「シュナイゼル殿下が来るんですか?!」

突然の知らせはセシルさんがもたらした。

「ええ。空ちゃんの演習訓練のデータを受け取りによ」
「それだけなんですか?」

訓練のデータはパソコン上でやり取りできる
直接受け取る必要はないから不思議だった。
モニターから目を離さずにロイドさんが答える。

「キミに会いたいからじゃない?
定期的にキミの近況聞いてくるし」
「誰が」
「シュナイゼル殿下」
「話してるんですか?」
「包み隠さず」

ロイドさんはウフッと笑う。
人をイラッとさせる天才だと思った。

「シュナイゼル殿下は午後に訪問される予定よ。
全員揃ってお出迎えしたいから、空ちゃんには今からスザクくんを呼びに行ってほしいの」
「あたしが……今ですか?」
「早すぎるけど念の為。
名誉ブリタニア人は携帯を持てないから、スザクくんは直接呼び戻さないといけなくて……。
空ちゃん、スザクくんをお願いね。
時間に余裕があるから急がなくてもいいから」

スザクを呼びに行く。
アッシュフォード学園に行かなければならないってことだ。
『ルルーシュに会ったらどうしよう』が瞬時に頭に浮かぶ。
行きたい!と声を大にして言えないあたり、あたしは本当にルルーシュに苦手意識があるようだ。
気乗りはしないけど、スザクを呼びに行かないと。

「……行きます。行ってきます」

覚悟を決め、頷いた。

「ありがとう!
空ちゃん、ハンカチとティッシュは持った?」
「は、ハンカチだけ……」
「ティッシュも必要よ。念の為。
はい、これを持って行って」
「……ありがとうございます」

セシルさん、お母さんみたいだ。


  ランスロットの
    眠り姫/06


守衛さんに証明書と特派の腕章を見せ、アッシュフォード学園の門をくぐる。
アニメで見た通りの景色だ。

「うわ〜! すごいなぁ広いなぁ!!」

授業中だから生徒が一人もいない。
余計広く感じてしまう。
連なるアーチと石畳はまるで美術品だ。
全てがリアルで感動する。
今デジカメあったら激写してるのに!

学園の景色を全部見たくてキョロキョロしていたけど、ハッと大切なことを思い出す。

「……そうだ! スザクを探さないと!」

慌てて走る。
足下を見てなかったせいで、

「わっ!? ギャアッ!!」

つまずいて盛大にコケてしまった。
倒れた後は、身体のあちこちがズキズキ痛んだ。

「い……ったー……!
あああぁもう、ついてない……」

上半身だけ起こす。
痛さで立つこともできず、地面に座り込んで傷の具合を見た。
ひざが一番痛い。
えぐるような擦り傷で、血が溢れて流れ落ちている。
予想以上に一番ひどいな……ああぁ、本当についてない。

「大丈夫ですかー!?」

後ろから誰かが駆け寄ってくる。
思わぬ助けは涙が出るぐらい嬉しかった。
振り返り、

「ぎゃっ」

不意討ちだから悲鳴が出て、慌てて口をふさいだ。
幸い相手はあたしのそれに気づかない。

「(どうしてルルーシュが……!!)」

一番遭遇したくない相手が近づいてきた。

「大丈夫?」

ルルーシュはアタッシュケースを持っている。
多分、ゼロの服が入っているのだろう。
ルルーシュはあたしの傷を見るなり顔をしかめた。

「ひどいね。
今転んだの?」
「はい……」

流れる血はどうにかしなきゃ。
ポケットティッシュを出し、気をつけて血を拭いていく。
あとでセシルさんにお礼を言わないと。

血はそれ以上出てなくてホッとした。
ティッシュやゴミをポケットに片付ける。

「立てる?」

今ここで何かされるわけじゃないのは分かっていた。
けど、起こそうと差し出してくれている手を、あたしはすぐに握れなかった。
知りすぎているからためらってしまう。

「ありがとう。大丈夫ですよ」

ルルーシュの手を取らずに立ち上がろうとしたけど、ダメだ。
激痛でひざが震えてしまう。
見ていられなくなったのか、ルルーシュはすかさず肩を貸してきた。

「あの……っ」
「安心して。
キミを保健室に連れていくだけだから。
その足じゃ、一人で行くのも難しいだろう?」

難しいです。ガタガタしてる。
それにあたしは保健室がどこにあるか知らない。
だからもうルルーシュに頼るしかない。
肩を借りて保健室へと行くことにした。


  ***
    

「先生出かけてるから、本当は生徒が一人でこんなことしちゃいけないんだけど……。
でも緊急事態だから」

横長のソファーにあたしを座らせ、ルルーシュはアタッシュケースを机の上に置く。
そして、戸棚から救急箱を持ってきた。

「ありがとうございます。
あとはあたしがやりますから」
「気にしないで。
すぐ終わるから」

その言葉は本当だった。
ルルーシュは慣れた手つきで消毒し、手当てして、包帯を巻く。
緊張して呼吸すら満足にできない。
ルルーシュが戸棚に救急箱を戻しに行った時、やっと息ができたような気がした。

