※完結後のお話になりますのでご注意下さい
若干のネタバレにもなってますので嫌な方は読まない方が得策です!
この手はあまりにも小さくて掬えるものなんてちっぽけなものだった。
最初は多くのものを掬ったと思っても次第に流れ落ちていってしまった。
欲していたのに、手放してしまった。1度手に入れたとき手放すべきではなかったのに。
「夕月」
僕の名前を呼ぶ声が、どうしてこんなにも泣きそうになるんだろう。
あぁ、これは夢だ。
だって、あなたは、もういない。
その声で、僕の名を呼んでくれるひとはもうこの世にはいないのだ。
「夕月、愛しい我が子」
伸ばされる手に縋り付いてしまいたい。
ずっとこのまま僕の傍にいて、抱きしめていて欲しい。
夢ならばどうか醒めないで。
この身が朽ちようともこの夢が続くのならば僕は死んでもいい。
伸ばされた手に触れようとしたとき、あなたの手は淡く輝き弾いて消えた。
「……どうして」
「夕月」
柔らかい声が後ろから聞こえる。
振り向こうとした体は動かなかった。暖かな腕によって抱きしめられていたから。
「ずっと、愛していたよ。そして、これからも」
頬に堪えきれなかった涙が伝う。もう感じられないと思っていた温もりがそこにはあった。
でもどうして僕からは触れられないの。
現実ではもう会うことすら、触れることすら出来はしないのに。
「夕月、夕月は心が囚われてしまってる」
そんなことは無いと緩く首を振る。
心が囚われているんじゃない。ただ忘れたくないだけだ。悲しかった思い出も苦しかった思い出も沢山あるけれど、それ以上に嬉しかった愛しかった思い出が沢山あるんだ。
ただ、忘れたくないだけだよ。
「今を生きなさい。自分の体が朽ちてもいいなんて絶対に許さない。愛する我が子が自死するのをみたい親なんかいない」
抱きしめられていた腕が離れていく。振り向くと、悲しげな瞳と目が合った。
「この身が砕け散ったときから感じていた不安は正しかった…。死んだ者に囚われて夕月は今を生きていない」
「忘れたくないだけなんだよ。ずっと一緒に生きていけると思ってた。たとえ過去にどんなに苦しい思いをしたとしても、もう離れないと思っていたのに!あなたは、僕なんかのために、死んでしまった!!」
どうして。どうして死んでしまったの。
やっと手に入れた幸せを手放すほどの価値なんて僕にはなかったのに。
「愛しい我が子が苦しい思いをしている。それ以上の理由なんてない。だからどうか自分を責めることはしないで、思い出を大切にしなさい」
滲んだ視界のなかで微笑むあなたがいる。
これは、夢だ。
だって、あなたはもういない。
これは僕が作り出した幻想で、作り物で。
でも、これがただの僕のエゴだけじゃなくて、本当のあなたの気持ちを表しているように思えた。
「思い出を忘れろとは言わない。けれど昇華しなさい。思いに潰されないように」
***
「夕月、あしたさお墓いこうと思ってるんだけど一緒に行く?」
「お墓、ですか」
「うん。夕月はまだ整理つかないかな」
リクオ様の提案にすぐに返答出来なかった。
昨日見た夢を思い出す。
僕が作り出したあの人はなにを伝えたかったのか。
あれは本当に僕自身が作り出したものだったのか。
「行きます。伝えたいことが、あるんです」
「そっか、じゃあ一緒に行こう!」
にこり、と輝かしいばかりの笑顔を纏わせてリクオ様はその場を去っていった。
あなたが眠る場所に僕も行ってもいいですか。
あなたに伝えたいことがあるんです。
あなたがいないこの世界はどうしようもなく苦しいけれど、あなたが愛した人が笑っています。
あなたが守りたかった人が生きています。
未だ自分自身が許せないけれど、それでも。
この世界で僕も笑っていいですか。