20話(後編)


《どうしてジェレミアが刺客に?
ナリタ連山で紅蓮弐式と戦った後で何かあったの?》
《奴はブラックリベリオンの時に現れ、大型機動兵器を駆使して俺達に奇襲をかけた。
熾烈な争いの果てに海に沈み、死んだとばかり思っていたが……》
《生きて戻ってきたんだね。嚮団の刺客として》

ジェレミアの現在地を把握する為、ルルーシュは商業施設の4階を目指す。
その道中、警官2人にギアスをかけた。
内容は『ジェレミア・ゴットバルトを武力行使で排除せよ』だ。

ルルーシュはその後、ジェレミアが通るルートを予測し、その場所────1階がよく見える4階通路で足を止めた。
いつ来るか分からないから身動きせずにジッと目を凝らす。
緊張の時間が長く続いた後、ジェレミアが颯爽と現れた。

《来た!》
《やはりな。排除役が迎え撃つ》

長身のジェレミアはよく目立つ。
あとは服装だ。
軍人としての姿じゃなくて、貴族みたいな服で全身をコーディネートをしている。
仮面舞踏会につけるマスクみたいな装飾品で左目を覆い隠し、髪も艷やかだ。

《近くで見るね!》

バッと飛び降り、急降下でジェレミアのそばに着地する。
排除役の警官達が近づく足音を聞きながら、ジェレミアの眼前に立ち塞がった。

「ジェレミア・ゴットバルトか」
「そうだが」

驚かないし視線が合わない。やっぱりジェレミアも見えない人だ。
確認していると、警官たちがいきなり発砲して驚いた。
左胸右肩に鮮やかな火花が飛び散り、同時に弾を跳ね返す音も。
撃たれたのにジェレミアは少しも表情を変えない。

「何ッ!?」「防弾対策を!?」

動揺したのは警官たち。
それも一瞬だけ、すぐに睨んだ。
ジェレミアは不敵に笑う。

「なるほど。ルルーシュのギアスにかかっているのか」
《え!?》

装飾品の中心がカシャッと開き、左目があらわになる。あたしはゼロ仮面の仕掛けを思い出した。
瞳が青く輝き、カメラのフラッシュみたいに眩しく発光する。
数秒後、光は消え、ジェレミアの青い左目は明るい緑色に戻った。オッドアイか。

「え?」「あれ?」と背後で不思議そうな声が聞こえ、あたしは警官たちの瞳がギアス色じゃなくなっていることに気づいた。

《ギアスを解除したの!?》

ジェレミアは流れるように警官たちの懐に入り、それぞれのみぞおちを強く殴って気絶させる。
この騒ぎに一般客は悲鳴を上げ、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。

ジェレミアは歩き始める。
ゆっくりしたスピードはまるで散歩だ。

《ギアスが効かないだけではない。
解除する力もあるのか》
《やっぱりそうだよね!》

目の辺りが熱くなる。
ユフィのギアスを解除するならジェレミアしかいない。
嚮団の刺客なのに、ずっと待ち望んでいた救いが現れたように思えた。

《空。あれは敵、V.V.の駒だ。
希望は持つなよ》

首を絞められたみたいに言葉が出なくなる。

各階から煙幕が一斉に上がる。これもルルーシュの仕込みだ。
それを知らない一般客は火事やテロだと、さらにパニックに陥った。
ルルーシュが4階から身を乗り出す。
ジェレミアはピタッと止まり、振り返る。
すぐルルーシュに気づき、人の悪い笑みを浮かべた。
ルルーシュも魔王の笑みで応じる。

《さあ! 上がって来い、オレンジ!》

ジェレミアは走り、ルルーシュも同時に逃げる。
あたしはジェレミアの背中にピッタリくっつき、現在地を逐一伝えた。
走るのが速すぎるし、走りづらい場所は跳躍してショートカットするし、人間離れしている。

《ルルーシュ! このジェレミア前と違う!!
走るスピードが咲世子さんよりも速い!!》
《機械の体か? 人間じゃなくなっているかもしれないな》

ジェレミアは息切れもしない。
そんなに時間をかけずにルルーシュを追い詰めた。
駅のホームに逃げ場は無く、ルルーシュが起こした騒ぎで無人だ。
ホームにあるのはマゼンタ色の列車────ああ、なるほど。

