弟×バイバイ×また来てね
朝起きたら、万事屋にいた。
一瞬、仕事!と思って焦ったけど、昨日急に職場の子から連絡があって、休みの日を一日変わってくれないかと言われたから、丁度よく今日が休みになったんだ。
霞んだ視界の先には銀さんがいて、昨日の記憶をボンヤリ思い出す。
朝日と飲んでて…銀さん達と遭遇して…その後店出て…吐いた、よね…?で?その後どうしたっけ…
お風呂も入らず服のまま寝てるってことは、相当酔ってたんだな。
寝返りを打って後ろを見てみたけど、朝日の姿は見えなくて、もしかして始発で帰っちゃったのかななんて思っていたら、銀さんの腕がお腹に回って引き寄せられた。
「…ん、」
もう一度銀さん側を向くと、まだ閉じられた瞼から伸びる、透き通るような睫毛が目に入って、つい触れたくなる。
睫毛の代わりに髪に触れたら、銀さんの腕に力が入って、ギュッと抱き締められ、身動きが取れなくなる。
「朝から…誘ってんのか、酔っ払い。」
ココ…万事屋だから、こんなくっついてたら誰かに見られるかも…心の中ではそう思ってるのに、布団の中に響いた銀さんの寝起きの掠れた声が、思考と身体を分離する。
離れなきゃいけないのに、離れたくない。
「…銀さん、朝日は?」
「いねぇの?泊まってったけど。」
「帰ったのかな…」
「じゃ、…朝の体操する?」
寝起きの暖かい手が服の中に入ってきて背中を撫でる。
「無理、ダメ、絶対ダメ。朝だし、万事屋だし、お風呂入ってないし。ちょっと!ねぇ!」
銀さんは私の首元に顔を埋めて息を大きく吸いながら、もう一度腰を引き寄せた。
「昨日のこと、覚えてねぇだろ。」
「なに…?え、なんかした…?」
「……帰り道、お前のことおぶって歩いてるとき…」
「お早うございまぁぁああす!!!」
勢いよく開いた襖の向こうから現れたのは、割烹着を着た朝日で…。
その光景に疑問を抱きつつ、とりあえず銀さんと距離を取る。
「……何してるの?」
「朝御飯できてますんで!銀さん!!どうぞ召し上がってください!!」
「おー気が利くじゃねぇか。卵焼きは激甘だろうな?」
「もちろん!!姉に、狂気を感じるほどの甘党だと伺ってますんで!!」
「ちょ、ちょ、ちょ、アレ!?なんでいつの間にかそんななついてるの?坂田さんって呼んでなかった?もっと他人行儀じゃなかった?」
「お前そこも覚えてねぇの?お前が俺と高杉のこと言い触らしてから、こんな感じだからねずっと。」
「え…ヤバイ…全然覚えてない…」
「姉ちゃん、そういう大事なことは一番最初に言うべきだろ!!あの高杉さんとかつて盟友だった方なんて!!高杉さんのことは色々と調べましたから…白夜叉さんのことももちろん存じてましたし…!!そうと知ってりゃ顔が似てるとか言われても別に嫌じゃなかったのに!!」
「アレ、嫌だったの!?嫌だったのかオイ!!」
「そ、そうか…朝日が高杉さん崇拝してること忘れてた…。」
「朝っぱらから騒がしいネ。何アルか。誰アルかお前。」
押し入れから、目を擦りながら神楽ちゃんが出て来て朝日を見上げた。
「あ、これね…私の弟の朝日。この子は、万事屋の従業員で、ここで銀さんと一緒に暮らしてる神楽ちゃん。」
「………え…姉ちゃん…いくら高杉さんの友達とは言え…やっぱりロリコンはやめといた方が
「違うからねぇええええええ!?!?姉貴と同じようなこと言ってんじゃねぇぞこの不純姉弟がぁあ!!!」
「でも可愛いですね、神楽ちゃん。」
「あ、気を付けた方がいいよ朝日とんでもない雑食だから。下手すると男でも食うから。」
「やっぱアバズレ姉弟じゃねえか!!!良かったぁあ昨日コイツとラブホ泊まんなくてぇえ!!!!気を付けろ神楽!!寄るな!!この姉弟に寄るなぁあ!!!」
「お早うございまぁす。アレ、お客様ですか?」
出勤してきた新八君にも弟を紹介して皆で食卓を囲んだ。
新八君が朝日の味覚に盛大にツッこみ、話題はうちの家族のことになる。
「夕日のマミーも味覚異常者アルか?」
「味覚とアル中は父譲りなんだって。だって父ちゃんが事故った理由も、酔っ払ったまま山に竹の子取りに行って足滑らせて頭打ってそのままポックリだよ。笑っちゃうよねアハハ!!」
「いやブラックジョーク過ぎて笑えないです。しかも夕日さんもそう成りかねない気がして怖いです。」
「うん、その可能性はありますね。現に、ベロベロで湯船に浸かったまま寝て、何度か溺れかけてますしね。裸の姉を風呂から引きずり出すこっちの身にもなって欲しいね。」
「鼻血ぃぃいいいいい!!!!やべえよコイツ!一歩間違えたらまじで犯罪沙汰だよぉお!!!」
「大丈夫、もう酔ってるときはシャワーだけにしてるから!!」
「大丈夫じゃねえよお前の弟ぉお!!!」
ワイワイと朝食を済ませ、食べ終えた食器を新八君が下げてくれていると、朝日がゆっくり立ち上がる。
「じゃあ俺、そろそろ帰るね。」
「え、もう帰っちゃうの?」
「うん、夜の仕込みあるし。それに、姉ちゃんが幸せそうにしてて、安心したし。」
