12話(後編)“あたし”は驚くほど晩ごはんを食べている。
スザクの隣で、お腹空いてるのかな?って思うぐらい。
顔色はすごく良いし、目はきらっきらしてる。
スザクも、ルルーシュも、ロロも、食事の手を止めて見つめるくらいにはよく食べていた。
「ソラさん。
料理は全部兄さんが作ったんだよ」
「口に合ったみたいで良かった」
「おいしい?」とスザクに聞かれ、“あたし”はもぐもぐするのを止め、強く頷き、また食べる。
ずっと笑顔だ。
おいしい!!!!と顔に書いてるような表情だった。
本当に美味しそうに食べるんだから。羨ましくて歯ぎしりする。
《あたしも食べたい!!》
つい言ってしまった。
***
デザートまでごちそうになった。
こっちがホストだから、とルルーシュは片付けの申し出をやんわり断った。
時刻はもう夜の8時。
帰るスザクと“あたし”をルルーシュとロロが玄関で見送る。
「ルルーシュさん、ご飯ごちそうさまでした!
すごく美味しかったです!!」
「僕も、ごちそうさま。
ありがとう、ルルーシュ」
「良ければまた食事に来てくれ。
うちはいつでも大歓迎だから」
「うん。来てね、ソラさん。
次もたくさん話そう」
「ロロもこう言ってるから」
微笑みかける顔が本当にかっこよくて鼻血を噴きそうな気持ちになる。
ルルーシュを見つめる“あたし”もボケッとした顔だ。
すぐに我に返ったようにハッとする。
「あ、あの、ルルーシュさん……!」
「はい」
「ルルーシュさんの好きな食べ物はありますか?
また今度、何か……お返しさせてください」
勇気を振り絞って言う真剣な顔。
ルルーシュは目を逸らし、顎に指を添えて考えた。
「そうだな……。
俺の好きな食べ物、か……」
スザクがジーッと見つめる。
“あたし”と違って観察する目だ。
「……ぷるぷるしたものかな。
プリン、とか……」
悩み抜いた末の答えに、“あたし”は満面の笑みでニコーっとする。
「プリンですね。ありがとうございます!
ルルーシュさん、ロロ君、また明日!」
「バイバイ、ルルーシュ」
“あたし”は丁寧にお辞儀して帰っていった。
夜の暗がりで姿が見えなくなる。
それからやっとロロが口を開いた。
「……兄さん。
聞きたいことがあります」
ここに隠しカメラは無い。
「ラックライトさんのことか」
「はい」
「ずいぶん気にしていただろう。
ロロがあそこまで知りたがるのは珍しい。
理由があるんだろう?」
「はい。
それは夢だって兄さんなら思うかもしれませんが……」
「思わない。ロロが話してくれる事だ。
俺は信じる」
「ありがとうございます」
ホッと息をこぼした後、ロロはうつむいた。
「……昔、僕のところに幽霊が来ました。
空って名前で、ギアスが効かない女の人で。
誰も教えてくれなかったことを熱心に話してくれて。
僕の目をずっと……ジッと見てくれて……。
その幽霊とラックライトさんがすごく似てるんです。名前にも驚きました」
ロロの口調が違う。
まるで上司と部下のようだ。
「ソラ、だったな」
「名前だけならこのエリア11で他にも聞きました。
でも、ラックライトさんには僕のギアスが効かなかった。
もしかしたらあの人なんじゃないかと……」
「……その人であって欲しい、と思っているんだな」
「はい。
7年も前の出来事です。容姿が少しも変わってないのが気になりますが。
笑った顔が本当にそっくりで……」
「どれだけ治療しても思い出せないと言っていたな。
今のラックライトさんと友達になったらどうだ?」
「友達……」
「大切なものについて話したり。
そういう事ができる相手がいるのはいいことだ」
「はい。そうですね……」
「それと、変な言葉遣いは無しにしないか。
俺達、兄弟だろ?」
「あ……」
部下みたいな顔つきが一瞬で弟の顔に戻る。
「……う、うん」
ロロは嬉しそうだった。
《今からスザク達を追いかけるね。
歓迎会まで密着24時してくるから》
《密着24時……?
