8話(前)/運命を変えた指示


ルルーシュのギアスは暴走状態だ。
煌々と輝く左目を右手で押さえて隠しながら、ルルーシュはカレンと卜部さんに「指示を出す前に聞かせてほしい。そのまま降りずに話してくれ」と言った。

卜部さん達が考案した作戦内容や、タワー内にいる残存団員の位置を聞き、C.C.から通信機を受け取りながら、

「私は制御室へ行く。キミ達はタワー内の仲間達を援護してくれ」

と、ルルーシュは指示を出す。

『……ええ』
『わかった』
「姿は見えないが、私のそばに空がいる」
『えぇ!?』
『どこにいるんだと捜していたが……。
ここに、本当にいるのか……?』

カレンと卜部さんは驚いた。すぐには信じられないだろう。
でもC.C.だけは真剣な顔で聞き入ってくれている。

「空の声は私しか聞こえない。
本物の幽霊になった、と思ってもらえれば。
それをすぐには信じてもらえないだろうが……」
《牛のイラストが描かれたオレンジ色の飛行船、それにC.C.達は乗ってきたよ》
「……キミ達のところに行ったようだな。
牛のマークが目印の、ブリタニアファームの飛行船に乗ってここに来た、と」

みんなに伝えてくれたのは嬉しいけど、代弁するルルーシュはちょっとかわいかった。

「それと、カレン。
黒のキングの時だ、空は心から怒っていた」

紅蓮弐式からシートの排出音が聞こえた。
バッとカレンが現れる。バニーさんの格好で。
大きくうろたえたのはルルーシュだ。
左目を隠しながら、慌てた様子でカレンに背を向ける。
カレンにギアスが届かないように。

「空っ!!」
《はい!!》

カレンの必死な呼びかけに思わず返事する。

「来てくれてありがとう!
あなたのこと気づかなくてごめんなさい!!
ここをみんなで脱出したら、あなたの話を聞かせてほしい!!」

ルルーシュのほうをジッと見つめるカレンは、遠くからでも分かるほど目が潤んでいた。
見ててあたしも泣きたくなる。

《ルルーシュ、カレンに伝えてほしい……。
いっぱい聞いてほしいって……》
「いっぱい聞いてほしいと言っている」

制服のボタンを片手で外し、ルルーシュは上着を脱いでC.C.に差し出した。

「これをカレンに。いつまでもその格好でいるのは……」
「ああ。渡そう」

C.C.は満足そうに微笑み、上着を受け取ってからカレンの元へ行く。
ルルーシュはカレン達に背を向けたまま言う。

「私はブリタニアのナイトメアを鹵獲 ろかくする。
指示は追って出すから先に行ってくれ」
『わかった!』

卜部さんのナイトメアが颯爽と走り出す。
C.C.から投げ渡された上着に袖を通したカレンは、固い表情で「ありがとう。ルルーシュ、あなたは」とそこまで言ってから黙る。
ムッとした顔で紅蓮弐式に乗り込み、卜部さんの後を追いかけた。

走る音が遠ざかってから、ルルーシュは息絶えた司令官のそばでしゃがむ。
さっき読み上げていた手帳を拾い、ページを開く。ぱらぱらとめくっていく。
周囲で燃え上がっていた炎は鎮火して、薄暗い空間に戻った。

「……ルルーシュ。お前は神根島で」
「ああ。
俺は過去の自分に、スザクに敗れた。
そしてあいつに……ブリタニア皇帝の前に引き出された」

知らない話に固唾をのむ。
これはブラックリベリオンの後の話だ。

「あいつは俺を皇帝に売り、代わりに地位を得たんだよ。
帝国最強の12騎士“ナイトオブラウンズ”にな」
《スザクが……ルルーシュを……!?》
「ああ。友達を売って出世した。
皇帝は記憶を書き替えるギアス能力者だった。
俺は奴に、偽りの記憶を……」

記憶を上書きしたのはロロじゃなかった。
まさか皇帝までギアス能力者だなんて。

「ゼロであること、母のこと、そしてナナリーや空の記憶を奪われた。
今までただの学生として……。
皇帝のギアスはおまえが与えたのか?」
「私ではない。あの男にギアスを与えたのは」
「ふん。ナナリーがどこにいるかは」
「捜せなかった。黒の騎士団が壊滅状態ではな」
《ナナリーは日本にはいないと思う》
《……おまえのことだ。ずっと捜しても見つけられなかったんだろう。
助けにいける場所にナナリーはいない》

