#3 断られる要求でも、とりあえず要求はしとけ
「それじゃ、改めてよろしく。七星ちゃん。」
「はい。」
俺が手を差し出すと、七星ちゃんは手にはめていた手袋を外し、握手をしてくれた。
その手に触れて、分かった。
この子は、生まれながらの天才なんかじゃない。
だけどこの努力の証を、誰にも見せずに生きてきたんだ。
「あーあとなぁ、七星ちゃんのことは名字で呼ぶなよ。幸い七星ちゃんは狭いセレブ界で生きてきたおかげで一般人にはあまり顔が割れてねぇ。だが金城の名を知りゃ気付く輩が出てくるかもしれねぇからな。」
「注文の多い女ですねィ。」
「あともう1つ注文してもいいですか。私の部屋はどこです?」
「入隊までは良いとして、ここに住む気か!?家から行き来すりゃいいだろ!!」
「毎日ヘリで来るのは、少々目立ちすぎるかと思いまして。」
こればっかりは、トシが瞳孔を開かせるのも無理はない。
「そりゃ面白そうですねィ。丁度副長室の隣に空き部屋がありやすし。」
「案内して頂けますか?」
「こっちでさァ。」
「何勝手に話進めてんのぉぉおおおおおお!?!?」
「じゃ、俺は行くから、あとはよろしくなぁあ。」
とっつぁんにお辞儀をしてから、縁側を歩き始めた二人に、トシが怒鳴る。
でもトシ、そこしか部屋空いてねぇししょうがねぇよ。
「ここでさァ。で?注文ってのは?」
総悟たちの後を追うと、七星ちゃんは部屋と、部屋の外の縁側を見回して、携帯を耳に当てた。
「手筈通りに。」一言そう言うと、待ち構えていたかのように、そこらじゅうから木材を抱えた大工が沸いてきて、部屋の前の庭で作業を始めた。
「何するつもりだてめェ!!!」
「お風呂とトイレだけ、作らせて下さい。私、潔癖なので。共用はちょっと、無理です。」
そう言って、手袋を着けた手をヒラヒラさせた。
あ、それ潔癖だからなの?
「お前一応許可求めてきたけどこれ既に注文されてたろ。決定事項だったろ。しかも許可する前に建設し始めてるし。」
「すいません、潔癖なので。」
「オイ!!風呂とトイレだけでなんでそんなスペースが必要なんだよ!!最小限にしろ!!!」
「ドレッサー兼エステルーム含め、15畳で我慢しようと思ったんですが。」
「エステルームってなんだ!!!」
「毎週専属のエステティシャンを呼ぶつもりなので。」
「ふざけんな!!!その部屋無くせ!!風呂とトイレだけにしろ!!!」
「…分かりました。エステは部屋でやります。」
「エステを諦めろ!!!ちょっと待て、なんかヘリから荷物下ろされてるけどなんだアレ。」
「あ、私のペットです。」
ヘリから下りてきたのはバカデカい檻だった。
その中にいたのは…
「「虎ァァアアアアア!!!!?」」
「はい。ペットのトラ男です。」
「んなもん飼わせるかぁあああああ!!!!」
「大丈夫ですよ、トラ男は賢いので人は噛みません。」
「檻を開けるなぁあああああ!!!!」
檻を開けた途端、虎は俺目掛けて一直線に飛んできた。
「ギャアアアアアアア!!!!」
「あ、すみません。人間は噛まないけどゴリラには噛みつくみたいですね。」
「どういう意味ぃぃいいいいい!?!?七星ちゃん俺のことゴリラだと思ってたのぉぉおおおおおお!?!?」
「トラ男、おいで。」
俺の尻に噛みついていた虎が、七星ちゃんの一声で離れた。
死ぬかと思ったぁあああああ!!!!
「セレブのくせに随分と品のないネーミングセンスですねィ。」
「トラ男は愛称です。本名はトラファルガー
「るぅぉおおおおおおおおおい!!!!お前ぜってェジャンプ愛読者だろ!?!?」
「…セレブは漫画など読みません。私のセンスです。あなたこそその声、どこぞの剣豪の真似ですか?ちょっと"鬼斬り"って言ってみてくれません?一回だけで良いので。」
「中の人ネタやめろぉおおお!!!!ぜってェ愛読者じゃねえか!!!なんなんだお前!!!入隊決まった途端ワガママ全開じゃねえか!!!」
「ブッハハハハハッ!!!」
思わず声を上げて笑った。
この子なら、ココでもやっていけるかもしれないと、思ったから。
それに、
「お前ら気が合うみたいで安心したよ!!!」
「どこが合ってんだよ!!!こんなセレブ駄々漏れのワガママ女やっぱり認められねぇ!!!」
「これだから庶民は…セレブジョークが通用しなくて困りますね。」
「セレブジョークってなんだぁあ!!!」
「トラ男、しばらく一緒にいられなくなるけど、我慢してね。私がいなくてもちゃんと松阪牛たくさん食べるのよ。」
七星ちゃんは虎を撫でながら、柔らかく笑った。
絵画のようなワンシーンに、自然とその場にいた全員が釘付けになった。
「棟梁、お風呂とトイレは当初の予定の半分の大きさで作ってください。エステルームも無しで。この調子だと壁に金箔貼るのも怒られそうなのでやめましょう。」
金箔貼るつもりだったの!?!?
「まぁでも、これで風呂トイレ問題は解決するな。あとは…隊士達が認めてくれるかどうかだな…それは俺にも予想ができん。」
ずっと男だけでやってきた。
芋臭い田舎侍、肩書きは得てもそれはずっと変わらない。
セレブなんか、まるで縁のない連中ばかりだ。しかもとっつぁん指名の部長とは言え、隊長格としての扱い。
反発する奴が出てもおかしくはない。
「総悟、手隙の隊士全員集めろ。七星ちゃんを紹介する。」
「へい。」
「トシ、隊士が集まるまで、ここの案内してやれ。俺はこの空き部屋の不要な荷物整理しとくから。」
「屯所の構造も一応把握してますが、暇なら案内して下さいますか?」
「いちいち鼻につく言い方しかできねえのかてめェ!!!さっきまでの礼儀正しさどこ行きやがった!!!」
「副長はツッコミがお好きなのかと思いまして。ツッコミ待ちです。」
「好きでツッこんでんじゃねえんだよ!!ツッこませんな!!セレブジョークやめろ!!!」
「承知しました。」
縁側を歩いていく二人の背中を見て思った。
意外と、いいコンビになるんじゃねえかな、なんて。