……それは一日中、つぶさに観察するという意味か》
すごく戸惑っている。
難しい顔で分析するような声音だった。
《そうそう。
どこで生活して、どんなふうに暮らしているか、誰がそばにいて、スザクとどんなふうに過ごしているか。
至近距離にいれば身体に戻れるかもしれないし》
《ただ見ているだけでも精神は疲弊する。
無理をして見続けなくていいからな》
《辛くなってきたらルルーシュのところに戻ってくるね》
《見聞きした事は全て報告しなくてもいい。
必要だと思った時だけ教えてくれ》
《うん。ルルーシュも何かあったら呼んでね。
すぐ飛んでいくから》
***
二人が帰宅した先は政庁だった。
捕まってる扇さん達の様子を見に来た日がずっと前のように思えてしまう。
“あたし”はどこで寝泊まりするんだろう?
特別な来庁者が泊まるゲストルームか、軍人達が生活している区域か、軍医が常に待機している治療室の横の小部屋か、政務室近くにある補佐官の私室か。
総督や副総督のプライベートエリアはさすがに立ち入りは許されていないだろう。
明るい廊下で、スザクの後ろを歩く“あたし”はたまに遭遇する軍人にお辞儀しながら医務室に行く。
扉の“待機中”のプレートを“問診中”に入れ替え、ノックをした。
廊下で待つスザクに小さく手を振り、ひとりで入室する。
「失礼します。ラックライトです。
先生、ごめんなさい。遅くなってしまって……。
本日もよろしくお願いします」
「いらっしゃ〜い。
どうぞ座って〜」
にこやかに迎えた軍医の先生は白髪のおじ様だ。
ほんの少し高い声はすごい聞き覚えのある声で、幼い頃見ていた幼児番組に出ていた犬のキャラクターみたいな声だった。
《緑色の耳の……二足歩行の白い……なんて名前のキャラだっけ……》
思い出せない。
軍医の人は若々しい軍人しか見かけない政庁では最年長の人だ。
扉を閉め、ひとつだけある丸椅子に座ってから、先生は診察を始めた。
特別な事は何もしない。ただの健康診断みたいなやり取りだ。
「枢木卿から全て聞いたよ。
今日は本当に辛かったね」
先生は長いレシートのようなものをデスクに出した。
「送られてきたデータ見て驚いちゃって。
枢木卿はすぐ駆けつけてくれたそうだね」
「はい。助けてもらいました」
「場所は学園の敷地内だね。校舎からは離れているけど」
「クラブハウスに行きました」
「ふーむ、クラブハウスに……。
……どんな建物だったっけ?」
「生徒会が活動する施設です。
建物に入る前に少しだけめまいがして……。
2階建てなのに……すごく高く、大きく見えちゃって……。
めまいはすぐに無くなりました」
「その時枢木卿はいなかったんだね。
少し乱れてるのが続いてる」
「はい。一緒にいたのは生徒会の方達だけでした。
あ、途中でアーサーが来てくれて」
「あ〜そっか。だからここから安定してるんだね」
「生徒会の方の厚意でアーサーと座らせてもらって」
「それは良いね〜。
それじゃあ次は、この特大のヤツかなぁ」
「はい。こんなの初めてで……うまく言えなくて……。
何があったか、はっきりとは覚えてないんですけど……」
「覚えてなくて当然だよ。
ここまでグッチャグチャにブレまくっていたんだから。
話せるところだけでいいよ」
「……はい。
お手洗いを借りて、廊下に出た瞬間でした。
急に……」
彼女は両手でそっと首を触る。
「……急に……首が無くなったように感じたんです……。
目を開けてるのに目の前が真っ暗になって……。
自分の中で全部がぐちゃぐちゃになったように思えて……」
思い出しながら話す顔は暗い。
「……スザクの声が聞こえて、やっと話せるようになりました。
すごく楽になったのを覚えています」
