痒いのと痛いのと気持ちいいのは紙一重
「何事…!?」
仕事を終え、ロッカーで携帯を開いて表示された文字に、否応なしに嫌な予感に襲われる。
"着信28件 総悟"
何かあったんじゃないかなんて心配が、3割。
何かとんでもない命令が待っているのではないか、という心配が7割。
とりあえず急いで着替えて店の外に出てから、電話をかけ直そうと携帯を開いた。
その瞬間に29件目の電話がかかってきた。
「もしもし?どうし
「今すぐ屯所来い。2分で来い。」
「な、なにどうしたの?」
「門の前着いたら電話しろィ。」
こちらの質問に一切答えることなく、通話終了の単調な音が耳の中で響く。
やっぱり…とんでもない命令が待ってる方だよねコレ。
はぁ、と溜め息をついたものの、自転車を漕ぐ足は心なしかいつもより早く回転していて、いよいよ調教が行き届いてきたな…と、我ながら思う。
屯所の前について、門番さんに怪しい人間を見る目で睨まれつつ、総悟に電話をかけた。
「今行く。」
アレ、今の総悟の声じゃなかった。
案の定、門まで迎えに来たのは土方さんで、煙草の煙を靡かせながら、少し疲れた顔で中へ案内してくれた。
「土方さん、総悟は?」
「あー…今、屯所で妙なことが起きててな。総悟もその被害者の一人だ。」
そう言って土方さんは総悟の部屋の前まで来ると、入るぞと声を掛け襖を引いた。
そこには上半身裸のまま布団の上でうずくまる総悟がいて、"何かあったんじゃないか"という心配が9割になる。
「夕日……」
「ど、どうしたの?」
おずおずと総悟に近付くと、顔は赤く目は潤み、虚ろな目で眉を寄せていて、具合が悪いことは明白だ。
「頼みてェことがある…。」
布団の横に座った私の肩を掴んだ掌は明らかに熱い。
きっと熱がある。そう分かっているのに、目に入る汗ばんだ上半身に何故か胸が騒ぎだした。
「な、なに?具合悪いの?」
そう問いると、総悟は大きく息をしながら、私の肩にあった手を下へ滑らせ手首を掴んだ。
ア、アレ…なんで、ドキッとしてんだ私。
これアレでしょ、看病しろとかそういう流れでしょ?なんの胸キュン要素もないやつでしょ?
ただアレだよ、細いと思ってたのに意外と筋肉あるもんだからちょっとムラッときただけだよ。ドキッじゃなくてムラッだよ。
「……背中、掻いて。」
ホラ、看病しろって流れで……背中?掻いて?
「んんんん"あ"ぁああああああ掻いぃいいいいいいいいいいいボサッとしてねェで早く掻けメス豚ぁああああああ!!!」
え、何コレ。
困惑しながらとりあえず背中に軽く爪を立て触れると、そこじゃねえだのもっと右だの文句を付けられて、何がなんなのか全く理解できずにいる私に、後ろにいる土方さんが説明をしてくれた。
土方さんの話によれば、今日の夕刻頃から、屯所にいた隊士が次々発熱し始めた。同時に、身体の一部が焼けるように痒くなり、そして皆口々に言った。
「黒い着物の子供が来る…と。」
何そのホラー口調!!!やめてぇええええ!!!
「説明されても意味がわからないんですけど…こうなってるのはその子供の呪いとでも言うつもりですか?そういうのやめてくださいよ殴りますよ!?」
「の、ののののの呪いなんてあるわけねぇだろバカかてめェ。総悟の身体を良く見ろ。」
「…セクハラしろってことですか?」
「ちげェ!!背中にかなり小さいが傷がある。何かに噛まれたような傷だ。」
「あ…ホントだ。」
「そこ!!もっと強く!!!」
「隊士どもの熱も、身体の痒みも、その傷が原因だろう。」
「前にもありやしたよね、こんなこと…」
「あぁ、間違いねェ。何かしらの動物か虫に近ぇ天人の仕業だろ。」
「だがその黒い着物のガキは相当のやり手ですぜ。昼寝してたとは言え、全く気配も感じなかった。ほとんど視界に捉えることもできず逃げられやしたし。オイ夕日、手ェ止めんな。」
「えぇっと、つまり、その虫だか天人だか得たいの知れない物は…まだ捕まってないってことですか?」
「あぁ。」
帰るぅぅうううう!!!なんでそんな危険地帯に呼ばれたの私ぃいいいい!!!背中掻くためだけにぃいいいいいい!?!?やだぁああああああ絶対やだぁああああああ!!!
