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「おい拓也ぁ!!!!!てめえに客が来てっぞぉ!!!!!」
平日の午後6時過ぎ。昼過ぎに大学から帰ってきてからずっと部屋で勉強していたら、突然隣の部屋からりとの非常に苛立ったような騒がしい声が聞こえてきた。
俺に客なんて一体誰だ?と疑問に思いながら自分の部屋を出てりとの部屋を覗いたら、矢田が考える人の石像のようなポーズを取りながら畳の上に無言で座り込んでいる。
「なんだ、客って矢田か。誰かと思ったわ。」
「あ、会長忙しいところ邪魔してすみません。」
「べつにいいけど。どうした?」
「ちょっと会長と喋りたいなって。」
「ほう。」
何故かやたら真剣な顔をしてそう話す矢田に、りとが鬱陶しそうな態度で部屋を出ていった。そして台所から冷蔵庫や戸棚を開け閉めする音がガチャガチャと聞こえてきたから飯の支度でもしているのかもしれない。そんな雑音を聞きつつ、矢田の声に耳を傾ける。
「りなが入学した大学で知り合った女子がすげー感じ悪い奴ららしいんです。」
「おぉ…、何の話かと思ったらりなちゃんの話か。りなちゃんなんかされたのか?」
「最初は表向き良い顔されて仲良くなったみたいなんすけど、陰で悪口言われまくってるらしいっす。性格悪いとかイケメンな男狙ってて媚び売りまくってるとかあざといとか。」
「おぉ…。ひでえな。」
「でしょ???」
どうやらシスコン矢田は可愛い可愛い妹が大学に入学早々悪口を言われてると聞き居ても立っても居られない様子で俺のところに愚痴りに来たようだ。いや、俺って言うよりももしかしたら同じりなちゃんの兄であるりとに聞かせたかったのかも。
「そいつらりなが居てもお構いなしに四人で行った合コンの話とかしまくってるらしくてりなは基本仲間外れみたいな空気だったんですって。しかもそいつら合コン相手の悪口とかも言いまくってたって。自分らどんだけ良い女なんでしょうね?」
「あらまー…。りなちゃん入学早々可哀想に…。あれかな?りなちゃんが可愛いから仲良くしておくと男が寄ってくるから声掛けたんじゃねえの?」
「はあっ!?男目当てでりなに近付いたってことっすか!?」
「いやいや、落ち着け落ち着け、俺の勝手な想像だからな?ほんとはどうか知らねえけどさ、もしりなちゃんがチヤホヤされてたら周りの子からしたら面白くねえだろ?しかもりなちゃんを仲間外れにするくせに輪の中に入れるって事はそれくらいしかメリットなくねえか?」
「…んん、そうなんですかね?」
女の事はさっぱりな矢田は俺の想像の話を聞いて首を傾げている。そんな時にりとが何故か肉のパックを片手に持ちながら部屋に戻ってきた。
「兄貴心配しすぎなんだよ。いくつだと思ってんだよ。もう大学生だぞ、大学生!ガキじゃねえんだしほっとけよ。」
うん、そりゃまあそうだ、シスコン矢田に比べてりとは妹に冷たくはあるもののそう言いたい気持ちも確かに分かる。しかし何故りとは矢田にそう言いながら肉のパックを差し出している?
しかも矢田も「そうだけど!」って普通に返事をしながらりとから肉のパックを受け取ってその場から立ち上がった。
「キムチがあるから豚キム頼むわ。」
「はいはい。」
矢田はりとの言いなりになりながら部屋を出て台所に行き、反対にりとは「ぶったキムぶったキム〜」と機嫌良さそうに歌いながら布団の上にゴロンと横になる。こいつは兄のおかげで晩御飯を作らなくてもよくなり嬉しそうだ。
「どこにでもいるよなぁ、可愛い子を妬んで苛めたり悪口言ったりする子。そういや小学生の頃クラスで一番可愛い子が影でぶりっ子とか言われてたわ。」
「あぁ〜、いるいる〜。その『クラスで一番可愛い子』とかサラッと言ってるモテ男が原因で女子同士が荒れてんのに全然気付いてねえ奴な。」
「んん?どういう事だ、………ん?…え?それって俺のこと言ってる?」
「クハハハ。」
まあ確かに俺は自分で話すと自慢を言ってるように聞こえてしまいそうであまり進んで話したくはない話だが、過去に目の前で女子同士が俺の取り合いみたいな喧嘩をされた事があるから“モテ男が原因で女子同士が荒れる”って言うのは身に覚えが無いことも無い。……あぁ、だから俺が『クラスで一番可愛い子』って言った所為でその子が妬まれて陰口言われたってか?そう言われてみれば俺は全然女子のそういう事情なんてまったく気付いては居なかったのかもな。
…ってりとに言われた事に納得していたら、「なんの話すか」と矢田がグラスを持って部屋に入ってきた。
「おい!兄貴ここで酒盛りすんなよ!向こうの部屋でやれ!」
「なんでだよ、豚キム作ってやってんのにわがまま言うなよ。」
「わがままじゃねえわ!!俺の部屋に豚キムの臭いが染み付くだろうが!!」
りとは一度グラスを持って部屋に入ってきた矢田の足を蹴ってすぐに矢田を部屋から追い出した。飯作らせてるくせに兄の扱い酷い奴だな。矢田は「もぉ〜」とかぶつぶつ文句を言いながら台所の方へ引き返していったからそんな矢田の後を俺も追うと、大人しく台所にあるテーブルにグラスを置いている。
フライパンの中には美味しそうな豚キムチがグツグツと炒められている途中だ。
「なぁ俺も食っていいか?腹減ってんだよ。」
「もちろんっすよ!今日は会長と飲みたい気分だったんでおつまみもいろいろ買ってきてますよ!」
「お〜そりゃどうもな。」
「つーかそれ拓也が買ってきた肉だからな。兄貴はあんま食うなよ。」
「おいおい…お前矢田に作らせといて酷い奴だな。」
「良いんすよ…、会長…。今日は会長にりなの話を聞いて欲しかっただけなんでそれが叶えば…。」
「おう、聞いてやる聞いてやる。」
やっぱり矢田はりなちゃんの話を俺に聞かせたかったようで、その後晩御飯を食べ、酒を飲みながらベラベラと止めどなく会ったこともない女の子の愚痴を言いまくっていたのだった。
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