7話(前)/ずっと会いたかったどうしてロロはルール違反をした人間を簡単に殺せるのか。
それはきっと、暗殺者として育てられたからだ。
過去に会ったあの小さい子は、もっと幼い頃から殺すのが当たり前の世界で生きていた。
そうするのが普通だと刷り込まれて。
それがロロにとっての“当然”で。
だからこれからも平然と殺す。
もしそんな人間が“ルルーシュを殺せ”と命令されたら殺してしまうかもしれない。
今までと同じように。
空いてる時間を全て費やし、C.C.をひたすら捜す。
情報はひとかけらも掴めなくて、どこに行っても見つからない。
軍に発見されない為に必死で隠れているんだ。
他の租界にも行き、フジ鉱山も訪問した。
ブリタニアの管理化に置かれていて、日本人は誰もいない。
桐原さんや神楽耶ちゃんも行方不明だった。
トウキョウ租界をどこでも案内できるほど飛び回ったし、ルルーシュとC.C.が初めて出会った新宿ゲットーはもちろん、廃墟や地下鉄もしらみ潰しに確認した。
くまなく捜していたから、初めて見る物には自然と目がいくようになっていた。
今日はオレンジ色の飛行船だ。
《ブリタニアの……牧場の広告かな……》
目がキラキラした牛のイラストが大きく描かれていた。
よく晴れた空を飛行船は悠々と飛んでいる。
昔、ロロ君が乗っていた飛行機よりもはるかに大きい。
ちょっと覗いてみたくなった。
牛のイラストの真下にゴンドラがある。後ろのほうからお邪魔した。
頭を突っ込み、真横に見えたのは黒いナイトメア……四聖剣の人達が乗っていたやつだ。
「まもなく開始だ。それぞれ待機してくれ」
見なくても分かる。卜部さんの声が下のほうから聞こえた。
それと、複数の返事や物音も。
目線を下げれば、団員服の人達がナイトメアに向かっていく。
あたしの真横のナイトメアには女性の団員さんが乗り込んだ。
7人の団員さんは乗らずにその場に立つ。
卜部さんは奥の明るいところへ────操縦室へと歩いていく。後ろ姿がとても懐かしい。
そして、視界の端に少しだけ、ずっと捜していた緑色の髪が見えた。
《しー……つー……》
嘘だ。こんな所にいるなんて。
見開く瞳で視野がもっと広くなる。
《本当に……C.C.?》
ずっと、ずっとずっと捜していた。
まさかこんな、ブリタニアの飛行船を操縦しているなんて。
C.C.本人じゃなくて、C.C.の変装した別人なんじゃないの? 恐る恐る近づいた。
「もうすぐだな」
操縦席に語りかける卜部さんの声に、近寄りがたくなってピタリと止まる。
今話しかけて邪魔したくなかった。
「ああ。もうすぐだ」
C.C.だ。C.C.だ!
聞きたかった声に、いろんなものがこみ上げて溢れそうになる。
「卜部。
もうすぐお前はゼロの正体を知ることになる。
素顔を見ることになるだろう。
今言っておくが、ゼロはブリタニア人だ」
「そうか」
「驚かないんだな」
「ああ。ブリタニアだろうが誰だろうが、どんなヤツでも受け入れる。
その心に
真 があるなら」
《空。今からバベルタワーに行く。見に来るか?》
返事がしづらいタイミングでルルーシュの声が聞こえた。
今声を出したらC.C.を驚かせるかもしれない。
もしかしたら卜部さんも。
少し迷ったけど、返事した。
《行きたい!
あたしも今から向かうね》
《わかった。着いたらまた言う。
今日もお前のほうが早く到着しそうだな》
《うん。あたしのほうが近いかも。
また後でね》
早々に話を切り上げ、意識をC.C.達へ戻す。
こんな近くで話していたけど、あたしの声に驚く様子はなかった。
《助けに来て、くれたんだよね……?