両手を下ろす。
暗かった顔も、スザクの名前を言った瞬間明るさを取り戻した。
「スザクはいつか任務で学校を休みます。
今日と同じことがあれば、あたしひとりでどうにかしなきゃいけない日が来ると思うんです。
その時の対処法を教えてください」
「一番良いのは、ラックライトさんならペンダントかな。
それ、オルゴールだったよね」
「はい。なんの曲かは分からないんですけど。
聞くと安心します」
「それはいい。
耳を傾けていたら、意識も音色に向くはずだよ。そうすると深呼吸もできるようになる。
それはキミが唯一所持していたものだ。身につけているだけで落ち着くでしょう?」
頷く“あたし”に微笑みかけ、ペンを握った先生は紙にさらさらと書いていく。
「お薬も用意するね。いつ飲んでも大丈夫なやつ。
これ枢木卿に渡したら取って来てくれるから」
そしてハンコをポンと押す。
折り畳んで封筒に入れ、先生はそれを彼女に手渡した。
「うふふ。あとはもうひとつ、今回のデータのお礼金も渡さなきゃね」
先生はニコニコ笑顔で猫の形の長封筒も出してきた。
「学生のモニターさんはいないからねぇ、ラックライトさんが提供してくれるデータは本当にありがたいんだ。
いつもありがとう!」
「あ、ありがとうございます……!」
両手でギクシャクと受け取る。
もらうことに罪悪感がありそうな顔をしていた。
「他に聞きたいことはあるかい」
「他に……。
……あ、買い物に、外出しても大丈夫ですか?」
「もちろんだよぉ。いつお出かけしても大丈夫。
来週までずっと晴れみたいだから、きっと良い買い物できるはずだよ。
枢木卿が任務で外出できないなら僕がご一緒するから。
僕の生徒だった子が来週こっちに来るから、週末限定のプリンを買おうと思ってて」
「プリン……。
……あたしも買いたいです」
先生は名刺サイズのカードを出し、それも渡してきた。
「売ってる店はここだよ〜」
目を閉じて声だけ聞いたら、あの犬のキャラクターがハッキリと浮かんでくる。
《なんだっけ……なんだっけあの犬の……ああダメ……思い出せない……》
“あたし”はお礼と退室の挨拶を言ってから医務室を出た。
扉をすり抜け、あたしも続く。
「よっ! お疲れさま!」
廊下で待っている人が増えていた。
背の高い金髪三つ編みの男の子(スザクと同い年っぽい)と、桃色髪の小柄な女の子(中学生っぽい)の二人。
スザクの同僚?みたいで、上は黒いインナーと下は白いズボンでおそろいの服装だ。
“あたし”は、満開の花みたいにパァッと笑顔になった。
「ジノ! アーニャ!」
プレートを“待機中”に戻し、彼女はパタパタと走り寄り、両手を広げて待ち構えるジノに飛びついた。
《え!? えーーーーーーー!!??》
ギューっとお互い抱きしめあう。
「スザクと学校行ってたんだな!」
「うん! 今日が初日だったよ」
大きな手が彼女の頭をよしよし撫でる。
すごい仲良しだ。彼女の目元は緩んでいる。
猫みたいに撫でられる一方だ。
それを女の子が赤い瞳でジトーッと見据える。ジノと呼ばれた男の子はハッとして「悪い悪い」と彼女を離した。
女の子が両手を広げ、次に“あたし”はその子を抱きしめる。
「ソラ、ぎゅう」
女の子に背中をぽんぽんされる。
“あたし”は嬉しそうで、ギューっとしてからお互い離れた。
「スザク、これ先生から」
「ありがとう。すぐに目を通すよ。
ソラはジノとアーニャと先に行ってて」
「うん。部屋で待ってる」
「スザクはしたのか?」
「ううん。まだだよ」
「そうか! だからスザク、ちょっと元気が無いんだな……」
“あたし”は心配そうにスザクを見た。
「スザク……元気が出るおまじない、しようか?」
元気が出るおまじない!?