「どこ行くつもりでィ。アンタが帰ったら俺の背中掻く係がいなくなんだろ。」
「そんなの孫の手でも使えばいいでしょ!!」
「だからメス豚の手借りてんじゃねェか。」
「やだよ私ぃいいい!!!虫刺されやだよぉぉおお!!」
「わりィな夕日。他の隊士もやられてて、女中も手が空かねェんだ。しばらく総悟見ててやってくれ。」
涙目になった私に、土方さんは励ましのつもりなのか、「この辺は厳重に見張っとく」と告げて部屋を出ていった。
やだもう…なんで普通に巻き込まれてるの私…。
「っ、夕日、もっと、下。」
「ん。この辺?」
「そこ、もっと強く。」
「痛くない?」
「気持ちい。」
「ここは?」
「そこ、もっと。」
背中を掻きながらそんな会話をしていたら、部屋の障子にブッシャァアと音を立てて血が飛んできて、何事かと総悟が障子を開けると、数人の隊士さんたちが鼻血を吹き出しながら倒れていた。
「山崎てめェ何やってんでィ。」
「いや心配で覗きに来たら…その、すごく…アレな会話が…」
「あ"ぁん?人が苦しんでるときに勝手に妄想して楽しんでんじゃねェぞ32歳童貞が。つーかなんでてめェはピンピンしてんだ地味なクセに。さっさと犯人捕まえて来ねェと全員ぶった切んぞ。」
「「「さぁっせんっしたぁああああああ!!!」」」
痒みのせいでイラついているのか、総悟はどす黒いオーラを放ちながら布団に戻ってきた。
「総悟、痒み止めの薬とかないの?このままだと掻き壊しちゃうよ。」
「薬なら何度も塗ってる。まるで効きやしねェけどな。」
「本当に虫刺されなら、冷やすといいと思うけど…。冷したタオル持ってこようか?」
「…俺も行く。」
「熱もあるんでしょ?寝てていいよ?」
「アンタがいなくなったら誰が背中掻くんでィ。それに、犯人がどこに潜んでるかわかんねェんだぞ。」
「そっか。」
ダルそうな総悟と一緒に部屋を出て廊下を進むと、女中の人達が慌ただしく駆け回っていて、大きな部屋には十数人の隊士達が布団の中で唸りながら身体を掻きむしっていた。
土方さんの言った通り、「黒い着物の子供が…」と声が聞こえてきて、背中にゾッと鳥肌が立った。
「ギャァアアアアアアアアア!!!!」
少し離れた場所で突然叫び声が響いて、恐怖のあまり泣きそうになった。
身構えた総悟が前に立ち私を壁に寄せると、後ろから土方さんが駆け寄ってきた。
「総悟!出たのか!?」
「らしいですねィ。」
緊張感の漂う薄暗い廊下の先から、副長ぉぉおお!!と叫ぶ声と共に山崎さんが走ってきた。
「山崎、敵はどこだ!!ん?」
山崎さんを良く見ると、背後に黒い影がある。
え、コレヤバイでしょ。どう考えてもヤバイやつでしょ!!!!!!
その予感は言うまでもなく的中して、背後で動いた影がヌッと伸び、青白い顔の少年がゆっくり口を動かした。
「おじさぁん、助けてぇ…」
「「ギャァアアアアアアアアア!!!!」」
私と土方さんの絶叫と同時に、3人で廊下を駆け抜ける。
後ろで山崎さんの断末魔が聞こえたけど、ごめんなさい無理!絶対降り向けない!怖い!死ぬ!!
必死に走っていたら突然腕を引かれて、抱え込まれるように狭い空間に押し込められた。
恐らく物置なのか押し入れなのか、物が溢れていて埃っぽい臭いがする。
建て付けが悪いのか、閉まりきらない戸から細い月明かりが差し込んだ。
「ハァ、…ハァ。」
立った状態で壁に背を預け、身動きが取れない私の肩に、総悟の熱い額が乗せられて、ほとんど隙間がないほど密着していることにやっと気付いた。
「だ、大丈夫?」
肩にかかる荒い息が熱くて、触れる身体が熱くて。
高鳴った鼓動が、恐ろしい何かに追われているからなのか、総悟に触れているせいなのかわからなくなる。
「背中、痒い。」
掻けって言われてることは分かってる。
でもこの体制で背中に触れるとなると…、抱き着いてるみたい、で。
着流しの上から背中を擦ると、総悟の呼吸の音と僅かな布擦れの音が狭い空間を支配する。
「っ、そこ。」
「……。」
吐息混じりの苦しそうな声が耳元で響いて、血液が沸騰しそうになる。
「まだ、痒い…。」
「…どこ?」
「……口ん中。」
私の首元から離れた総悟の顔が、正面に近付いてきて、暗闇の中でもうっすら見えるほどに距離が縮まる。
口の中が痒いなんて、嘘に決まってる。
だけど、近付いてくる唇を避けようとも、思わない。
総悟のお世話をするのは、いつものことだもん。
これも、きっとそうだ。
どうせ、逆らえない。
唇が触れるか触れないかの距離に来たとき、戸の向こうで、ブッシャァアと聞き覚えのある音と何かが倒れる音がした。
我に帰ったように総悟が戸を開くと、黒い着物を来た少年が、鼻血で池を作りながら倒れていた。
「コイツ…ぶっ殺す。」
こめかみに血管を浮かべた総悟が、少年の首根っこを掴んで持ち上げた。
そりゃこんな目に合ったら、怒りたくもなるか。
「てめェのせいでメス豚食い損ねたじゃねェか。」
……そっち?
