#16 "落ち着く"は一番の褒め言葉
偶然現れた救世主は、今日はたまたま臨時収入があり、ちょうど飲みに行く道すがらだったらしい。
「話相手がいた方が飲みがいがあるしな」なんて言っている銀さんを横目に、ついさっきまで自分の飲み相手だったグズ男を思い出して、相手がいても、それが自分の好きな人でなければ、何を飲んでも何を食べても楽しくないと再確認する。
あぁ、好きな人ってゆうのは深い意味じゃなくてね。
銀さんは私と飲んで楽しいんだろうか。
割かし愚痴ばっかり言うし、まだ知り合って間もなくて、それほどお互いのことを知り尽くしているわけでもない。
依頼と言う名目で、タダ酒飲めるから付き合ってくれてるのかな。
少し歩きながら、銀さんが適当に選んだ居酒屋に入り、カウンターの席に座る。
「なんだお前、今日静かだな。」
「なんか…精神的ダメージ負ったかも。私、あんなダメ男に"コイツならイケるかも"ってレベルに見られてたのかな…」
「かもな。俺が思うにお前は警戒心がなさすぎる。まず、知り合って間もない男を家に連れ込む時点で警戒心なさすぎ。」
「銀さんのこと?だって銀さんは…なんか大丈夫な気がしたから…銀さんと加藤さんは全然違うもん…」
「それ褒められてる?」
「うん。銀さんに"コイツならイケるかも"って思われてたとしても、別にイヤじゃない。」
「……え?」
「え?」
あれ、なんかおかしなこと言ったかな。
うん、おかしなこと言ってるな。これじゃまるで"銀さん、私イケますよ"ってGOサイン出してるようなものじゃん。
アルコールが入ると、どうも思ったことをすぐ口にしちゃう。
「あの、ごめん、別に深い意味ないよ?愛の告白とかじゃないよ?」
「知ってますー。お前がなんにも考えずに発言してることはもう重々承知してますー。」
口を尖らせてそう言う銀さんに、私は心底安心する。
これで相手が加藤さんだったら、確実に勘違いするパターンだもん。まぁ、相手が加藤さんだったら、こんなこと絶対絶対ぜぇーーーったい言わないけどね。
それよりも、私はここ最近ずっと胸につかえていて、誰かに言いたくて言いたくて仕方なかったことを話題に持ち出す。
「ねぇ、たった今思わせ振りな発言しといて申し訳ないんだけどさ、私ね、土方さんのこと好きかもしれない。」
「ぶほぉっ!!!」
飲んでいたビールを盛大に吹いた銀さんが、むせながら私を睨み付けてくる。
「お前完全に顔で選んでんだろ!」
「違うよ!いやっ顔も好きだけど、この前偶然健康ランドで会って、話してみたら意外と面白いし、おまわりさんなんて収入安定してるでしょ?最高じゃん。」
「最高じゃねーよ!お前アイツの食うもん知ってる?犬のエサだぞまじで。」
「土方スペシャルのこと?」
「え、知った上で言ってんのお前…」
「うん、だって粉チーズと対して変わらないし?」
「いや、でも、あいつ常にタバコくわえてないと死ぬくらいのニコチン中毒だぞ。」
「んー、別にいいかなぁ、私も一応喫煙者だし?」
「は?お前タバコ吸うの?」
「うん、主にパチンコしてるときと飲んでるときは。」
「俺といるとき吸わなくね?」
「うん、私銀さんの匂い好きだから汚さないように。」
「なんだよ俺の匂いって!いつかいでんだよ!変態かてめぇは!」
ここで私は不思議なことに気付いた。
ここ数日、土方さんのことを考えると胸がキュッてなってたから、土方さんの話なんてしようものなら、キュンキュンが止まらなくなると思ってた。
でも、銀さんに土方さんの話をしても、なんだか全然キュンとしない。
なんでだろ。銀さん相手に恋バナって時点で間違ってたかな。
銀さんは、土方さんと仲良くなさそうだし。
「どうしたら付き合えると思う?土方さんと。」
「俺が知るか!オヤジ、日本酒追加で!」
「お、飲むねぇ銀さん。」