「キミは俺のことが苦手?」

離れたところからルルーシュが突然そんなことを言ってくる。
図星を突かれてギクッとして、何も言えなくなってしまった。
ルルーシュはフッと笑う。

「知ってたよ。
俺のことを最初から良く思っていないことぐらい。
分かりやすいからね、キミの表情」

スザクはあたしの気持ちを見抜いていた。
ルルーシュもきっとそうだ。
最初から見抜かれていた。
気まずくて言葉が出なくなる。

「俺は別に構わない。
キミが俺のことを苦手だろうと嫌いだろうと。
どんな感情を向けられても、結局はよく知らない他人だ。
だから俺は気にしない。そういうのは慣れてるから」

棚のガラス戸を閉め、ルルーシュは微笑んだ。
本当に気にしていない顔。
その言葉も心から思っていることなんだろう。
自分を嫌う人間に、どれだけ会ったらこんな風に言えるんだろう。
7話冒頭、幼いルルーシュが皇帝に謁見する時に居た大勢の貴族達。
それよりもっとたくさんの人にルルーシュは会ってきた。
『慣れてるから』と言えるぐらいになるまで。
後悔で胸が潰れてしまいそうになる。

「……あたしは何を怖がってるんだろう。
あなたのこと、何も知らないのに」

『ギアスをかけられるのが怖いから』
それだけでルルーシュを避けてた。
ギアスをかけられるわけじゃないのに、そんな理由だけで、あたしはルルーシュから逃げてたんだ。

「ごめんなさい。
あなたにもスザクにも謝りたい」

スザクはルルーシュの良いところをあたしに伝えてくれていた。なのにあたしは。

怖がらずにルルーシュの目をまっすぐ見る。
彼は驚きの表情でポカンとしていた。

「怖がってた? どうして」
「えっと……。
あの、その〜……」

『ギアスをかけられるのが』なんて言えるわけない! どうしよう!
心の中で頭を抱えていた時、ピシャーン!と稲妻のように閃きが走った。

「二面性ある人が苦手なんです。
分かるんですあたしそういうの」

ベストな答えを出せたような気がして内心ガッツポーズ。
ルルーシュは腕を組み、黙り込む。
ジッとあたしを見て。

地雷踏んだかな。
ドキドキしながら、あたしはルルーシュの様子を伺った。
沈黙が痛い。

どうしよう。何か言ったほうがいいかな?
不安になり、あたしはつい口を開いた。

「猫かぶってるって言われませんか?」

黙り込んでいたルルーシュが、突然ブッと吹き出した。
何があったのか、声を上げて肩を震わせて笑っている。
面白いこと言ったかな?
分からなくて、絶句しながらルルーシュを見つめた。

笑うのを止め、ルルーシュは楽しそうな笑みを浮かべる。
きれいで思わず見惚れてしまった。

「まさかキミからそう言われるとは。
当たりだよ。
人を見る目がある」

ルルーシュは歩み寄り、右手を差し出してくる。
細くて、でもきれいな指だ。
ピアノを弾きそうな。

「空、だったよね?
また今度話したいんだけど」

差し出された手とルルーシュの顔を交互に見る。展開が急すぎてついていけない。
え? これは握手すればいいの?
とりあえず左手を出したけど、戸惑いで固まっていれば、ギュッと手を握られた。
ぎゃっ!!!!

「よろしく」

ルルーシュはパッと手を離し、楽しそうに笑った。
アニメで見た生徒会にいる時のような明るい声。
しっくりこなくて違和感はあるけど、彼の笑顔は本物だと思った。

「ありがとう。
よろしくね、ルルーシュさん」
「ルルーシュ」
「え」
「さんも敬語もいらない。
スザクと話す感じでいいから」

そう言われて、安心した。

「ありがとう。 
ルルーシュ、よろしくね」

友達としてのスタートラインに立てたような気がして嬉しくなった。
突然、ガタッ、と物音がする。
反射的に音の出所を見れば、机の上に猫が乗っていた。
黒い毛色、アーサーだ。
開け放していた窓から入ってきたんだろう。
アーサーのそばにはゼロの衣装が入ったアタッシュケース。
目にした途端、嫌な予感がした。
ルルーシュも同じだ。青ざめた顔でアーサーを凝視している。
アタッシュケースをどうにかしないと。
あたしはそっと立ち上がり、アーサーへとゆっくり歩み寄る。