それから逃がさないよう縛り上げられた少年が目を 覚ますと、部屋に集まった土方さんや隊士さんたちの尋問が始まった。
「なんなんだてめェは。」
「俺は…天人です。地球で言う、ブヨに似た。」
「ブヨ?あー、あの小せェ虫か。」
やっぱりそうか。
ブヨは、人間の皮膚を指すのではなく、噛む。
その毒は強く、蚊とは比べ物にならないほど痒くなり、発熱や頭痛を伴うこともある。
症状が似てるとは思っていたけど、本当にこんな天人がいるなんて…。
「俺、今成長期で。とにかく血が欲しかったんです…。本当は若いお姉さんの血が吸いてェんだけど、女の人見るとすぐ鼻血出ちまうから、余計血が足りなくなって…」
「成長期っていうかただの思春期じゃねェかそれ。」
「あの、お姉さん…ちょっとでいいんで吸わせて貰えませんか、ちくぶぇふぇえ!!」
男の子はそう言いながらまた鼻血を吹き出した。
てゆうか今何て言おうとした?血じゃなかったよね?絶対乳首って言おうとしたよね?
見た目からして、人間でいうと恐らく14、5歳。
確かに、思春期真っ盛りの時期なんだろうな。
「オイてめェ。んなことより、この痒みどうにかしねェと叩っ斬んぞ。」
「そそそそ総悟落ち着いて!!!」
刀を持って立ち上がろうとした総悟をなんとか宥める。
「あの、俺の懐に薬が入ってるんで、それ塗れば一発で痒みは引きます。熱は1日もたてば落ち着くんで。ホントさぁせんっした。」
「舐めてんなクソガキ、…ぶっ殺す。」
「うわぁああああ!!!怖いよお姉さんんんんん!!助けてぇえええ!いたいけな少年をお助け下さいぃいいいい!!!」
「ちょ、ちょ!!総悟、落ち着きなって!!薬もあるって言うんだし、まだ子供なんだからかわいそ
言い切る前に、総悟に抱き寄せられた。
庇うように少年に背を向けていたら、背後から噛みつこうとしていたらしい。
後ろを振り返ったら口を開けた少年と目が合った。
「ふん、残念だったな。コイツは俺が食うんでさァ。」
総悟の言葉に、時が止まった。
数秒後、何故か総悟以外の全員が顔を赤らめた。私含め。
「トシィィイイイイイ!!助けてくれぇえええ!俺もソイツにヤられた!!股間が痒くて仕方ねぇぇえええ!!!」
全員が閉口していた中現れたのは、ズボンの中に手を突っ込み涙目になった近藤さん。
「近藤さんまで…」
「いやさすがに俺もオッサンの股間は噛まねぇよ。」
「……………。」
先程とはまた違う静寂が訪れ、皆無言でサササッと近藤さんから距離を取った。
…近藤さん………どんまい……。
その後やっと反省したらしい少年から薬を受け取り、なんとか事態は収まった。
「オイメス豚、コレ背中に塗れ。」
「はいはい…。」
総悟の部屋に戻ると、一気に疲労感に襲われた。
着流しの上半身の部分をストンと落とした総悟が布団に座って、傷の場所を確認しながら薬を塗る。
「良かった、これで背中掻く係はいらなくなるね。」
「何言ってんでィ。」
背中に触れていた手を振り向き様に抑えられ、気付けば総悟と天井が視界いっぱいに広がった。
「アンタは今から俺の股間掻く係だろ。」
「…もしかして……病気?」
「どっちかっつーと……思春期。」
今度こそ軽く触れた唇は、いつものとんでもない命令からは想像もつかないくらい優しくて、心臓の辺りから溶けてしまいそうになった。
それだけでもう、少し先の未来が見えてしまう。
悔しいけど、もう、分かるの。
きっとまた、どんな命令でも聞いてしまうんだろうって。
*コメント&お返事*
サラ様!リクエストありがとうございました!!
「女中が病欠で総悟にコキ使われたり悪戯されたり」とあったのですが、総悟を病気(?)にしてしまいました。すみません。汗
「原作の赤い着物の女が出てくると嬉しいです」とありましたので、そちらの設定に寄せさせて頂きました!
というか…ブヨって皆様ご存知だろうか…?もしかして都会っ子は知らなかったりするんでしょうか…?笑
それから、本当に話をまとめるのが苦手で"泊まり込み"まで再現できませんでした…でもきっとこの後泊まり込んで沖田くんを看病したんだと思います(性的に←←)…いろんな意味で、すみません。←
完全にご希望に添えず申し訳有りません!涙
少しでも沖田くんにキュンとしてもらえれば幸いです…汗
企画にご参加頂き、ありがとうございました!
宜しければ今後ともお付き合い下さい!
byゲスやば美