短編 | ナノ




まだ人の愛し方がよく分からない沖田さんの話


「ぅ、あっ!はっぁ、んっ!」

視界に映るのは、薄暗い部屋の畳と脱ぎ捨てられた沖田さんの血塗れの隊服。
背後で響くのは、沖田さんの荒い息遣いと肌がぶつかり合う独特な音。

沖田さんは討ち入りを終えて帰ってくると、こうして荒く私を抱く。
刀を振るい命のやり取りをした後は、アドレナリンが垂れ流しになるのか、それとも死線を越えることで子孫繁栄の本能が働くのか、理由は何にせよ性的な興奮に襲われるらしい。

「んん!や、っ、もう、無、理…!」

毎度、それが鎮まるまでこの部屋から出ることは許されない。
腕の力などとっくに失って、ヘタれた上半身を必死に捻って逃げようとしても加減も無しに腰を掴まれているせいで動くことなど出来るはずもなく、否応無しに身体の奥を突かれ続ける。
逃がさないと言わんばかりに手首を強く掴まれて、後ろから覆い被った沖田さんが肩や背中に鈍い痛みを落とす。

「っい!ゃっ、や、だ…!」

謝罪の代わりに歯型がついているであろう場所を舐められる。
こんなこと、沖田さんじゃなきゃ、許さないのに。きっとこの気持ちは1ミリ足りとも伝わってないのだろう。

「…っ、おき、た、さん」

必死に喉から絞り出した声が届いたのか、沖田さんは単調な動きを止めた。

沖田さんを怖いと思ったことは一度もない。どんなに酷いことをされても。
だけど、たくさんのものを守る為に刀を振るう沖田さんが、何かに押し潰されてしまうんじゃないか。そんな恐怖は何度も感じてきた。

「おきた、さんに、触れたい、です。」

情事中、沖田さんが声を発することは少ない。
私の言うことを聞いてくれることも、ほとんど無い。
無言のまま、ズルリと熱を引き抜かれてから身体を表へ返される。

肩で息をしながら見上げれば、暗闇で光を映すことのない赤の瞳の奥が炎のように揺らめいていた。
こんなにも直に触れ合っているのに、私達の距離は酷く遠い気がする。こんな関係になる前、もっと簡単に笑い合えていた頃の方が、ずっと側に感じられてた。

「おき、たさん。」
「………。」

名前を呼んだら返事もせずに顔を伏せてしまったものだから、どんな表情をしているかさえ分からなくなった。

「ごめん、な。」

不意に聞こえた消え入りそうな声に胸を突き刺された。
どんなに強く掴まれるより、どんなに強く噛みつかれるより、痛かった。
目頭が熱くなるのを堪えて、沖田さんに向かってゆっくり手を伸ばす。

「大丈夫。大丈夫です。」

そっと頬に触れると、躊躇いがちにその手を上から包まれた。未だ表情は分からない。

「逃げないで、下せェ…アンタが、いなきゃ、俺ァ…」
「大丈夫です。ここに居ます。」

片腕に力を込めて上半身を起こし、汗で冷えた身体をギュッと抱きしめた。
きっと沖田さんはこの身体で、とんでもなく大きなものを支えてる。18歳の心で、とんでもなく大きな闇と闘ってる。
私の身体の小さな傷なんかよりずっと痛い思いをたくさんしてるんだ。

「どうやって、触れればいいのか…分からないんでさァ。」

身体がゆっくり離れて、やっと目が合う。
捨てられた子犬みたいに切なげな丸い目。さっきまでの沖田さんとは別人みたいだ。

「アンタは…どうしたら、気持ち良くなる。」
「…沖田さんが気持ち良ければ、気持ち良いです。」
「……触って、いい?」

優しく微笑んで頷くと、壊れ物を扱うみたいに親指で頬を撫でられた。まるで、初めて抱かれるみたいだ。
今まで散々肌を合わせて来たのが嘘のように、戸惑っている沖田さんの首に腕を回してそっとキスをした。今なら私から触れることが、許される気がしたから。
頬を撫でていた指は髪に差し込まれて後頭部を優しく覆う。
数秒、触れただけの唇を離して見つめ合う。こんなことしたの、初めてだ。
微笑む私に反して、沖田さんの表情は何処と無く苦しげだった。誤魔化すためかまた唇を寄せ合って何度も角度を変えながら、次第に深く混じり合っていく。

「ん…ふ、ぁ……沖田、さん…気持ち良い、ですか?」
「…いてぇ」

思わぬ言葉に困惑したけど、沖田さんがまたその苦しげな表情で胸を押さえ放った言葉は、私の心を溶かすのには十分すぎるほど暖かかった。

「胸の、奥が…痛い。なんなんでィ、こりゃあ。」
「…私も、同じです。ずっと前から。沖田さんといると胸の奥が、キュンって痛いんです。」
「どうしたら治るか知ってやすか。」
「分かりません。一緒に探しましょうか。」

