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「浅見、すまん。俺が余計なことしてるわ。」


香月は俺の『永遠くんと付き合ってねえよな?』という問いかけに対し、グイッと俺を廊下の隅へ移動させながら、何故かこそこそと謝ってきた。


「…なにが?」

「またあとで二人でちゃんと話そ。永遠には内緒にしといて。俺が浅見とこそこそ喋ってんのバレんのはちょっとまずい。」


…は?二人でちゃんと?なに話すんだよ。
バレたらまずいって、なんで…?

俺は香月が永遠くんと付き合ってるか付き合ってないかを聞いただけなのに。はっきり今この場で香月の口から否定の言葉を聞きたかっただけなのに。

香月は『またあとで』と言うだけで否定の言葉は聞けなかった。

短い休み時間だったからしょうがない気もするけど、それにしてもモヤモヤしてしょうがない。あの場で違うなら違うってすぐ言えただろ。

結局ただモヤモヤが積もっていくだけの休み時間になってしまった。



『またあとで』っていつだよ。って思っていたら、その次の休み時間に特進の教室に入ってきた香月が俺の手元に小さく折り畳んだ紙をぽいっと投げ落としてきた。


「…ん?」


紙を広げると、そこには香月のラインIDが書かれている。連絡してこいってことか?と疑問に思いながら俺の横を通り過ぎていった香月を目で追うと、香月は「永遠〜」と平然とした態度で永遠くんに声をかけている。


なんなんだよ。べつにわざわざ紙で渡してこなくたって口で言えばいいのに。この瞬間に、さっさとスマホを取り出して紙に書かれた香月のラインIDを入力した。


「昨日姉ちゃんに聞いてくれた?」

「うん、聞いたで。でも残念やったな。やっぱ弟の友達はお断りみたいやわ。」

「えぇ〜っ!?嫌やぁ!永遠ちゃん頼むわぁ、じゃあ今度姉ちゃんおる時家行かせて?喋りたい。」

「侑里部活あるやん。いつ来んねん。」

「土日どっちかオフの日か、午前練の時は午後から空いてるから。」


……なんの話をしてるんだ?
姉ちゃん…?家行かせて…?喋りたい…?

永遠くんに縋り付くように話している香月を横目で見ながら、香月の声に必死で耳を傾ける。


「ふぅん。でも姉ちゃんもバイト行ってるかもしれんからな。べつに来ても良いけど姉ちゃんが家居るかはわからんで。」

「おう、ありがとう。それでいいわ。」


ぐりぐりと永遠くんの髪を撫でたあと、香月はくるっと身体の向きを変え、「あ、浅見」と今になって俺に声をかけてきた。わざとらしすぎんだろ。

ポンポンと永遠くんの頭に手を置き、俺にもひらっと手を振って、「そんじゃ、またな〜」と能天気に教室を出て行く。どうやら香月は連絡先を俺に渡してきたことを永遠くんに隠したいらしい。


「…あいつなんなんだ?」


香月の背中を目で追いながらボソッと声に出したら、永遠くんも呆れているような態度で香月の背中を眺めながら口を開いた。


「侑里俺の姉ちゃんに惚れたっぽい。」

「……は?」


…なんだって?

永遠くんのお姉さんに惚れた…?

いやわけわかんねえ、もうどうなってんだよ。

あいつの頭ん中意味不明なんだけど。それならそうとさっきそれを俺に言ってくれよ。お前永遠くんのこともこの前好きとか言ってただろ。


「…本気で?」

「うん。昨日ラーメン屋で普通に口説いてた。ラーメンとぉ、チャーハンとぉ、あとお姉さんのライン教えてください。とか言うて。侑里ちゃっらいわぁ〜。チャラチャラやん。」


永遠くんはそう言って、香月をからかうように笑っている。


「…え、…うわ、…じゃあもしかして…、」

「ん?」

「…あ、いや、なんでもない。」


そこまで永遠くんから話を聞いて、ふと昨日のやたらテンションが低かった兄を思い出した。もしや原因はこれか…?と、兄のライバル登場に苦笑が漏れる。


その後、ラインIDを入力してスマホ画面に表示された香月のアカウントを友達登録する。アイコンはサッカー部のユニホームを着てプレーしている香月の後ろ姿だ。すげえな、10番つけてる。さてはこいつエースか。


そういえば俺の友達一覧には佐久間がまだ残っているままで、香月の少し下に表示されたアイコンには野球のユニホームを着てバッティングしている佐久間の姿が目に入ってしまい、なんか残念な気持ちになった。ブロックするべきだろうか。友達とこんなことになるのは初めてだから、なんかちょっと躊躇ってしまう。

しかしそんなことを考えている暇もなく友達追加したことで香月からすぐにラインが届いた。


【 登録サンキュー 永遠に内緒で昼休みとか時間取れる? 】


“永遠に内緒で”

さっきからそればっかりだな。
なんで内緒にしたがる?そんなに永遠くんに聞かれたらまずい話をするつもりなのか…?


そう思ったら、香月が話そうとしている内容を早く聞いてしまいたくて、永遠くんに『昼休み進路の話をしに担任のところに行ってくる』なんて適当に嘘をついてしまった。



「先教室戻ってるな。」


昼食を食べた後、食堂を出て階段を登って行った永遠くんの背中を見送り、香月に呼ばれて俺はあまり立ち寄ったことがない部室棟へ足を運ぶ。


人気はまったく無く、【 サッカー部 】と書かれたプレートが貼られた扉前で一人胡座をかいで座っている香月の姿を見つけて歩み寄った。すると、下を向いてスマホを見ていた香月の顔が俺に気付いてふっと見上げられる。


「おう、浅見わざわざありがとう。」

「…おう、…まあ、いいけど。」


本音はさっさと本題に入って欲しい気持ちで香月の隣に俺も腰を下ろす。


「もしかして浅見、佐久間になんか言われた?」

「…え、…いや、…俺から話しかけた。」

「まじ?なんて?」

「…永遠くんが佐久間に絡まれるらしくて嫌がってたから…まあ、その…やめてもらえねえかって、言おうとしたんだけど…。」


佐久間に話しかけてはみたものの、結局上手くはいかなくて、しどろもどろな説明になったが香月は「あぁ…なるほど。」と納得するように頷いてくれた。


「ごめんな、浅見。俺最初から知っててん。」

「…え?…なにが?」

「お前が永遠のこと好きって。」

「……あぁ。」


香月からそんな話を聞いても、正直『やっぱり』と思うだけで、その原因は佐久間だろうなぁとただただ遣る瀬無い気持ちになるだけだった。


「知ってたけど、俺にとってはどうでも良かったから永遠に絡みにいった。永遠と仲良くなりたかってん。

そしたらあいつらが浅見と永遠に俺を含めて三角関係とか言うて騒ぎ始めよった。」

「あー…なんかそんなこと言われてんの聞いたことあるわ。」

「せやろ?ほんましょうもない奴らや。あいつらまんまと騙されとる。」


香月はそこまで話して、ふっとその話が面白いことのように笑い出した。


「俺はな、正直あいつらに俺が永遠のこと好きって思われてても良かってん。せやから、俺が必然的に三角関係みたいに見えさせたようなもんやねん。」

「…え、なんで?ほんとに好きだったから?」

「ん〜…、浅見の好きとはちょっと違うな。下心無いし。」


香月にサラッと言われた言葉に、思わず赤面してしまった。

そりゃそうだろうな、俺も見ていて香月はそうなんじゃねえかと思ったよ…。


顔を隠すように咄嗟に顔を手で覆った俺は、香月にクスクスと笑われていた。


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