ロロ:白と黒の景色


現実ではない夢の中。もしくは走馬灯。
まるで、過去をもう一度体験しているみたいだった。

ジェレミアが兄さんを殺すかもしれない。
恐ろしくて、血が凍えるほど恐ろしくて、無我夢中でイケブクロに駆け付けたんだ。
背負い慣れないリュックが走る度に暴れて鬱陶しい。捨ててしまいたいけど、いつ必要になるか分からないからそのまま背負う。
煙がかった建物内で、遠くでサイレンの音が聞こえる。

「ロロ!?」

そこで僕は、シャーリーさんと会ったんだ。

「どうしてここに? ううん。今はそんなことよりも……」

シャーリーさんの右手の拳銃に、僕はすぐに気がついた。

「答えて、ロロ。
あなたはルルが好き?」


足止めをくらい、苛立つ気持ちはあった。
それでも僕は明るい色の瞳から目を反らせない。
普段のシャーリーさんとどこか違う。
僕の知っているシャーリーさんはこんな目をしない。

「私はルルが好き。あなたはどう?」

どうして今、こんな場所でそんなことを聞くのか。
質問の意図が分からない。答えはひとつしかないのに。
僕が返答した後、シャーリーさんは安心したように柔らかく微笑んだ。

「あなたは味方なのね、ルルの。
私も仲間に入れて! 私もルルを守りたいの!」


必死に懇願されて強く戸惑った。
守りたいって何?
どうして、と疑問に思った。

「取り戻してあげたいの! ルルの幸せを!
妹のナナちゃんだって一緒に……!」


驚きも戸惑いも疑問も全て消える。
情が凍りつき、心に殺意が明確に浮かんだ。
思い出したんだこの女は。
僕が偽りの弟だってことを。ナナリーが本物の妹だってことを。そして兄さんの為に取り戻そうとしているんだ。
僕から“弟”を、兄さんを奪おうとしているんだこの女は。
そんなこと絶対に許すものか!

「ロロ?」

ギアスを発動して、ぼくの指紋が残らないように拳銃を取り上げる。
自殺を装えばいい。
兄さんには、シャーリーの記憶が戻っていたと言えばいい。その理由ならきっと排除したことを受け入れてくれる。
心臓の位置に照準を合わせて。
僕は────花火が空を彩るあの日を、唐突に思い出したんだ。

『またここで、花火を上げよう。
絶対、絶対にもう一度、みんなで』

兄さんの願いを思い出した。
すごくきれいな宝石みたいな横顔を、思い出したんだ。

「……ロロ?
え!? なんで、なんでそれをロロが持ってるの!?」


無意識にギアスを解除していた。
目頭が熱くなる。
嫌で、くやしくて、悔しくて、心臓が痛くて胸が苦しくて、頭もひどく痛んだ。

僕がこの人を排除すれば、兄さんの願いは叶わなくなる。
それは、それは身が千切れるほど嫌だった。
守らなきゃいけない。僕が。
僕が兄さんの願いを守らなきゃ。

「兄さんは上で待ってます。話は兄さんに聞いてください。
僕のこれは後で必ず説明します」
「……う、うん! わかった!」


僕の嘘を簡単に信じてくれる。なんて楽なんだ。
もちろん兄さんの所に連れていくわけがない。
途中で気絶させて、兄さんを助けて、ジェレミアを始末する。
この人の記憶は、兄さんにギアスをかけてもらえば解決だ。

前に出ないように伝えてから上階に行く。
どこも煙がかって見えにくい。
戦闘の音が聞こえないから、兄さんはさらに上にいるのかもしれない。
上階は大広間で、大きなステンドグラスがある。
人間がひとり立っていて、反射的に後ろのシャーリーさんを手で制した。
目を凝らし、思わず息を呑んだ。

『おはよう、ネブロス』

最後の日、僕にそう言ってくれたキミが。
あの日と変わらない容姿で大広間に立っている。
コウベ租界を歩いている時にずっと考えていた。シミュレートしていた。
フロストと出会った時にどう動けばいいかを。
姿が見えなくなれば、僕はフロストを捕まえられない。
ソラさんを助ける唯一の手がかりを絶対に逃すわけにはいかない。
だから、見えるようにしなければいけない。
その為に輸血パックをたくさん盗んだ。
フロストは血を見ると動けなくなるから。