走馬灯のように脳内を“ゼロの仮面被ったアーサー事件”が駆け抜ける。
元気が出るおまじないと言い訳してあたしはスザクを抱きしめた事がある。
スザクは控えめに微笑んだ。
「ううん。今日は大丈夫。
必要になったらお願いするよ」
「うん……」
アーニャとジノに挟まれて“あたし”は廊下を歩いていった。
ここで離れるとどこの部屋に行くか分からなくなる。
慌てて後を追いかけた。
***
進むうちに、廊下の材質やデザインが大きく変わる。
宿泊先はゲストルームか。
「ジノ達もエリア11に配属されたんだ」
“あたし”の声は明るい。
「ああ。これからも一緒にいられるな」
「部屋……隣……」
眠そうな赤い瞳と、後ろでまとめた桃色の髪。
アーニャと呼ばれた女の子。
過去でジェレミアに追われる直前に遭遇した薔薇色のドレスの子に似ている気がした。
至近距離で顔をジーッと見続ける。
過去に怯えさせてしまったあの子じゃないか、と見れば見るほど思ってしまう。
いくつも並ぶゲストルームのひとつ、一番手前で“あたし”は足を止めた。
「開けるね」
カードキーでロックを解除し、ジノとアーニャを先に部屋へ入れる。
中は予想していたよりも3倍広かった。
壁紙とベッドは白。間接照明もオシャレだ。
レンジと冷蔵庫、テレビモニターも設置している。
ベッドの数は二人分。
間にテーブルとソファがある。
ピロピロぴろりん♪とかわいい音がアーニャから聞こえた。
赤い携帯で写真を撮ったみたいだ。
「記録」
「あ、後ろ向いてた。
もっかい撮る?」
「うん」
“あたし”がアーニャに向き直り、かわいいシャッター音がまた鳴った。
スザクのものらしき私物が端に置かれていて、ここは彼が寝泊まりする部屋みたいだ。
室内には扉が三つある。
「俺達の部屋と全然違うな」
「お風呂……ここ?」
アーニャが扉をカチャッと開ける。
お風呂じゃなくて清潔感のあるトイレだった。
「きっとこっちだろ」
ジノが隣の扉をガチャッと開ける。
中はピカッピカに掃除されたバスルームだ。
洗面所と洗濯機もある。
《きれーい!!
あれ? それじゃあ奥の扉は?》
「あっち……ソラの部屋?」
「うん!
ここのベッドでスザクが寝て、あっちの部屋はあたしが使わせてもらってるよ」
《別々だけど……でも……。
寝起きもお風呂上がりの時もスザクにすぐ会うのか……》
ここは要人とSP専用の部屋か。
ジノとアーニャがソファに座り、あたしは上着を脱いでハンガーラックにかけた。
「学校の話を聞いて驚いたよ。
1ヶ月だけしか通わないのか?」
「うん。
学費のことを考えたら1ヶ月で十分だと思って。
期間終わった後は先生のお手伝いをするよ」
「それじゃあずっと政庁なんだな。安心した」
《え……!? 帰らないの!?》
「ゼロの放送は見たか?」
「うん。飛行機の中で。
最初は全然分からなくて。
すっごい格好だなぁって思った」
《すっごい格好……》
「ハハハッ!
イレブンの王様相手にそれかぁ!!
まぁ仕方ないな。ゼロの事は聞いてなかったんだろう?
