世界を越えて特派の一員になって1ヶ月。
ランスロットは一度も夢に出てこない。

きっとランスロットが夢に再び現れた時、この世界での日々が終わるんだろう。
なぜか、そんな予感がした。


  ランスロットの
    眠り姫/05


「シミュレーション終了。
プログラムを閉じます」

宣言してから、手元のキーボードを操作してモニターを暗転させる。
もう何十回もやっている動作だから、操作は流れるようにスムーズだ。

朝のジョギングと体力作り。
日々繰り返す操縦訓練。
それらのおかげで、訓練が終わった後でもシミュレーションポッドを平気で下りられるようになっていた。
身体のダルさは全然感じない。

「空ちゃんお疲れ様。
もう慣れたわね?
疲れを感じなくなったでしょう」

データ解析をしながら、セシルさんは満面の笑顔を向けてくれた。
ロイドさんはモニターを凝視してこっちを見ない。でも満足そうに笑っている。

「もう物足りなくなったんじゃないの?」

視線を向けないまま言われた。
確かにそうかもしれない。
あたしが乗っているのはあくまでシミュレーションポッドだ。
何回も乗ってたら誰でも平気になるだろう。
できれば本物にも乗ってみたいな……なんてひそかに思ってしまう。

「空ちゃん。
ちょっとこっちに来て」

セシルさんに呼ばれ、階段を昇って彼女達のいる場所に向かう。
モニターとキーボードが並ぶ、広くないスペースだ。

「なんですか?」
「ふふ。空ちゃんにね、今日はふたつ良い知らせがあるの」

良い知らせが二つも。それだけで期待にわくわくする。
ロイドさんが人差し指を立てた。

「まずひとつ目。
シュナイゼル殿下から許しをもらい、軍で使われているナイトメア用の訓練滑走路が使えるようになった」
「シュナイゼル殿下の名は聞いたことあるわね?
この特別派遣嚮導技術部に様々な支援をしてくださっている方よ。
訓練滑走路は、特派の使用は許されてなかったんだけど、ロイドさんが空ちゃんのことを殿下に話して、それで許可がもらえたの」
「殿下にあたしのことを……。
……あのこと話してませんよね?」

ロイドさんはキャハッと笑った。

「ごめ〜ん」

胸倉掴んでガクガク揺すりたくなった。

「待って待って空ちゃん落ち着いて!」

無意識に実行しようとしていたのか、セシルさんがすかさず間に入ってくる。

「シュナイゼル殿下が許可をくださったのはあなたのことを信じ、期待したからよ。
前向きにとらえましょう?」

嘘みたいな話を信じてくれて、会ったこともない人間に期待してくれた。
そう思ったら、怒りがどんどん薄らいでいく。
でも今の悪びれもしない笑顔のロイドさんを見ていたら、だんだん腹が立ってきた。
何も言えないでいると、ロイドさんはあたしの顔写真入りのカードを突き出してくる。

「次に二つ目。
これ、キミの名誉ブリタニア人の証明書。
これがあれば堂々と租界中を歩ける。
身元不明のイレブンじゃあ名誉ブリタニア人にはなれないけど、シュナイゼル殿下の後押しがあって承認された。
おめでとォ〜、これでキミの存在は正式に認められた」
「おめでとう。
これでスザク君と同じ学校に通えるわよ」

ロイドさんに渡されるまま証明書を受け取る。

スザクと同じ学校。
通いたい────そう思ったけど、実際声には出さなかった。

「どうしたの?」
「えっ……と、両立は難しいと思うんで、学校に行くのは止めときます」

『ルルーシュがいるから』が断った理由じゃない。
自分がまだナイトメア乗りとして未熟なのを思い出したからだ。
進まなければいけない道を外れ、道草を食っている場合じゃない。
学校に行きながら……なんて甘えたことはできなかった。
セシルさんは残念そうに笑う。

「……わかったわ。空ちゃんがそう言うなら」
「そうそうキミの本職はデヴァサーだ。
本国から試作機が届いたらすぐ乗りこなせるようにしないと。
じゃあ早速訓練用滑走路へ行こう。
貸し出し申請してるからすぐ本物のナイトメアに乗れるよ」

