7話(後)


カジノのフロアを脱出した後、吹き抜けの構造になった開放的な場所に出る。
ここはショッピングフロアだ。
逃げ惑う人々の中にルルーシュ達を発見した。
一機のナイトメアがふたりの前に立ちはだかっている。

頭に金のツノが二本あるブリタニアっぽくないナイトメアに『これは卜部さん達のところにあったやつだ!』と気づく。
頭上でガラスが割れるけたたましい音が響き、外から侵入してきたサザーランド3機が飛び降りてくる。

「あ! ブリタニア軍だ!」

助けが来たと思っているのか、ロロの声は明るい。
サザーランドは着地すると同時に撃ってきて、金のツノのナイトメアがとっさに庇い出たことでルルーシュ達は無事だった。
容赦なく撃ってくるサザーランドに、あたしは周囲に視線を走らせる。
視界に『STAFF ONLY』の見覚えのある立て札が見えた。

《ルルーシュ! 左に裏口!!》
「ああ! こっちだロロ!!」

ルルーシュ達はタイミングを見計らって店舗横の細い通路へと逃走した。
このまま進めば建設途中のエリアだ。
薄暗い空間に資材が乱雑に置かれていて、部屋の半分が鉄骨の骨組みそのままの危ない工事現場。

「ロロ! こっちだ!!」

先にルルーシュが飛び込み、次いで息を切らしながらロロも入る。
ルルーシュは開けっぱなしの鉄製の扉を急いで閉めてから、ホッと安堵の息を吐く。

《お前がいてくれて良かった。
ここならナイトメアも入ってこれない。
あのナイトメア……一体何だったんだ?》

ロロはふらふらと歩き、膝をつく。
床の面積はルルーシュの部屋の半分以下だ。
ぽっかり抜け落ちた下方を見てため息をこぼす。
ここからじゃ真っ暗で見えないけど、ずっと下に落下防止ネットが張られている。

「はあ……兄さん、どうしよう……これから……」
「安心しろ、絶対に逃げられる。逃がしてやるから」
「そ、そうだね。僕には兄さんが……」

安心するロロにルルーシュは微笑みかけるも、血相を変えてハッと見上げた。
上階の骨組みに騎士団の人がいて、ロロを撃とうと銃を構えている。
顔に殺意が全然無い。ルルーシュを動かす為のただのポーズだ。

「ロロ!!」

手を伸ばして駆け寄ったルルーシュは、ロロを安全なほうへ引っ張り、すぐに庇った。
パン!と銃声が聞こえ、ルルーシュの足元に着弾する。
よろけたルルーシュは床が無い方へ倒れた。
あっという間に落下する。

「兄さん!!」

あたしもひょいと飛び降りる。
生身だったら飛び込むのを躊躇するほど底が見えない闇の中へ。
この姿で本当に良かった。

「兄さーーーーん!!!!」

ロロの声はすぐに遠ざかった。
ルルーシュと同じタイミングで着地する。
落下防止ネットに受け止めてもらったルルーシュは「ろ、ロロ……」と呟いて身体を起こす。

「ロローーーー!!」

反響する自分の声に、ルルーシュはどこまで落ちたのかを悟った。
すぐに携帯を開く。画面に表示されてるのは圏外の文字。

「通じないか……」

呟いてから《空、今どこにいる》と呼びかけてくる。

《ここにいる。ルルーシュのそばにいるよ》
「そうか。
今すぐロロのところへ行ってくれ」

切実な頼みに胸が苦しくなる。

《あたしはルルーシュのそばにいる》
「俺はいいから」
《無理だよ。だってあたしの声は……!》
「……そうだな。俺にしか聞こえない。
幽霊だからロロの盾にもなれないしな」
《うん。ルルーシュから離れたら合流も難しいと思う》
「そうだ。俺は現在地を把握できない」
《隠れながら上へ行こう。
進む先が安全か、あたしが確かめて伝えるから》
「ああ。頼む」