死んだものと思われていたからな」
「うん。スザクがこっち来た時に教えてくれた。
ジノは放送は?」
「私達は全員で見てたんだ。
その時のスザクがなぁ……。
……放送見てすぐ、陛下の元に向かった」
「スザクがこっちに来てくれた理由は……」
「もちろんゼロだけじゃない。
ソラが心配だったのもある」
「来てくれて嬉しかった。
もう会えないと思ってたから」
「私達も同じ気持ちだ。
こんなに早く再会できるなんて。
本当によかった」
“あたし”を見つめる顔は優しい。
家族に向けるようなあたたかい眼差しだった。
「学校はどうだった?」
「いろんな事があったよ。
まず最初にね……」
今日あった出来事を話す間、私服に着替えたアーニャと紙袋を抱えたスザクが戻ってきた。
自分の声は耳によく馴染んで、長時間でも平気で居座れた。
ルルーシュに話すべき内容は特に無く、ラジオ感覚でくつろぎながら聞く。
時間はあっという間に進み、入浴の時間になった。
おやすみを言い合い、ジノとアーニャは部屋に帰っていった。
お手洗いの後、“あたし”は着替えを持ってバスルームの扉を開ける。
「お風呂行ってきます」
「行ってらっしゃい」
《お風呂はあたしが先なんだ……》
身体はあたしだけど、さすがにお風呂入るところまでは見ちゃいけない。
とは思っても、ひとつだけ気になってる点は明らかにしたかった。
右手の手のひらの傷跡……それだけ確認したい。
隠したほうがいいと思って手袋をつけるくらいの傷だ。すごく気になる。
アーサーと仲良しだったから、多分今は傷がすぐに治らない身体だ。
彼女はあたしと同じで歯みがきが先だ。
その後、服を脱いでいく。
手袋を外すところから凝視する。
右手の、手のひらが見えた瞬間、ギョッとした。
ひどい傷跡だった。
見ていられなくて、ふわふわとバスルームを出る。
《な……何があったの……?
事故? なんであんな……ひどい……》
手のひらに、すごく痛々しい手術の跡。
ちょっと見ただけで、かなりのショックを受けた。
静かな部屋でスザクは壁と向き合っている。
石みたいにピクリとも動かない。
座りながら寝てるのかな?と思ったけど、緑色の瞳はジッと壁を見据えていた。
バスルームから“あたし”が戻ってきてもジッとし続けている。
「ただいま。
お風呂、洗ったからね」
「うん。ありがとう。
後で入るよ」
壁と向き合ったまま、スザクは会話する。
「空。
首はもう、大丈夫?」
「うん。もう平気。
あっちではあんなこと無かったのに……」
「もしかしたら、今日みたいな事がまた起こるかもしれない。
この国はかつてキミが住んでいた地だ。
クラブハウスのあれは、頭じゃなくて心が起こした異常かもしれないから」
「今日みたいなことが……」
お風呂上がりで上気した顔で“あたし”は笑う。
「……同じことがあったら、その時は頑張るね。
スザクが本国に呼び戻されても、任務でいなくても、あたしだけで対処するから。
ひとりでも大丈夫。安心して」
胸を張って明るく言い切る。
「今日はね……よく分かんないんだけど、初めてなのに初めてじゃない感じがしたよ。
明日も学校行きたいな」
壁を見つめたまま、スザクはグッと泣きそうになる。
「……うん。行こう」
嬉し泣きの顔をした。
「おやすみ、空」
「おやすみなさい、スザク」
奥の部屋に入る。
パタンと扉が閉まり、やっとスザクは身体の向きを変えた。
ゆっくりと立ち上がる。
お風呂入るのかな?と思ったけど、またベッドに座った。
「いつ入ろうかな……」
ため息混じりに呟いた後、奥の扉がカチャッと開く。
スザクは最高速度で明後日の方向を見た。
「……スザク、ごめんね」
「どうしたんだい?」
顔が真横を向いている。
ひょっこり出てきた“あたし”を見ようとしない。
