22話/ルルの秘密


目が覚めてすぐ、覗き込むルルの顔がよく見えた。

「ルル……」

とても安心する。
でもすぐに、ロロのことを思い出す。
心が震えるほどうろたえた。

「ロロ、ロロは!?
ひどい怪我をして……!」
「ロロは無傷だ。
あの血は全て、輸血パックによるものだ」
「そうなの……?」
「それでも無理をしたことに変わりはなくて、今は隣の病室で安静にしている。
容態は安定しているから心配しないでくれ」
「よかった……」

息を吐く、身体の力が抜ける。
ロロが無事で良かった。死んじゃうかと思った。
顔を動かして周りを確認する。どこかの病室で私は眠っていたみたいだ。

「シャーリーはどうだ?
辛かったり、痛いところはあるか?」

熱心に聞いてくるルルはいつもと違って変だ。
ちょっと笑ってしまった。

「私は平気。ルルは大丈夫?
どこも怪我してない?」
「ああ、無傷だ。
それより、どうしてシャーリーはあの場所に?
スザクと一緒にいたはずなのに、たったひとりで騒ぎがあったあんな場所まで」
「私は……」

そうだ。
ここにいて、ってスザク君に言われたのに。
私はそれを無視して飛び出した。
後でスザク君に謝らなきゃ。

「……ルルが一人で戦ってると思ったの。
そう思ったら動いてた……」
「思い出したのはその時に?」
「ううん。
スザク君とルルに会う前日、買い物してる時に突然」

紫の瞳を大きく見開き、動揺して震えた。
珍しい表情だ。

「私ね、記憶が戻ってすごく怖かった。
偽物の先生、記憶のない友達。みんなが嘘をついてる。
世界中が私を見張ってるような気がして……」
「全部思い出して……ずっと怖かっただろう。
全て俺のせいだ」
「そんな。そんなこと。ルルだってこんな世界で……。
……私は一人で戦ってたルルを助けたかった」
「しかし、俺は……シャーリーのお父さんを……」

そう。
ルルはゼロで、お父さんのかたき。
それでも。それでも私は────

「私はルルが好き。
スザク君は嫌い?」
「僕は好きだった」
「今は?」


────思い出す。スザク君を外に連れ出した後の会話を。
スザク君は沈黙した。それだけでスザク君の気持ちがよく分かった。

「変だと思ったんだ。
前はあんなに仲がよかったのに。
ケンカでもしたの?」
「許せないんだ」


怒っている表情だけど、今にも泣きそうな瞳をしていた。
好きだと思う気持ちを、許せない気持ちが覆っている。押さえ込んでいる。
それはすごく苦しくて辛いことだ。

「許せないことなんてないよ。
それはきっとスザク君が許さないだけ。許したくないの。
私はもう、とっくに許したわ」


自分の中に許せない気持ちはあったけど、今はもう、好きだと思う気持ちのほうがずっとずっと大きい。
私は心の底からルルの幸せを願っている。
ルルの幸せを取り戻してあげたい気持ちがどんどん溢れてきて、目に涙が浮かんできた。
慌てて右手で目を拭い、ため息をこぼして身体を起こす。

「ルル。私は……。
……私は、お父さんを巻き込んだって分かってても、嫌いにはなれない。
ルルを守りたかったの。
だって、私は、ルルのこと……」
「シャーリー……」

ひどく苦しそうな顔をする。
そんな顔しないでほしい。見ていて辛くなってくる。

「俺はシャーリーに嘘をついた。
隠し事もたくさんしている。
去年の、あのケーブルカーの日、断りなしにシャーリーの記憶を……」
「……うん」

悲しいことも、怖いことも、忘れたいことも、ルルが全部忘れさせてくれた。
でも、一番大切な気持ちも失ってしまって、私はルルを“ルルーシュ君”と呼ぶ自分になった。
だけど、話す内にまた好きになった。

「去年の学園祭の時も……俺はシャーリーに真実を打ち明けず、ごまかした。
不誠実で、どれだけ謝っても許されない。
許されないことをした。
すまない、シャーリー」

まっすぐ心を向けて謝ってくれる。
紫の瞳がいつもより深い色をしている。
こんなルルは初めてで、声が出ないほど戸惑った。

「知りたいことは話す。
シャーリーの身に危険が迫るから……言えないことはあるし、話せることだけになってしまうが……。
もちろん嘘はつかないし、忘れさせることはしない。
思い出した記憶を誰にも変えさせない」

