#42.5 守るって決めた日(沖田)
赤く染まる地面。夕焼けのせいじゃない。
討ち入りで俺達が斬った奴等の血のせい。
こんな光景は見慣れた。
後処理を他の隊の奴等に任せ帰ろうとしたが、負傷した隊士が優先的にパトカーで帰った結果、俺は歩いて帰る羽目になった。現場に潜入していた、同じく無傷の山崎と一緒に。
「そうカリカリせんで下さいよ沖田隊長。歩いても15分くらいで帰れるんですから。」
「土方に迎えに来させりゃいいだろィ。」
「副長も局長も、今別件で出払ってるんですよ。だからパトカーも全部使われてます。」
「ちっ。」
もう間もなく屯所というところで、今会いたくない奴の声が耳に入った。
「あ、総悟?おかえり。」
すっかり暗くなった道の街灯の下に、買い物袋を腕に下げた夕日の姿。
俺は街灯の光の届かない薄暗い闇の中から動かずに、冷たい声を放つ。
「それ以上近付くな。」
「…どうしたの?」
「あ、わわわわ、えっと夕日ちゃん!今俺達討ち入
「今、アンタの前にいんのは、人殺しだ。」
なんで平和に生きてるこの女に、わざわざこんなこと言うのか、自分でも分からねェ。
こんな血みどろの姿、見せたくなかった。
でもきっと…この姿こそが、俺の本当の姿だ。真選組の沖田総悟の姿だ。
「何、言ってるの?」
こちらに一歩踏み出そうとした夕日の動きを阻止するように、暗闇から街灯の下へ足を踏み入れる。真っ赤に染まった隊服で。
「っ、」
「これ全部、俺の血じゃねェ。俺とアンタじゃ、生きてる世界が違う。もう関わりたくないって思ったならそれでいい。それが普通でさァ。だからもう近付くな。」
俺の言葉を困惑した表情で聞いていた夕日が、買い物袋を地面に放った。
何してんだと言葉を紡ごうとしたが、それは叶わなかった。近付いてきた温もりのせいで。
「怪我、してなくて良かった。でも、生きてる世界が違うなんて、言わないで…」
そう言って血塗れの隊服をギュッと掴みながら、俺の胸元に顔を埋めた。
「確かに、私は、総悟と一緒に戦えないし、総悟を守れない…けど、ここにいるから。ちゃんと"おかえり"って言うから。そんな風に、遠ざけないでよ…。」
その少し震える手に、絞り出すような声に、俺はなんてガキ臭いことをしてるんだと気付く。
コイツの方から拒否されるのが怖いから、自分から突き放しただけだ。
コイツに怖がられるのが嫌だから、自分から一線引いただけだ。
生きてる世界が違う?
よく考えればクソみてェな台詞だ。
コイツはここにいるのに。コイツは何も悪くねェのに。
「…わりぃ。」
俺の言葉に顔を上げた夕日と目が合う。
「総悟は、すごいね。たくさんの人を、守ってるんだから。」
柔らかく笑ったその顔が、姉上と重なって見えた。姉上に褒められた様に感じた。
だけど同時に、姉上には感じたことのない感覚を覚えた。
胸の奥を締め付けるような、頭の奥が熱くなるような、感覚。
「…アンタも、守ってやるよ。」
嬉しそうに返事をする姿に、つい口角が上がった。
「総悟、お腹空いてない?」
「空いた。」
「家で食べてく?何か作るよ!」
「…チーズかけたらぶっ殺すからな。」
「その前にお風呂だね。」
「着替え貸せ。」
「いいよ。」
「明日非番だから泊めろ。飲ませろ。」
「いいよ。あっ!卵割れてる!!ま、いいや、ニラ玉作ろ。」
「カニ玉にしろ。」
「じゃあカニ捕まえてきて。」
「…ニラ玉でいい。」
屯所へ向かっていた足を、今来た道へと向けて歩き出すと、完全に存在を忘れていた山崎の声が響く。
「終始俺の存在無視ですかぁぁあ!?ちょ、いいんですか夕日ちゃん!?」
「え、何が?」
「沖田隊長、泊めるん…だ、よね?何て言うか、お二人はそうゆう、仲なんですか?」
「違いますけど。大丈夫ですよ、だって、守ってくれるって、言ってたでしょ?」
「え、ま、まぁ、はい。」
「ちょっとだけ、総悟お借りしますね。」
「つーことで山崎、報告書よろしく。」
夕日が持っていた買い物袋を奪い、夕日の腕を掴んで走り出す。
「あぁ!!!アンタ完全にそれ目当てだな!?ちょ、まっ、ええぇぇええええ!!!!」
後ろから響く山崎の声に、爆笑する夕日につられて、久しぶりに、ちゃんと笑った。
少し後ろを走る夕日からは、見えなかっただろうけど。