6話/凶刃


今日の天気は晴れのち雨。

早朝、ルルーシュが調べてくれたおかげで、心の声で会話するのに距離は関係ないというのが分かった。
ただし、離れた場所で会話する時に条件があるようで、『あたしがルルーシュに呼びかけた時』もしくは『ルルーシュがあたしに呼びかけた時』じゃないと通じないそうだ。
話しかけなければキッチンにいてもいい、と許可をもらえて、ルルーシュとの距離が近くなったのを感じる。

朝食をとるふたりの物音を聞きながらぼんやりと考える。
あたしの身体は今どこにあるんだろう、と。
心に余裕ができたから自分の事をやっと考えられた。
桜の下で目覚める前に何をしていたか、思い出そうとしても全然出てこなかった。

病院には多分運ばれていない。
軍にも捕まっていないと思うけど、シュナイゼルの監視下で拘束されていたら最悪だ。
ブラックリベリオンで死体に間違われて埋葬されていたらヤバい。
C.C.が身体を回収してくれていたら一番良いけど……。

自分の身の安全・無事を確認したいけど、今はルルーシュを優先しないと。

「ごちそうさまでした」

ロロの声に、あたしの意識がダイニングに向く。
立ち上がる音も聞こえた。

「兄さん、今日は先に行くね」
「ああ。また放課後に。
俺は生徒会に顔を出してから授業に出るよ」

扉が開く音だけでロロが出ていったのを察する。

《今日は一緒に行かないんだ》
《ああ、たまにな。ロロだってやりたい事があれば一人で行動する。
……そうだ。
お前、昨日必要だと言っていたが、ロロの大切なものをどうして知りたかったんだ?》

ギクリとした。
でも聞かれて当然だ。
割り込んで頼んだあれを、ルルーシュなら疑問に思うはずだから。
ごまかしや嘘は言いたくない。

《ずっと前なんだけど……幼い男の子と話したことがあって、その子がロロ君に似てて……。
別人かもしれないけど、髪や瞳の色が同じだったから『もしかして』なんて思って……。
昨日、ロロ君と話してる途中で確認させちゃってごめんなさい。
これからは邪魔しないようにする》
《今のお前なら、話に割り込むのは必要に迫られた時だけだ。
ロロに聞けるのは今しかないと、そう思ったんだろう》
《うん》
《……それで、お前の言っている男児とロロの『大切なもの』は一致したのか?》
《ううん。ロロ君のほうがしっかり答えてるよ。
前の、あの時は……》

過去を思い出す。
まったく同じ質問でも答えは全然違っていた。
 
《大切なものなんて少しも無さそうだった。
全然笑わなくて……表情も乏しくて……。
別人かもしれないんだけど、大きくなったら今のロロ君みたいだなって思えるくらい似てて……》
《ロロはお前の声が聞こえない。別人だろう。
そっくりな人間はこの世に一人はいる、なんて話があるからな》

少しの望みも断ち切るような口調でスパッと言い捨て、朝食に使った食器を片付け始めた。
この話題はこれでおしまいみたいだ。

《今日はどこ調べに行く?》
《いいや、今日はいい。
たまには行きたい所に行ってくれ》
《自由時間か。オッケールルーシュ。
何か必要になったら呼んでね》
《ああ》

ルルーシュと別れ、クラブハウスを後にする。
名前を呼ばれるまでは自由行動だ。

ロロの本性を見たくて監視部屋に行こうとは思ったけど……

《……やっぱり、別人なのかな》

ルルーシュにバッサリ否定され、気持ちがかなり揺らいでいる。
ただのそっくりさんかもしれない。
同一人物かどうか調べるのが無意味に思えてきた。
それよりも、C.C.捜しに時間を使ったほうが有意義な気がしてきた。

ロロの素顔調査は今回だけ。そんな気持ちで一直線に監視部屋へ行く。
扉をくぐってすぐ、目の前に広がる光景に動けなくなった。

スーツを着た男が倒れていて。
片手に携帯、片手にナイフを握るロロがいて。
そのナイフは血で濡れていて、床は赤黒い何かで汚れていた。
作り物みたいで、現実感が無くて、嘘みたいで、心が全然動かない。
撮影現場に迷いこんだような錯覚を抱いた。
奥には他の人間もいる。ここで監視している男のひとりだ。
勢いよく立ち上がったみたいで、椅子がひっくり返っていた。
ロロを睨む男の顔は死人みたいに青ざめている。