《ゲフィオンディスターバーを作動させるんだね》
《ああ》

ルルーシュが止まり、ジェレミアも止まる。
お互いの距離は10メートルほど離れている。
  
「機械の体、ギアスキャンセラー……。
……執念は一流だな、オレンジ君」
「執念ではない、これは忠義」

ルルーシュの挑発にジェレミアは乗らない。
ゆっくりとした歩調で進み、武器も出さない。
全然刺客っぽくなくて違和感があった。

「気に入らないな。
あの皇帝のどこに忠節を尽くす価値がある」

ルルーシュがスイッチをポチッと押した。
すると、列車の上部から四角い機械が現れ、電磁波の音が小さく聞こえた。
ジェレミアの全身がビキッと硬直し、一歩も進めなくなる。

「な、に……!?」

目を極限まで見開き、ぶるぶる震える。
何があっても表情ひとつ変えなかったジェレミアは、今は眉間にしわを寄せて苦しんでいる。
ルルーシュは満足そうに薄く微笑んだ。悪い顔だ。

「その性能、やはりサクラダイトを使っていたか」
「ゲフィオン、ディスターバー……」
「……ほう。よく勉強しているじゃないか。ならば分かるだろう?
サクラダイトに干渉するこのシステムが完成すれば、環状線内の都市機能を全て麻痺させられる。
つまり、トウキョウが静止する。
ありがとう。君は良いテストケースとなった」

そんなにペラペラ話していいの?と少し不安に思った。
ジェレミアの全身からバチバチと電気が出始める。

《本当に機械の体なんだ……》

がく然としながら、あたしはただ見つめた。

「さあ、話してもらおうか。
嚮団の位置を。V.V.の居場所を」
「話すのは、そちらの、ほうだ……」

ジェレミアは一歩、前に進む。
ゲフィオンディスターバーは作動したままだ。
式根島でランスロットと紅蓮弐式を強制的に停止させた機械なのに、ジェレミアは少しずつ歩いて来る。
前のめりになりながら、今にも血を吐きそうな顔で。
ルルーシュも驚愕に言葉を失った。

「私には……理由がある……。
忠義を貫く覚悟が……!」

左目を覆い隠す装飾品から褐色の液体が漏れ出て、涙のように止めどなく溢れてくる。
さらに袖口からも液体が流れて白い手袋を汚し、流血したみたいに止まらない。
ルルーシュを熱心に見つめる瞳は澄んでいて、過去に会ったあの日のジェレミアみたいだった。

「……確かめなければならぬ真実が!!」
「バカな! 動けるはずがない!」
「ルルーシュよ、お前は何故ゼロを演じる?
祖国ブリタニアを、実の父親を敵に回す?」

距離はあと3メートル。
ルルーシュは背筋を伸ばし、顔から驚愕の表情を消し、凛とした面持ちでジェレミアを見据えた。

「俺が、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアだからだ」

ジェレミアはハッとして足を止める。

「俺の父、ブリタニア皇帝は母さんを見殺しにした。
そのためにナナリーは目と足を奪われ、俺たちの未来まで」
「知っています。
私もあそこにおりましたから……」

ルルーシュは小さく頷いた。
以前、過去に飛んだ話をルルーシュに伝えていた。それを思い出している。

「初任務でした……。
敬愛するマリアンヌ皇妃の護衛……。
しかし、私は守れなかった。忠義を果たせなかったのです」
「……それで純血派を」

ジェレミアはその場に膝をつく。
見えない巨大な何かに背中を押さえ付けられているみたいにうずくまり、それでも必死に起き上がろうとしている。
見ていられないほど痛々しい。

「ルルーシュ様。
あなたがゼロとなったのは、やはりマリアンヌ様の為であったのですね……」

動けないはずの体を酷使して、震えながら顔を上げる。
変わらないオレンジの右目から涙が浮かび、静かに流れた。

《お願い、ルルーシュ……。
ゲフィオンディスターバーを止めて……》
「……お前は俺を殺しに来たのではなく」
「私の主君はV.V.ではなく、マリアンヌ様。
これで……思い残すことは……」

ふらつき、地面に崩れ落ちた。

「ジェレミア卿!」

ルルーシュはスイッチを押して解除し、ジェレミアに駆け寄った。
褐色の液体で汚れた装飾品の中心がカシャッと開き、黒い瞳が緑に発光して色を取り戻す。
機械の再起動だ。