約束よりも強い、誓いの言葉に思えた。
心にある戸惑いが消え、今の自分でいられることにホッとする。

「ありがとう、ルル。
あとの話は……二人きりになれる所で聞かせて。
ここは病院の人が来るかもしれないから」

ルルは声も出せない顔で驚いた。
かわいい表情に、見ていてくすぐったい気持ちになる。

「ルルが話しやすい場所がいい。ダメ?」
「それはありがたいが……。
でも、いいのか? 俺と二人きりなんて……」
「いいの。お願い、ルル」

本当にいいのか?と、ルルの顔がそう言っていた。
笑顔で頷く私に釣られてルルも微笑んでくれた。

「ありがとう、シャーリー。
話しやすい場所なら、クラブハウスのダイニングか俺の部屋だが……」
「え!? ルルの部屋!?」

行ってみたかった場所だ。思わず声が上ずった。
私を見つめるルルの顔が申し訳なさそうに曇る。

「悪い。さすがに男の部屋だと落ち着かないな。ダイニングにしよう」
「あ……う、うん」

残念な気持ちになって、私はぎこちない笑顔で了承する。
訪問する日時は私の希望で明日の午前10時に決まって、帰っていくルルを見送った。

時刻は午後6時。
外はまだ明るかった。
診察を受けて、健康状態に問題無しと病院の先生が教えてくれた。
お母さんに連絡してもらって、あとはもう帰るだけ。
ロロの顔を見に行きたいな……と思ったけど、面会謝絶で今は会えないそうだ。
お母さんを待つ間、スザク君に電話をかけた。

「『シャーリー! もう大丈夫?』」
「うん。病院の先生も家に帰って良いって。
ごめんね、スザク君。
安全な所に連れて行ってくれたのに飛び出しちゃって」
「『……そうだね。報告聞いてすごい心配したよ。
まさか警備を抜けるなんて……』」
「勝手に動いてごめんなさい。
ルルのことで頭がいっぱいになっちゃって……。
もう二度とこんなことしないから」
「『約束だよ。
キミが怪我するのは、僕もルルーシュも嫌だから』」
「うん。約束する。
ありがとう、スザク君」

電話を終えて携帯をポケットに戻す。
ちょうどお母さんが迎えに来てくれて、車を降りたお母さんが駆け寄ってくれた。

「ああ、シャーリー!
シャーリー……無事で良かった……!」

倒れ込むように抱き締めてくれた。
ホッとする声。見つめてくれる優しい眼差し。
胸がぎゅっと苦しくなる。

「お母さん、心配かけてごめんなさい」
「いいの。いいのよ。本当に良かったわ」

無事を喜んでくれる笑顔に、罪悪感で息苦しくなる。
お母さんと一緒に車に乗って、ゆっくりと走り出す音を聞いてから、私はぼんやりと遠くを見た。

全部覚えている。
安全な場所を飛び出したその後を。

私は一人で戦うルルを助けたかった。その気持ちで飛び込んだ。ルルが何と戦っているのか知らないまま。
血でいっぱいになったあの時の“アレ”を、どうしてそうなったのか、自分は今も理解していない。
きっとロロが助けてくれた。命をかけて守ってくれた。
あの場にもしロロがいなかったら?
たったひとりで、よく分からない何かと遭遇していたら?
そんなことを考えたら、恐ろしくなって手が震えた。指先が冷たくなっていく。
生きていることが奇跡のように感じてしまう。
私はスザク君のように軍人じゃないし、ロロみたいに動けない。
今の自分じゃ、ルルを守ることも助けることもできない。
悔しくなって両手を強く握った。

ルルは『思い出した記憶を誰にも変えさせない』と言っていた。
ルル以外にもいるんだ。他にも記憶をいじることができる人が。

最初に頭に浮かんだのはナナちゃんだ。
どうして総督なの?と思ったけど、誰かがナナちゃんの記憶をいじって変えたんだ。
あとは“ソラ・ラックライト”を名乗っているあの子。
思い出したから分かる。留学生のあの子は間違いなく空だ。
スザク君は、過去の記憶を全て忘れていると言っていた。
私みたいに思い出すことはできるのかな?

