13話(前編)


歓迎会の開催日が決まってから、ルルーシュは監視役の人間に次々とギアスをかけていった。
場所は屋上。

「先生。俺とロロに関する全てのイレギュラーを見逃してもらえますか?」
「分かった、そうしよう」

これで、監視の人を全員ギアスで無力化した。
屋上から去っていく監視役を見ながら、ルルーシュはコンタクトを装着する。

「残るメンバーはヴィレッタ先生だけだな」
「うん。でも枢木スザクがいるよ。殺す?」

サラッと物騒な事を言う。
ここでルルーシュがお願いすれば、今すぐ殺しに行きそうだ。

「そういうことはもうやめろ」

ルルーシュは早口で却下した。
ロロの手を握る。

「殺さなくていい」
「う……」
「心配しないでくれ。お前の為にも計画は急ぐ」

ちょうど地上のほうでスザクと“あたし”が帰っていく姿が見える。
シャーリーも一緒に歩いていて、どこかに寄り道するのかもしれない。
政庁じゃない方向へ3人は行ってしまった。

「ヴィレッタ先生は今は水泳部だ。
これで監視の目は無くなった。
ロロ、電話をかけるから待っててくれ」
「うん」

ロロは離れた。
屋上の端まで行き、地上をボーッと眺める。
ルルーシュは携帯を取り出した。何かの装置もカチャッとつける。
電話をかけた。

「私だ。空が見つかった。
カレンはそばにいるか?」

聞こえた名前に驚き、ルルーシュの携帯にバッと飛びついた。
会話がよく聞こえるように密着する。

『替わりました!
空はどこにいたんですか!?』
「詳細は後日話す。
今はアッシュフォード学園だ」
『えっ』
「空は全ての記憶を失っている。
思い出せないそうだ。
今は枢木スザクが護衛役として常に付きまとっている」
『えぇ!?』

電話の向こうで扇さんや玉城っぽい声が。
わーわー言ってるのが小さく聞こえた。

「大いに戸惑ってしまう事項だが、空は笑顔だ。
それだけは心に留めておいてくれ」
『は、はい……。
分かりました……』
「邪魔な護衛がいるから現時点の保護は不可能だが、今の彼女がどう過ごしているか知りたいだろう。
明後日、学園でナイトオブセブンの歓迎会を開催する。
学園祭と違い、報道やカメラは全て断っている。
緑色のラッコの着ぐるみを発注・手配している。潜入するならそれを着用してくれ。
空は枢木スザクのそばにいるから見つけるのは容易だ」
『緑色の……ラッコ……?』

電話の向こうで玉城っぽい声が何か言ってるのが聞こえた。

「巨大ピザを焼く、とC.C.に。
変装を完璧にするなら食べに来ていい」
『は、はい……。
そうね。それはC.C.なら絶対行きたがるわね』
「変装に必要なもの一式はこちらで用意する。
髪型と髪色を変え、瞳にはカラーコンタクトを、眼鏡もかけろと伝えてくれ。
専用の通信機をカレンとC.C.に渡す。歓迎会での会話はそれを使うように」
『ありがとう。何から何まで……』
「受け渡しの場所と日時を言う。
まずは……」

カレンに淡々と伝えていく中、あたしの意識はロロのほうに向く。
屋上の手すりに寄りかかりながら、携帯のロケットをボーッとした顔で眺めていた。
大切なものが今のロロにはひとつしかない。
身体に戻ったらあたしも何かプレゼントしたいな。

カレンとの通話を終えた後、ルルーシュはロロと一緒に生徒会室に戻る。

「大丈夫! 私達なら成功へと導けるわ!!
頑張りましょう!!」
「はい!」「了解!」「やりましょう!!」「はい!!」「俺頑張ります!!」「ガッツの魔法やりましょう!」「私にも魔法かけてください!」「お願いします!」
「ガーーーーーーーーッツ!!」

入室する前から、中の喧騒がわぁわぁ聞こえてくる。
最高潮に盛り上がっていた。

「兄さん、あれは……生徒会じゃない人も居るの……?」
「歓迎会は明後日だ。
他の部の力も借りなきゃ間に合わない」
《準備期間短すぎだね……》
「俺は今回も実行委員長だろうな」

ルルーシュは遠い目をして微笑んだ。


  ***


スザクの復学と留学生の登場から3日後。
歓迎会が開催された。

学園の敷地は華やかに飾りつけられ、かつて大盛り上がりだった学園祭を思い出す。

放送室には生徒会メンバーが全員揃っている。
コック帽とエプロンのリヴァル、ウェイトレスさん衣装のシャーリー、学園祭の時と同じ通信機を装備しているルルーシュ、エプロンをつけたロロ、スザクまでいる。
ミレイは白いリボンの帽子とフリルのついたワインレッドのドレス姿だ。
アーサーを抱っこする“あたし”は少し緊張していた。
ミレイが校内放送を入れる。