「週末、買い物に行きたくて……。
スザクに予定無かったら一緒にお出かけしたいな」
「週末はずっとフリーだよ。
どこでも行こう」
「ありがとう」
嬉しい気持ちが全面に出る、そんな表情だった。
「先に寝るね。おやすみなさい」
扉がまたパタンと閉じた。
スザクは緊張の解けたため息を長く吐いた。
「シャワーして……寝よ……」
疲れきった声で呟いた。
ここにずっと居ようと思ったけど、ルルーシュの部屋に帰ることにした。
嫌になったわけじゃない。
辛くなったわけじゃない。
『おやすみなさい』をルルーシュに直接言いたくなった。
天井を突き抜け、政庁をすり抜け、空をまっすぐ昇る。
今日も星がきれいだ。
アッシュフォード学園がある方向を見下ろし、一直線に飛んだ。
クラブハウスにすぐ到着する。
ルルーシュの部屋の窓はカーテンがきっちり閉じていた。
《ルルーシュ、帰ってきちゃった。
部屋に入ってもいい?》
《……戻ってきたのか。
ああ。入ってくれ》
すり抜け、ヌッと入室する。
部屋は暗かった。
ベッドのそばで卓上ランプがついていて、ルルーシュはパジャマ姿で本を読んでいる。
《隣に来るか?》
《うん……》
ゆっくりと低空飛行でベッドまで行く。
ルルーシュの隣で三角座りした。
《たくさん見たか》
《見たよ。話もいっぱい聞いた。
ルルーシュはもうすぐ寝る?》
《まだ寝ない。
空の声を聞きたいと思っていた》
幽霊だから胸は高鳴らないけど、ルルーシュの言葉にキュンときた。
《眠くなったら教えてね》
見たこと、聞いたことを詳しく話していく。
自分ではけっこう驚いた事でも、ルルーシュの返事はあっさりしていた。
「ひとりでずっと考えていたからな」と涼しげな笑みを浮かべている。
《学生のモニター、データの提供、スザクから聞こえた警告のアラーム……留学生は心拍数を計測する装置をつけているみたいだな。
おそらく、位置情報も常に発信している》
《そういうバイトかな……。
お礼金もらってたから……》
《医師にすすめられたら装着するしかない。
全てを忘れているから言われるままに従っているんだろう》
本を読むのに集中している顔だけど、声は静かに怒っていた。
《……あとはスザクだ。
同じ部屋で生活を共にしているとはな》
恨みがすごい声してる。
声音がおどろおどろしかった。
《あれは……同じ部屋っていうのかな……。
今思うとあれは……お風呂上がりのあたしを見ないようにしてたと思う……》
《それは最低限の礼儀だ》
《ひとりだと不安だから……助けてくれる人がそばにいて良いんじゃないかな……》
本のページを無音でめくる。
いつもの表情だけど……なんだかムッとしているように思えた。
“元気が出るおまじない”も包み隠さず話した。
恥ずかしい過去を打ち明けるのに抵抗はあったけど、もし言わずにいて、今後スザクがおまじないをする所をルルーシュが目撃したら取り返しがつかない。
《……他にも色々。フッよく言う。
含みのある言い方をしているとは思っていたが、おまじないと称してそんなことをしていたとは。
今のスザクなら、何も知らないであろう俺の目の前で“元気が出るおまじない”をする。
今のアイツなら俺を揺さぶる為になんだってやる。
しかし今の俺は知っている。スザクが伏せているカードを全てな。
学園にいる間は俺が空を不安にさせる暇を与えない。
あの手この手で喜ばせて、心を安定させてやろう》
火がついたような熱のこもった話し方。
今にも高笑いしそうだ。
その後、あたしがルルーシュに言いたかった「おやすみなさい」を言えたのは深夜3時になってからだった。
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