その後A [ 97/99 ]

「なぁ永菜、やっぱラインあかん?」

「うん。あかん。」

「なんで?」


定食を注文して出来上がるのを待っているあいだにその話を持ちかけてみたが、やっぱり断られてしまった。“弟の友達”やから?それとも単に俺のことが嫌やから?


「永遠にラインしたらいいやん。」

「永遠とラインせえへんもん。学校で話すし。永菜とは全然話せへんやん。」

「んん…。」


…あ、ちょっと考えてくれてる。


「俺だってそんなずっとスマホ見てられへんし、気が向いたら返事してくれる程度でいいんやで?」

「…ん〜。まあ、それやったら…、」


『いいよ』って、やっと言ってくれそうなタイミングで、店の扉がガラッと騒がしく開いた。そしてそこから見知った顔のサッカー部員たちが数人店内へ入ってきた。


「あれ?香月先輩?」

「あ、ほんとだ。急いで帰ってったと思ったら。」

「えっ、侑里って彼女いたの?」


…うーわ、最悪すぎる。
なんでよりによってこいつらが来んねん…
近場で飯食うのやめとけば良かった。


「あっ彼女じゃないよー。みんな試合お疲れ様。」


俺が何か言う前に、すぐに永菜は後輩や友人に向かって愛想良く笑みを浮かべてそう口にする。

かわいい永菜の笑みを見て、後輩の一人は顔を少し赤く染めているから、思わずジッと睨むように視線を送ると、それに気付いた後輩はサッと俺からも永菜からも目を逸らした。


「あっ、もしかしてレオくん?今日1点取ってたよね。凄かったよ!!」

「えっ!?俺のこと知ってるんですか!?」

「うん、弟に試合見ながら教えてもらっててん。」

「……あっ!永遠くん!?応援しに来てくれてましたよね!!」

「そう!永遠!弟がお世話になってます〜」

「ちょっと待って?永遠がお世話になってるの俺だけやで?」


玲央(れお)を見るなりすぐに玲央が試合に出ていた人だと気付いた永菜がそう話しかけるが、俺の目の前で行われる会話に黙っていられず口を挟んだ。


「はぁ?いいやんかべつに。社交辞令やん。」

「しかもなんで俺は香月くんやのに玲央は玲央なん?」

「えぇ?だって永遠がそう呼んでたもん。」

「俺だって侑里って呼ばれてるで?」

「ああもう分かった分かった、ほな侑里な。」


めっちゃめんどくさそうな顔されたし。
侑里って呼んでくれるんは嬉しいけど。

多分俺が永菜に好意見せてへんかったら俺のことも『侑里くん』って呼んでくれてたんやろうな。

永菜の俺への態度は多分、“自分に好意を抱く弟の友達を敬遠させるため”の態度だ。


そんなふうに考え、自分の中でモヤモヤして、不貞腐れるように黙り込んでいたら、「おまたせしました〜」と店主の奥さんがトンカツ定食とエビフライ定食を運んでくる。

そのあいだに玲央たちは隣のテーブルに腰を下ろした。


安い値段の割にボリュームがあって、きつね色に綺麗に揚がっている衣が美味しそうだ。


「うわあ〜!美味しそうやなぁ!」

「うん。」

「この店もしかして穴場なんちゃう?競技場で試合あった日とかは忙しそうやけど。」


エビフライ定食を前にして永菜は目を輝かせている。たまたま入った定食屋でこんな良い笑みを浮かべて、普通に会話をしてくれるのは嬉しいけど、俺の気持ちはずっとモヤモヤしたままだ。


箸を取ってトンカツを食べ始めると、俺の口からはサクサクと衣の良い音がする。


「うわ、美味そー…俺もトンカツにしよっかな。」

「エビフライもいいっすね…」

「エビフライ美味しいよ!!」

「まじっすか!!!」


お前なにちゃっかり永菜に絡んどんねん。

通路を挟んで永菜の隣に座った後輩に、永菜が愛想の良い笑みを向けてしまう。

…おい永遠、助けてくれ…お前の姉ちゃん多分めっちゃモテモテや。初対面の奴相手にこの愛想の良さ。学校とか、バイト先でも永菜に気がある奴は山ほど居そう。


「永遠くんのお姉さん、永遠くんはもう帰ったんですか?」

「浅見と帰った。」

「あ、そうなんだ。」


永菜に聞かんと俺に聞け。って、玲央からの問いかけにすぐ俺が答えた。飯食いながら俺が永菜といっぱい喋りたかったのに。

明日学校で絶対文句言うたるからな…って、無言でトンカツ定食を食べながら玲央たちが座るテーブルをずっと睨みつけていた。

俺と目が合ったチームメイトは、俺が出すそんな空気を察してか、一言も喋らなかった。



俺と永菜の方が先にご飯を食べ始めたのに、永菜が食べ終わったのは隣のテーブルに座る奴らと同じくらいのタイミングだった。

俺と永菜が会計を済ませて店を出ると、その後に続いて玲央たちも出てきてしまった。帰り道まで一緒になってしまったらたまらない。

チラッと後ろを向いてシッシッと追い払うような仕草を見せると、空気を読んでくれた玲央たちは「じゃあ侑里また明日な」って俺が向かおうとしている方とは逆方向に歩き始めた。


「レオくんたちは何で帰らはるん?」

「さぁ?電車ちゃう?」

「駅こっちやん。」


永菜はそんなん気にせんでええねん。もうちょっとしたらあいつらも駅向かうやろ。って逆方向に向かった玲央たちの方を確認すると、時間を潰すようにその場で立ち止まっている。


「永菜、送って帰る。」

「え?いいで?疲れてるやろ?」

「送らせて。」


ほんまはどっか寄り道もしたいけど嫌がられるから我慢してんねん。

俺の言葉にはうんともすんとも言わずに永菜は駅に向かって歩き始めた。迷惑そう。でもこれ逃したら次いつ会えるかわからんやん。


「サッカーも見てたらなかなか楽しいな。」

「あんまり見ぃひん?」

「うん、永遠がサッカーゲームしてたの見たことあるくらい。」

「あ〜永遠ゲーム好きやんな。」


永遠の話題になると永菜は、「うん」って笑顔で頷いてくれた。永遠の話題いっぱい振ると良いんかな。多分、“好き”って態度を見せすぎるとあかんのやろな。


そう考えて、帰りの電車の中では永遠の話とか、この土地の話や、学校の話をしながら帰った。


そうしたら、ちょっとだけ普通の、対等な感じで接してくれた気がする。


「永菜今日来てくれてありがとう。」

「うん、いいよ。お疲れ様。この後いっぱい休んでな。」


最後にそんな言葉を交わし、永菜は手を振って帰っていった。

結局、ラインは聞けなかった。


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