「……う。あっ……。
殿、下……?」

瞳に光が戻り、すごくホッとした。
ルルーシュも片膝をつき、ジェレミアを両手で支える。

「ジェレミア・ゴットバルトよ。
貴公の忠節は、まだ終わっていないはず。
そうだな?」 

信じられないものを見る顔で打ち震えるジェレミアは、誇らしげに微笑んだ。

「イエス。ユア・マジェスティ」

ずっと前だ。
いつか思ったことがある。
“ゼロじゃなくて、ルルーシュと一緒に戦いたいと言ってくれる人がいてほしい”と。

この人だ。この人なんだ。
ジェレミアはルルーシュを裏切らない。
晴れやかな気持ちでそう思った。

ルルーシュはハンカチを出し、ジェレミアの顔を優しく拭う。

「あ、いけません、ルルーシュ様。汚れが……」
「構わない。
貴公の忠義を見せてもらった。これはその報償だ」

ジェレミアは感嘆のため息をこぼし、目を伏せた。

「ああ、ルルーシュ様……。
私は果報者です……」

顔がきれいになり、ジェレミアは膝に手をつき、立ち上がる。

「ルルーシュ様、私は非礼を詫びなければなりません。
ルルーシュ様の従者を、私は殴打して退けました」
「謝罪はいい。刺客として振る舞っていただけだろう。
V.V.が単独行動を許すはずがない。見張り役の人間がそばにいたはずだ」
「その通りです。
ですが……私の見張り役は指令を遂行する事に消極的で、今は数階下で待機しています。
ギアスの暴走を恐れている様子でした」
「V.V.の人選ミスだな。幸いだった。
無力化してほしい。ギアスをかける」
「承知致しました」
「見張り役について話してくれ」
「はい。ロロと同時期に能力を発現した者です。
彼のギアスは……不可視のギアスだと聞きました」
《え!?》
《不可視の、だと……!?》
「実験のデータを受け取る為、私より先にエリア11に来ていたそうです」
「ジェレミア!」
「は、はい!」
「その不可視のギアス能力者の居場所を教えろ……!!」


  ***


ステンドグラスのある多目的ホール。
そこに、ジェレミアの言う不可視のギアス能力者が今も待機している。
と思っていたのに────

「ロロッ!!!!」
《シャーリーもいる!!》

────多目的ホールは煙が薄く充満して、わずかに霧がかっている。
何も置いていない広々とした空間の中心で、ロロが血溜まりの中倒れていた。
そばで血まみれの誰かも仰向けになっている。
離れた場所でシャーリーが座り込んでいて、虚空を見つめたまま動かない。
ここで何があったのか。

《なんでこんな! なんで……!?》

広範囲が血で汚れ、どしゃ降りの後みたいに広がっていて、そんな場所でロロと誰かが倒れている。
ルルーシュが走り寄る。パシャパシャと足音が響く。
あたしもロロのそばに飛び込んだ。

「これは一体……!!」

後ろで聞こえるジェレミアの声もひどく遠い。
ロロの顔も、首も、生きてると思えないほど白かった。
返り血かロロの血か分からないけど、顔の半分が血で汚れて。まぶたを固く閉じている。目の下が黒い。

「ロロ! ロロッ!!」

どれだけ名前を呼んでも、ロロのまぶたは閉じたままだ。ぴくりとも動かない。
呼吸が止まっているように見えた。

駆け寄る足音が近づき、ジェレミアが来てくれた。
胸と口元に手を当てて、「ギアスを使いすぎたか!」と言い、顔の角度を変え、両手をロロの胸に重ねた。
心臓マッサージの姿勢だ。

「胸骨圧迫します!
ルルーシュ様は目撃者のお嬢さんを!!」

ハッとしたルルーシュは「ロロを頼む!」と言い、シャーリーに駆け寄った。

「シャーリー!」

声をかけられ、肩を優しく掴まれ、シャーリーはハッと我に返った。

「る、ルル……?」

シャーリーの視線がわずかに動き、血の惨状を見てしまった。

「イヤァアアアア!! イヤ! イヤーーー!!」
「シャーリー!!」

ルルーシュはガバッと覆い被さり、シャーリーを強く抱き締めた。
これ以上見せない為に。
シャーリーも腕を回してしがみつく。

「ルル、ルル……っ!
分かんないの! ロロが、ロロが急に血で、血でいっぱいになって!
わたし、わたし……!!」
「もういい。いいんだ。
ここであったことは忘れられる。
俺が全部忘れさせてやる。だから……」