「な……おま、お前、何をしているんだお前ェ!!!?」

怒鳴る男にロロは顔色を少しも変えない。
ジッと見据える瞳は無感情だった。

「僕の所持品に触ったからですよ」
「ただのロケットだろう!! 何故殺した!?」

ロロはナイフを振った後、折りたたみ片付ける。
その姿を見ながら、頭がじわじわと理解する。

《殺した……?
え!? 殺したの!?》

でも状況が飲み込めない。
心が追い付かない。

「『局員の所持品に触れてはならない』それがここのルールです。
守れない人間はこの任務には必要ない。だから殺しました」
「任務には、必要ない……?
……ああ、そうか。今までの違反者は全員お前が、お前だったんだな……」

男は後ずさりする。
怒りで震えていて、目は殺意でギラギラしていた。

「……違反者を片っ端から殺すのに夢中になって自分の役割を忘れるなよ。
“兄”の異常行動を見逃すようなヘマをするヤツこそ、この任務には必要ないんだ」
「ええ。僕も『必要なし』と判断されたら処分されるでしょう。
あなただってそうです」

それがロロの中の常識なんだ。
男の顔がさらに青ざめていく。
彼は距離を取りながら、視線を外すことなく、ロロを避けるように遠回りしてエレベーターのほうへ来る。
それを目で追うロロの顔は無表情。
「どこへ行くんですか?」と言った声にも感情は無かった。

「監視は俺だけじゃ足りない。上にいるやつをここに呼ぶ」

エレベーターの扉が開き、男はダッと走って行った。
閉まった後で「わざわざ行かなくても、あれを使えばすぐ来るのに」と呆れた声で呟き、ロロは男が座っていた席へ進む。
設置されている通信機を手に取り、ロロはどこかに電話をかけた。

「機情局員のRです。
違反者を処分しました。補充してください」

それだけ言って、ロロは通信機を戻して奥へ行く。
全然動けない。追いかける気にはならなかった。
床に倒れたままの男から視線を外す。
見たくない気持ちで視界が揺れていた。

本当に殺したんだ。
ロロが、ナイフ一本で。

“処分しました補充してください”

なにその事務的な言い方。
人を殺したとは思えない声音だ。
『ただのロケット』って男は言っていた。触ったから殺した。
ロロが殺すのは今回が初めてじゃない。違反者は全員、みたいな話を男はしていた。

顔色ひとつ変えずに人を殺せる人間だなんて。これじゃあ暗殺者だ。
そんな人間がルルーシュのそばにいるなんて。
視界がまた揺れる。透けてる手のひらも震えている気がした。
今名前を呼ばれたら絶対返事できそうにない。
怖くて震えが止まらなくなった。

ゴソゴソと音が聞こえた。
何をしているか分からないけど物音は耳に入ってくる。
衣擦れの音、引きずる音、ゴトッと落ちる音、聞きたくない嫌な音が続く。
誰かが来る前に片付けているんだ。

「僕のものを触ったからだよ」

小さな声も、シンとした空間では大きく聞こえた。
ジッパーを上げる音もする。寝袋くらいの長さのやつだ。
ドサ、と荷物を置くような音がして、小さく息を吐くのも聞こえる。

「……捨てろ、忘れろ、諦めろ────どれも言われませんでした。
でも……嫌だって思いました……」

誰かに語りかけるような小さい声にハッとする。
絶対見たくないと思っていた気持ちが吹き飛び、視線は自然とロロに向く。
表情は変わらない。
だけど携帯を持ち上げてストラップを見つめる瞳にはしっかりと感情が宿っている。
“それ”が大事なものなんだって分かるぐらいに。 

「空さん……」

それは、離れていたら耳に入らないほどかすかな声だった。
でもあたしにはちゃんと届いた。
吐息に紛れて聞こえた呟きを。

ロロは過去に会ったあの子だ。
あの子だった。
あたしの話を覚えていてくれた。
『大切なもの』がちゃんと心にあるのが分かった。
震えが止まる。

もし『大切なのは兄さんだよ』を心の底から言えるようになったら、この子はルルーシュを絶対殺さない。
むしろ、ルルーシュが敵に殺されそうになった時に助けてくれる気がした。

《……そうなったらいいんだけど》

ただの願望。妄想だ。
そうなるわけない。だってロロは処分を受け入れる人間だから。
C.C.を狙う黒幕がルルーシュを『必要なし』と判断したら、きっとロロは……。
早く、一刻も早く、敵よりも先にC.C.を見つけないと。


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