過保護組×ブラコン×シスコン
うちのインターホンはよく鳴る。
訪問者は、だいたい銀さん。時々、総悟。
更に時々、総悟を探す土方さん。
銀さんは、仕事が不定期だけど、大抵私の休みの前日泊まりに来て、朝帰る。
まぁ今日は、一昨日から仕事で遠出してるから、いないんだけどね、銀さん。
そんな日常に慣れてきた頃、また鳴ったインターホンの音。
モニターを覗いてそこに映った人物に、勢い余ってすぐ戸を開けそうになったけど、物騒な装置が稼働していることを思い出して、慌てて解除ボタンを押した。
駆け込むように戸を開いた先にいたのは、
「朝日っ!!」
そう、弟。
「よぉ、久しぶり、姉ちゃん。」
柔らかく笑った朝日はとても眩しかった。イケメンだから。
「来てくれるなら、先に電話してよ!てゆうか今日が休みだってよく分かったね。」
「ん?知らなかったよ。仕事だとしても、姉ちゃんなら俺のために休んでくれるかなと思って。」
「アハハ、またワガママ言ってる!」
朝日を部屋に通して、私は何か口にできるものはないかとキッチンを漁る。
「お腹空いてるー?とりあえずコーヒーでも飲、む…?」
部屋にいる弟の方を振り返ると、弟が手にしているモノに、心臓が止まりかける。
「彼氏、できたの?夕日。」
朝日が持っていたのは、ゴミ箱に放り込んであったコンドームの空き箱。
朝日は時々、父親モードになる。
私を名前で呼ぶときは、だいたい父親スイッチが入ってるとき。
「彼氏…っていうか……アハハ」
「またセフレ?」
笑顔が怖いぃぃいいいい!!!
昔から、男関係にだらしない私を叱るのはいつも弟。
正直、この束縛はちょっと…面倒臭い。
私が実家の店を辞めて、パチンコ屋に務め始めた1つの要因でもある。
店にいると、噂がすぐさま弟の耳に届くから。
それでも弟は可愛い。
「セフレ…ってわけでも……まぁ、それなりに仲良くやってるから、大丈夫、だよ…心配しなくても。」
「アレ?次に付き合う人と結婚するって言ってたの誰だっけ?三十路まで秒読みだけどホントに大丈夫?相手はちゃんとそこまで考えてくれてんの?」
距離を詰めながら質問攻めされて、忘れていた現実を思い出す。
そう言えば私そんなこと言ってたわ。
こんな束縛紛いのお叱りも、私を思う故だと思うと、可愛い。ちょっとワガママなところも、許せる。
「んー…ど、どう、かな…最近、そうなったばっかだから…まだ、ね…アハハ」
「まぁいいや、詳しくは…飲んで吐かせる。」
いつも爽やかな笑顔が、黒いオーラに包まれる。
アレ、弟に会ったの久しぶりなのに、なんかこの感じ…久しぶりな気がしない。
ーーーーーーーーー
ババアの知り合いが営む店で、風邪が蔓延してスタッフが全滅したからと、住み込みで数日コキ使われ、クタクタになって帰宅し、こんな日にはキンキンに冷えたビールが飲みたくて冷蔵庫を開いたものの、見事にすっからかん。
神楽は帰宅早々床についたが、時計を見ればまだ19時。
一杯引っかけるには丁度いい時間。
疲れた身体を持ち上げて、馴染みの店を目指した。
「ありゃ、旦那…一人ですかィ?アイツ、旦那といるもんだと思ってたのに…」
また偶然遭遇した沖田くんが、一人でフラつく俺を見るなり不思議そうな顔をした。
「アイツ、今繁華街にいるんでさァ。だから、旦那と飲んでるもんだと思ってやした。」
携帯を覗き、GPSの画面を開くと俺の方に向けた。
「……一人で飲み歩いてんじゃねェの?」
「どうですかねィ、もしかしたら、あの山根って男だったりして。」
アイツが言った、"意外と紳士で積極的な肉食男子"という言葉を思い出す。
だが、アイツが誰と飲もうとアイツの自由だ。
別に、二人で飲んだだけで浮気だなんだと騒ぐほど、心の狭い男じゃない。
寛大だからね銀さんは。でもアレだからね、俺は依頼されてて、アイツは俺に報酬を払う立場だから。
そこに、アレ、信頼とか信用とか詰まってるから。
全然心配でもなければ嫉妬なんかしねェし?