軍に見つからないように、ブリタニアの飛行船に乗って……》
「あっちでは思いもしない妨害が入るかもしれない。退路は任せる」
「ああ。俺達でなんとかする」
《何かするの?》
「うまく接触できればいいが……逃げたら地下に誘導する」
「アイツは素直には行かないぞ。
抗うなら強引に落としてもいいからな」
《落とす? 誰を?》
「いいのか? 落下防止ネットは張り巡らされているが……」
会話に割り込んでいるのに気づいてくれない。
苦笑する卜部さんも、操縦桿を握るC.C.も。
《C.C.……卜部さん……》
『もしかしてC.C.なら』なんて思っていた。
C.C.ならあたしの声を聞いてくれるって。
でも薄々分かってた。あたしの声はルルーシュにしか届かないから。
《……C.C.達は、みんなで何かしようとしてるんだね》
操縦室のさらに向こう側、外の景色をジッと見据える。
進行方向は────このまま進めば────
《C.C.達が今行こうとしてる所は……まさかバベルタワー?
地下に誘導……落下防止ネット……もしかして日本人が工事してるエリア……?》
知ってる。前にバベルタワーの情報を掴む時に最上階から最下層まで全部見た。
人で賑わうカジノも、ショッピングのフロアも、警備室、中央制御室、スタッフルームや支配人の部屋の隅々まで。
飛行船にナイトメア。『まもなく開始』の言葉。みんなでやろうとしている事が何となく分かる。
「ゼロは俺達の最後の希望だ。
何があっても助けるさ」
その言葉が聞きたかった。
《……ありがとうございます、卜部さん。
ずっと待ってました》
自分の奥深くから気力がみなぎってくる。
涙じゃなくて、もっと熱いものが溢れてきそうになった。
《もしルルーシュが戸惑ったら安心させます。
何かあったらサポートだってする。
あたしにできる事をやります》
離れたくない気持ちはあるけど、それ以上にルルーシュのそばにいたくなった。
すぐに行かないと。
あたしは今出せる全速力でバベルタワーを目指した。
***
駐車場でずっと待つ。
来てほしいと思えば思うほど、ルルーシュが到着するまでの時間が長く感じた。
そわそわしながら待つ。ジッとしていたらやっと来た。
ロロがバイクを停め、先に降りたルルーシュが駐車券を手に取った。
「兄さん、今日は僕も一緒に行くから」
「えっ」
「いいでしょ。だめ?」
「……まぁ、いいけどさ」
ルルーシュはヘルメットと薄いゴーグルを外してため息をこぼす。
「本当は送ってくれるだけでよかったんだ。今日のは非合法だし」
「補導じゃ済まないよ?」
「警察なんか」
ふ、と余裕たっぷりに微笑むルルーシュに、ヘルメットを外したロロも苦笑する。
「でもどうして?
兄さん、お金が欲しいわけじゃないんでしょう」
「決まってる。もっと強いやつと戦いたいからさ」
ルルーシュは黒いカバンを持っている。
あれにチェス一式入っているんだろう。
二人はエレベーターに乗り込んだ。
《空、いるか?》
《うん。ここにいるよ。
今日はリヴァルと一緒じゃないんだね》
《ああ。ヴィレッタ先生を撒くために協力してもらった》
《そこまでして逃げたかったんだね。
一回でいいから授業出たらよかったのに……》
《シャーリーと同じこと言うなお前》
ポーン、と到着音。
エレベーターの扉が開けば、賑やかな音がワッと聞こえてくる。
降りれば、着飾った客が大勢いるのが見えた。
あっちにはディーラーが立つ卓があり、離れたところには金ぴかのスロットマシン。
ルルーシュとロロは奥へと足を進ませる。
「『さあ、本日注目の兄弟対決!!』」
高らかなアナウンスが場内に響く。
「『生き残るのは兄か弟か!
なんとこちらの試合、10ラウンド連投の方には……』」
ルルーシュ達の通り道には観戦席があって、ぼろぼろの日本人が戦っているのを見せ物にしている。
それをニヤニヤ笑いながら眺める男女があちこちいた。
気分が悪くなる光景だ。嫌な気持ちにしかならない。
ルルーシュは思わず足を止める。
《日本人だな……》
《うん。いつもここで、日本人がこんな風に戦わされてる……》
ルルーシュは不快そうに顔をしかめた。
眉間に深いしわが寄る。
「兄さん帰ろう。ここは……」
「ああ、そうだな」
すぐに観戦席を離れた。
別のフロアに行こうとしたルルーシュは、ドリンクのグラスを運ぶバニーさんとぶつかった。
トレイとグラスが落ちてしまい、ドリンクがルルーシュのズボンにかかってしまう。
「も、申し訳ありません!」
慌てた様子でバニーさんは跪き、急いで拭く。
「いや、いいって」
カレンみたいな髪色をしたバニーさんだった。
「私はイレヴン。あなたはブリタニアの学生さんですから」
このお嬢様みたいな声は……!
