海行ったら冒険が始まっちゃった話
「おい、おい!!大丈夫か!?」
「グェッフ!ゲホッ!ハァッ」
海に沈みかけた女の身体を抱えあげ、酸素を吸わせる。
力の抜けた身体を仰向けにして肩を支えていると、苦しそうに閉じられていた瞼が持ち上がった。
「大丈夫か?」
「ア、レ…私、死んだかな…裸の土方さんに抱かれてる幻覚が見え、る。天国かなココ。」
「また沈めんぞ。」
身体を起こした夕日が、今いる場所を不思議そうに眺める。
「ん?何ですかコレ。」
「何って、バナナボートだろ。」
「あぁ、だから黄色いのか。あ、銀さんも生きてた?てゆうか浮き輪消えた!!」
「まじで死にかけた。まじで三途の川見えた。」
「ん?アレ、銀さんの後ろにいるのって…」
「?将軍だろ。」
「違う、将軍じゃなくて、そのオレンジの頭…もしかして終兄さん?」
万事屋を押し退けるように身を乗り出して終に接近すると、夕日は目を輝かせた。
「終兄さん、…想像以上に…イケメンなんですね。」
「おいあんまコイツに近寄んなアバズレ!!お前の水着姿は後ろのシャイボーイと将軍には刺激が強い!」
夕日を押さえる万事屋のセリフの通り、終はゆでダコみてぇに赤面して着ているラッシュガードで必死に顔隠そうとしてるし、将軍は言わずもがな、鼻血で海を赤く染めてる。
めんどくせェ拾いもんしちまった。
アレもコレもこのバナナボートを引っ張ってるアイツのせいだ。
「土方さーん、そろそろ発進していいですかーィ?」
そう、アイツ。
バナナボートに繋がった紐の先にいるのは、水上バイクに股がった総悟。
「ちょっと待て、ってもう動き出してるぅぅううう!!!」
アイツにハンドルを任せたのが間違いだった。
コイツらの浮き輪をひっくり返したのもあの暴走野郎の仕業ってわけだ。
急発進されたせいで、どこにも掴まる余裕がなく、バナナボートの後方へ吹っ飛びながら、とりあえず目の前の何かを掴んだ。
夕日の手首だった。
勢い余って万事屋に突っ込んだ俺は、かろうじて、取っ手に捕まっていたこの男の腕にしがみつく。
手首を掴んでしまった夕日も、一瞬宙に浮いて、ちょうど思いっきりカーブした遠心力を使い、海に落ちる直前で終に向かって投げた。
「終!!ソイツ頼む!!」
「……!!」
「うわわわわわ落ちる落ちる落ちる!!終兄さんー!!赤面してる場合じゃない!助けて!!死ぬ!!」
「オイ離せ!!俺まで落ちんだろニコチンバカ!!」
「掴むとこねぇんだからしょうがねぇだろ!!つーか止まれ総悟ぉぉおおお!!!」
俺の命令をアイツが聞くはずもなく、鬼畜極まりない運転を楽しむドS。
遠心力に何度も負けそうになりながら、ふと後ろを見ると、終と夕日と将軍の姿がない。
「おい総悟!!将軍がいねぇ!!!」
俺の声にやっとスピードを落とした水上ボートが、来た方向へ戻る。
そこに何やら白い物が浮かんでいて、咄嗟に思った。
これはまさか夕日の……!!!
万事屋も同じ事を思ったらしく、勢い良く辺りを見回す。
「あそこだ!」
数メートル先にオレンジ色が見えて、ボートを向かわせたが、その光景に目を瞑りたくなった。
「はー、死ぬかと思った。終兄さんありがとう、冒険号見つけてくれて。」
「「将軍かよぉぉおおお!!!」」
無惨に下半身を晒されたままうつ伏せに沈む将軍の背中に股がる夕日、無言で泳ぎながら将軍の腕を引っ張る終。
何がどうなったらそうなるんだよ!!!