これでしっかり訓練できる。
嬉しくてワクワクするはずなのに。
なぜか、素直に喜ぶことが出来なかった。

ヘッドトレーラーに乗り込んで目的地を目指す。
走っている間、運転席からは見えない後ろのスペースで、あたしはパイロットスーツに着替えていた。
そばには黒いシートがかけられたランスロットが眠っている。
この大きな車両は特派の唯一の移動手段で、ランスロットを運ぶだけじゃなく、運用する為の専用のトレーラーだとセシルさんが話していた。

着替えを終え、自分の姿を見下ろす。
パイロットスーツは少し暗い黄色。目に優しいカラーだ。
こんなの初めて着た。
緊張して背筋が自然と伸びてしまう。
ギクシャクしながらセシルさん達のところへ戻った。

「着替えました」
「サイズはどう?
合わなかったら言ってちょうだい」

バックミラー越しにセシルさんは笑顔を向けてくれる。

「ぴったりです。
ぴったりすぎてちょっと違和感が……」
「ぴったり?
おめでとォ、それはよかった。
自分の身体に合ったモノ着ないと大変なことになっちゃうからね」

悪魔のように笑うロイドさんの言葉に震え上がる。
自分の身体に合わないものを着たらどうなるんだろう。怖くなった。
セシルさんがロイドさんをギロッと睨む。

「ロイドさん怖がらせるようなこと言わないで下さい。
……大丈夫よ空ちゃん、深く考えないで。
パイロットスーツは連動率を上げるために着るものだから」

セシルさんはやっぱりすごい。
不安がきれいに消え去った。

走り始めて十分くらい経ってから、目的地に到着する。
降りて驚いた。何もないアスファルトの道が広がっている。
空港の滑走路みたいな場所で、一機のナイトメアと男の人がひとり待ち構えていた。

すらりと伸びた身長は高い。
眼鏡をかけていて、瞳に優しさは一切無い。
整った顔立ちが厳しさを際立たせている。
名前は確かギルフォード。
アニメの5話に出てきた人だ。

「私の名はギルバート・G・P・ギルフォード。
コーネリア総督の命により教官として派遣された者だ」

厳しい瞳が、あたしに名乗るのを求めているような気がして、ハッとした。
 
「と、特別派遣嚮導技術部所属、七河空准尉です。
本日はご指導よろしくお願いします」

名乗るのが遅れた!
とんでもない失敗をした気持ちになる。

ギルフォードの表情は変わらない。
呆れてはいない様子だけど、何を考えているか読めなくて怖かった。
ここから先は失敗できない。

「キミにはこれを耳に装着してナイトメアに騎乗してもらう」

差し出してきたのは、スザクがランスロットに乗る時いつも耳につけているやつだ。
通信用のヘッドセット。
受け取ってすぐ装着する。

「このサザーランドは潰しても構わない機体だ。
だからといって、壊していいというわけではないことを覚えておくように」
「はい」

操縦ミスしてぶっ壊すのを前提にしているような言い方だ。
仕方ない、自分がシミュレーションだけの初心者だということは向こうも知っているはずだから。

ギルフォードは淡々と、注意事項やここ────訓練用滑走路についての説明をする。
一見走るためだけの場所かと思いきや、ナイトメア同士の模擬戦や高度な操縦技術の演習などもできるそうだ。
今日あたしがここでするのは、ナイトメアに乗って基本操作を学び、実際に操縦すること。

『七河准尉、サザーランドに騎乗してセットアップを始めてください』
「イエス、マイロード」

軍人としてのセシルさんの指示に、あたしも同じように返事をする。
すぐにサザーランドへと移動し、以前スザクに教えてもらった方法でコクピットに乗り込んだ。
内部は暗かったものの、備えつけられたライトが点灯して明るくなった。
シミュレーションポッドとそう変わらない景色が広がる。
機器や操縦桿、モニターや通信用パネル。
どんなナイトメアでも設置しているものは変わらない。