ルルーシュは目をギュッと閉じ、また見開く。
憤りを押し殺してページをめくる。

「今、空と心の声で話したのか」とC.C.が指摘して、ルルーシュはそれを横目で見た。

「聞こえるのか」
「私には聞こえない。だけど分かる。
私もおまえと同じように、アリルの声が聞こえた過去があった。
はじめは幻聴だと思っていたが、呼びかければ応えてくれた。
今の空がそれなら……空の声はルルーシュにしか届かない」
《やっぱりルルーシュだけなんだ》
「ルルーシュ、空の体は……今どうなっている?」
「それは思い出した時から知りたかった。
空、身体には戻れていないのか?」
《うん。全然戻れない。
戻ろうと思ったけど一回も戻れなくて……》
「ずっと戻れないようだ」

C.C.の顔色がだんだん悪くなっていく。

「そう、か……」
「体に戻れないのはまずいのか」
「ああ。アリルと空は違うと思いたいが……。
確かじゃないことはまだ言わないでおく。
すまない、ルルーシュ。今は話を戻そう」
「……ああ。
今は、そうだ。咲世子はどうなった」
「ディートハルトと共に中華連邦に逃れた」
「咲世子がそばにいればナナリーは……」
「あの女はゼロの正体を知らない。
ナナリーの重要性が分からずとも仕方がないだろう?」
「皇帝にギアスを与えた者を探し出し、ナナリーを……」

息を吐き、ルルーシュは手帳の残りをパラパラめくる。

《俺に妹はいるが弟はいない。
ロロ、と名乗るあいつは誰なんだ》
《ルルーシュを監視する為に弟役として送り込まれた子だよ。
ギアス能力者で、あたしが過去に会った少年だった》

前に話したことがあるから、ルルーシュはすぐに思い出してくれた。

《奇妙な縁だな。
空と出会った奴が俺のところに送り込まれるとは。 
“兄さん”を捜して、ギアス能力者が今もこのタワーのどこかにいる。
ギアスの発動は見たか?》
《うん。見たけど……どう言っていいのか》
《見たままを話してくれ。
後で聞く》

ぱらぱらとめくった後、手帳をパタンと閉じた。

「建物の構造図はあっても認識番号のメモはないか。
使えないな、このナイトメアは」
「追手が間もなく来るだろう。その時もらえばいい」
「ヴィレッタの時のように、か。
認識番号を聞き出して……」
「ルルーシュ、先にこれを渡しておこう」
「ん?」

C.C.が箱を出してきた。
指輪が入っているようなケースだ。
受け取ったルルーシュは無言で開き、あたしはそれを隣で覗き込む。
中身は紫のコンタクトレンズだった。

「止まらなくなったおまえのギアスを防いでくれる」
「光情報を遮断するだけでいいのなら、普通のカラーコンタクトでも?」
「察している通り、それはスペシャルだ。
しかし、おまえのギアスが今よりも強くなったら……」
「それまでにはけりをつけるさ。このゲームに」
『そこで何をしている!』

離れたところから新たなサザーランドが現れた。
C.C.は死角にサッと身を隠す。
サザーランドは猛スピードで近づき、ぴたりと止まった。

『その服学生だな?』
「軍人さんですか! 助かった!!
この人に早く手当てを!」

善良な一般市民みたいな声を出してルルーシュはしゃがみ、救護のフリを始める。

《よし。情報どおり。
カラレスの軍は俺のことを知らない。
使えるな、こいつのデータは》

サザーランドから軍人が降りてくる。

「生存者は1人だけか」

左目を手で隠しながらルルーシュは立った。
軍人との距離は近い。これならギアスはかかるはずだ。

「ええ。あなただけです」
「……何?」
「だから……」

ルルーシュは手を下ろし、悪どい笑みを浮かべた。鼻血が出そうになるほどカッコいい。

「……よこせ、お前のナイトメアを」

軍人の瞳はギアスの色に染まり、顔つきが柔らかくなる。
「分かった」と頷いてから、識別番号をルルーシュに伝え、キーを渡す。
口頭で伝える番号を一回で覚えられるのはすごい。
脅威が無くなり、C.C.はひょいと出てくる。
 
「ギアスをかける為とはいえ、いつもおまえは体を張るな」
「不老不死の魔女に言われたくはない」

ルルーシュとC.C.はフッとお互い笑い合う。
そのやり取りがすごく懐かしく感じた。
初めてのコンタクトでもルルーシュは難なく装着して、奪ったサザーランドに乗る。
C.C.もやるべきことがあるのか、あとは別行動だった。