それを聞いて、恥ずかしくて目を泳がせていたら、同じく目を泳がせていた銀さんと目が合ったけど、お互い余計に居たたまれない気分になって、さらに目は泳いだ。泳ぎすぎて眼球が取れそうなほど。
「皆さん、姉ちゃんのこと、よろしくお願いします。」
その優しい表情は、いつもの張り付けたような笑顔ではなくて、心配性で過保護な朝日を安心させられて、皆に会わせることができて、心から良かったと思った。
駅まで送って行くと申し出たけど、風呂も入ってない人の隣を歩きたくないとピシャリと断られた。
皆で店の下まで見送りに出て、銀さんに駅までの道を聞いた朝日は、名残惜しそうに手を降った。
その姿が可愛くて、自分よりずっと背の高い弟に抱き付いた。
「恥ずかしいだろ、いい歳して。」
「私にとってはずっと可愛い弟なの!帰り道、気を付けてね。」
「たまには、帰ってきてよ。母さんも心配してるから。」
「うん。またね。」
今度こそ弟を見送って、皆で万事屋の階段を上がる。
「これであとは…お前の母ちゃんに挨拶すればいいだけだな。」
「え?」
つい聞き返すと、数段上にいた銀さんが、こちらに振り返る。
「いやだって、俺家族も親戚もいねぇし、俺の周りの奴はお前もほとんど知ってんだろ?だから次はお前の
「そ、そうじゃなくて…」
"挨拶する"それがどういう意味なのか、聞きたかった。
でも、見上げた先の銀さんも、自分の言ったことに恥ずかしくなったのか、照れ臭そうに頭をガシガシ掻いていて、それがどうしようもなく愛しくて嬉しかったから、笑うことしかできなかった。
「んだよ!バカにしてんのか!?」
「アハハしてない!ふふっ、今度一緒に帰ろ。」
一緒に階段を上がったら、先に玄関に入ったと思っていた神楽ちゃんと新八君がニヤニヤしながら此方を覗いていて、銀さんが怒りながら戸を潜っていった。
耳が少し赤かったのは、怒ってたせいにしておいてあげようかな。
頬の緩みを隠しきれるはずもなく、ニヤニヤしながら万事屋の戸を潜った。
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新八君と朝食で使った食器を洗って片付けると、いよいよ頭皮の痒みが我慢できなくなってくる。
「さて、私も帰ろうかな。お風呂入りたいし。」
「ここで入りゃいいだろ。」
「でも着替えないし。同じパンツ履きたくないじゃん。」
ここのところ、ずっと万事屋には泊まっていなかったから、着替えはもちろん下着も置いていない。
せっかくお風呂に入るのに、同じ服を着るのは嫌だし、それなら帰って入った方がいいかなと思ったんだけど…
「えー!!!夕日もう帰るアルか!?万事屋来るの久しぶりなのニー!?銀ちゃんがいればいいのカ!?お前は結局銀ちゃんさえいればいいのカ!?銀ちゃんのギンちゃんに会えれば満足なのカ!?」
「ちょっと何言ってんの神楽ちゃぁあん!!」
「か、神楽ちゃん、ごめん、そんな風に思われてたなんて…私、確かに…銀さんのギンさんにはよく会ってたけど…万事屋には来てなかったもんね…」
「そこ普通に"銀さんに会ってた"で良くね?お前銀さんじゃなくて銀さんのギンさん目当てなの?」
「お前らもう少しオブラートに包めぇええええ!!」
「よし、じゃあ今日は、万事屋で過ごしてもいい?」
「もちろんアル!!旨いもん作るヨロシ!!」
「どうしようかな、着替え。今日暑いから洗濯すればすぐ乾くかな。」
「あ!!いいこと思い付いたアル!!ちょっと待ってろヨ!!」
何か思い付いたらしい神楽ちゃんは、バタバタと音を立て万事屋から出ていった。
……なんかわかんないけど嫌な予感がする。
その勘は当たった。
すぐ戻ってきた神楽ちゃんが抱えていたのは
「「メイド服……」」
純粋無垢な優しさに何も言えない私の横で、銀さんと新八君が確認するように、その服の名称を呟いた。
「タマに借りたアル!!サイズが合うかわかんないけど下着も貸してくれ
「どわぁぁああああああ!!!!晒すなバカ!!」
「か、神楽ちゃん…気持ちは、嬉しいけど…私、そんなフリフリ似合う気がしないって言うか、こんな歳でそんなの着るのはちょっ
「じゃあキャサリンに借りた方が良かったアルか?」
「夕日!!!早く着替えろ!!キャサリンの下着を着たお前を俺は見たくない!!お願い!!」
「夕日さんんんんん早くぅううう!!!ちょ、神楽ちゃんその下着隠してぇえええ!!タマさんを健全な目で見れなくなるぅぅううう!!!」
必死な男性陣の叫びに狼狽えていたら、神楽ちゃんに手を引かれ、お風呂場に突っ込まれた。メイド服と共に…。
ま、マジで…か…。
暫くお風呂場で頭を抱えたけど、メイド服を着るという醜態への嫌悪よりも、ベタつく身体と痒い頭皮への嫌悪が勝り、ついに服に手をかけてしまった。
シャワーを浴びさっぱりした身体を拭いて、タマちゃんの下着を手に取る。
アレ、これタグ付いてる…!新品じゃん!!!