『七河准尉、起動操作を始めてください』

急かすような厳しい声にビクッとする。

「は、はいっ」

言われるままに起動キーを差し込もうとしたら、手がすべって落としてしまった。
こういう時に限って上手くいかない。
恥ずかしさで泣きたくなりながら、慌てて起動キーを拾い上げる。
同じことを言われないよう反射的に声を上げていた。

「す、すいません起動キー落としちゃって……今始めます……!」


 ───────────────────


メンテナンスの設備、補給の資材、モニタリングする機材もここには全て積まれている。 
もちろんモニターも設置されていて、接続設定できれば、コクピットから見た景色や内部の様子も見れるようになっている。

『す、すいません起動キー落としちゃって……今始めます……!』

軍人とは思えない情けない声は、セシルやロイドだけじゃなくギルフォードもしっかり聞いていた。
教官として、今まで何人もの軍人を育て上げてきたから思う。

「(デヴァイサーとしても、軍人としても、精神さえも、まだまだ未熟のようだな……)」

呆れる気持ちを彼は表情には出さない。

彼女のような人間を任されたのは初めてだった。
もちろん悪い意味で。
ギルフォードはこれから先、教官として苦労するだろうと内心嘆いた。

起動操作を終えたのか、トレーラーのモニターに彼女が映っていた。
表情は緊張で強張っている。

「七河准尉。
キミが実機を操縦するのはこれが初めてだと聞いている。
まずは実際に動き、実機とシミュレーションの違いを知ってほしい。
私の指示に従い動いてくれ」
『イエス、マイロード』

ギルフォードは空に指示を送り、彼女はその通りに操縦する。

加速、停止、旋回。

サザーランドから見える景色で、機体の動きを推測するのは容易だった。
指示にはすぐ反応する。だけど動きがギクシャクしていてぎこちない。

「空ちゃん、大丈夫かしら……」

心配そうに呟くそれは、軍人としてではなくセシルの素の声だった。

「実機に乗るのは初めてだからねぇ。
身体にかかるGに悪戦苦闘……なぁんてことになってるかもね。
キレが良すぎる動きだと強めにかかるから」

この状況を変える案を思いついたのか、セシルは後ろに立つギルフォードを見た。

「ギルフォード卿。
彼女には慣れるまで自由に動くよう伝えましょうか?」
「ああ、頼む」

モニターに向き直り、セシルは空にそのことを伝えた。
指示を出して数分後、操縦に慣れたのか、ぎこちなさは無くなった。
しかし、余分な動きが増えていく。

ギルフォードが何度かアドバイスをしてやっと、彼女は問題なくサザーランドを動かせるようになった。

「(思ったよりも素質はあるようだな)」

機体から送られてくるデータを記録しながらギルフォードは分析する。
記録から算出された数値は、ナイトメアを操縦するに相応しいかどうかの判断材料になる。
出た数値をギルフォードはジッと見つめた。
基準よりも高いものは反射神経と瞬発力の項目。
それ以外の項目も特に問題はない。

事前に決めていた行程を全て終わらせた後、空にサザーランドを降りるよう伝えたギルフォードは結果をロイド達に伝えた。

「七河准尉は私の指示に対しての反応が早く、反射神経と瞬発力は基準値を上回っている。
ナイトメアの操縦は問題なくこなせるだろう。
操縦訓練を何回か実施した後、模擬戦を始められるだろうな」

セシルはホッと息を吐く。
乗りこなせるか不安に思っていたからだ。
 
「よかったですね、ロイドさん。
これで空ちゃんも……」

ロイドを見たセシルはギクリとする。
彼が不満そうに顔をしかめていたからだ。
ロイドがボソッと呟く。

「……セシル君。
ランスロットを今すぐ出そう」
「えぇえッ?!」

予想の斜め上を突き抜けるロイドの言葉にセシルは悲鳴を上げる。
彼が何を考えてそう言ったかすぐに気づいた。

「空ちゃんを乗せるんですか!?
無理ですよ! 何言ってるんですか!!」

『ランスロット』
その名をギルフォードはよく知っていた。
特派が開発した第七世代ナイトメアフレーム。
カワグチ湖のホテルジャック事件で活躍した機体だ。
乗りこなせるのは枢木スザクただ一人。
これはさすがにギルフォードでも呆れて眉を寄せる。