立ち上がったルルーシュはネットを踏みしめ歩き、近くにある仮設階段に向かった。

「テロリストはロロを撃ったか?」
《ううん。危害を加える感じの顔じゃなかった。
ルルーシュをここに落としたかったのかも》
「……そうか。奴らの狙いは俺か」

紫の瞳に怒りが宿る。
しっかりした足取りで階段を上った。

「ロロのいる場所へ行く。
空、俺を先導しろ。
敵がいない安全なルートを進む」
《オッケー、任せて》

低空飛行で先行する。
確認して、進む先が一本道だと気づいた。
ここに落としたい理由が分かった。これならC.C.もルルーシュと確実に会える。
敵も危険物も無い事をルルーシュに伝えて進んでいく。

遠くでドーンと爆発音や崩壊音が聞こえる中、非常階段を上りきる。
薄暗い広々とした通路に出た。ここは確か、避難用の通路だ。
人がたくさん倒れていた。
戦わされていた日本人の兄弟や、ブリタニア人の客や、黒のキングも、バニーさんまでいる。
みんな撃たれて殺されていた。

《これは……》
「テロリストの仕業?
しかし、日本人まで……」

ぐ、と呻き、ルルーシュは手で口を覆って吐くのをこらえる。
血に染まったゼロの写真を握る日本人も死んでいた。

「まだ、ゼロになんかすがって……」

手で口を塞ぎ、ルルーシュは奥へ進む。
進行方向に金のツノのナイトメアがいて、ルルーシュは足を止めて前方を睨んだ。

《黒の騎士団……!
俺を殺す気か? どうする。逃げたとしても……》
《黒の騎士団はルルーシュを絶対殺さない。
大丈夫、あたしを信じて》

きっとあの中にC.C.がいる。

ナイトメアからウィーンと稼働音が聞こえ、操縦する人間が外に出ようとする。
シートが排出され、現れたのはC.C.だった。
破壊された天井から光が差す。

《やっぱりC.C.だ!》
《シーツー?》
《ずっとずっと捜してたの。
やっと来てくれた!》

「ルルーシュ」

高いところにあるシートの上でC.C.は呼び掛けた。

「迎えにきた、ルルーシュ。私は味方だ。
おまえの敵はブリタニア。
契約しただろう。私たちは共犯者」
「……契約? 共犯者?」
「私だけが知っている。本当のおまえを」
「本当の……俺?」

C.C.の真剣な瞳をルルーシュは一心に見つめ、ゆっくりと一歩、また一歩と近づいて行く。
やっと会えた。
会えたのに銃声が邪魔をした。
後ろにはブリタニアの奴らがずらりと並び、撃たれたC.C.はぐらりとよろける。

《あっC.C.!!》

頭から落ちそうになったのを、駆け寄ったルルーシュが受け止めてくれた。
撃たれた衝撃で気を失うC.C.を支える。

《ルルーシュありがとう!》
《誰だ!? 今撃ったのは!!》

ルルーシュが顔を向けた先で、敵が何人か動いた。

《ブリタニア軍……?》

手には映画で見るような火炎放射器を持っている。
ゴウッと音を立てて禍々しい炎が放たれた。
あちこち倒れている死体を、焼いていく。 

「おい待て! 何を!!」

業火が広がっていき、どこからか絶叫が上がった。
首を締められたみたいに苦しくなる。

《……いや……いやだ……》
「やめろ! まだ生きてる!!」

聞こえる叫びは2発の銃声の後、ピタリと止まる。
一機のサザーランドが現れ、軍隊の前に滑り出た。
シートが排出され、指揮官らしき男が姿を見せる。

「お役目ご苦労、ルルーシュ・ランペルージ君」
「……役目? 何の話だ!」
「私たちはずっと観察していた」

傲慢な笑みを浮かべ、指揮官の男は胸ポケットから手帳を出して開く。
表紙にブリタニアの紋章。

「“6時59分起床”
“7時12分より、弟とニュースを見ながら朝食。視聴内容に思想的偏りはなし”
“8時45分登校、ホームルームと1時間目の授業は出席せず屋上で読書”
“2時間目、物理の授業は……」