「猫ちゃ〜ん……。
ちょっと、そこジッとしてて〜……」

抜き足差し足で近づこうとしたが、アーサーのほうが速かった。
アタッシュケースを蹴って跳躍し、窓の外へと出る。
机から床へと落ちたアタッシュケースは、ガチャン!と大きな音を立てて勢いよく開いた。
飛び出すゼロの衣装。
それはやけにスローモーションに見えた。
医務室がシンと静まり返る。

「……ハハ」

乾いた笑いが無意識に出る。
最悪すぎて泣きそうになった。

「あの猫どこの子だろうね!?
窓から逃げちゃったけど!!」

もう窓しか見ない。
だからゼロの衣装には気づいてないし、開きっぱなしのアタッシュケースには絶対視線をやらない。
見ないでおくからルルーシュ早く片付けてお願い!!!!

気づかないフリを頑張っても、全力の笑顔はどうしても引きつってしまう。
すごいわざとらしい。

いつまでも動かないルルーシュに、つい彼を見てしまう。
片方の目を手で隠していてドキッとした。
ギアスがあるほうの瞳だ。

「あの猫は……つくづく俺の邪魔をする」

殺意のある声にゾッとする。
ルルーシュは瞳を隠していた手を下ろした。
赤い、血の色に輝く瞳があらわになる。

やっぱりあたしは、
ルルーシュに近づかなきゃよかった。


  ***


ハッと意識が覚醒する。
場所は医務室で、目の前にはルルーシュ。
両目は紫で、ジッとあたしを見て。

かけたんだ、この人はあたしにギアスを。
言い訳することなく、弁解することなく。
一瞬も躊躇うことなく。
少しでも仲良くなれたと思ったのに。

目頭が熱くなり、爆発したように涙が溢れ出す。
気づけば右手を振っていた。

バシン!!!!!
 
鼓膜が震えるぐらいの大きな音がして、ルルーシュが吹っ飛んだように見えた。
涙で視界がぼやけて、頭はガンガン痛んで真っ白で、胸の奥が苦しくて吐き気がして。
何か叫びたくても声にならなくて、あたしは医務室を飛び出した。

走って、走って、走って。
ずっと走って。
何かにガッとつまずいた。

大きく転倒して、全身を打つ痛みにやっと冷静さを取り戻す。
また転んでしまった────そう思った瞬間、怒りで埋め尽くされた心も落ち着いてきた。
身体を起こし、立てなくて座り込む。
自分のマヌケさに笑ってしまう。
せっかく手当てしてもらったのにボロボロになってしまった。
あちこちがすごく痛い。
それよりもっと痛いのは、 

「う……っ」

胸の奥が痛い。
視界がまたぼやける。
息ができなくて苦しい。
なんとか立ち上がれば、誰かが走って近づいてきた。
振り返る前に肩を掴まれる。
ルルーシュだった。

顔を見た瞬間、怒りがまた蘇る。
ルルーシュはあたしに呪いをかけたんだ。
さっきより激しい怒りが爆発する。

「あたしに何命令したの!
軍人だから情報を手に入れるギアスをかけたの?
あんたに情報渡すぐらいなら今ここで死んでやる!!」

どんなギアスをかけられたか分からない以上、自分にできるのはそれだけだ。
特派に迷惑をかけるくらいなら死ぬ。
手段も凶器も今は手元にないけど。
みんなに害を与える前に死ななきゃいけない。
肩に置かれた手が本当にうっとうしくて、力を込めて払いのけた。
あたしの手をルルーシュはすぐに掴む。

「離して!!」「お前にギアスはかけていない!!」

すかさず反論され、あたしの怒りは行き場を失った。

「お前にギアスはかけていない。
いや、かけられなかった」

目の前のルルーシュをやっと見る。
驚くほどボロボロだった。
左頬は痛々しく腫れ上がっていて唇は切れていて、あたしを見つめる瞳には先ほどの冷酷さはなく、困惑していて弱々しい。
ルルーシュは襟のボタンを外し、手早く首をさらけ出す。
白い首には、両手で絞められたようなアザが色濃く残っていた。

「お前が先に動いていた」
「あたしがそれを……?」
「ああ」

ルルーシュはため息を長く吐く。

「全部話す。
だから黙ってついてきてくれ」

また手を握られた。
ルルーシュは勝手に歩き出す。
頭が追いつかないまま手を引かれて、よく分からないまま行くしかなかった。


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