「お待たせしました〜!
ただ今より、アッシュフォード学園歓迎会を始めます!!」

ミレイは握っているマイクをスザクに差し出す。

「はい、主賓あいさつ」

スザクは困った顔で笑った。

「あの……言わないと駄目ですか?」
「当然! 会長命令よ!!」

ルルーシュはニヤリと笑みを浮かべた。
悪ノリしている。

「諦めろ。学校ではこの人がルールだ」
「分かったよ。割り切るから」

ミレイからマイクを受け取ったスザクは大きく息を吸った。

「ニャー!!」

花火がパンパン上がる。

生徒会メンバーにはそれぞれの担当がある。
巨大ピザはリヴァルとロロ、ガニメデ操縦はスザク。
シャーリーは水泳部のカフェ。
ミレイは会場内の見回り。
ルルーシュは実行委員長。
今回は円滑な運営を目指し、多くの生徒に協力してもらっている。

スザクはマイクを元の場所に戻した。

「今日はラックライトさんと見て回る?」
「はい。ずっと一緒に」
「それじゃあ渡しておこうかしら。
これ、ラックライトさんの分もスザク君に」

ミレイは花のブローチを2つ渡した。

「きれい。ありがとうございます!」
「ありがとう、会長さん」
「スザク。
困った事があったら実行委員の生徒に声をかけてくれ。
全員、白い腕章を付けてるから」
「分かった。何かあったら頼るよ」

紫の瞳が“あたし”を見る。
眼差しは優しく、微笑む顔がいつもと違って気合いが入っている。
シンクーさんみたいにきらきらしてた。

「ラックライトさんも。
スザクがそばにいるから大丈夫だと思うけど、トラブルがあったら助けるから。
この歓迎会を心から楽しんでくれ。
行ってらっしゃい」

紫の瞳をまっすぐ見つめる彼女は、唇をギュッと結んでこくこく頷いた。
アーサーを抱っこしながら放送室を出る。
歩くのがぎこちない。あたしも付いていった。
横顔が少し赤い。
スザクもすぐに追いかけて来る。

「ソラ! 大丈夫?」

心配する顔で隣に並ぶスザクをチラッと見る。
一瞬だけだ。すぐに目をそらした。

「だ、だいじょうぶ」
「本当? 顔赤いけど……」

“あたし”は左手でサッと頬を覆い隠す。
スザクに指摘され、耳まで赤くなってしまう。

「……わかんない。
ルルーシュさん見てると……なんだろうこれ……ドキドキするの。
なんでだろう……」

頬を染め、本当によく分かってない顔で困惑していた。
それをスザクは真顔で見つめる。
ピンときた。すぐに気づいた。

《わーお……》

なんて事だ。まさか“あたし”が。
廊下を歩く二人からスーッと離れる。
放送室の前まで戻った。

《きゃあああああああああっ。
兄さん! 兄さん! 兄さーーーーん!!》
《俺はおまえの兄さんじゃない》

放送室の扉が開く。
中にいた全員がぞろぞろ出てきた。

「俺は見回りに行ってきます」
「私は屋台を見に行こうかしら。
ちょっと話してくるわね」
「ヴィレッタ先生、バッチリ準備してるかなぁ」
「届いたトマトってどこ置いてもらったっけ?」
「裏に回ってすぐのところですよ」