「お前と話してると精神的ダメージを負うからな。」
「えっなんで?私銀さんのこと、すごく大事な友達だと思ってるよ?」
「そうゆうとこ!そうゆうとこだからね!?いい加減気付いて!?」
思い返してみれば、確かに私は銀さんに対して思わせ振りなことばかりしているかもしれない。
普通だったら、"コイツならイケるかも"って思われて当然なくらい。
それでも銀さんに対して、いつも思ったことをすぐ口にしてしまうのは、銀さんならわかってくれるだろうという謎の信頼があるから。
でもそのせいで精神的ダメージを追わせてしまっているのは申し訳ない。
「ごめん私、銀さんになつきすぎだよね。なんでか銀さんには、何を言っても許される気がしちゃうんだよね。」
「まぁ俺の包容力が溢れ出てるからだろうなソレは、うん。」
「包容力なのかなぁ?でもそのゆるーい雰囲気が落ち着くんだよねー。」
「出たよそのお前の褒めてんのかバカにしてんのかよくわかんないやつ。」
「褒めてるよ?いつも褒めてる。」
「いやそれすらもバカにしてるとしか思えねーっつーの!」
いつの間にか土方さんの話から逸れて逸れて、結局いつもの色気のない会話にたどり着く。
こんなくだらなさが落ち着く。
いつの間にか時間は過ぎて、気付けば日付が変わる頃になっていた。
私はまた神楽ちゃんが留守番しているということを思い出して、焦って店を出た。
ちなみに今日は臨時収入があったらしい銀さんの奢り。
「早く帰らないと心配してるよ!」
「もう爆睡してんだろ。」
「あんな可愛い子一人でおうちにいたら危ないよ。誘拐されちゃう。」
「アイツはお前が思ってるより7000倍くらい強いから心配いらねぇ。」
「なに、飲み足りないの?」
「俺にだってなぁとことん飲みたい気分のときがあんだよ。」
「銀さん酔ってるでしょ。」
「そんなに神楽が心配ならうち来いよ。」
それならいいよ、と言おうとした時、突然後ろから腕を捕まれて心臓が止まるかと思った。
「な、誰…あっ。」
驚いて振り返ると、そこには予想外の人が立っていて、困惑を隠せない。
「旦那ァ、あんたそんなに女好きでしたかィ?旦那が女誘ってる姿なんて見たの初めてですねィ。」
「よぉ総一朗君。心配しなくても別に誘ってねぇよ。ただの飲み友達だからな。」
「総悟でさァ。そうでしたか?俺ァ、口説いてるようにしか見えませんでした。」
「仮に口説いてたとしても、総一朗君にはなんの迷惑もかけてねぇよな?コイツはお前の姉貴じゃねえし?」
「……そう、ですねィ。」
さっきまで気だるげだった銀さんは、今は別人みたいに尖ったオーラを放っていて、ピリピリとした空気に全身の肌がざわつく。
掴まれた腕はまだ強く握りしめられていて、鈍い痛みが手首に走る。
「姉上がもう死んじまったことなんてわかってまさァ。でも…どうしても体が勝手に動いちまう。分かってても、どうにもならねェ。」
「…総悟、君?私は、夕日って言います。私…あなたにすごく腹が立った時もあったけど、あなたがお姉さんを大事に思ってることは、すごく…よくわかった。だからもう、何をされても怒らないし…私にできることは、する…よ?」
まだ少しだけ幼さが残るその目は、悲しさと動揺でいっぱいになっていて、私より背の高いはずの彼が、とても小さく見てえしまった。
だから、なんて言葉をかけていいかなんて分からなかったし、また彼を怒らせてしまうんじゃないかなんて不安もあったけど、お酒の力を借りて、思ったままを口にした。
「アンタ、それ本気で言ってやす?」
「え、う、うん…」
「何しても怒らないんですかィ?何頼んでもやってくれるんですかィ?」
「た、たぶん…」
「じゃあ…ひとつ頼んでもいいですかィ?」
何、何言い出すのこの子。すごく不安。
「絶対、土方の野郎と親しくしねェで下さい。」
私の恋の行方や如何に。