「この結果は誤りでも偽りでもない。
正気の沙汰ではないな、ロイド博士」

ロイドは不敵に笑った。

「ボクの記憶が正しければ、彼女も枢木准尉と同じことを言うだろうね」
「私は反対です。
空ちゃんをランスロットに乗せられません。
スザクくんがすぐに乗りこなせたからといって、空ちゃんもそうだとは思えないです。
身体にどれだけの負荷がかかると思うんですか!」
「セシル君。
無理かどうかはキミが判断する事じゃないよ」
「……なら、ロイドさんが判断するんですか?」
「んーん」

ロイドはいつもの薄笑いで首を振る。
トレーラーの扉が開き、空が戻ってきた。

「あの……何か問題があったんですか?」

不安そうな表情だ。
彼女は中に入らずその場に立っている。

「特にないよ。問題に思うような事は。
ひとつ聞いていい?
キミはランスロットに乗りたいかい?」
「乗る?
……って、今ですか!?
無理ですそんなの! 出来ないです!!」
「出来ないじゃない。
乗りたいか乗りたくないかで答えるんだ」
「乗りたいか、乗りたくないか……」

空は思う。
ずっと見上げるだけだった。
自分も一緒に走ることができたら────そう願っていた。

「あたしは……乗りたいです」

スザクのようには乗りこなせないけど。
それでも一緒に走りたいと、空は思った。

「んじゃあ決まり。
セシル君、ランスロットの準備に入るよ」

ロイドは喜々とした様子で動き出す。
セシルは納得いかない顔をしていた。

「空ちゃん。
私は、あなたの意思を無視してまで反対はしないわ。
だけどこれだけは覚えていて。
サザーランドとランスロットは全く違う機体だってこと。
かかるGも違ってくる。
それに、シミュレーションポッドはあくまでシミュレーション。
少しでも苦に思ったら操縦を止めること。
約束して、空ちゃん」
「はい。
絶対に無理はしません」

強く誓う空に、セシルはやっと頷いた。


  ***


すべての準備が完了して、黒いシートが外される。
ランスロットと空が対面した。

「はい、空ちゃん。
これがランスロットの起動キーよ。
騎乗した時に打ち込む識別番号はシミュレーションポッドと同じだから」
「はい」

受け取った起動キーを落とさないよう握る。
離れて見守るギルフォードは気づく。
サザーランドの時と違って、今の彼女からは緊張している様子は少しも感じられない。
ギルフォードは見逃さないように集中した。
準備が完了する。

『初期起動、フェイズ20から始めます』

そう告げた後、ランスロットを操縦できる状態かどうかを調べていく。

『デヴァイサー、セットアップ』

その言葉で、空はコクピットに乗り込んだ。
起動キーを差し込み、操縦桿を握る。

『拒絶反応微弱。
全て許容範囲内です』

初期起動は実機もシミュレーションポッドも変わらない。
識別番号を打ち込み、また操縦桿を握る。

ランスロットが発進する間際、コクピット内の彼女の表情をモニター越しに見たギルフォードは奇妙な戦慄を覚えた。
まるで眠れる獅子の目覚めを目の当たりにしたような。

「(彼女のまとう空気が変わった……!)」

最初の情けなさは微塵も感じられない。
教官として今まで何人も指導してきた。
たった数時間で、ここまで変貌を遂げる人間は初めてだった。


  ***


データを見ずとも結果は一目瞭然だった。
サザーランドとランスロットの動きは、同じ人間が操縦していると思えないほど明らかに違う。
ロイドはランスロットから送られてきたデータを恍惚とした笑顔で眺めている。