それぞれの持ち場を目指し、四方に分かれる。
ルルーシュはひとりで校舎を歩く。

《……それで?
何があって叫んでいた》
《いやーごめんねうるさくて。
嬉しい気持ちが抑えられなくてね》

まさか記憶を失ってもルルーシュにドキドキするなんて。
思い出すだけでニヤニヤしてしまう。

《“あたし”が恋に落ちたかも。
ルルーシュを見てるとドキドキするってスザクに言ってた。
言ってたの! ふっふふ!》

嬉しくて笑ってしまう。

《全部忘れてもあたしだなーって思った。
まだ恋してる自覚は無かったよ。どうしてドキドキするか分かってない感じだった》

ルルーシュな顔半分を手で覆い隠していた。
目がすごい笑ってる。

《……そうか。それは叫んでも仕方ないな》

声も嬉しそうだ。

《C.C.とカレンは別行動?》
《ああ。
スザクが屋台を回ってる間、俺はまずカレンに会う》 
《着ぐるみだよね。緑色のラッコ》

着ぐるみで歩き回るの大変そうだ。
でもカレンの運動神経なら問題なく動けると思う。

校舎から外に出て、しばらく歩く。
空を昇り、周りにスザクがいないことを確認して地上に戻った。

《スザクは近くにいないよ》
《カレンと少しなら話せそうだ》

ルルーシュが目指す目的地は、テニスコート横の休憩室。
建物に近づいた時だ。

《あっ》

緑色のラッコの着ぐるみが、ゆっくりぽてぽて歩いていた。
眠そうな顔でこっちを見た途端、スピードを上げて近づいてくる。
ルルーシュがポケットからインカムを出した瞬間、バクゥ!!と上半身を喰われてしまった。
なかなかにショッキングな光景だ。
着ぐるみにあたしも頭を突っ込んだ。

「強引だな」
「しょうがないでしょ……!
こうしないと話せないんだから」

カレンはタンクトップと短パン姿だ。
中の空洞は広く、操縦する棒を握っている。
カレンはルルーシュが渡したインカムを耳に装着した。

「押すたびにオンオフが切り替わる」
「これで話せるのね、ありがとう。
そろそろ離れるわ」

ルルーシュを解放し、ラッコはまたポテポテと歩いていく。
「もしかしたら水泳部のカフェに行ってるかもな。プールのところに」とルルーシュがインカム越しにカレンに言った。

《スザクとあたしは屋台にいなかったの?》
《そうみたいだ》

ルルーシュは休憩室に入った。
ロロが背中を向け、ジャガイモの皮を剥いている。

「進捗はどうだ?」
「兄さん」

ルルーシュは肩にかけている通信機を外し、上着を脱いで畳み、手を洗った後、椅子に座ってロロを手伝う。
皮剥きのスピードは恐ろしく早い。
剥き終わったジャガイモを巨大鍋に次々入れていく。

「ここに来る途中、制服じゃない人もいたんだけど……」
「仮装か?
服装も自由なんだ。好きな格好で参加していいって」
「兄さん、何か趣旨がずれてる気が……」
「ミレイ会長だからな。イベント好きだし。
それに、去年のリベンジもあるんだろ」

ジャガイモの皮を深刻な顔で剥いていたロロは、包丁をクルッと回転させ、持ち方を変えた。
振り下ろして攻撃したら殺傷力高そう。

「ロロ」
「え?」
「それじゃ危ないって」

ルルーシュは椅子を寄せ、目を丸くするロロに近づいた。
ロロの包丁持つ手にそっと触れ、両手を使って持ち方を変えさせる。

「ほら……こうやって、こう持ってさ」
「こ、こう?」

面倒見のいい優しいお兄さんだ。
ロロの頬がほんのり色づいた。

「手、気を付けろよ」
「……うん」

ロロの表情は本当にやわらかい。

《俺はしばらくここにいる。
C.C.を捜しに行ってほしい》
《オッケー》

外へすり抜け、空に昇る。

《髪は肩にかかるぐらいの長さ、髪色は濃紺だ。
縁無しの眼鏡をかけ、瞳の色はベージュ。
通信機を隠すためのカモフラージュ用のイヤーマフをつけている。色は白》
《それぐらい特徴あったら見つけられるかも。
行ってくるね》

視野を広く、だけど歩いている生徒はハッキリと確認できる高さで飛行する。
ロロの話で聞いた通り、仮装している生徒がちらほらいた。

最初に行くのはテニスコートに一番近い巨大オーブンのエリア。
次は屋台が並ぶ会場かな。
そこにもいなかったら校舎付近の文化部の出し物コーナー……バンジージャンプはやらないだろうし……馬術部が企画した乗馬体験もC.C.なら近寄りもしなさそう……。
しらみつぶしに捜すルートを考えながら飛行する。

捜し始めてから30分。
ルルーシュから聞いた特徴に合致した子は屋台を抜けた大通りでリヴァルにチラシをもらっていた。
そばに降り立ち、いろんな角度から顔立ちを見る。
チラシを熱心に見つめる眼差しや、笑みを浮かべていないクールな表情はすごくC.C.っぽいと思った。

チラシを渡した後、リヴァルはインカムで「お〜どした?」と応答する。

「エナジーフィラーの予備?
あーそれなら校舎下の倉庫に置いてるって会長が。
オッケーすぐ取ってくるから」

走って校舎に向かうリヴァルを、その子は鋭く睨んだ。
敵意のある眼差し……これは完璧に……

《C.C.だ!!
ルルーシュ! C.C.いたよっ》
《よくやった!
迅速に向かう。発見地点は?》
《屋台のエリアを抜けてすぐのところだよ。
チラシを持ってる。
あっ歩いてく! 校舎に入っていく!》
《どこに行くつもりだあの女は!》

