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「くっそ〜…今年も出会いがまったくねえぜ。」


大学の春休み中、沙希と由香と三人で夕飯を食べに行き、おっさんのようにビールを飲みながら嘆く沙希の言葉にあたしも頷いた。


「結局誰と出会っても一番タイプなのは航でまじで辛い。」

「はい出た、それいっつも言ってるね。」

「そういやあかり日下部くんとご飯行く約束してるとか言ってなかった?良い雰囲気になったりしないの?」


由香のその問いかけにあたしは“ある事”を言おうか言うまいか「う〜ん…」と悩み、考えた。

実はあたしは春休み中、自分の中でけじめをつけようと航を『二人で話したい』って言って呼び出した。春樹と二人でご飯は行ったけど、その事の話を聞いてもらっただけである。

最初は航を呼び出したことはみんなに内緒にしておこうと思ってたけど、でも別に内緒にしておくことでもないかな?って思い直して、あたしは徐に口を開いた。


「実はね、ちょっと前あたし航に告った…?っていうか、まあ自分の気持ちに区切りつけるために話聞いてもらっただけなんだけど、航と二人で会ったんだよね。でもやっぱ二人で喋ったらまだ航のこと普通に好きだな〜とか思っちゃってて、春樹にはそういう話を聞いてもらってた。」


この話を由香と沙希に話している今この瞬間も、ちょっと涙が出てきそうだ。でも二人はそんなあたしを慰めてくれるように頭や背中を撫でてくれる。その優しさに結局涙が出てしまい、気持ちに区切りをつけようと思ってるのにまだまだ全然ダメだった。



航と会う約束をしたその日、航ダーリンは午前中のうちからバイトに行く予定だったから、航は航ダーリンがバイトに行った後に家を出て、あたしとの待ち合わせ場所であるカフェに来てくれた。

『航ダーリンには言ってあるの?』って聞いたら、自分から聞いたくせに『余計な心配かけさせたくないから言ってない』っていう航からの返事にチクリと胸が痛む。

その言葉から分かる通り、航はもうこれっぽっちも“期待を持たせるような言動”はしなくなった。前まではあたしに彼氏ができた時とか無駄に心配してくれたり、優しくしてくれたのに、そういう態度はまったく取ってくれなくなった。冷たいけど、あたしみたいな奴にはその態度の方が正解だ。


『そっか…、ごめんね、大丈夫だからね、…今日はその…、自分の気持ちにけじめ…?つけようと思って…、どうしても二人で話したかっただけだから…』


何から話そうか、何て話そうか、悩みながら話してるからちゃんとした事を話せてるか分からなくて首を傾げながら話したら、そんなあたしを見て航はクスッと小さく笑ってから、『うん』って相槌を打ってくれた。


その瞬間に、ぎゅっと胸が締め付けられる感じがする。あたしはやっぱりまだどうしても航の事が好きらしい。本人を前にして話していたら泣いてしまいそうだったけど、意地でも泣かないように我慢した。


『ご存じの通りね、…好きなんだよね、航のこと…。』

『ふっ…、ご存知の通り…ね。ふふっ…』

『ちょっと、真面目な話するから笑うのやめて。』


航はあたしの話始め方が面白かったようで、突っ込みを入れるようにその言葉をリピートしてくる。…いや、それか砕けた雰囲気に持っていきたいからわざと言ってるのかもしれない。

『ごめんごめん』って笑う航に、あたしは『でもべつに、これを航に言ったからといって返事は分かり切ってることだし、じゃあわざわざ言わなくてよくね?って航言いそうだけど、けじめだからね、けじめ』ってしつこく“けじめ”と言う言葉を何度も強調して言えば、航はクスクスと笑いながら『うん、けじめな、けじめ。』って頷いてくれた。

そういう表情見せるのは悪いけどやめてほしい、ほんとに好き。いつになったらこの気持ちどっか行ってくれるんだろうね?