「土方さぁん、なんか水上ボートから煙上がり始めたんで逃げて来やしたァ。」
「え、」
バナナボートへ向かって泳いできた総悟の言葉に焦る間もなく、ドでかい爆発音と共に水上ボートが吹っ飛ぶ。
爆発で危険が及ぶ可能性を感じて、咄嗟に将軍の方へ飛び込み、夕日ごと一旦海に沈めた。
何故か背中に万事屋も張り付いてやがる。
水面に爆発の炎と煙が見えて、吹っ飛んだボートの破片が水中に落ちてくる。
海中でもがく夕日を抱えて、数メートル先まで泳ぎ海面から顔を出した。
「ブッふぁ!ゲェッホ!ホントに、死ぬ!」
「おい万事屋テメェいつまで張り付いてんだ!!俺が沈む!」
「ゲッホ!オエッ!お前俺達殺す気だろ!!ちょ、助けて!!まじで!」
「総悟、終!将軍いるか!?」
「へい、ここに。」
「なんで乗ってんだテメェはぁぁああ!!!」
将軍の背中に乗る総悟を引きずり下ろして、夕日を預けた。
「終、このバカ頼む。俺が将軍なんとかする。バナナボートどこ行った!」
さっきまですぐそこにあったはずの黄色い物体が見当たらず、背中のお荷物を抱えながら海面を進むと、何かが流れてきて、嫌な予感を察知した。
「あーぁ、水中ボートの破片が刺さって萎れちまったみたいですねィ。」
「てゆうか総悟、陸…どこ?」
隣を泳ぐ総悟の背中で夕日が発した言葉に、その場の全員が青ざめた。
とりあえず責めるべきはこの男だ。
「お前どんだけ無茶な運転したんだよ!!陸が見えなくなることなんてあるか!?たかがバナナボートでどんだけの冒険かましてんだテメェ!!」
「将軍様を楽しませるにはそれなりのスリルが必要かと思いやして。オーバーヒートしてエンジンが燃えるほどの冒険かましてやりやした。」
「全部おめぇのせいじゃねぇか!!!」
「おいおいおいおい終くんんんんんん!!!?起きてるぅぅううう!?!?テメェらが退屈な言い争いしてるせいでコイツウトウトし始めたんだけどぉぉおおお!!!沈むからぁぁあ!起きろぉぉおおお!!!」
「ちょちょちょ、総悟!!変なとこ触んないで!!」
「何勘違いしてるんでィアバズレ。沈めんぞ。」
あーダメだ、このまま全員死ぬ気がする。
「ん?アレは陸ではないのか?」
「「さすが冒険号ぉぉおおお!!!」」
思わず叫んだら、万事屋と声が被った。
カナズチ2人と将軍を抱えて、なんとか陸へ上陸した。
のは、いいが……
「どこだここ!!!」
たどり着いたのはさっきいた海水浴場ではなく、人気のない浜辺。
浜辺の数メートル先はジャングルの如く南国的な植物が生い茂っている。
「無人島ですかねィ。」
「こんなとこに無人島なんかあるわけねェだろ。歩けばさっきのビーチと繋がってんじゃねぇの?」
「とりあえず浜辺歩いてみるか。」
「えぇえ、もう疲れたよ…銀さんおんぶして…。」
「アンタのこと担いで泳いでたの誰だと思ってるんでィ。アンタが俺をおんぶしろ。」
ギャーギャー騒ぐバカコンビを横目に浜辺を進むと、浜の描くカーブに再び嫌な予感を感じる。
恐らく30分以上歩いた。
恐らく全員が同じ事を感じているはずだが、誰も何も口にしないのは現実を認めたくないせいなのかもしれない。
「っもう無理!歩けない!!砂浜歩くの疲れる!!しかもここ絶対さっきも通ったもん!!私達の足跡残ってるんだからわかるでしょ!?絶対ここ無人島だよ!!」
「バカ言うなお前、これはアレだろ、俺達の他の観光客が残した足跡だろ。」
「だってあの木さっきも見たもん。」
「あんな木どこにだって生えてんだろ。あんな何の篇鉄もない木。」
「あんな木見たことないよ、あんな今にも呪われそうな禍々しい木、この一本しか見たことないよ。」
「ハハハ、だよな…完全無人島だよなコレ。水も食料もねェ孤島だよ、そのうちあのジャングルからとんでもねェバケモン出てくんだろ?サバイバルしながら一人ずつエイリアンに仕留められていくんだろ?最終的に女と男が二人で残ってエイリアン倒しつついい感じになって終わるシナリオだろ?お前はいいよな生還フラグだもん。」
「俺達ゃここで死ぬんだ…この孤島で…誰にも見つかることなく死ぬんだ…」
「ドSコンビ打たれ弱すぎだろ!!!」
「土方さん、とりあえずもう歩くのやめましょう?これ以上体力消耗したら私真っ先に死にます。喉乾いたし。日差し熱いし。日焼けするし。もしこのまま帰れなかったら仕事クビになるかもしれないし。」
「文句ばっか言うな!!とりあえずアレだ、助けを待ちながらここが本当に無人島かどうか調べるしかねェな。」
「じゃあお前一人であのジャングル入って真っ先にエイリアンに殺られろよ。エイリアン映画で真っ先に死ぬのはお前のような仕切り屋なんだよ。」
「うるせェ。お前のように仕切り屋に突っかかってくる奴も漏れなくすぐ死ぬんだよ。よってお前が探索に行け。」
「お前が行け。」
「お前が行け。」
「ふは、ぬはははは、俺ァ死なねェ…絶対ェ死なねェ…!エイリアンがナンボのもんじゃぁああああい!!!!」
「おいっ!待て総悟!!」
「大丈夫ですよ土方さん、あぁゆうキチガイキャラは意外と最後まで生き残るんで。エイリアン映画の鉄板シナリオですよ。」
「なかなか興味深いな…冒険号たるもの生き残る術を知らねばならぬ故、そのエイリアン映画というものについて、少し詳しく教えてくれないか?」
「それよりなんで全裸で平気な顔してるのか教えてくれません?」
ダメだ、このメンツはダメだ、絶対死ぬ。