「……旦那、どこ向かってるんです?そっちアイツがいる方向ですけど。」
「あ?俺の行きてェ店がアッチにあんだからしょうがねェだろ!!?別にアイツ目指してる訳じゃないから。たまたまだから。」
「あー、そうそう、そこ右ですねィ。」
「たまたまだからね!?」
角を曲がると見えてきた、俺と夕日でよく行く店。
一旦足を止め、どう登場するか考える。
いや、そもそもアイツが一人だったらなんの問題もねェ。
問題は、誰かといるパターンだ。
とりあえず偶然を装うのは必須だろ、で、そっから自然にアイツのとなりに座って
ガラッ
「大将、ご馳走さまでした。」
突然、店から酔ってフラつく夕日の肩を抱いて現れた男の姿に、思わずビルの影に隠れた。
「総悟ぉお!!テメェこんなところにいやがヴェッ!!」
後ろからバカデカい声を放ちながら現れたニコチンバカの口を塞ぎながら、夜の町をひっついて歩く後ろ姿を確認する。
「旦那ァ……ありゃ完全"黒"ですぜィ。」
「…ん?あれ夕日か?誰だ隣の男。」
「俺ァ見たことありやせんね。でもパッと見男前でしたよ、タッパもまぁまぁありそうですねィ。ね、旦那。…旦那?」
いや……いやいやいやいや、ないないないない。
だってアイツアバズレだけど…何だかんだ俺にハマってるよな?
いやいやいやいや、アレだよ?付き合おうとか明確に言ってないけどアレだろ、気持ちは通じあってる的なアレだったろ!?
そういう流れで完結したろ!?完結してまだ数話だよ!?もう破局ってそんな夢小説があってたまるかボケカスコルァア!!!
ちょっと待て冷静になれ、ただ飲んでるだけだろ!
アレも職場の同僚とかだろ!?
ちょっと待てなんで腕に絡み付いてんだあのアバズレェェエエエ!!!
「旦那、ビルの壁ぶっ壊れますぜ。アンタの頭もぶっ壊れますぜ。」
「俺ァただ壊すだけだ…この腐った世界を…」
「それお前の台詞じゃねェだろ!!落ち着け、まだ浮気と決まったわけじゃ
「浮気!?!?あんなの浮気でもなんでもねェよ!!別に!?俺とアイツは付き合ってるわけでもなんでもないからね!?ただのセフレ同然だからね!?全然傷付いてないからね!?」
「……総悟、追うぞ。」
「指図すんな土方コノヤロー。」
ビルに頭を打ち付けて血まみれになった俺の襟元を沖田くんに引っ張られ、引きずられながら夕日の追跡が始まる。
いやもう銀さんこれ以上傷付きたくない。
「止まりやしたよ、……ホテルの前で…」
「オイ!テメェ!止めんなら今だろ!!早く行け!!」
「土方くん知ってる?Sって打たれ弱いの、ガラスのハートなの。」
「しっ!なんか喋ってやす。」
「ホントにここに泊まるの?なんか怖くない?ボロボロだよこのビル。」
「いいじゃん、安いし。」
「うちに泊まればいいのに。」
「布団一枚しかねェんだろ。」
「いいじゃん、昔みたいに一緒に寝れば。それよりもうちょっと飲もうよぉ。」
「もうベロベロなくせに何言ってんの。ホント弱いよな、酒。」
あーもうコレ完全に、
「元カレですね…」
「しかもアイツから誘ってる。」
「久しぶりの再会に盛り上がっちゃったパターンですねィ。」
黒だぁぁああああああああ!!!!ぜってェ黒だぁあああああ!!!!
「だよなぁあ!!俺なんてどうせ!!金ねェし!?天パだし!?足クセェし!?早漏だし!?パチンコ負けてばっかだし!?天パだし!?」
現実を突き付けられ、再び目の前の壁に頭を打ち付ける。
「あ……だ、旦那、ちょ、アレ。」
「あぁん!?もう!!見なくても!!分かるわ!!インしたわけだろ!!ホテルに!!で!!アイツも!!インされるわけだろ!!分かるわ!!惨めだろ!!さァ笑え!!惨めな俺を笑うがいい!!」
「銀さん、何してるの。」
アレ。
「血まみれだけど…大丈夫?」
絶望の余り、抑えきれなかった声のせいでコチラに気付いたのか、いつの間にか目の前にいた酒臭い夕日が、俺の血まみれの髪を撫でた。
「気安く触んじゃねぇ!!このアバズレが!!お前は結局最初っから最後までアバズレだったんだな!!契約破綻だ!!もうお前の依頼は金輪際受けねェ!!」
「えっ、なんで怒ってんの。」
「夕日、だってお前…アレ…」
土方くんが、後ろでコチラを傍観するイケメンを指す。
ここまで来てシラきるつもりか?あん?
「アレ?…弟だけど?」
「え」
「私の、弟。ふふ、イケメンでしょ?……てゆうか、皆揃って何してるの?」
「「「ス、ストーカー?」」」
ーーーーーーー
それから、全員揃って小さな居酒屋へ入った。
小さなテーブルに、夕日と弟、その正面にストーカー三人組が鎮座する。
夕日は嬉しそうに乾杯を促すと、改めて弟を紹介した。
「私の弟の、朝日。私と年子で、実家の小料理屋の大将!こっちに越してきてから、一度も会ってなかっなから、大分久しぶりで、ベロベロになるまで飲んじゃった。アハハ!」
「初めまして、弟の朝日です。いつも姉がお世話になってます。あの、そちらの制服…真選組の方々ですよね、しかも、幹部の…」
「副長の土方十四郎だ。で、こっちが、一番隊隊長沖田総悟。」
「わ、すごい…!昔から強い人に憧れてて…俺、料理しかできないんで…」
「アンタの弟にしちゃ、控えめで賢そうですねィ。」
「で、ね…あの朝日、コチラが…さっき、話した…銀さん。」
夕日が俺を紹介するや否や、爽やかな表情はそのままに、何処と無く黒いオーラに包まれる。
「坂田銀時さん、ですよね…初めまして。話は姉に聞きました。」
ニッコリと目を細めながら、隣に座る夕日の肩を抱く。
コイツ…絶対シスコンだろ。
「どうやら姉とはいい関係のようで…姉は昔から男運がないので心配してたんです、都会で変な男に引っ掛かってないかなぁって。」
「あ、朝日、さっきも話したけど、銀さんはアレだよ、社長だから!ちゃんと仕事もしてるし、パチンコなんて全然しないし!ね!?銀さん!?」
あ、話合わせた方がいいやつ?
