23話/エリア11


シャーリーを家に送り、中に入ったのを見届けた後、ルルーシュは帰路についた。

《シャーリー、全然質問しなかった……》
《怖くなったんだろう。誰だって、他人の大きすぎる秘密は抱えたくないものだ。
俺の素性を明かした甲斐があったな》

二人のやり取りはずっと黙って見守っていた。ルルーシュが打ち明けた内容にはとても驚いたけど、シャーリーだから信じられる。

《笑顔になって良かったね》

あたしの声はいつもと違う涙声だ。
ルルーシュを守りたい・あたしを助けたいと言ったシャーリーの優しさに、涙がボロっと溢れたせいだ。

《ああ。話したおかげでやりやすくなった。
シャーリーのそばに護衛・監視役としてロロを置く。
それで今回の件は解決だ》

嬉しそうに、安心したように微笑んでいた表情が、スッと真剣なものに変わる。

《あとは嚮団だな。
ジェレミアの協力があれば数日以内に位置を特定できる》
《やっと調べられるね》

念願の調査だ。高揚感に思わず笑顔になる。
ルルーシュの瞳はギラギラとやる気に満ちあふれていた。

《ようやくだ。必ず奪還する》

ルルーシュは隣に顔を向ける。語りかけてくれるようなまっすぐな眼差しだ。

《空》
《うん》
《嚮団内部の調査で俺は空を酷使する。過重な負担を強いてしまう。
目的の為に、中華連邦の戦いよりも長い時間をかけることになる》

淡々とした指揮官の声に嬉しくなる。
やりたくてもできなかったことを、やっとやらせてもらえるから。

《それでもいい。
あたしを駒として使って、ルルーシュ》
《……使う、か。その言い方はナリタを思い出すな》

ルルーシュは片手を差し出す。
手のひらを上にして。

《共に戦ってくれ。
勝利に導く女神として》

霊体だけどブルッとする。
あたしは人生初めての武者震いを体験した。


  ***


ジェレミアとフロストの証言で嚮団の位置は特定できた。
場所は中華連邦の砂漠の地下深く。
記録の全てはエリア11の機情が管理する建物内で行われ、あたしが現地で全てを探察し、得た情報をルルーシュががデータ入力しながら口頭で伝え、それをジェレミアがマッピングする。

海を渡り、砂漠を飛翔し、深く深く潜って突入した。
嚮団は想像していたよりもずっと広大な地下都市で、7階建てのマンションみたいな石造りの建物がビッシリ密集している。
ルルーシュに指示された速度で端から端まで飛行し、全体の面積を算定する。
紫がかった街は不気味で、どこか病的な雰囲気がある。
歩く住民は全員が同じ白い制服を着ていて、服装の自由すらなくてゾッとした。
全体をまんべんなく行き来して、ギアス能力者らしき少年少女が集められている施設・非戦闘員の住民がどこで暮らしているかを確認する。
何人住んでいるかを数えたけど、似たような顔立ちでなかなか大変だった。
途中、作業服の男達と食事しているバトレーも発見した。
顔色が悪く、疲れ切った表情でうつむいている。
こんなところに居たんだ……とほんの少しだけ驚いた。

長い長い時間をかけて住民の生活エリアを把握し、次はV.V.が居る重要エリアに侵入する。
悪の魔法使いみたいなコスプレ集団の後を追いかけ、かつて足を踏み入れた大きな神殿に到達した。
中に入らない。ひょっこり顔を覗かせる。
一番最初に見えたのは、中央に設置された大きなモニターらしき機械。
その向こうでV.V.が座っているのが見える。
玉座じゃない別の椅子だ。高級家具屋で売ってそうなやつ。
部下の報告を退屈そうな顔で聞いていて、背後にギアスの紋章が刻まれた壁。
霊体なのにブワーーーーーーッ!!と悪寒が駆け上がり、1秒で逃げた。
本当に怖い。
引きずり込まれた過去がトラウマになっていた。
V.V.がいる神殿を、ルルーシュは“ポイント・アルファセブン”と命名した。

重要エリアに一般人は入れないのか、白い服装の人はひとりも見かけない。
何かの研究室がたくさん、他に狭い正方形の牢屋がいくつも続く。
鉄格子じゃなくて大きなガラス越しで対面するタイプの牢屋で、ペットショップみたいで悪趣味だなぁ……なんて思いながら進めば、牢屋の一角に女性が収監されてることに気づき、目が飛び出るほど驚いた。

《コーネリアがいるぅッ!!!!!?》
《なんだと!?》

記憶にあるコーネリアとかなり違う。
髪型がストレートだし、軍服じゃなくて動きやすい軽装だ。
骨折しているのか左腕はギプスで固定されていて、彼女の顔色もとても悪い。