同じ気持ちでいられることがこんなにも嬉しいなら、痛いままでもいいかもしれないなんて思うのは、私だけかな。

後頭部を押さえられたままゆっくり後ろに倒され、キスをしていた唇は首元へ移動した。
今までなら、この唇が肌に触れる時は痛みの前触れだったからいつも身体を強張らせてた。
だけど今はなんの不安もなく受け入れられる。
肌に触れるのはザラついた舌で、首を這い上がり耳へと辿り着く。
耳の凹凸を舌でなぞられ唾液で濡れた場所に息がかかって冷んやりした。子犬が戯れるみたいに耳朶を口に含まれ、身体がヒクと反応した。

「気持ち良い?」

耳元で囁かれ息が大きく漏れた。その反応に気を良くしたのか、顔を耳元から離さぬまま右手が胸へと触れた。
大きく円を描くように柔らかく揉みしだかれ、固くなった突端を人差し指の腹で摩られる。

「んっ、ぁ、!」
「どう触ったら気持ち良いのか、ちゃんと教えてくれやせん?」

情事中沖田さんがこんなに声を発したのは初めてかもしれない。
こんなに艶のある声で囁かれるくらいなら、何も言わずに事を進めてくれた方がマシだったかもしれない。心臓が持たない。

質問に答える前に、胸から下っていった掌が太腿を包み優しく撫でた。そこにも、いつかの晩に噛まれた跡が残っていた気がする。

「もう…傷付けないから、許して下せェ…」

痛みを受け入れる事で沖田さんを救っているんだと自分に言い聞かせてきた。沖田さんが好きだからどんなに辛くても大丈夫だと思い込んできた。
だけど本当は身体も心もボロボロで、限界など等に超えていたのだと気付いた。
沖田さんの優しい声が心の傷に染みてヒリヒリした。傷を付けたのはこの人だけど、この傷を癒せるのもこの人だけなんだ。

横を向いてポロポロ落ちる涙を隠そうとしたけど結局それは叶わなくて、ギュッと抱き寄せられた。
横向きで向き合って、これ以上無理ってくらい密着する。

「その涙は…いつもの涙とは別モンと捉えていいですかィ?」

いつもの涙っていうのは、行為中勝手に溢れ出てくるあの涙の事だろうか。だとしたら、全然違う。

「これは、なんて言うか…その、沖田さんが、優しいから、」
「あー、やっぱ…アンタの泣いてる顔が好きでさァ。意地悪で、すいやせん。」

濡れた頬を親指で拭われて優しいキスが降ってくる。
泣いて鼻が詰まっているせいで空気を求めて口を開くと、逃げようがないほど舌を絡められて頭がフワフワした。

キスをしながら、先刻まで沖田さんが掻き回していた場所にゆるりと指が侵入した。
とっくに奥まで濡れきったそこを優しく解し直すみたいに、ゆっくり出し入れする。

「んっ!ぁ、っあ、」
「ゆっくりの方が、良いんで?」

声を上げてしまった恥ずかしさに口を紡いで必死に首を縦に振ると「分かりやした」と身体を起こし指を引き抜き、代わりに、話していた間もずっと膨張したままだったソレを宛てがわれた。

「俺が気持ち良ければ、アンタも気持ち良いんだろ?」

ズプ、とそこへ腰を沈めながら問われたけれど、やっぱり回答する余裕なんか無くて。
いつもの内臓を揺らすような動きではなくて、ゆっくりだけど確かにそこを掻き乱す繊細な動きに、感じたことのない感覚が襲ってきた。

「あっ、あ!待っ、て!おきた、さんっ!やっ、!」
「今、一個、初めて知ったことが、あんだけど」
「はっぁ、あっ!ダ、メ…!おき、た、さっ!」
「アンタが気持ち良いと、俺もっ、気持ち良、い」

意識が瞬く中で思った。多分これが絶頂というものなんだと。お腹の奥がジンジンと熱を高めて、荒くなる息も声も抑えることが出来なかった。
きっと今までの沖田さんとの行為は、ただ沖田さんの熱を沈めて欲を受け入れるだけのものだった。
だけど今は、今までとは違う 何か が確かにあって、それが快感をこんなにも助長してくれる。
気持ちまで繋がると、こんなに気持ち良いんだって、初めて知った。

「わりぃ、大丈夫ですかィ?」

身体と意識が別の所にいってしまっていたらしく、ボーッとする視界の中で沖田さんが心配そうにこちらを覗き込んでいた。
お腹を乾いた繊維質で拭かれたことで、沖田さんも果てたんだとやっと気付く。

「だいじょう、ぶ、じゃない…です。こんなに、満たされてしまったら…離れられなくなっちゃいます…」
「何言ってんでィ」

沖田さんがチュッと音を立ててキスをしたのは、痣の付いた手首。

「逃す気ねェよ。」

金属でできた手錠より、キツく握られた痣よりも、その柔らかいキスが私を一番強く縛る錠ならば、こんなに幸せなことはない。
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