なんて申し訳ないことを…今度買って返そう…。
サイズは…ちょっとカップが足りないけど大丈夫そう。
「短い…」
パッと見は普通の着物に見えなくもない。けど、襟や帯に付いたフリフリは取っ払える仕組みではなく、更にはスカートの丈がなんとも短い。
仕事でタイトスカートを履いているけど、それよりもかなり短い。普段着はほとんどパンツスタイルだし、スカートを履くとしてもストッキングを履く。
しかし備え付けられていたのは白のニーハイ。
アラサーのニーハイはキツいでしょう!?
なんかもう泣きそうになってきた。こんな姿で一日過ごさなきゃいけないの!?どんな罰ゲーム!?
昨日ベロベロになったせい!?飲み過ぎた天罰!?
頭を乾かし全ての服を着終えたものの、お風呂場の扉が開けない。
恥ずかしすぎる。
「おーい、まだ終わんねーの?」
扉の向こうから銀さんの声がして、肩がビクッと揺れた。
「あ、あの…まだ、ちょっと待って。」
「洗濯してぇんだけど。」
「あ、あぁ、私やっとく!ここにあるやつでしょ!?」
「いやコレも。昨日向こうに脱ぎ散らかしてたやつ。つーか開けろよ、着替えたんだろ?」
「…………。」
逃げ場はないのに、どうしても鍵を捻ることが出来ずにいると、触れていないのに鍵がカチッと回った。
「え!?な!?」
ガラッと開いた戸の向こうで、銀さんがニヤニヤしながら10円玉をチラつかせた。
「実はコイツで外からでも開けられんだ…よ、ね…」
言いながら、私の顔から舐めるように視線を落とすと、何事も無いように一言放つ。
「まぁ悪くねぇな。」
「鼻血!!!!!」
盛大に鼻血を垂らした銀さんと洗濯器に洗う服を突っ込み、居間へ戻ると、銀さんと同様に鼻血を吹き出した新八君がイスから転げ落ちた。
「お前肝心なもん忘れてんじゃねーか。」
そう言って銀さんはお風呂場から、フリルの付いたエプロンと、メイド特有のあのフリフリカチューシャを持ってきた。
せめてそれだけは付けまいと隅に隠しておいたのに。
「べ、別にそれは必要ないでしょ!メイドやるために着替えたんじゃないんだから!」
「いいだろ!メイドは男のロマンなんだよ!!な!?新八!!」
「いやちょっと夕日さんのメイドは…なんというか、目のやり場に困ります…なんでだ…タマさんは平気なのに…!!」
「確かにコイツが着てるとアレみてーだな、AVじょゆ
グァッシャァアアアアン
私が殴る前に神楽ちゃんに蹴り飛ばされた銀さんが壁にめり込んだ。
「夕日!今日はメイドでも家政婦でもなく、万事屋の嫁一日体験キャンペーンアル!!」
「え」
「ホラ、よく言うデショ、結婚する前に同棲しときなさいって。相手の悪いとこ知っときなさいって。」
「…むしろこれ以上知りたくないんだけど。」
「どういう意味だコラ。」
「でもなんだか楽しそうですね!こんなダメ人間の 銀さんを夕日さんがどう扱ってるのか気になります!」
「おい今なんつったメガネ。」
「でも私も…ちょっと嬉しい…かも。最近銀さんがうちに来るばっかりで、うちにいるとヤること1つだし、皆との日常っぽい感じ久しぶりな気がする。」
「夕日さんお願いだからもうちょっとオブラートに包んで。」
「まぁ、いいんじゃねえの。いつも通りここにいれば。」
ソファーに胡座を掻いて頬杖をついた銀さんが、隣をポンポンと叩いた。
ずっと立ったままだったから、隣に座れって意味だと思う。
"いつも通り"…そう言われたけど、以前まで万事屋にいるときは神楽ちゃんの隣に座ることが多かった。
だから、もしかして"これからは"ここに座れって意味なのかななんて、都合のいい捉え方をしたら、やっぱり頬は勝手に弛む。
「銀ちゃん、鼻血出てるヨ。」
やっぱここに座るのは、まともな格好してるときだけにしようかな。