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この春から、俺と母さんの久しぶりの二人暮らしが始まった。そう言えば母さんが花を育てたいって言ってたのを思い出して、育て方とか全然分かんねえけどベランダの隅に使ってない植木鉢が置かれていたから、せっかくだから育ててみようと適当に種と土を買ってみた。すぐに枯らしてしまうかもしんねえけど、まあ何事にもやってみないと結果は分からない。

でも育てるからには枯らさない努力をしようと、朝起きたらとりあえずベランダに出て種を植えた土に水をやることにしている。水をやったあとに早朝ランニングをしに行く事が、俺のこの新生活が始まってからの日課になりつつあった。

あの体力おばけの可愛い恋人のお願いを聞いてやるためには、もっと俺も体力をつけなければならない。奈知に自覚があるのか分かんねえけど、奈知とのセックス、結構やばいぞ。あの子セックスのこと運動とか言ってたけどまさにその通りだ。


30分ほど走ってから家に帰って来たら、ガラガラとベランダの扉を開け閉めしている音が聞こえてきたから、音がした方に目を向けたら母さんがまだ何も咲いてもいない土だけの植木鉢を眺めている姿を目にする。


「あっ、水あげんなよ、俺さっきやったから。」


そう声をかけたら、「見てるだけ」と言って部屋の中に入ってきた。もう服を着替えており、これから仕事に行くようだ。


「じゃあ行ってくるね。」

「おう、行ってらっしゃい。」


そんな言葉を交わしてから、母さんは7時を少し過ぎた頃に家を出て行った。帰ってくるのは早くても夕方で、こんな生活をもう何年続けているのだろう。自分のことで精一杯だろうから、花を育てたくても育ててる暇なんてなかったんだろうな。

母さんの望みを叶えるべく、ちゃんと芽が出たらいいなと思いながら、密かにガーデニングにチャレンジする、18歳の春だった。



大学に入学してすぐのスケジュールの中には健康診断が入っていた。今日がその健康診断の日だったため、無地の白シャツに白スウェットパンツというラフな服装にダウンジャケットだけ羽織っていったら、「お前その格好はさすがにヤンキーすぎる」と絢斗に大爆笑されてしまった。笑われる意味が俺にはまったく分からない。


「上下白ってありえなくね?それ寝巻き?」

「プリントに白い服着用って書いてあったから適当にあった服着てきた。」

「ウケる、全身白着てくる必要ねえのに!」


「あーダッサ!」と俺を笑ってくる絢斗はいつも通りの洒落た格好をしている。金持ち坊ちゃんなこいつが着ている服はいつも高そうだ。学校行くだけなのにそんな洒落た格好をする方が俺には理解できない。

今日はたまたま健康診断だったから部屋着のスウェットを着てきたけど、明日からはこのスウェットがジーパンに変わるくらいだ。なんなら毎日スウェットでも良いと思ってるくらいだけど、ダサいと言われるならもう白を穿いて行くのはやめよう。どうせ何色穿いてても同じこと言われそうだけど。


「お前大学で友達作る気ねえだろ。」

「うん。あんまり。」

「俺もう可愛い子二人と仲良くなったぜ?雄飛も入学式の後飯来れば良かったのに。」


そう話してくる絢斗の声は無視した。

『大学で友達作る気ねえだろ』って聞かれて頷いたけど、べつに作る気無いわけではない。そういうのは成り行きでできるもんだと思っているから、わざわざ友達を作りに行く気は無いってことだ。


「つーか雄飛でかいしそれで人見下ろしたら100%怖がられて逃げてかれそう。」

「いいよべつに、逃げたい人は逃げていけば。」

「冷めすぎだろ。彼氏に知り合い作るなとでも言われたか?」

「奈知はそんなこと言わねえよ。」


俺が女と仲良くするのは嫌そうにしてたけど。っていうのはわざわざ絢斗に言う必要は無いから絢斗の問いかけにそれだけ返せば、絢斗は何も言わずに顔を顰めて俺から目を逸らした。


今日の予定は健康診断のみで女とは別行動なため、大学に到着してからも絢斗は誰にも絡みに行かず俺の横で大人しくしている。近くにいる男たちは真面目でちょっと地味そうな人ばかりで全然興味なさそうだ。

どうせ絢斗の目には奈知のこともあの中にいる男の一人って感じで映ってるんだろうな。確かにりとや航先輩のようにパッと見ただけでも顔立ちが良い、ああいうのが絢斗のタイプなんだろうけど、奈知だって愛嬌あって可愛い顔してんだろ。…って、心の中で可愛い奈知の可愛い笑顔を思い浮かべる。うん。可愛い。


奈知とのセックスなんて最高だぞ。お前がヤってるような生ぬるいセックスなんかじゃねえぞ、つーか多分お前が奈知とヤったら絶対参りましたってなるぞ。って、ここ最近の絢斗には腹が立ちまくっていたからそんなことを考えていたらちょっとだけスッキリした。


「おいほら〜、お前がここ来た瞬間あそこらへんの男達サァッと避けていったぞ。」

「知らねえよ、どうでもいいわ。」


ああもうガチで鬱陶しい。口を開けば女の話とか俺がヤンキーだとか奈知のどこが良いんだとか。気心の知れた仲で絢斗と一緒に居るのは気楽ではあるけど、こんな会話ばかりはうんざりする。


早く奈知に会いたい。会って、目一杯可愛がってやりたい。奈知のお願い聞いてやりたい。

絢斗はどこが良いんだって言うけど、べつに絢斗に奈知の良いところを分かってもらいたいなんて思わない。俺だけが分かってたらそれで十分。


せっかく頑張って勉強して受かった大学ではあったけど、こんなこと思うくらいなら奈知と同じ大学に行けばよかったな…とか、あんまり思いたくねえけど、思ってしまった。


【 早く会いたい 】


気分転換に奈知にラインを送ると、すぐ【 俺も! 】って返してくれる。嬉しそうな顔が目に浮かぶ。可愛くて可愛くて仕方ない。


うん。やっぱり、
奈知の良さは俺だけが知ってたらいいや。


うんざりするような時間の中で、奈知の存在が俺の心の拠り所になっていた。


8. 奈知は結構やばいやつ おわり


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