羨ましく思いながらスザクの背中を見送る。
食堂を出ていって姿が見えなくなった後、あたしの口からため息が小さくこぼれた。
「もしかして学校に行きたいとか考えてる?」
心を見透かすような淡い色をした瞳にギクリとする。
ロイドを見ないようにして、あたしは食事を再開した。
「違いますよ。この時間はあたしも学校に行ってたなぁって思っただけです」
「……そうよね。そう言えば空ちゃんも学生だったわね。
ロイドさん……」
「ダーメ。
セシルくん、キミ、彼女が今どんな現状に置かれてるか理解してないでしょ?
彼女の存在は秘匿にされなければならない。
まぁ、特派内なら口止め程度でなんとかなるけど、それ以外は危険すぎる」
朝食を全て食べ終わった後、ロイドはヘラヘラと笑って席を立つ。
「ごちそーさまっ。
………あららぁ? キミ、まだ半分も食べてないのぉ? ゆっくりだねぇ」
ゆっくりになってしまう原因を作った男にそう言われた。
「食べにくいんです。
誰かさんにつけられた手錠のせいで」
「誰かさんってだぁ〜れ?」
一人だけ殴っていいならあたしはこの男を今すぐ殴りたい。
「ロイドさん、ふざけないでくださいね」
握りこぶしを作り、にっこりと笑うセシルさんにロイドが大きく身震いする。
彼女がすごく頼もしく見えた。
やっと食べ終わり、自室に戻って身支度を整える。
準備完了で廊下に出れば、待っててくれたセシルさんがランスロットのいる所に案内してくれた。
広い空間だ。
研究員達がランスロットの調整や整備を進めている。
ランスロットの足下には大きな黒い球体────なんだろうあれは?
セシルさんは研究員のひとりに呼ばれて行ってしまった。
こんな所にいたら邪魔だろうな。早足で壁際まで避難し、壁を背にストンとしゃがむ。
ランスロットを見上げ、ぼんやりと考えた。
「(結局、夢には出てきてくれなかったなぁ……)」
向こうにいた時は毎回毎回夢に出てきたくせに。
言いたいことがあたしに伝わったから満足したのだろうか?
もう一度ランスロットを見上げ、嘆息する。
助けるとは言ったけど何をすればいいんだろう? 分からなくて不安だった。
「ばぁッ!!」
「わぁああ!!」
考えに没頭してたあたしの視界にバッとロイドが現れ、驚いて腰が抜けてしまった。
「近づくボクに気づかないほど、キミは何を考えていたんだい?」
絶対寿命縮んだ。心臓がドッドッドッドッてなってる。
「驚いたァ? ごめんねぇ」
悪いと思ってるのか、ロイドは立てないあたしに手を差し出してくれた。
反射的に手を握ったけど、今までのロイドのあれこれを思い出してパッと手を離す。
「やっぱいいです一人で立てます」
「あ。やっぱ怒ってるぅ?」
すっくと立ち上がれば、よしよしと頭を撫でられた。
おちょくるようにニヤニヤするロイドに恥ずかしさで顔が熱くなる。
「あたし、そんな子供じゃないですよ」
「そう? キミはまだ子供だと思うけど」
ロイドは撫でる手を止めない。
もう好きにしてくれと諦め、あたしは問いかけた。
「なにか用ですか? あたしを驚かせるために来たわけじゃないですよね」
「うん、大正解♪」
今にも歌い出しそうなほどの上機嫌な声だ。
「ちょっと調べたいことがあってねぇ。
キミに協力してほしい」
「何をですか?」
「あ・れ」
撫でる手を止め、ロイドはランスロットを指差した。
正確にはランスロットの隣に設置された謎の球体。
たくさんのコードがランスロットと球体を繋いでいて、小さく低く稼働音が聞こえてくる。
「あれね、ボクらが開発した仮想シミュレーターなんだ。
ひとまずデータが欲しいから、キミに試しに乗ってほしい」
「え? あたしですか?