ルルーシュはしゃがみ、バニーさんと目線を合わせた。
「なら、なおさらだ。
嫌いなんだ。立場を振りかざすのは」
「でも……力のない人間は我慢しなくちゃいけないんです。たとえ相手が間違っていても」
顔を上げてルルーシュに微笑むバニーさんに、目が飛び出るほどビックリした。
《かっカレン!? カレンがバニーさんになってる!!》
《この女と知り合いか?》
《うん!! あたしの友達!!
ずっと会いたかったの!!》
《別人じゃないのか? 顔が似ているだけの》
《本人だよ! 絶対カレン!》
「あー……」
ごほん、と咳払いし、ルルーシュは「キミの名前は?」と声を潜めて聞いた。
「えっ」とカレンは声を弾ませる。
答えようとしたカレンの背後に、ヌッと大柄な男が現れた。金髪褐色肌のオッサンだ。
大きな手でカレンの髪を鷲づかみして、乱暴に引っ張り上げる。
頭の奥がカッと熱くなった。
《カレンに!! 何してるんだお前ッ!!》
痛みに呻くカレンに、手を離さないまま男はニヤニヤする。
コイツ……前にここでチェスしてた黒のキングだ。
「顔を見せてくれないか、ん?
ふうん、いい商品だ」
なにこの気持ち悪いオッサン一発ぶん殴りたい。
見ていることしかできなくて胸の奥がムカムカする。
「本日のウサギ狩り、大猟で何よりでございます」
オッサンの後ろで支配人がニコニコしながら揉み手してて、屈強な護衛達と3人のバニーさんが立っている。
手錠をされてて、本当に悪趣味な光景だった。
登場した面々をルルーシュは鋭く見据え、ロロは困惑して動けない様子だ。
カレンは抵抗しない。髪を鷲掴みされたままだ。
ルルーシュが目の前にいるから、きっと動かないんだろう。
「私は売り物じゃない……」
「売り物だよ。勝ち取らない者に権利などない。
力なき自らの生まれを悔やみたまえ。皇帝陛下もおっしゃっているだろ。
弱肉強食、それが世界のルールだ」
きっとカレンもルルーシュを助けに来たんだ。
卜部さん達が動きやすいように先に接触して。
後ろでロロがこそこそ何かを話す。
そのあと、ルルーシュがスッと前へ出てきて黒のキングと向き合った。
「傲慢だな。自分は食べる側にいるつもりか」
黒のキングがやっとカレンを離した。
ホッとしたけど泣きたくなる。
きれいな髪だったのにぐしゃぐしゃにされた。
「学生君、これが大人の世界だよ」
「なら大人の世界と学生、どちらが食べる側か取りあえずこれでハッキリさせよう」
不敵な笑みでカバンを開ける。
中のチェス盤と駒一式にオッサンは目を丸くした。
「……チェスで?」
「兄さん、いけない!」
相手しないでと言いたそうな顔でロロは走り寄る。
オッサンは性格の悪い笑みでニコッとした。
「もう遅い。な?」とオッサンが護衛達を振り返り見て、下品な声で彼らは笑う。
嫌なやり取りだ。『学生君が負けに来たぞ』とでも思っているのか。
「学生は本当に何も知らない」
「そうでもないさ、黒のキングさん。
こっちの世界では名の知れた打ち手なんだろ」
「ほう。知った上でかね」
オッサンは笑みを深くした。
護衛達を従え、バニーさん達やカレンを解放せず、別の場所へルルーシュを誘導する。
カジノの喧騒が聞こえない対局専用のスペースだ。
正方形のテーブルも、紫色の絨毯とソファも全てのものが一級品だ。
黒のキングの勝負を聞きつけ、ギャラリーがあっという間に増えた。
席に座るルルーシュをカレンとロロは緊張した表情で見守っている。
《友達を、商品扱いされて悔しかっただろう》
黒のキングをジッと見据えたまま、ルルーシュが語りかけてくる。