校舎の中に入ったC.C.は堂々とした足取りで進んでいく。
敵を全て抹殺してやると言わんばかりの顔をしていた。

《ルルーシュ。
C.C.は校舎下の倉庫に向かってるかも。
リヴァルを追いかけるタイミングで校舎に入ったから……》

ルルーシュは全力疾走中なのか返答は無い。
廊下を歩くC.C.の進むルートを実況する。
目的地まであと少しのところで全速力のルルーシュが到着した。

「おい!!」

必死の声にC.C.は足を止める。

「ん?」
「こんな……おまえ、何しに?」

肩で息をして苦しそうだ。

「あれを回収せねばならない」
「あれ?」
「ピザの景品のぬいぐるみが入ってる箱だ」

ルルーシュはキョロキョロと前後を確認する。

「どうしてあんなものにこだわる。とにかくこっちへ来い!!」

C.C.の腕を掴み、ぐいぐい引っ張った。
引きずられるまま、C.C.はフッと微笑む。

「強引だなぁ、坊や」
「黙れ魔女。自分の立場を分かっているのか」

ルルーシュは近くの教室にC.C.と一緒に入り、静かに扉を閉めて鍵をかけた。
唇に人差し指を立てて『静かに』をやった後、
《この廊下をリヴァルが通るはずだ。確認してくれ》と頼んできた。
ヌッと廊下に出る。
リヴァルじゃなくて何故かシャーリーがやって来た。

「ルルー! ルル?
ルルどこ〜?」

廊下を走っていき、奥の方へ行ってしまった。
リヴァルと合流しそう。
ルルーシュがひとり、廊下に出る。
教室にいるC.C.に身振りで何かのジェスチャーをした後、扉を閉めた。
右手に持つインカムが青く点滅する。
ルルーシュは耳に装着した。

「俺だ。リヴァル、どうした?」

インカムで通信しながら、シャーリーが走っていった方向とは逆に歩いていく。

「シャーリーが?
何か問題があったのか」

そのままついて行きたい気持ちはあったけど、C.C.も気になってその場で待機する。
ルルーシュがいなくなって数分後、電動自転車につけるようなバッテリーを持ったリヴァルがシャーリーと共に歩いてきた。

「そりゃあ〜ヴィレッタ先生も逃げるだろ」
「だからって避けなくても……。
先生を見たいって声が本当にすごいのよ?
ルルならうまく説得してくれると思って……」
「それはルルーシュでも難しいだろ〜。
取りあえず話してみたら? 今外にいるってさ」

話しながら歩いていく。
シャーリーとリヴァルの姿も見えなくなった。

《ルルーシュ。
C.C.の教室前をシャーリー達が通過したよ。
廊下が無人になった》

ルルーシュから返事は無い。
代わりに、教室の扉が静かに開いてC.C.が出てきた。
イヤーマフからインカムのマイク部分が少しはみ出している。

「感謝する。
何かあったら教えろ」

呟いた後、C.C.はイヤーマフをモフッと触った。
スタスタと歩き、奥へ進んでいく。

《空。
返事が遅くなってすまない》
《ルルーシュ大丈夫?
シャーリーが捜してたね》
《俺は……遠ざけるように、移動……中だ。
C.C.のそばに、いてくれ……》

全力疾走で疲れきった声をしていた。
他の生徒が誰か来る事もなく、C.C.は段ボールを一箱持って戻ってきた。
廊下を歩き、途中で曲がる。
階段を上り進んでいき、屋上を目指しているのが分かった。
C.C.の運ぶ段ボール箱には黒マジックで殴り書きされていて、ガムテープでしっかり封をしている。
屋上に出て、太陽の眩しさにC.C.は一瞬顔をしかめた。
ここは生徒会が管理しているルーフトップガーデンだ。いつかルルーシュが話していたのを思い出す
段ボール箱を死角に隠し、C.C.は手すりに左手を置き、右手で眼鏡を外した。

