かりかりと順調に進んでいたシャーペンが紙を滑る音はいつしかその軽快さを失って、進まない事への不満を表すかのようなかつかつとしたリズムを刻んでいた。
「あの、非常に言いにくいんですが…」
「あらどうしたの坂上君。何でも言ってみなさいな。」
気まずい、よりかは気恥しさの方が上である。斜め45度に傾けられた視線は艷やかで、ゆっくりと僕の眼を捉えていた。そしてそのまま自身の手へと滑らせ、手中のカッターを爪先で弄ぶ。口調も優雅な岩下さんはその動作まで優雅さを表していて、楽しそうに口角を上げ、僕の返答を待っている。
「僕の手を見て、楽しいですか…?」
僕が今書き上げているのは、今度の学内新聞の原稿でまだ推敲もされていない未完の文章であり、自分がみつめられるのは勿論内容を見られるということもかなりの羞恥を感じる要因になっているのである。
「私は、貴方を見ているだけで幸せなの。それは貴方にとっての楽しい、かもしれないわ。」
目を細めて笑む岩下さんにどきりと心臓が跳ね上がる。これは所謂彼女と僕が恋人関係から来る彼女の笑顔が可愛いという、甘い感情であると胸を張って言える。断じて己の身の危険であるとか失礼なことは微塵も考えていない。きりきりとカッターの刃を上げたり下げたり岩下さんは未だにその手を止めないが。
|