《なんで捕まってるの!?》
《行方不明になっているとは聞いていたが……。
……そこにいるなら好都合だ。救い出し捕虜にする。
侵入ルートを考える。引き続き内部を確認してくれ》
《うん!!》

行けるところは全て行き、新幹線に似た車両と、どこまで続いているか分からないレールを発見した。
ルルーシュが『もしもの為の逃走手段だろう』と言う。
さらに探索すれば、今居る場所よりもさらに地下に大きなドーム状の空間も発見した。
丸みのある巨大な何かがある。色はオレンジ。
鋭利な角も生えている。色は緑。
特徴を伝えれば、ルルーシュは息を呑んだ。

《……その機体と戦ったことがある。
ブラックリベリオンの時だ》
《ガウェインがこれと……?》

動く様子が想像できない巨体にぽかんとした。
嘘みたいな話だけど、ルルーシュの声には余裕が無い。
どんな恐ろしい機体なんだこれは。
ぽかんとしていたけど、ハッと思い出す。

《これ、前に話してたやつ!?
大型機動兵器でルルーシュ達に奇襲をかけたって言ってた!》
《それだ》

そのヤバい機体が、今は無数のコードに繋がって鎮座している。
外装は磨き上げられてピカピカだ。
いつでも出撃できる完璧な状態に仕上がっている。

《この機体を動かせるのはジェレミアだけ?
他にも操縦できる人がもし嚮団にいたら……》
《いるだろうな。
それが障害になっても排除できるよう、作戦は考える》

ルルーシュの緊張した声に、嫌な不安が一気に押し寄せ、何も言えなくなってしまった。

《機体の内部を確認してくれ》

あたしもそこは気になり、すぐに潜ってコクピットを探す。
生身では絶対に見れない精密機器の塊をくぐり抜け、やっとコクピットに到着して────

《……っ》

────声じゃなくて涙が溢れた。
コクピットにあるのは椅子、台座に設置されたガラス張りのケースだけ。
ケース内に一番取り戻したかったものが置いてあった。
床を這うコードは椅子と繋がり、コードはさらにケースの中まで伸びている。
あたしの体も、首も、離ればなれになっていたのに、同じようなことをされている。
V.V.の命令だ。アイツが道具として、パーツとして利用した。
目のあたりが燃えるように熱くなる。心が爆発しそうになる。
ルルーシュがフロストの額に拳銃を向けた時の気持ちが痛いほどわかった。

あたしを呼ぶルルーシュの声が聞こえる。
心配して呼んでいるのに返事ができない。それどころじゃない。
ぜんぶ全部ぶち壊してやりたくなった。

「やっと来てくれた」

あたしの声が前から聞こえた。
自分の中の激情がごっそり消える。

《うそ……》

ケースの中で物みたいに置かれているそれは、閉じていたまぶたを少しだけ開いていた。
瞳はあたしのよく知る赤目の色。

《……る、ルルーシュ! ルルーシュ!!
コクピットの中にあたしの首が!! 赤目だった!!》
《よく見つけた!! 無事か!?》

近づこうとすれば、赤目が「待って! こっち来ないで!!」と慌てて言った。
《え!? ごめん!》とあたしも反射的に止まる。

「そう、その距離で。
そのまま離れていてほしい」
《近寄り過ぎるとヤバイから?》
「そうそう。キミがこっちに吸収されるかもしれない。多分だけど」
《空。赤目と今話しているのか?》
《うん、ちゃんと話してる。
あたしの声がちゃんと……》

ルルーシュ以外と話すのは気が遠くなるほど久しぶりで、嬉し泣きの涙がちょっと出た。

《話せるなら幸いだ。会話してくれ》
《うん。また後でね、ルルーシュ》
「ルルーシュと話してるんだ。
いいな。ボクも声を聞きたいなぁ。
でもキミの声も嬉しかったんだよ。だって誰かと話すのすっごいすっごい久しぶりだから。
ずーーーーーーーっと黙ってたんだよ!
嚮団の奴らに喋れるって気づかれたら口を縫われるかもしれないからさぁ!」

赤目はさらに続ける。
びっくりするほどのマシンガントークで、話すのが本当に大好きだなぁこの子、とあたしはドン引きした。
ぺちゃくちゃペラペラ話していた赤目はハッとして目をぎゅっと閉じる。

「ごめん話しすぎた!」
《元気だね……。
……首だけでも大丈夫なの?》
「平気だよ。気持ちはずっと元気だ。
ボクに接続されたコレは、ジークフリートを操縦する時の負荷がV.V.にかからないようにする為のやつなんだ。
キミはどうしてここに?」
《嚮団をすみずみまで調べたくて。
あたしの首を取り戻し、住民を保護したりV.V.を封印するってルルーシュが》
「住民の保護? ……へぇ、そうなんだ」