つらつらと読み上げる内容にゾッとする。
まさかルルーシュ本人に聞かせるなんて。

「今日の、俺だ……」
「飼育日記というところかな。餌の」
「……餌?」
「罠と言ってもいい。
その魔女を、C.C.を誘い出す為の」
「待ってくれ! 何を言ってるんだ!?」

手帳をパタンと閉じ、うんざりした顔をする。

「私は男爵だからね。これ以上、餌と話す気はない。
さぁ処分の時間だ。これで目撃者はいなくなる」

指揮官の男が銃を突きつけ、その場にいる敵も一斉に銃を構えた。
命令ひとつで簡単に殺される。
こんな時、ルルーシュがギアスを使えたら……!

《C.C.……》

C.C.のまぶたは閉じたまま。胸の部分が血に染まっている。

《俺が終わる? 何も分からずに。こんな簡単に……》

絶望している声だ。
息もできないような苦しげな顔を、だけどすぐに激しい怒りで表情を変える。

《ふざけるな!
力! 力さえあれば!!
ここから抜け出す力! 世界に負けない力が!!》

C.C.の手が動いた。
ルルーシュの頬を両手で包み、ぐっと身体を起こす。
黒髪に隠れたルルーシュの額にC.C.はこつん、と額を合わせる。

わずかな時間、たった数秒でルルーシュの纏う空気が一変した。

《空》

名前を呼ぶ声がいつもと違う。
泣きたくなるぐらい優しい声だった。

《ありがとう。
俺が俺じゃなくても、ずっとそばにいてくれて》

いつもと違う声。
ううん、これが本当のルルーシュだ。
やっと思い出したんだ。

じわりと熱いものが浮かび、涙みたいに溢れてくる。
胸の奥が震えて、溢れたものが止まらない。

C.C.は手を離して身を引く。
ルルーシュはニヤリと口角を上げた。
悪役みたいな魔王の笑みに、グワッと気持ちが高揚する。
見たかったものがやっと見れた。

「私を処分する前に、質問に答えてもらいたい」

ルルーシュはC.C.と共に立ち上がる。

「あの女、生きてる?」「馬鹿な! 心臓を撃ち抜いたのに……!」

動揺する敵の声が聞こえた。
指揮官の男は笑みを消して拳銃を握り直す。

「無力が悪だと言うのなら、力は正義なのか?」

コツ、コツ、と足音を鳴らし、ルルーシュは敵の方へと歩いていく。
ドキドキして動けない。ジッと目を凝らせばよく見えた。

「復讐は悪だろうか。友情は正義たり得るだろうか?」

指揮官の男は余裕そうに笑う。
いつでも殺せると思っているのだろう。

「悪も正義もない。
餌にはただ死という事実が残るのみだ」
「……そうか、ならば君たちにも事実を残そう」

ルルーシュは足を止め、左手をスッと差し出した。
細く長い指先まで美しい。

「ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが命じる。
貴様たちは、死ね」

差し出した手を横に払えば、全員の瞳がギアスの色に染まっていた。

「イエス・ユア・ハイネス」と一斉に返事する。大勢の声が重なって聞こえた。
指揮官の男は自分自身を撃ち、他の敵はお互いを撃ち合った。
激しい銃声の後、倒れた音と銃が転がる音がして、唯一聞こえるのは炎の燃え盛る音だけになった。

天井が崩壊して、紅蓮弐式と卜部さんのナイトメアが上から降りてくる。
射し込む光がルルーシュを照らした。
神々しくて魅入ってしまう。

『お待ちしておりました、ゼロ様。
どうか、我らにご命令を』

卜部さんの声にホッとする。
カレンもいれば安心だ。これでもう大丈夫だ。

「いいだろう!」

ルルーシュは高らかに返事した。

「なぜならば私はゼロ!
世界を壊し、世界を創造する男だ!」

演技がかった自信満々の声。これだよこれ!!
聞いてて顔がゆるんでしまう。

誰よりもきれいで、世界で一番かっこいい。
このルルーシュにずっと会いたかった。


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