「変装はやはり息が詰まる……」

ため息混じりな声はやっぱりC.C.の声だった。
地上を睨む。

「……どうしてあんなものにこだわる、か。
その言葉を後悔させてやる」

ムッとした顔でボソッと呟く。
C.C.はイヤーマフをモフッと触った。

「……そうだ。皇帝が私を狙っている。おまえを餌にして」

ルルーシュと通話してる。
クルンと身体の向きを変え、手すりに背中を預けた。

「ああ。同じヤツだ。
しかし、これ以上知ると……」

C.C.は言いづらそうな顔をする。
ルルーシュの返事で諦めたようにため息をこぼした。

「……V.V.だ。
私の知らないギアスユーザーは全てV.V.が契約した。
……いや。それはない。それよりおまえの言っていたバベルタワーのヤツだ。
送り込めるほど、増やしているんだろう」

話そうと開いた口を閉じ、C.C.はマイクがあるほうに首を傾げた。

「……は?
アーサー? 羽根ペン? 何を言ってるんだおまえは……」

イヤーマフをモフッとさせ、C.C.はため息をこぼして「アイツは何をやってるんだ……」と呟いた。
手すりに両手を置き、地上を眺める。
メインイベントの巨大ピザを見ようと生徒が集まっているところだった。
巨大な丸いピザ生地はスタンバイ完了だ。
C.C.はそれをジッと見つめる。
司会進行のリヴァルは端末を持ちながら、拡声器を手に話している。
歓迎会を開催するに至るまでの経緯も堂々と語り、場を盛り上げた。

『ナイトオブセブン・枢木スザクの勇姿を!
ぜひご覧ください!!
さぁさぁ皆さん! お待たせしました〜!!
ただ今、スタート地点を出たようです!
校舎を回ってからこちらにやってきますよ〜!』

“今年こそは絶対に食べる”という決意を瞳に宿らせ、C.C.は熱心に地上を見つめる。
あたしもジッと見守った。

程なくして、左からアーサーが現れた。
羽根ペン?をくわえ、ものすごいスピードで走ってる。
アーサーが目指す先にはリヴァルがいた。
右からもギャリギャリと走行音を響かせながらガニメデが現れる。
トマトの絵が描いてるコンテナを運びながら土煙を上げ、リヴァルの方へ。
先頭をアーサーが駆け、後方を走るガニメデにゾッとした。

『来た〜! ナイトオブセブン枢木スザクが!!
アンデス産のアルティメットトマトと共に登場だ!』

ガニメデはスピードを上げてアーサーに迫る。
スザクなら絶対止まる。あれを操縦してるのは違う人だ!
と思った瞬間、弾丸みたいなスピードでスザクが現れた。

『さあ来てくれ! 僕らは君を待って────』

轢かれる寸前、スザクはアーサーを救出した。
ヒョイと抱き上げ、ゴロッと前転しながら安全地帯へ転がり込む。
無事な姿を見て心の底からホッとする。
リヴァルも、あれ!?という顔になった。
 
『────いた〜! んだけど……』 
『中の人、違いま〜す!!』

ガニメデの操縦者の、底抜けに明るい声にピンと来た。

《ジノだ!!》

全力疾走のガニメデはピザの前で急ブレーキで止まり、コンテナをひっくり返して中身をピザ生地に豪快にぶち撒けた。
どよめきや歓声がワッと聞こえてくる。

「お腹空いた……」

C.C.の退屈そうな呟きが小さく聞こえた。
アーサーを抱えたスザクはリヴァルの方へ行く。
校庭にミレイやシャーリーまで駆けつけて来た。
“あたし”はいない。ルルーシュの姿も見つからないから、今は一緒にいるのかもしれない。
部外者がガニメデを操縦するけっこうなトラブルに、ミレイは明るく笑っている。
ミレイらしいなぁと苦笑していたら、C.C.がバッと手すりから大きく身を乗り出した。
目を大きく見開き、地上を凝視する。
と思ったらすぐに手すりを離れ、ダッと屋上から出ていった。

《C.C.!?》

戸惑い、すぐに後を追いかけられなかった。

《ルルーシュ!!
C.C.がいきなり走って行っちゃった!》
《は……!?
何を勝手に動いているんだアイツは!!》
《追いかける!!》
《ああ! こっちも呼びかけて制止させる!!》

バッと屋上を飛び降り、地上に着地する。
C.C.が出てくるのを待っていたら数分後にバッと飛び出してきた。
スピードを落とさずに走っていく。
よく分からないまま追いかければ、C.C.はすぐに失速した。
彼女の視線の先にはミレイがいる。
ふらふらと歩き、すぐ目の前で足を止めた。

「おい、おまえ」

息遣いが荒い。
声をかけられたミレイは、え? 私?と言いたそうな表情でC.C.とシャーリーを交互に見た。
シャーリーは困った顔で首を振り、なんだろうこの子?と言いたそうな顔でC.C.を凝視する。