閉じていた目を開いて赤目は笑う。

「今はコードギアスR2の14話“ギアス狩り”あたりかぁ」
《それってあたしの知らないコードギアスの話?》
「そうだけど、そうじゃないかもしれない。
シャーリーは元気?」
《え? なんでシャーリー?
元気だけど……》
「ふふ。ボクの知らないコードギアスになってる」

くしゃりと笑う。心の底から嬉しそうだ。
意味がわからないけど、その笑顔にあたしも笑ってしまう。

「ルルーシュに言ってほしい。
この首はどれだけ欠損しても再生される。だからジークフリートを容赦なく撃墜してくれ、って。
大きな声を出すから、瓦礫の中からボクを捜してよ」
《まかせて! 絶対すぐに見つけるね!
みんなで捜すから!!》
「楽しみだなぁ。一度でいいからロロも見たいと思ってたから」

挨拶をして、赤目はあたしを見送ってくれた。
置き去りにされて心細いのにずっと笑顔だった。
申し訳ない気持ちでコクピットを後にする。
ルルーシュに会話終了を報告すれば《帰ってきてくれ》と言ってもらって、ホッとした気持ちで帰還する。
砂漠を飛翔している間、薄れていた不安がまた蘇ってきた。

《さっき、ロロのこと言ってたよね……》

ロロは今も病院だ。まだ話せる状態じゃない。
赤目の話を思い出すと、今回の作戦に本当はロロが参加しているはずなんだ。

《ジークフリートはきっとあれだ。さっきの大型の機体》

それを撃墜してくれと言った。

《ゼロとC.C.とジェレミアと……あとは零番隊だけの極秘行動ってルルーシュは言ってたけど。
本当にその人数だけで戦わなきゃいけないのかな……》

ロロがいないのに。
嫌な胸騒ぎと重苦しい不安はどんどん増していく。

《中華連邦の時みたいに全員で戦うのは?
……ううん、ダメだ。ギアスの存在に気づく人が出てくるかもしれないし……》

どれだけ悩んでも、あたし以上にルルーシュのほうが考えている。
不安も胸騒ぎも全部隠して、気づかれないように振る舞わないと。
まっすぐエリア11に帰る。
目の前が暗くなっていく気分だった。

入力したデータを確認する。
訂正や補完をして、その後はルルーシュとジェレミアが徹夜して嚮団内のマップを完成させる。
現地で見たものがそのまま再現されたような仕上がりに、これならきっと大丈夫だと安心した。

「空」

ジェレミアがいるのに、ルルーシュは心の声じゃないほうで呼びかけてきた。

《う、うん》

ジェレミアがいるのにいいの?
チラッと見れば、彼は物知り顔の微笑みで悠然と立っている。

「嚮団を攻略するにあたり、星刻に協力を要請する」
《シンクーさんに……?》

目の前がパッと明るくなった。

《そう! そうだよ!! シンクーさん!!
絶対いてほしい!!》

ルルーシュは完璧な笑みを浮かべて頷いた。

「必要な切り札だ。
難色を示したとしても、必ず説き伏せてみせる」
《ありがとう! ルルーシュ!!》

喜びが溢れ、思わずガバッと抱きついた。
すり抜けたけど。

斑鳩に戻る準備を手早く済ませ、ジェレミアは蜃気楼の座席の後方隙間に収まり、すぐに出発する。
南さんに連絡を取れば、星刻さんは斑鳩に滞在しているとのことだ。

ゼロの服を着たルルーシュは無言で操縦をしている。
星刻さんをどう説得するか悩んでいる難しい顔をしていた。
斑鳩に到着するまで、蜃気楼のコクピットはずっと静かだった。

帰艦して一番に出迎えてくれたのはシンクーさんとチャンリンさん。
他には誰もいない。

《空の体に異変でもあったのか?》
《なんだろう? 南さんは何も言ってなかったけど……》
「待っていたぞ。よく戻って来てくれた」

立ち姿と声、全てが力強くて凛としている。
一緒に戦ってくれたらどれほど心強いだろう。
でもシンクーさんの説得は困難だ。
自国を平定しなきゃいけないからそれどころじゃない。
今も各地で争いは起こっていて、藤堂さん達が現地で動いてくれている。

「君は今、斑鳩の誰にも明かしていない困難と戦っている」

見透かす瞳に、ゼロもあたしも圧倒された。

《どうしてそれを……!》
「ゼロ。
君のその戦いに、私も加勢しよう」

ルルーシュもあたしも、驚きで何も言えなかった。


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