でもあたし、スザクみたいな運動神経無いですよ?」
体力の成績はそれなりにいいけど、あたしは普通の女子高生だ。
スザクみたいな運動神経を求められても困ってしまう。
「だぁいじょうぶ。
キミの運動神経なんて期待してないから」
失礼だなこの人は。
ロイドがピッと指を立てた。
「さぁて、問題。
ランスロットを動かすのに必要な要素って何だと思う?」
「動かすのに必要な要素……?
運動神経じゃないんですか?」
「ぶっぶーハズレー!! ざぁんねんでした!!」
腹が立つ即答だった。
「ランスロットを動かす上で一番重要なモノは反射神経だよ。
それと『どのように動かすか』っていう自分の中のイメージなんだ。
それにランスロットは反応する」
「ロイドさーん、準備できましたよー」
ランスロットのそばのモニターの前に立つセシルさんがロイドを呼んだ。
「はぁ〜い」
うきうきと返事したロイドはあたしに向き直り、子供みたいな笑みを浮かべた。
「データが欲しい。
試しに乗ってみないかい?」
返事をする前にロイドはあたしの手首から手錠を外した。
これはもうやるしかなさそうだ。
オレンジの軍服を着た研究員の男の人に案内されて球体に入る。
大きなディスプレイにセシルさんが映っていた。
『空ちゃん、足元に気をつけてね』
「はい」
緊張でドキドキしながら操縦席に座る。
すぐ目の前にある操縦桿とディスプレイと足元のペダル。
ゲームセンターにある最新のレーシングゲームみたいだなぁと思った。
『準備はいい?
簡単な操作説明をディスプレイに表示するから、分からなかったら言ってちょうだい』
ディスプレイに映っていたセシルさんの顔がパッと何かの図面に変わる。
操作方法は思ったよりも難しくなさそうで、あたしは肩の力を抜いて操縦桿を握った。
火が灯る、だろうか。そんな不思議な感覚を胸の奥で感じた。
優しくてあったかい────あの時と同じだ。
胸の奥を中心に全身へ、指先まで広がっていく。
今なら何でも出来るような気がした。
***
終了の声がして、ディスプレイに広がっていた景色がゆっくりと暗転する。
あたしを呼ぶセシルさんの声が聞こえたけど声が出ない。返事する気力が湧かない。
しんどくてしんどくて、操縦席でぐったりとしたまま動けなかった。
「大丈夫、空ちゃん?」
扉が開き、セシルさんがひょっこり顔を覗かせる。
呼吸するのも苦しい。か細い息を吐きながら、やっと喋ることができた。
「これ……これ、なん……なんですか、これ……?」
全力疾走したわけじゃないのにすごくしんどい。
脳が擦り切れそうな、神経がすり減ったような、今まで感じた事のない疲れだった。
「このシミュレーションポッドはランスロットと直結しているの。
ごめんなさい。ここまであなたに負荷がかかるなんて……。
しばらくここで休んでる? 出たいなら肩を貸すわ」
狭いところよりも広いところに出たくて、あたしはこくこく頷いた。
セシルさんに支えられてシミュレーションポッドを出る。
外がけっこう騒がしかった。
「ロイドさん? どうかしたんですか?」
「あぁセシルくん。結果がね、出たんだけど……」
モニターをジッと凝視するロイドは真顔で言った。
「……結論から言うと異常な数値だ。スザクくんを遥かに上回っている」
頭が働かない。早く休みたい。
ひたすらそう思っていたあたしは、それがどういう意味か深く考えられてなくて────
────長時間爆睡して目覚めた翌日、やっとあたしは理解した。
「今日からあなたは特別派遣嚮導技術部の人間よ。
よろしくね、空ちゃん」
『保護観察』という形でかけられていた手錠が外され、代わりに渡されたのはオレンジ色の軍服で。
あたしは『ランスロットに次ぐ試作嚮導兵器のデヴァイサー』になった。
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