「あぁ〜……最高。
やっぱり思った通りだった」

一方、セシルはすぐにトレーラーを飛び出した。
インカムから聞こえた彼女の声がひどく弱々しかったからだ。
ギルフォードも外に出た。

空はランスロットの足元でしゃがんでいる。
それ以上は動けない様子だった。

「空ちゃん!」

駆け寄るセシルに気づいて彼女は顔を上げる。

「空ちゃん!
どうしてこうなるまで操縦してたの!」

ただの怒りではない。
心の底から心配しての叱責だった。

「違うんです。
あたし自身は何もない……けど」

操縦していた時の感触を思い出すように、空はギュッと手のひらを握る。
目が覚めても夢が続いているようなボンヤリした表情で。

「思うままに動けたんです。
自分がランスロットになったような……。
……本当に違うんですね、サザーランドとは」
「空ちゃん。
それが第七世代のナイトメアフレームよ」

ホッとした笑みを浮かべ、セシルはギルフォードに視線を移す。

「ギルフォード卿。
最初のデータは算出されました。
七河准尉もこの様子ですし。
今日はこれで……」
「ああ、今日の訓練はこれで終了だ。
報告の書類は明日提出するように」
「はい、明日必ず。
さぁ空ちゃん。
トレーラーに戻りましょう」

セシルの言葉に立ち上がった空は何度か深呼吸を繰り返す。
背筋を正し、ギルフォードに向き合った。
年相応の笑顔を見せてくる。

「本日はご指導ありがとうございました。
次の訓練もよろしくお願いします」

そして一礼し、セシルと共に行く。
トレーラーに入って姿が見えなくなってから、ギルフォードは呼吸することを思い出したように息を吐いた。

「……不思議な娘だ」

あの時、ランスロットを操縦していた人間とは思えない。
しかし、今までを思えば、ああやって笑うのが本来の彼女だろう。

もしも新たな第七世代のナイトメアフレームに乗り、ひとりの軍人として戦場に出たら。
それを頭に思い描いてゾッとする。

「七河空、か……」

記憶に鮮烈に残る少女の名を、ギルフォードは忘れないよう呟いた。


  ***


帰路につくトレーラーの中で、セシルは運転しながら空に結果を話す。

「サザーランドでは、反応速度と瞬発力が基準値を大きく上回っていたそうよ。
実際に操縦してみてどうだった?」

空はサザーランドを操縦していた時のことを思い出す。
前にスザクから話を聞いていたため、身体を押しつけたり引っ張ったりするGの存在は知っていた。
踏ん張れば大丈夫だということも。
だけど問題は……

「……思った通りに動いてくれなくて。
難しいですね、サザーランドの操縦って」

息を呑んだセシルは慌ててロイドを見る。

「ロイドさん。
スザクくんと同じことを言うってもしかして……」
「あぁ。
スザク君も全く同じことを言っていた」

置いてきぼりをくらっている空は知りたそうな眼差しを二人に向けた。
それにセシルは気づく。

「……あ、ごめんなさい空ちゃん。
スザクくんは以前、ランスロットとは別のナイトメアのシミュレーションポッドの実験に参加したことがあったの。
確かサザーランド。
その時のことをスザクくんはね、自分の望む動きをしなかったって話してたわ」
「スザクがそんなことを…」

『自分の望む動きをしない』
それはまさしく、サザーランドを操縦しながら思ったことだった。

「帰ったらスザクくんに報告しましょう。
ランスロットのデータをプリントアウトしたからすぐに確認できるわ。
スザクくん驚くわね、きっと。
もしかしたらライバル意識を持たれるんじゃない?」
「有り得ないですよ、そんなの」

それだけは確信を持って言える。
きっとスザクなら。
子供のような笑顔ですごいと、自分のことのように喜んでくれるだろう。

「まぁ何はともあれ、キミのデヴァイサーとしての飛び抜けた能力が形に残ったわけだ。
このデータさえあればシュナイゼル殿下も本腰を入れて新しいナイトメアフレームの開発に力を入れるだろうね」
「完成した時、それが空ちゃん専用の機体になるわよ」

専用。
なんていい響き。

「がんばります!」

改めて、早く一人前になろうと心に決めた。

特派の研究室に戻れば、スザクが一番に出迎えてくれた。

「お帰りなさい」

彼が着ているのは軍服。
空は反射的に時計を見た。
昼の3時。
スザクが帰ってくる時間にしては早い。

「え? スザク学校は?
早いね、今日」
「生徒会が休みだったんだ。
空のほうはどうだった?
セシルさんの書き置き見たけど、実機訓練があったんだよね」
「うん。
サザーランドを実際に動かして……あと、ランスロットにも乗ったよ」
「ランスロット!?」

