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体育祭が終わった後から、タケは吉川と付き合いだした。吉川にサラッと告白され、動揺が隠しきれないまま頷いたからまだまだ実感が湧かないらしい。


「吉川さん今何してんだろ…。呼んでいい?」

「は?ここに?自分ちに呼べよ。」

「いや付き合っていきなり家はやばいだろ。」


中学の頃は一時期タケにも彼女が居たような時期があった気がするけど、暫く振りの“彼女”という存在に、タケは休日俺の家に来て、そわそわと落ち着かない様子でゲームもせずにずっとべらべら喋っていた。


「なあ、お前柚瑠と付き合って何日目でヤった?」

「いきなりそれ聞く?」

「いやもう考えることそればっかよ。」

「…まあ、うん。気持ちは分かるけど。……2ヶ月くらい?」


指折り数えて教えてやると、タケは「…そんなもんか。」と相槌を打っている。これが遅いのか早いのかは分かんねえけど、俺としては少し早かった気もするけど、結構我慢したつもりだから遅いような気もする。


「別にペースは人それぞれだし、吉川さえ良いならすぐにしてもいいんじゃね。」


自分の経験談から思った意見を言うと、タケは「まあ、とりま腹筋ついてからだな。」とシャツを捲り上げ腹を撫で始めた。


「どうよ?腹筋ついてきた?」

「ん〜…微妙。」

「チッ…柚瑠の腹と比べんなよ?」

「比べる域にも達してねえけど。」

「くっそ!真桜に聞いた俺が間違いだった!」


腹筋ついてきたか聞かれたから正直に見た感想を言ってやったのに、タケは悔しそうな顔をしてその場でいきなり腹筋のトレーニングをし始めた。

フンフンと鼻息荒く筋トレをしているタケを尻目に、昨日見逃した深夜アニメを見ようとリビングのテレビをつける。


俺が読んでた漫画がアニメ化したから毎週見てたけど、もうすぐそのアニメも最終回を迎えそうだ。漫画はまだまだ続いていて、なんならこの後から面白くなってくるのに。


「それおもろいん?最近そのアニメのコラボ商品どこ行ってもあるよな。」

「俺の部屋に漫画あるし読めば?」

「1巻の途中まで読んだけどあんまり続き読む気なれんかった。」

「じゃあ無理だと思う。」

「おい、ちょっとは興味持ってやってんのにバッサリ切り捨てんな。」

「せめて1巻全部読んでから言えよ。」

「じゃあもっかい読んでみるわ。」


筋トレしていたかと思いきや、タケは筋トレをやめて俺の部屋にある漫画を取りに行くためか2階に上がっていった。


中途半端な時間に起きて朝飯を食べずに過ごして居たからだんだん腹が減ってきてしまった。

このアニメを見終わってから何か食べようか、とゴロンと絨毯の上に寝っ転がってアニメを見ていた時、玄関からガチャ、と鍵が勝手に開く音が聞こえてきた。


…は?誰だ?

母さんはさっき仕事に行ったからまだまだ帰ってこないはずだけど。何か忘れ物でもしたか?と思っていると、タン、タン、タン、と近付いてくる足音。


そしてその正体は、派手に姿を現した。


「真桜くん居る〜!?あー居たーッ!!!」

「あれ?びっくりした、楓(かえで)ちゃんだ。なんでいんの?」

「旦那ちゃんが出張行っちゃって暇になったし真桜くんに会いに帰ってきたんだよ〜。あー!それ私も見てるぅ!!さすが弟、趣味が合いますなぁ〜!」


2年ほど前に結婚を機に家を出て行った俺の6つ歳が離れた姉が、大きなボストンバッグを腕に下げていきなりリビングに現れた。


「えー待ってー!私まだ今週のそれ見てないからテレビ止めてー!」

「え、無理せっかく見てたのに。」

「えーん真桜くんのいじわるー!あ、まだお母さんが買ってきてるパジャマ着てるの?真桜くんかわいっ。」


楓ちゃんはそう言いながら、寝転がっていた俺の腹に腕を回して抱きついてきた。


「鬱陶しいな。あっち行って。」

「はーい!」


俺の姉、楓ちゃんは、家族一ぶっ飛んだ性格をしている。よく言えば明るく、悪く言えばうるさい。

ちなみに俺が漫画を好きになったのは実は楓ちゃんの影響で、昔から漫画やアニメ、ゲームが趣味だった楓ちゃんは成人して結婚してからも趣味に全力を注いで生きている。

久しぶりに会うのにハイテンションで絡まれ、鬱陶しくなってアニメの続きはまた後で見ようと結局自分からテレビを消した。


「うわ!おめータケじゃね!?まだうちに入り浸ってんのかよ!」

「ゲッ………楓なんでいんの?」


俺の部屋から漫画を数冊持ってきたタケが1階に降りてきて、楓ちゃんを見てギョッとしながら顔を引き攣らせた。


「旦那出張行って暇だし帰ってきた。また一緒に遊んでねー。」

「…えぇ、無理…。」

「…はぁ?タケてめー生意気だぞ?」

「ヒッ…!すんませんすんませんすんません!遊びます…!!!」


楓ちゃんの勢いに押されて慌てて漫画を机に置いて謝りまくっているタケは、見ていて少し可哀想だけど、昔からわりとよくある光景なので黙って2人のやり取りを眺め続けた。


「真桜くんご飯なんか食べたぁ?」

「まだ。腹減った。」

「よーし、じゃあ久しぶりに姉ちゃんと一緒にご飯食べに行こー。しゃあなしタケも奢ってやるよ。」

「あああいや!俺もう帰ります!真桜漫画借りて帰るわ!!」

「あ、うん。」


その後タケは、楓ちゃんから逃げるように漫画を持って帰っていった。小学生の頃からよく一緒にゲームをして遊んでいたから仲は良かったはずだけど、成長するにつれタケへの楓ちゃんのおちょくりがひどくなり、タケは楓ちゃんに苦手意識を持ち始めてしまったようだ。

タケはタケで中学の頃から楓ちゃんに生意気な口叩いてたから、まあどっちもどっちだと思う。


「あいつ逃げやがったな?せっかく久しぶりに遊んでやろうと思ったのに。」


楓ちゃんはチッ、と舌打ちしながら、持ってきていた荷物の中から財布と小さな鞄を取り出してすぐにまた出掛ける準備を始めていたから、俺もパジャマから私服に着替えた。


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