《見ていろ。俺が叩きのめす》
淡々として静かな声だけど怒ってくれている。
その言葉だけで心が晴れた。
ロロもカレンも不安そうだけど、あたしは笑顔で観戦する。
ルルーシュはスカッとするほどあざやかに勝った。
「チェックメイト」
「ば、ばかな……」
静まり返っていたスペースがざわついた。
「学生が勝った?」「黒のキングが負けるなんて」「キングが簡単に打ち負かされるなんて」といった驚きや戸惑いの声があちこちから聞こえてくる。
「食べられるのはそちらでしたね」
ルルーシュは目を細めてきれいに微笑んだ。
見事な快勝に抱きつきたくなる。
《ルルーシュありがとう! 最高だった!!》
怖い顔で盤面を凝視していたオッサンは、フッと笑んで胸ポケットからクルミを出した。
それを左手でゴリゴリ鳴らす。
「……ふう、困ったな。こんな噂が広まっては私のメンツが立たない」
「言いふらすような趣味はない」
「違うよ学生君、キミが仕掛けたイカサマの話をしているんだ」
《は?》
意味が分からなくて腹の底から声が出る。
ルルーシュも理解できなくて「イカサマ……!?」と大いに戸惑った。
「いけない子供だ」
《なに言ってるの!! みんな見てるのに!
この卑怯者!!》
オッサンは後ろに控える護衛達を見た。
「拘束しろ。さて、証拠を作ろうか」
その命令に護衛達は動き始め、ルルーシュは怒りに立ち上がる。
「薄汚い大人が!!」
「正しい事に価値はないんだよ」
さらに拳銃まで出してきて、武器を持たないルルーシュに突き付ける。
護衛達は動けないルルーシュを二人がかりで拘束し、盤面にゴシャッと押さえつけた。
《ルルーシュ!!》
「兄さんッ!!」
ロロが前に出た時、ドーン!!と大きな破壊音が響き、ぐらりと揺れる。
きらびやかな照明は点滅し、大きく揺れた。
衝撃音と人々の悲鳴にオッサンは血相を変えて立ち上がる。
「テロか!?」
全員が破壊音の出どころを見上げる中、あたしはカレンの動きを見逃さなかった。
オッサンに近づき、ムカつく顔にパンチして蹴り倒す姿を。
そしてすかさず大きくジャンプして、銃を出そうとする護衛達を踏み倒す。
ヒールのかかとが痛いところに入ったのか、倒れた時の打ち所が悪かったのか、彼らは立てなくなっていた。
悲鳴を上げる客達はエレベーターへと一目散に逃げる。
カレンはルルーシュの腕を掴み、
「来て! こっち!」
「あっ……おい!」
反対の方へと走り出した。
カレンの力は強い。ルルーシュは引っ張られる一方だ。
大丈夫だって言わないと。
「兄さん!!」
後ろでロロの声が聞こえた瞬間、全ての人の動きがピタリと止まった。
騒がしい悲鳴が消え、観葉植物だけがぐらりと倒れ、破壊音のみが聞こえる中、ロロが走ってくる。
片目を赤く輝かせながら。
ギアスを発動させたまま、まっすぐルルーシュの元へ走る。
カレンをドンと押し退け、ロロはルルーシュの腕を掴み直した。
ロロの瞳の色が戻った後、ワッと悲鳴が上がり人が動き出す。
時間でいえばたった数秒の出来事。
今の現象はロロのギアスか。
「兄さん、こっち!」
「あ、ああ」
ドサッと尻もちをつくカレンは「え? えぇ!?」と混乱の声を上げた。
何が起こったのか頭が追いついていない様子で、遠ざかるルルーシュに手を伸ばす。
「あ! 待って!」
《カレン! あたしがルルーシュを追いかける!!》
大きな声で呼びかけてもカレンは反応しない。
やっぱり、という気持ちで、あたしはすぐにルルーシュを追った。
[Back][7話後編へ]