両手で携帯を手早く操作し、急いで彼女に電話をかける。
どう言葉を掛けていいか分からないけど、空の声を聞きたくなった。

「……………………」

繋がらなくてため息が出る。
携帯を片付け、長く細い息を吐いた。

忙しいのかな? 手が離せない状況なのかな?
今みたいなことは今まで何回かあって、だけどソラは必ずその日の内に電話をかけてくれていた。きっと大丈夫だ。
大丈夫だと思っているのに、胸の奥がざわざわする。不安が膨らんでいく感覚がした。


  ***


深夜になっても、電話はかかってこなかった。
気持ちが落ち着かない。
嫌にドキドキして眠れなくて、寝たか分からない浅い睡眠の後、夜明けと共に体を起こす。

「空のことは……ルルに相談したほうがいいよね……」

ルルから大事な話を聞くまであと数時間。
聞くだけじゃなくて、ルルの為にできることを考えないと。
守りたいし助けたい。気持ちはたくさんあるのに、できることはまだ思い浮かばなかった。


  ***


あっという間に約束の時間だ。
ルルはクラブハウスの入口で待っててくれた。

「来てくれてありがとう、シャーリー。
……顔色がよくないな」

心配顔ですぐに歩み寄ってくれる。
見つめる瞳は優しくて、嫌なドキドキが別のドキドキに変わる。

「日を改めよう。送っていくから今日は休んだほうがいい」
「ううん、大丈夫。
ルルの話を今日聞きたいから」

無理をしていると思ったのか、ルルは心配顔のままだった。

「分かった」

ルルに案内されてダイニングに行く。
久しぶりに入った場所はほんの少し暖かくて、ホッとした気持ちで中まで歩く。

「飲み物は冷蔵庫と棚にたくさんある。
好きなものを選んでくれ」

ルルと一緒にキッチンへ行く。
冷蔵庫にはドリンクボトルが並び、棚には紅茶缶がたくさん揃っている。

「すごい。
どれにしようかな……」

きれいな色の缶。おしゃれで可愛い缶。
飲んでみたくなってしまうデザインばかりだ。
悩んでいたら、食器やカップの収納棚まで歩いていた。
ひと目見てすぐに気付いた。
ナナちゃんが愛用していたティーカップがどこにも無い。
収納棚から離れてダイニングに戻る。

「私の飲み物は……ルルと同じやつがいいな……。
お願いできるかな?」

ルルの顔を見れないまま、広いテーブルの端に着席して。
じわりと目に涙が浮かぶ。
このクラブハウスには私がよく知っているナナちゃんの部屋は存在しない。

「あそこは……ロロの部屋だ……」

ぽつりと無意識に呟いていた。

会長がロロをクリスマスパーティーに誘った日、ロロの部屋に行ったことがある。
部屋から顔を出したロロのちょっと嫌そうな表情と、必要最低限の物しか置いてない室内をよく覚えている。
あの部屋は、本当はかわいい内装だった。
ロロじゃなくてナナちゃんの部屋だった。

ルルは他人の記憶を忘れさせることができる。
でも、これはルルじゃない。
ロロをルルの弟だと思っていた私の記憶は別の誰かがやったことだ。
会長もリヴァルも学校のみんなの記憶も。

「お待たせ、シャーリー」

深く重く考えていた頭がふわりと軽くなったように感じた。
ティーセットを持ってきたルルに、心が自然と楽になる。

いれてもらった紅茶はきらきら輝いていた。
ほんのりと苺の香りがして、深く呼吸できるようになる。
ルルは近い席に座った。
飲み始めたルルを見てから自分もひと口。
おいしくて笑みがこぼれてしまう。

「シャーリーには知りたいことがたくさんあるはずだ。
その全てに、俺はできるだけ答えたい」
「うん。ありがとう、ルル」

もうひと口飲み、ルルに向き直った。
私を真剣に見つめてくれている。

「ルルは他の人の記憶を忘れさせることができるんだよね?」
「ああ」
「ルル以外にも……いるの?
記憶をいじることができる誰かが」

ルルは驚いた。
目を見開いたのは一瞬で、すぐに表情を戻す。

「そうだ。
敵は空の記憶を消した。
記憶をいじられたのはシャーリーや会長、リヴァル、あとは学園の生徒や先生達。
俺の記憶も変えて、妹のナナリーを偽りの弟にすり替えた」
「やっぱり……そうだよね……。
ルルは自分からナナちゃんと離ればなれにはならないから……」