《C.C.はピザ会場のミレイのところに行ったよ》
《目立つなと言っておいたんだが。
何を考えてるんだアイツは……》

『と、特別ゲストです!
なんと!! ナイトオブスリーのジノ・ヴァインベルグ卿が助っ人に来てくれました!!』

会場がワーーーーーーーッ!!!!!!と盛り上がった。
シャーリーもガニメデのほうに意識が向くほどの特別ゲストだけど、ミレイはC.C.から目をそらさない。
恐る恐る歩み寄る。

「私に何か用かしら……」
「おまえ、おまえは」

息がし辛い様子で、今にも泣きそうな顔をした。

「……名を、教えてくれ」

ミレイは怪訝そうに眉を寄せる。
制服を着た生徒にそんな質問をされたのきっと初めてだ。困惑していた。

「ミレイよ。ミレイ・アッシュフォード。
生徒会長なんだけど……あなたは知らないのね」
「母親の名は?」
「えっ」

『僕が操縦する段取りでしたが、予定を急遽変更して彼にやってもらうことになりました。
皆さん、ナイトオブスリーの華麗な動きをご覧ください』

会場がさらに盛り上がり、拍手が爆発したように上がる。
ミレイは困惑しきった顔で言葉を失っていた。

「母親の、名を」

さらに求めるC.C.の顔色は白い。
今にも倒れそうなほどだ。

「フィールよ」

シャーリーは意識をミレイのほうに戻す。
よく分からなくて困ってる顔をしていた。

「祖母の名を……」

アリルさんはミレイの親族の人だと薄々気づいていた。
V.V.に闇の中で閉じ込められた時に、助けてくれた人がミレイに似ていたから。
ミレイは一歩前に出る。

「どうして知りたいの?」

警戒した顔で、理由を問い詰める声は厳しい。
C.C.は気圧されながら言う。

「私を……私、の母を救った女に、おまえはとてもよく似ているんだ。
その美しい髪も……瞳もおまえと同じ色をしていて……。
笑った顔には驚いた。
本当に、そっくりなんだ……」

遠い目をしてミレイを見つめる。
“私の母”か。さすがに真実は言えない。

「あなたのお母様を……救った方の名前は?」
「アリルデリカだ。
アリルと、私の母は呼んでいた……」
「そう……」

ミレイの顔から警戒の色が消える。

「セリスよ。
お祖母様の名は、セリス・アッシュフォード」

C.C.の瞳が大きく見開く。

「セリス……フィール……」
《C.C.の名前だ……!》

C.C.の瞳がミレイをしっかり見る。
ミレイも目をそらさない。

「よく分からない女に、家族の名を聞かれて嫌な気持ちになっただろう。
すまなかった」

真剣な謝罪だった。
そして、C.C.はわずかに微笑んだ。
泣くのをこらえるような表情で。

「私はずっと……ずっと知りたかった。
教えてくれて感謝する」

C.C.はその場を走って離れた。

「会長……あの子、誰だったんですか……?」

シャーリーの困りきった声に、ミレイは笑みを浮かべた。

「誰かしら。不思議な子ね。
うちの生徒じゃなさそう。
私に聞きたくて潜り込んだのかも」

器が広い。ミレイは誰でも受け入れてくれた。

「巨大ピザ、私達も一緒にやりましょう」
「は、はい……」

ミレイ達はステージを目指して歩いていく。
あたしはC.C.の後をすぐに追いかけた。


  ***


C.C.は屋上に戻った。

《ルルーシュ。
C.C.は今屋上にいるよ。
他の場所には行かなさそう》
《アイツ……俺の呼びかけをことごとく無視したからな……。
今からそちらに行く》

巨大ピザの焼成が始まったタイミングで“あたし”とアーニャが会場に到着した。
集まっている生徒は先ほどよりも多い。
ステージではリヴァルとスザクが進行を務めていて、アーサーは“あたし”のそばにいた。
ジノとアーニャの姿、ミレイとシャーリーの姿は屋上からだとよく見えた。

C.C.は段ボール箱を開封し、チーズ君を取り出した。
イヤーマフを外し、片手でインカムをオンにする。

「私は今、屋上にいる。
ずっといるから通信はするな。
耳のこれは外す」

素っ気なく言い、オフにしたインカムとイヤーマフを段ボール箱に片付けた。
 
膝の力が抜けて崩れるように、C.C.はその場に座り込んでしまう。

「空」

チーズ君をギュッと抱きしめた。

「ここにいると思って話すぞ。
ルルーシュのところにいるなら、これはただの独り言だが……」

息を吐く。疲れきったように震えていた。

「……アリルの死を……私は確かなものとしてこの目で見た。
生きていたのに、あっという間に作りものみたいになってしまった。
私の心まで死んでいくように感じたんだ。
まさか生きていたなんて……。
死んだと、ずっとそうだと……思っていたんだ……。
……でも違った。アリルも空と同じだった。
傷が癒え、息を吹き返して、私の知らないところで……ずっと生きていたんだ……。
ああ……」