シャーリーはビクッと小さく震え、腕をだらんと下げる。

《シャーリー、大丈夫っ?》

気を失った? 不安に思って接近した。
ルルーシュも同じような気持ちになったのか、抱き締める腕をゆるめて顔を確認する。
シャーリーの瞳から涙がぼろぼろ溢れていた。

「……ルル。
今みたいなことを、前にも言ってくれたよね……」
「シャーリー……」
「私、思い出したの。他のことも全部……」

ルルーシュの腕をシャーリーはギュッと握った。

「……ルル。
私、忘れたくない。
嫌なことも、怖いことも、何も……忘れたくないの……!」

ぐしゃりと泣くシャーリーに、ルルーシュは言葉を失う。
息もできないほど苦しむ顔で目を伏せた。
その直後、ジェレミアのいる方向から大きく咳き込む音が聞こえた。
音の出どころをすぐに確認し、崩れるほどホッとする。

《ルルーシュ! ロロが……!!》

彼女の肩に優しく手を置き、覚悟を決めた顔でシャーリーを改めて見つめた。

「……俺は。
これから……俺がやることをキミに見せたくない。だから」

左目のコンタクトを外す。
爛々と赤く輝くギアスの瞳をシャーリーに向けた。

「シャーリー。
明日の夜8時まで眠ってくれ」

鳥の紋様が羽ばたく。
シャーリーは糸が切れたようにガクンと倒れ、眠りに落ちた。

「すまない」

ぽつりと呟き、ルルーシュはシャーリーを寝かせた後、急いでロロの下へ走った。
あたしも並走する。

「ロロ!」

意識が戻り、わずかにまぶたが開いている。
ちゃんと呼吸している。
だけど目の下はまだ黒くて、顔は青白くて、心臓マッサージを止めたジェレミアは胸に手を当てて確認している。余裕が消えた厳しい顔で。
まだ安心できない。また心臓が止まるかもしれない。

「ロロ……。
どうしてこんなことになるまでギアスを……!!」

ルルーシュは携帯を出す。手が震えていた。
多分、呼ぶのは救急車。
ルルーシュの声しか聞こえないけど、話している内容で察した。

ロロの唇がわずかに開閉する。
今のロロは“兄さん”すら声に出せない。
ルルーシュじゃない別の方を見ていて、ロロの視線の先には血まみれの誰かがいる。
ジェレミアもハッと気づき、すぐに応じた。
数歩で距離を詰め、仰向けになる誰かの血を手袋で拭う。やっと素顔を確認できた。
幼い顔立ちの少年は白目を剥いて意識を失っている。
ジェレミアは上着を脱ぎ、少年の上半身を起こしてからグルッと包みこんで抱き上げた。
あたしと同じ背丈の子を軽々とお姫様抱っこしてる。
ルルーシュは通話を終え、携帯を片付ける。

「ジェレミア。
今抱えているそれを、貴公を苦しめたあの列車に運び、自害できないように捕縛してくれ。
不可視のギアス能力者が持つ情報を全て知りたい。
明日の早朝5時、尋問する。
全ての鉄道保安員にギアスをかけているから解除しないように」
「はい! 仰せのままに!!」

“水を得た魚”────その言葉が頭をよぎる。
ジェレミアは輝きの増した笑顔で颯爽と多目的ホールを走り去った。
それを見送った後は、すぐにロロへ歩み寄る。
ロロの目は今にも光を失いそうで、ルルーシュは血溜まりに膝をつき、白くなった手を両手で握った。

「……ロロ。ロロ……」

何か言葉を掛けたいのに、話すべき言葉が見つからない────そんな顔だった。
あたしの視界がにじむ。熱いものが次から次へと溢れてくる。
死なないでほしい。心がずっと悲鳴を上げているようだった。

ルルーシュは何も言えないまま、救急隊員が来るまでずっと無言だった。
『死ぬな』も『生きろ』もどっちも言わなかった。


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