今まで一度も見たことない驚きようだった。

「キミが!? ランスロットを!?」

珍しい。スザクがすごく動揺してる。
空は目を丸くした。

「スザクくん。
そのことでちょっといいかしら」

遅れてやって来たセシルは、結果が印刷された紙を手に声をかける。
スザクは動揺したまま、視線を迷わせてからセシルの元に向かった。

空は一人になり、思い出す。
今でも不思議だ。
自分がランスロットを苦もなく動かせられるなんて。
しかもロイドが満足する数値を出してしまうなんて。
操縦桿を握った瞬間から不思議な感覚がして、まるで自分自身がランスロットになったような気分だった。

「(もしかして、あたしがランスロットに呼ばれてここに来たのは……)」
「空、お待たせ」

声をかけられて考えが霧散する。
歩み寄るスザクの顔に動揺の色は無い。

「セシルさんから聞いたけど……すごいね、本当に」

笑みを浮かべているものの、声はいつもより元気がなく沈んでいる。

「だけど複雑だな。
いつかキミが、僕と並んで戦う時が来るかもしれないなんて……。
機体によっては僕以上に動けるかもしれない」
「本当?」
「うん。
今のキミは、まだ戦うことを知らないから訓練を積み重ねていかなきゃいけないけど。
でも、いつか必ずなれるよ」
「いつかきっと……そっか。
スザクの助けに、いつかなれるんだね」

助けになれるか分からなくて不安だった。
スザクの言葉で心が晴れる。
遠く困難だけど、ゴールのある道が目の前に現れたように思えた。
望む未来へ進めそうな前向きな気持ちになる。

「あと、もうひとつセシルさんから聞いたんだけど。
空も学校に通えるようになったんだね」
「あ……それは……」

通うことが決定して喜んでいるようなスザクの笑顔に、空は気まずくなって言葉を失った。
スザクはハッとする。
笑顔が崩れ、罪悪感で苦しそうな顔をした。

「ごめん、空……。
セシルさんに全部聞いてるから。
ひとつのことに専念したいんだよね」
「……うん。
早く一人前のデヴァイサーになりたいから」

黒の騎士団が活動する以上、スザクは必ず戦場に出る。
新しい機体は完成しなくてもサザーランドは操縦できるようになりたい。
その為には体力作りと訓練だ。
限られた時間を全て使わなきゃいけない。
中途半端なことはできなかった。

『スザクと一緒に学校へ行きたい』
その気持ちも心の中にあるけど、奥深くに押し込めて隠さなければ。
何を優先するか、自分が一番よく分かっているから。

「ねぇ空。
ほんの少しでも学校に行きたいって思う?」

スザクの眼差しにギクリとする。
全部見透かしているような、確信を持った瞳だった。

「今、生徒会で大きなイベントを企画してるんだけど、人が足りなくて困ってるんだ。
ルルーシュがキミのことを会長に話したみたいで、会長が一度連れて来てほしいって。
猫の手も借りたいって言ってたよ。
仕事、空にも手伝ってほしいな。
キミがいてくれたら僕は嬉しい。すごく助かるよ。
訓練の息抜きにどうかなって思って」

ニコッと爽やかに笑う。
言葉選びがすごい!と空は圧倒された。
気持ちが引っ張られる。決意が揺れてしまう。

「手伝いたくなったら言ってほしい。
生徒会はいつでも大歓迎だから。
それじゃ、僕はロイドさんのところに行ってくるね」

そう言い残して、スザクは行ってしまった。
空は脱力する。

「なんだ……」

見抜かれてた。
奥深くに隠そうとしていた気持ちを。

スザクは空に、学校へ行くための理由を作ってくれた。
『生徒会で仕事を手伝う』と自分を納得させられる理由を。
しかも『手伝いたくなったら言ってほしい』だ。

「ありがとう、スザク」

スザクの優しさに空は胸が熱くなった。


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