チーズ君に顔を埋めながら話してくれた。

「愛する者の子を産んだのだろう。
その子に、私の名を……」

泣いてるけど、嬉しそうに微笑んでいる声だった。
チーズ君から顔を上げる。
明るい快晴の空みたいな笑顔だった。

「……空。
もしここにいるなら、ルルーシュにも話してくれ。
私の大切な人に孫娘がいたと」

ポテポテした足音が階段を上ってくる。
ラッコの着ぐるみが到着して、頭をスポンッと外してカレンが顔を出す。

「ピザのいい匂いがするわね」

汗を拭いながらC.C.を見たカレンはギクッと硬直した。
泣いた直後の顔を隠すことなく、C.C.は横目でカレンを見る。
ラッコの頭をポロッと落としてカレンはうろたえる。

「……だ、な……何があったの……?」

動揺して声がガタガタだ。
涙なんて一切流さないと思っていたんだろう。
カレンの目が泳ぎ、どうしよう!と悩む顔をした。

「年下には慰められたくないな。
そっとしておいてくれ」

笑みを浮かべて余裕そうに言う。
いつものC.C.らしい表情と声だった。
カレンはシュンとした顔で「そう……」とだけ返事する。
落とした頭を拾い上げ、ポテポテと離れた場所まで歩いていった。 
地面に頭を置き、困ったように空を仰ぐ。

その数分後、ルルーシュが戻ってきた。
C.C.を見た瞬間、カレンと同じように硬直する。
何か言いたそうにしていたけど、すぐに視線を外してカレンの方へ行った。
C.C.は小さく笑み、チーズ君に顔を埋めた。

「空は見つけたか?」
「ええ。すぐにね。
ルルーシュの事を本当に忘れちゃったの?」
「俺だけじゃない、生徒会のみんなもだ。
丁寧な口調で話され、俺は“ルルーシュさん”と呼ばれている」
「それは地味に傷つくわね……」

同情する眼差しを向けられ、ルルーシュはフッと涼しげに微笑む。
少しも気にしてない顔だ。
カレンは切なそうにため息をこぼす。

「……すごく寂しいわね」
「寂しくはない。声は聞こえているからな。
姿が見えない幽霊のまま、今もここに、俺達のそばにいる」
「え!? ど、どういうこと?
それじゃあ空は今、二人?に分かれちゃってるの?」
「恐らくそうだ」

C.C.はチーズ君を抱えたまま立ち上がった。

「今の空は記憶を失っている。
その記憶が幽霊として現れたんだろう」

カレンは深刻な顔つきで黙って聞く。
事態を何とか呑み込み、頷いた。

「空を助けなきゃって思っていたけど、かなり大変な事になっているわね……」
「非常に厄介だが、目の届く範囲にいるだけまだマシだ。
あの状態の空がこの学園にいる間に俺が何とかする」
「ルルーシュがいるなら大丈夫ね」

カレンはホッとした笑みを見せた。

「……そうだ。
もうひとつあるわ、ルルーシュ。
水泳部のカフェで水着を着た女の人がいたんだけど。
多分、先生かな」
「ヴィレッタか?」
「名前までは。
褐色の肌の……」
《ヴィレッタだね》
「……その人、前の学園祭で扇さんと一緒にいた人のような」
「ヴィレッタが扇と?」
「南さんが言ってた、扇さん直属の地下協力員かも」
「扇が? 俺に秘密を?」
「鈍感だな。坊やは」

チーズ君を小脇に抱え、ルルーシュに歩み寄る。
C.C.はルルーシュの耳元でひそひそと何かを話した。
ナイショ話にカレンを興味津々だ。
ニヤリと笑うルルーシュにカレンはドン引きする。
「何話してるのよ……」と呟くほど、ルルーシュは良からぬ事を企む悪人の顔をしていた。
C.C.から離れた後、携帯を取り出した。

「俺は今からヴィレッタに会う。
C.C.とカレンはこれからどうする?」
「私はもう帰る」
「えっピザは食べないの!?」
「ああ。会場に生徒が集まっているほうが帰りやすいから」
「……珍しいな。
おまえがピザを食べないのは」
「今は胸がいっぱいなんだ。
帰る前におまえに見せたいものがある」
「何をだ?」
「あれだ」