「あー、まぁ従業員も何人か雇ってるし?町ではそこそこ顔の知れた企業っていうかね?な、真選組の諸君。ホラ、コイツらも俺の舎弟みたいなもんだから、安心してくれ弟君。」
「舎弟なのは土方さんだけでさァ。」
「…じゃあ、さっき契約がどうのって言ってたのは…なんのことで?確か万事屋を営んでらっしゃるんですよね?姉と何か契約なされてるんですか?」
勘が鋭いぃぃいいいい!!!
めんどくせェぞこの男…!!!コイツが焦ってる意味がなんとなく分かってきた…!!
「け、契約?何のことかな、ね、銀さん!?アレだよね!?こっ、こ、婚約の間違いじゃない!?ね!?」
「…そ、そうそう、婚約。アレだよ?かぶき町で一番アツアツなカップルっつったら俺達が挙がるくらいだからね、な!」
横に座る土方くんと沖田くんに問いかけたら、二人とも顔を隠しながら肩を震わせていた。
分かってるわぁあああああ!!!
こんなの柄じゃねェことくらい分かってるわぁあああああ!!!
「へぇ、じゃあ……キスしてみて、ここで。」
「「は!?」」
「婚約してるなら、今してよ、誓いのキス。町中に知られてるくらいなら、それくらいできるでしょ?夕日、昔彼氏と路上でキスしてたしね?」
「わああああ!!!!何のことかなぁぁああああ!?!?」
若気の至りな、分からなくもないけど、こう暴露されると死にたくなるよな。
つーかさっきからコイツのオーラ見てて思ったけど……
「できないの?じゃあ、手繋いでみて。」
「は!?いや、手ぐらい、つっ繋げ…繋げる、よ!?何度も握手してるしね!?」
「そ、そうだよ、アレだよキミ、大人は人前じゃアレしないからね!?人目につかないとこでもっとスゴいモン繋いでるからね!?手なんか全然アレだからね!?」
「ふーん、じゃあ夕日…さっき、"銀さんが好きで好きで仕方ない"って言ってたけどアレ本当なの?」
「は!?そんなこと言ってないよね!?!?」
「言ってねェのかよ!!」
「アレ?…もしかして、言ったことないの?お互い。」
コイツ、……絶対ドSだ!!!!!
「あ、あああああああああるよ、あるよね銀さん、ホラあの、死ぬほど好きとか、言ったよね私。」
「あ、あああああああああ言ってたかな、言ってたな、あの、アレだろ、あん時な。」
「そうそうそうそう、あん時よ。普段から、言い合ってるから、全然、心配しないで!?」
「普段から言い合ってるなら、今も言えるよね。」
「俺ァ聞いたことありやすぜィ、夕日が旦那のこと
「わぁあああああああああ!!!!お願いだから乗ってこないで総悟ぉぉおおお!!!ちょ、もうワガママ言うのもいい加減になさいよ朝日ぃい!!お姉ちゃんそろそろ怒るよ!?!?」
いやこれワガママじゃねえよ。どう考えてもドSの戯れだろ。
夕日が、俺含め何故かドSに好かれる理由が分かった気がする。
コイツ、生まれながらに知らず知らずのうち、ドS慣れしてんだ。
「姉ちゃん、俺は姉ちゃんに幸せになって欲しいから、言ってるんだよ?」
「……そうだよね、優しいからね、朝日は。」
ドS慣れっつーかただのバカだぁあああああ!!!
ブラコンどころか弟がドSなことに気付いてねぇぇええええ!!!!
「お待たせしました、お茶漬けです。」
「あっ、お茶漬け来た!」
店員が持ってきたお茶漬けが二つテーブルに並んで、なんとかめんどくせェ会話が途切れ、夕日と弟が箸を取る。
そして弟がおもむろに、着物の袖の中から何かを取り出すと、バシャバシャと音を立てながらお茶漬けにぶっかけ始めた。
「「うわすっぺぇええええええ!!!!!」」
その液体から漂う匂いだけで、唾液が滝のように溢れてくる。
コレは…この匂いは……
「朝日、お酢のかけすぎは身体に良くないって言ってるでしょ。」
「姉ちゃんこそ、お茶漬けにチーズってどんな味覚してんだよ。」
姉弟揃って味覚崩壊してるぅぅううううう!!!!