息を殺してもフロストは僕の気配に気づいた。
視線がぶつかる。
フロストはすぐに動いて、姿が掻き消えた。
僕も絶対停止の結界を展開する。
ギアスの発動は僕のほうが遅いけど、この広さの空間ならフロストは必ずいる。
そう思って、僕は────

「────あの時の僕は、自分が死ぬことになっても、構わないと思ったんだ」

走馬灯が終わり、真っ暗になる。

「フロストを逃せばソラさんの行方は本当に分からなくなる。
だから、フロストを捕まえることが出来たら死んでもいいと思ったんだ」

兄さんが僕のところに来てくれた。
きっと兄さんなら、僕のそばに倒れたフロストを拘束してくれた。

「……僕が死んだら、兄さんは悲しんでくれるかな?」

悲しんでくれないかもしれない。
だって僕は偽りの弟だから。

寒い。寂しくて凍えそうだ。
両手をゴシゴシするけど、ここは現実じゃないから感覚は無い。
涙も出ない。

「兄さんと生きたかった。
兄さんと一緒に……花火を見たかった……」

自分が薄くなっていく。どんどん消えていく。
真っ暗な世界が────


────急に世界が変わって、視界にはクリーム色の天井が広がっていた。
まばたきする。
何度もまばたきを繰り返す。
身体が上手く動かせない。起き上がれない。声も出せない。
心臓が長く止まっていた後遺症かもしれない。

「おはよう、ロロ」

傍らで兄さんの声が聞こえた。
覗き込んでくれて、視界に大きく兄さんの顔が現れる。
“兄さん”と呼びたかった。
でもやっぱり声は出なくて、兄さんの顔をジッと見ることしかできない。
兄さんは自分の首を触り、口を開いた。

「申し訳ありませんロロさん。
私は咲世子です」

ひそひそ声は咲世子のものだ。
全てを投げ出したくなるほど脱力した。
刺す気持ちで咲世子を睨む。
顔は兄さんだから、後から罪悪感が湧き上がってきた。

「ルルーシュ様の指示です。
ロロさんが救急搬送されたのを枢木スザクも把握しています。
いつ来ても良いように、私を配置したんです。
ここは個室なので安心してくださいね」

納得して、まばたきする。
今は何時だろう? 視線を動かして時計を探せば
「現在の時刻は午前9時です」とすかさず答えてくれた。

「ルルーシュ様とジェレミアさんは、今はソラさんの救出に動いています。
捕らえた少年から情報を得たそうです」

兄さんのギアスでフロストは全てを洗いざらい打ち明けたようだ。

「変装して捜索の妨害をしたのも、ソラさんの誘拐を画策したのも、その少年だとルルーシュ様は仰っていました」

耳を疑った。すぐには信じられなかった。
だってフロストは嚮主V.V.の指令で誘拐したと思っていたから。

「犯人の少年は、血を見ると動けなくなる心的外傷を抱えていて……その原因であるソラさんの死を渇望しています。
ひとりでは殺せない。だから手を組んだそうです。
ソラさんを被験者として欲しがっているR製薬と」

まばたきできない。
その名前は……テレビのニュースで聞いたことがある。
聞き流していたし、興味も無かった。
その製薬会社がソラさんを?
被験者────人間として扱われない名称に身の毛がよだつ。

「ソラさんがエリア11に来る前から、R製薬は彼女の生体データを得ていたそうです。
渡りに船……だったのでしょう。
少年から誘拐の話を持ちかけられたのは」

淡々とした声。
表情も、落ち着いて話す兄さんの顔だ。
でも瞳が違う。
全ての敵を燃やし尽くす業火が宿っているようだった。

気持ちは痛いほど分かる。
僕だって、ソラさんを被験者扱いするR製薬の人間をひとり残らず殺してやりたい気分だ。
フロストの顔が脳裏に浮かぶ。
共に暮らし、積み重ねてきた感情が、別の激情に塗り潰されてしまいそうだ。

「ルルーシュ様とジェレミアさんなら、軍に気づかれることなく、事を荒立てずにソラさんを救出してくださいます。
だから私は、ここで務めを果たします」

紫の瞳に宿る業火が消える。
……ううん。きっと内側に隠したんだ。
いつ枢木スザクが来てもいいように、兄さんの影武者として。
僕も気づかれないように振る舞ってみせる。
話せるようになったら、枢木スザクに説明を求められるだろうから。


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