ルルは小さく頷いた。

「俺が思い出したのはバベルタワーに行った日だ」
「ルルはその日に……。
ロロは、偽りの……」
「ロロは俺の行動を監視する為に送り込まれた人間だ。血の繋がりはない。
しかし、ロロは俺を大切に思ってくれている。その気持ちは本物だ」

話すルルの浮かべる笑みにホッとする。
お互い、大切に思い合っているようで安心した。

「ナナリーは自分の意思で総督になったんだ。
シャーリーのように記憶をいじられたわけじゃない。
俺もナナリーも“ランペルージ”を名乗っていたが、本当は……。
……俺はブリタニア皇位継承第17位、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアなんだ」
「えっ!!」

ビックリして変な声が出た。
跳ね上がるほど驚いたけど、じわじわと納得していく。

「そ、そうだよね……。
ナナちゃんが本当の家族ならルルもそうなるよね……」

胸がドキドキする。
恋している時の胸の高鳴りと違って、ぜったい秘密にしなきゃいけないナイショ話を聞いて緊張するドキドキだ。
ルルはそんなことまで話してくれるんだ……と驚きでいっぱいになる。

「このことを知っているのはアッシュフォード家だけだった。
だが今は……シャーリーだけだな」
「どうして話してくれたの?
ルルなら全部話さなくても……」
「言っただろう。話せることは話すと。
シャーリーなら他言しないと思ったんだ」
「ルル……」
「俺を守りたいと言ってくれた。
そんなきみだから信じられるし、打ち明けたいんだ」

そんなこと、初めて言ってもらった。
涙がみるみる浮かんでしまう。

「うん……。
……うん! 私は絶対、ぜったい誰にも話さないよ!」

ルルがやわらかく微笑んだ。

「ありがとう、シャーリー」

一番格好いい表情に、頬のあたりが熱くなる。
ルルのことがもっともっと好きになる。
紫の瞳を見つめられなくなって、苺の紅茶をゴクゴク飲み干した。
ルルもそっとひと口飲む。
絵になる姿だ。かっこいいなぁ。

「他に聞きたいことはあるか?」

まっすぐ見つめてくる。
私の疑問に全て答えてくれそうな瞳だ。
聞きたいことはあるけど聞いていいのかな。知ったらいけない気分になる。
誰にも話していないルルの秘密をたくさん聞いて、私はそれを全て心にしまっておく────そう思うと、ひどく緊張して息が詰まった。
知りたいけど知りたくない。自分でもよく分からない感情でいっぱいになる。
気持ちがどんどん小さくなっていく。

「う、ううん……。
今は……いいかな……。
知りたいことは全部、私が知っちゃいけないことだと思うから……。
それよりも……私は……」

私は思い出したけど。
でもリヴァルは? 会長は?
空なんて、全部忘れてしまっている。
ルルの幸せだけじゃなくて、みんなの記憶も取り戻せたらいいのに。

「……記憶を元に戻すことはできる?
私は、今の空も助けたい」
「シャーリーは俺だけじゃなく、空も助けたいと思ってくれているんだな」
「当たり前だよ。
だって空も大切だから」

大切で大好きな私の友達。
忘れたままで、思い出せなくて、きっと今もずっと不安だ。

「“みんなで一緒に花火がしたい”────それが私の願い。
だから、思い出す為に必要なことがあるなら全部やりたいの」

ルルは優しく目を細めた。

「……そうだな。
空だけじゃない、ナナリーも。
もう一度みんなで、花火を上げよう」
「うん!」

安心してお腹が空いて、それを隠そうとする私にルルは微笑んで、フルーツタルトをごちそうしてくれた。
食事しながら今後の作戦を立てる。

「何かあったら電話で相談する。
前にもらったシャーリーの助言で、俺は想いと心の力に気付いたんだ」
「ふふっ」
「シャーリーにやってほしいことだが……。
……リヴァルもシャーリーみたいに思い出すかもしれない。
その時、混乱しないように説明してほしい。
リヴァルもシャーリーがいれば安心するから」
「うん! 学校は私に任せて!」

ルルの為にできることがやっと分かって、晴れ渡る空みたいな気持ちになる。
タルトを食べながら、私は幸せを噛みしめた。


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