チーズ君を小脇に抱え、C.C.は段ボール箱を指差した。
ルルーシュは覗き込んで確認する。
あたしも中身を一緒に見た。

たくさんの写真とナナリーが折った鶴。

「これは、俺の部屋にあった物か」
「ブラックリベリオンで学園を占拠した時に隠しておいたんだ」
《よかった……!
捨てられてなかったんだ!!》
「……まさか、こんな形で手元に戻ってくるとはな」

ルルーシュは嬉しそうだった。
ふふん、とC.C.は満足そうに微笑む。
段ボール箱から写真を一枚取り出すルルーシュに、カレンがポテポテと近づく。

「それ、空の写真じゃない!!」

見えやすいように、ルルーシュはカレンにスッと写真を差し出した。
海にナナリー達と遊びに行った日の、砂浜をふたりきりで散歩した時にルルーシュが撮ってくれたやつだ。
ただ嬉しくて幸せだった。
あの日のあの時間を、写真を見るだけで鮮明に思い出せる。

「これを星刻に渡してくれ」
「えっ」
《えぇ!?》
「……いいのか? 宝物のはずだろう」
「そ、そうよ……。
絶対これ、空がルルーシュに笑いかけてる写真じゃない」
「空だけ写っているのはこれ一枚だ。
俺はこの日を絶対に忘れない。思い出せば鮮明に浮かぶほど、よく覚えている」
《ルルーシュ……》

顔がゆるゆる緩んでしまう。
もし今の自分が生身だったらたくさんドキドキしただろう。

「だからこそ、空に誰よりも会いたがっている星刻にこれを渡す」

カレンは恐る恐るといった様子で両手で受け取った。

「……分かった。
絶対、渡すから」
「ああ。頼む。
去年の写真だと伝えてくれ」

段ボール箱の私物をC.C.に預け、ルルーシュは屋上を後にした。

《C.C.は何を話してたの?》
《気になるか》
《そりゃあもちろん》
《扇はヴィレッタの存在を隠していた。
学園祭にふたりで行くほど親しいなら、誰にも言えない関係だったんだろう》
《それってもしかして……》
《恋仲だ》
《扇さんとヴィレッタが?
接点無いのにどうして……》
《馴れ初めは知らない。
だが、ヴィレッタの脅威を排除するには最高のカードだ》

良からぬ事を企んでいる微笑みをまた浮かべる。
ものすごく気になって後をついていった。
ロロに連絡を取り、監視部屋が無人になるよう仕向け、その後でヴィレッタを呼び出した。
服装はいつものスポーツウェアだ。

「どうしたロロ?
トラブルと言っていたが……」
 
監視部屋の中心まで歩を進めたヴィレッタにロロが銃を突きつける。
驚愕の表情で身動きを止め、鋭い眼差しでロロを見据えた。

「これは何のマネだ?」

扉が自動で開き、ルルーシュが入ってくる。
シャーリーと買い物した時の紙袋を手に提げながら。
ヴィレッタは少しだけ振り向き、ルルーシュを睨んだ。

「……思い出したのか」
「ええ。
それだけじゃありません」

ルルーシュは妖しく微笑んだ。
 
「ヴィレッタ・ヌゥ。
ゼロの正体を突き止めた功績で男爵位を得た女。
だが、裏では黒の騎士団と通じていた」
「そのような背信を……!」
「扇要」

ヴィレッタはウッとたじろいだ。
知られたくない事を暴露された時の反応だ。

「……彼との関係が知られれば、せっかく手に入れた位も失うことになります。
新しいあなたに生まれ変わりませんか?
これ、シャーリーから預かったのですが」

ルルーシュは紙袋からワインのボトルを出した。

「いいタイミングでした。
ヴィレッタ先生、ハッピーバースデー」

ヴィレッタはルルーシュから視線を外す。
恐怖で顔が引きつっていた。

「……私に、何を求める。
奴隷にでもなれと言うのか?」
「そんな趣味はありません。
俺が何をしても見逃してほしいんです。
異常無しと報告し続けてください。
今まで通りに振る舞ってもらえれば、あなたの地位はそのままです」

ヴィレッタは拳を握る。
悔しそうにギリ、と歯噛みした。

「……分かった。
全てを黙殺する」
「ありがとうございます、ヴィレッタ先生」

無害な生徒みたいにルルーシュは微笑んだ。
ヴィレッタの顔が恐怖に染まる。
あたしもちょっと怖くなったけどキュンとした。


[Back][13話後編へ]
 


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -