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「侑里〜ちゃんと勉強してるか〜?」
「水兵リーベ永遠の船」
休み時間に侑里の元へ、テストに出てきそうな基礎問題を解説付きでまとめたプリントを持って行ったら、侑里は機嫌良さそうに元素記号の覚え方を口にしてポンポンと俺の頭に手を乗せてきた。
数学と英語がやばいと言っておきながら化学の勉強をしているのだろうか。
「水素、ヘリウム、はい、続き言うてみ?」
「リ、リチウム…べ、べ、…ベロリンガ…と、…とわの船…」
覚え方を覚えたわりには、頓珍漢なことを言って大事な部分をまったく覚えられていない侑里の頭を、持っていたプリントの束を筒状にしてポカ、と叩く。
「全然あかんやないかぁ!!!」
「水素ヘリウムリチウムっ!!」
「そこだけドヤ顔で言うてても意味ないやろ!続きや、続き!」
「べ、べ、…ベリ、ベリロンガル…」
「…なんやねんそれ、どんどん正解から離れていってるで。」
「あぁぁ…っ」
どうやら本人はこれをかなり真剣に言っているらしく、俺の指摘に頭を抱えて蹲った。
「ベリリウムやベリリウム。侑里その覚え方もうすでに間違った覚え方してるしやめといたら?水素の記号とかちゃんと分かってるん?」
「H!」
「おおっ、それは覚えてるんや。」
「エイチだしな。…はぁ、えっちしてえな〜。」
「いきなり下ネタ言うのやめなさい。」
廊下のど真ん中で態度悪くヤンキー座りをしながら唐突にぼやき始めた侑里の頭をまたポカポカ、とプリントの束で叩いた。
「HしたいHeくんとLiちゃん。」
「うわ、きっしょい覚え方。」
「そこにえーっと、B…ベリリウム…Beくんが加わって、」
「物質同士で3Pさせる気かい。覚えられるんやったらもうそれでいいけど。」
「おお、永遠の口から3Pって言葉が出てくるとは。永遠したことあるん?」
「誰とすんねん!そんなんないわ!!侑里勉強する気無いんやったら俺もう戻るで。」
「いや待って待って!正に今勉強してたやん!次はこれ覚えたらいいんだな?」
水素の元素記号からの流れで話が謎にエロ方向に発展していった侑里に呆れた目を向けたところで、侑里は立ち上がり俺が持っていたプリントを俺の手からサッと抜き取った。
「なんか俺不安になってきたわ…。これ赤点回避できるんかな。」
「うぁぁあ永遠ぁあ!!!俺明後日から部活休みだから勉強おしえてくれぇぇ〜!!!」
侑里が赤点回避ちゃんとできるのか俺の方が不安になってきたところで、侑里自身も焦った表情で俺にむぎゅっと抱きつき、暑苦しく俺の髪をぐしゃぐしゃと撫で、泣き真似しながら頼み込んできた。
「ああ分かった分かった、明後日な。ほなそれまでにできるだけその基礎覚えてくるんやで。」
「うぃっす。」
多分、やる気はちゃんとあるんだろうなぁ。と思いながら侑里の身体を引き離し、俺はさっさと自分の教室に戻った。
侑里と廊下で話していると通りかかったスポーツクラスの人たちにジロジロと視線を向けられてしまい、ちょっと居心地が悪かったから、実は早く教室に戻りたかった。
教室に戻ってくると、今度は「うわぁああっ!!!」って珍しく取り乱している光星の声が聞こえてきた。何事かと光星の方に意識を向けながら近付いていくと、楽しそうに笑って話す浮田くんの声も聞こえてくる。
俺がどっか行ってるあいだに何楽しそうに喋ってんねん、って独占欲丸出しで突っ込みたい気持ちを抱きつつ、ゆっくり光星の元へ歩み寄ったが、その後何の話をしていたのか聞いても2人は教えてくれず、浮田くんはさっさと自分の席に戻っていった。
転校してきてすぐのことを思い返してみたら、浮田くんは俺が光星と仲良くなる前からよく光星と話していた人で、仲が良さそうだった。
俺のことを可愛いとばかり言ってくる光星だけど、浮田くんも俺と同じくらいの背丈や体格をしていて、目尻を下げて笑った顔はなんとなく猫のようで愛嬌があって、こういう人の事も光星は『かわいい』と思ったりしないのだろうか?とふと疑問を抱いてみたりする。
光星が言う『かわいい』がどういう『かわいい』なのか、動物とか子供とか、それとも女の子を見た時に思う『かわいい』と同じなのかとか、俺は光星がどういう気持ちでいつもその言葉を俺に向けてくるのか、とか知りたくていつも考えたり探ってみたりしてみるけど、考えても考えても『かわいい』には種類がありすぎて、未だによく分からない。
中間テストはもう来週の月曜日まで迫っており、今日で丁度一週間前だった。
家に帰ってきてからはずっと部屋で勉強し、休憩がてら夕飯を食べ、お風呂を済ませて洗面所で歯磨きしていたところにバイト終わりの姉が帰宅する。
「ねーはんほはへひ。」
「ただいまー。」
歯磨きしながらチラッと玄関に顔を出して姉に声をかけていると、姉も手を洗いに俺が使っている洗面所へ入ってきた。
「永遠聞いてー、今日大学生っぽい客にウザ絡みされて鬱陶しかった〜。」
手を洗いながらいきなりバイトでの客の愚痴を言い始めた姉に、「ウザ絡み?」と聞き返したら、「連絡先とか歳とか名前も聞かれてどうしよかと思った。」って答える姉はかなり不機嫌そうだった。
「ほんでどうしたん?教えたん?」
「バイトの先輩があしらってくれたわ。」
「バイトの先輩?光星のお兄さん?」
「一星さんは今日休みやで。バイトの先輩言うても私のいっこ下の高校生の男の子やねんけどな。年下やのにしっかりしててかっこいいわ〜。」
姉ちゃんはそう言って、キャッキャとテンションを上げながらバイト先の先輩について話し始めた。
「かっこいいんや。お兄さんとどっちがかっこいい?」
「そりゃ顔は…なぁ?一星さんほどかっこいい人はなかなかおらんけどその子も結構かわいい顔してはるで。」
「…かわいい顔?かっこいい言うたりかわいい言うたりどっちなん?かわいい顔ってのはどんな顔のこと言うてるん?」
「えぇなに?めっちゃ食いついてくるやん。」
『かわいい』に反応してしまった俺は、つい姉にあれこれ語りかけてしまうと、不思議そうな顔を向けられてしまった。
「姉ちゃんが高校生男子をかわいいって言うのはどういうかわいいなんかが気になっただけ。」
「なんやそれ、別にそんな深い意味はないよ。普通にしてたらクールな感じやけどにこにこ笑って話してくれてる顔がかわいいって思っただけやで?」
「…ふぅん、深い意味ないんや。」
「まあ年下やから余計にそう思うんかな〜。」
さっきまで不機嫌そうだったのに、年下のバイトの先輩の話をしてからはふんふふん、と鼻歌混じりで姉は機嫌良さそうに洗面所を出て行った。
てっきり俺に内緒で光星のお兄さんと良い感じになっているのかと思いきや、そういうわけでも無さそうだ。新たに姉の口から出てきたバイト先の人の話も気になって、歯磨きを終えた俺も姉に続いて洗面所を出る。
「姉ちゃん年上か年下どっちがいいん。」
「年上か年下?ん〜、どっちとか無いけど弟いる身としては年上が良いかな。」
「じゃあ光星のお兄さんや。」
「一星さんなぁ…かっこいいけどあんまり喋らはらへん人やしなぁ。もっといろいろ喋れる人が良いなぁ。」
光星のお兄さんの話になると姉は浮かない表情でぼやき始め、あれ、なんかちょっと思ってた感じの展開と違うな。って戸惑ってしまい、「ふぅん。」って俺が頷くだけでこの会話は終了した。でもそういや、光星もお兄さんのことコミュ障とか言ってたっけ。
姉がお兄さんと良い感じになられるのは嫌なくせに、そうでも無いとホッとするような、でも複雑な気持ちにもなるような。
俺ってこんなめんどくさい性格してたっけなぁ。って思いながらも、まあいいや。って考えるのをやめ、また部屋に戻り勉強を再開した。
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