『今日航に絶対言おうと思ってた事なんだけど、多分あたし、この先も航と仲良くしてると絶対、航が好きっていう態度出しちゃうかもしれないんだよね。だってさ、もうストレートに言っちゃうと見た目がタイプなのよ。』

『ぶはっ…!!ストレートすぎだろ。もー、お前いちいち笑かすな。』

『いちいち笑ってるのは航でしょ、あたしは真面目に言ってるんだよ。話途切れるから笑うのやめて!』

『ふふっ…、はいはい、ごめんごめん。』


航は笑い混じりに謝りながら、レモンティーと一緒に頼んでいたパンケーキを一口サイズに切り分けて、パクッと口の中に入れた。そういう航の動作ひとつひとつをあたしはジッと見つめてしまう。航にも見られてるって気付かれているかもしれない。


『だからね、何が言いたいかというと、あたしが航のことジッと見てたりしてても気にしないでってこと。』

『え?見られてたら気にはなるけど。』

『だからそれを気にしないでって言ってるんだよ。これからも航のことは見ちゃうだろうけど、好きだからとかじゃなくてかっこいいから!』

『ふふっ…、じゃあ何回でも「見んな」って返してやろ。』

『いいよ、何回でも言って。もういちいち言うのも面倒になるくらい見るから。』


そう話すあたしに、航はずっと穏やかな表情でクスクスと笑ってくれる。そんな航との会話が楽しくて、楽しければ楽しいほど、チクチクと胸も痛む。でもこの胸の痛みを今ちゃんと耐えられているなら、あたしはきっと大丈夫。


『ああこいつまだ俺のこと好きそうだな、とか思わせる時もあるかもなんだけどさ、それはもう諦めて欲しいんだよね。』

『ぶふっ…、お前今のは絶対笑かしてるだろ。“諦めて欲しい”って…意味わかんねーよ。』

『えぇ!笑かしてないって!真面目真面目!』


そんなにあたし、笑かしてるとか思われるようなこと言ってる?まあいいけどね。航もこういう雰囲気の方が良いよね。


『…まあ、でも、何が言いたいかはなんとなく分かったよ。結局はあかりが俺にどういう態度を取ってももう何も気にすんなって言いたいんだろ?』

『そうそうそうそう!……友達なのにあたしだけ一歩距離置かれたりしたら、それはそれでちょっと寂しく感じちゃったりしてさ、もどかしくなったりするんだよね。だから難しいかもしれないけど、今までみたいに友達として接してもらえるのが一番良いかなって。』


今までみたいに航と接していたら、なかなか諦めきれない未練たらたらな女になってしまうかな?って考えたりもしたけれど、そもそも“諦められない”とか“未練”とか、考えてみればあたしの中にそんな感情は少しもない。

そもそも航と航ダーリンの関係は航を好きになる前から知ってた事だし、二人には切っても切れないような絆のようなものを感じるし、二人が別れて自分と付き合ってほしい、などという感情をあたしは持ったことなんてない。

あたしの中にあるのはただ“航のことが好き”という気持ちだけ。簡単に消せるような気持ちではないのだから、あたしはこの気持ちと上手く共存し続けることにした。


『…まあ、航にとっては迷惑なことかもしれないけど、推し変ってさ、早々できることじゃないから…。』

『…ん?…おしへん?…は?』


悩ましげな顔をしてコーヒーカップを持ち、ズズッと一口コーヒーを飲むあたしの前で、航は眉間に皺を寄せて困惑した顔をしている。


『…ま、そういうことだから。』

『は?どういうことだよ。悪いけどまったく意味分かんなかったぞ。』

『…ま、そういうことだから。』

『おい、勝手に話終わらすな。』


言いたいことはちゃんと言い切ったつもりのあたしだが、話を無理矢理終わらせた感がひしひしと出てしまっていたようだ。

笑いながら『もー、そういうとこだぞ、そういうとこ。あかりちゃんまじおもろいわ。』とか言ってくるから、あたしが逆に“そういうとこだぞ”って返したくなってしまった。

でもこれはもう、“今までみたいに友達として接してもらえるのが一番良いかな”って言ったあたしに早くも友達として接してくれている航の態度。

だからあたしも『え?そういうとこ?どういうところ?』なんて、すっとぼけたような態度で返したりして、友達としてちゃんと航と接することができるように努力する。


これが、あたしなりのけじめの付け方で、あたしはこれからも航と友達で居続けられるように頑張ることを決めたのだった。


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