  ***

 
以前訪れた中央制御室は警備員やスタッフが何人かいたけど、今はがらんとして無人だった。
ルルーシュはパネルを操作して大きな画面にバベルタワーの案内図を映す。
ナイトメアの位置情報まで表示された。
ルルーシュは通信機を耳に装着し、各階にいる団員達に迅速に指示を送る。
“Q1” “P4” “R5” “N1”といったルルーシュらしい呼び方で。
カレンは確か“Q1”だった。

ルルーシュが指示を出してすぐ、画面に表示されてる敵の機体がだんだん消えて行く。

「よくやったQ1、次は21階へ向かえ」

画面を見つめたまま、ルルーシュは小さく息をこぼした。

《空、ロロのギアスについて知ってる事を話してくれ》
《うん。見たままを話すね。
黒の騎士団が突入して客がパニックになって逃げる中、カレンがルルーシュの腕を掴んで引っ張った。
その時、ロロがギアスを発動して、そこにいる全員の動きが止まったの。
時間を停止させるギアスかと思ったけど、そばに置いてある観葉植物が倒れたから……》
《人間の動きを止めるギアスか。
ギアスを解除した後、動けるようになったカレンの様子はどうだった?》
《カレンの様子は……。
……止まってる間にロロがルルーシュの腕を掴み直して、離れた後でギアスを解除したよ。
カレンは何があったか分かっていない様子だった。混乱してた》

後ろでわずかに物音が聞こえて、ルルーシュと同時に振り返る。
怖い顔をしたカレンが入ってきた。

「カレン、21階に向かえと……」
「あなたのそばにいたかったの。
やっと2人きりになれたわね。
……いえ、ここに空がいるなら3人かしら。
ねぇ空、私が何をしても静かにしてほしい」

カレンは隠し持っていた拳銃を突きつけた。
黒のキングのやつを奪ったんだろう。
いつでも撃てるよう、引き金に指をかけている。
ルルーシュはカレンに向き直った。
銃口を向けられているのに表情は揺らがない。

「C.C.から聞いた。
ゼロの正体も、ギアスのことも。
ルルーシュ、あなたはずっと私を騙していたのね」

ルルーシュを見据える眼差しは鋭い。
怒りの炎が燃え上がっているようだ。

「答えて。あなたは私にもギアスを使ったの?
私の心をねじ曲げて、従わせて」
「ハハハハ」
  
真剣なカレンをルルーシュは笑い飛ばす。
腹が立つほど軽薄な顔だった。

「ルルーシュ!!」

怒鳴るカレンに、ルルーシュは誠実な目を向けた。

「君の心は君自身のものだ。ゼロへの忠誠も憧れも全て」

笑い飛ばした理由が分かった。
カレンの怒りが本物だと証明したんだ。
ルルーシュは歩き始め、距離をゆっくりと縮めていく。

「動かないで!!」

突きつけている拳銃をさらに前に出す。
それでもルルーシュは歩みを止めない。

「カレン、誇りに思っていい。
君が決めたんだ」

ルルーシュはさらに近づき、心臓がある位置にぴたりと銃口をつける。
自然体で。緊張すらしていない。視線はずっとカレンに向けたままだ。

「君が選んだんだ。
この、私を……」

カレン以上に真剣な眼差し。
離れて見守るあたしもドキドキして目が釘付けになる。
ルルーシュは左手でそっと銃口を下ろした。

「信じられないか?」

カレンは数歩後ずさる。

「信じたい。だから奴隷になってでも……」
「……ああ」
「でも!!」

カレンは強い表情でルルーシュを睨んだ。

「私が信じるのはゼロよ!
私が選んだのはゼロなんだから!!」
「ああ、それでいい」

ゼロを強調するカレンに微笑ましくなる。
ルルーシュもどこか嬉しそうだ。
通信機からピピーッと音が聞こえる。

「どうした?」

緊張するカレンに、ルルーシュは「ブリタニアに援軍が現れた」と伝えた。
パネルを操作し、画面がパッと外を映し出す。
ブリタニア軍を示す青い丸が徐々に増えていく。数え切れないほどたくさん。
カレンは不安そうな顔でモニターを凝視する。

「上からも来た。これじゃあ……」
「そうだな。カラレス総督が出てきたのだろう。
脱出は難しい。だから……」

ルルーシュはニッと笑う。

「……私の勝ちだ」

自信溢れる表情は、絶対に大丈夫だと思えるほど力強かった。


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