佐伯のその後 [ 41/100 ]

【 佐伯のその後 】


『佐伯お願い、まじで俺と別れて。』


体育祭が終わった後真桜くんに呼び出され、深々と頭を下げながら私は真桜くんにそう言われてしまった。

ああ、もうこれでおしまいか…と、私は無気力に頷く。


『分かった。…いいよ。束縛みたいなことしてごめんね。』


私の言葉に、真桜くんはふるふると首を振る。


『俺の方こそ悪かった。』


私の方は見ずに下を向いて、ほんとうに申し訳なさそうな顔をしながら言われてしまったから、とてつもなく胸が痛い。真桜くんが私と付き合ったことを後悔しているように思えてしまった。

でも後悔したのは私の方だ。一時の優越感のために真桜くんとの付き合いを長々と引き伸ばし、友達には陰で小馬鹿にされ、七宮には私を見下すように『佐伯が真桜と付き合ってくれてよかった』なんて言われたのだから。


一度別れてくれと言われた時に別れていれば、私の体裁はまだ保たれていただろうに。…って、人の目ばかり気にする自分が嫌になる。


私と別れた後の真桜くんは、私と付き合う前みたいに七宮にべったりだ。元の二人に戻った感じ。でも私はクラスメイトとして真桜くんと仲良かった関係も今は失われてしまい、喪失感が半端ない。

やっぱり七宮が羨ましくて憎らしい。
平然とした顔で真桜くんと仲良くしている。
結局あれから二人はどうなったんだろう、七宮の言い方からすれば七宮も真桜くんに気がある感じだった。


まさかの両想いなの?本気?

私は気になりすぎて毎日二人の様子をこっそり横目で窺い続ける。

真桜くんへの未練はたらたらだ。


”真桜くんが彼女と別れた”という情報は瞬時に学年に広まった。いろんな子が真桜くんに話しかけている様子をよく目にするようになる。


どれだけ真桜くんがチヤホヤされていても、その隣で七宮はいつも素知らぬふりをしている。何を思っているのか分からない、完璧なポーカーフェイスだ。


まさかこの二人が想い合っているなんて誰も疑ってすら居なさそう。このことを周囲に言いふらして憂さ晴らししたいくらい。でもそんなことをしたら一発で誰が広めたのかバレてしまうだろうな。

真桜くんと七宮は勿論、吉川さんにまで冷ややかな目で見続けられることになりそうだ。

私は周囲に言いふらしてやりたい気持ちを必死に我慢して、クラスが変わるまで二人の様子をずっとチラチラと窺い続けた。





春、2年に進級して、私は1組になった。真桜くんは6組、七宮は4組。しっかりチェックしちゃってる自分がバカみたい。


友達に会いに…というのを理由に6組の教室を覗いてみたけれど、真桜くんの姿は無く。4組の七宮のクラスの教室を覗くと、満面の笑みを浮かべた真桜くんが七宮と喋っていた。相変わらずのべったりだった。


付き合ってるんだろうか?
そればかり気になってしょうがない。
知ったところでどうしようもないのに。


4組の教室を覗いていると、ふと真桜くんと目が合った。笑顔だった真桜くんの表情がなんだか強張った感じがして、チクリと胸が痛む。

真桜くんにとって私って、多分“顔を合わせると気まずい存在”なんだろうな。真桜くんは何事も無かったように私から目を逸らして、ぎこちなく笑っていた。



顔を合わせるたびにあんな顔をされるのは嫌だなぁ…と思ってしまい、私は思い切って、真桜くんが一人で居たところ見つけたときに声をかけた。


「真桜くん、久しぶり。」


にこりと笑顔を浮かべて話しかけると、真桜くんは困ったような表情で「あ、うん…」と反応を返してくれた。

真桜くんと話すのは多分、半年ぶりくらいかな。


「ごめんね、久しぶりに見かけたら声かけたくなっちゃった。」


なんてことない雰囲気で話しかけてみるものの、真桜くんは困ったような顔から表情をなかなか変えてくれない。

もう前みたいに、友達として笑顔で喋るのも無理なのかな?


「七宮と上手くいってそうだね。」

「…あ…、…まあ。」


そんな話題を持ち出すと、真桜くんはほんとうに気まずそうに私から目を逸らして下を向いてしまった。こんな空気じゃ聞きたいこともなかなか聞けない。


「もしかして内緒で付き合ってる?」


ええい、もう聞いちゃえ!って、コソッと内緒話をするように問いかけたら、真桜くんは顔を引き攣らせて、無言でぶんぶんと首を振った。


それほんとう??だって、真桜くん…だんだん顔が赤くなってきちゃったけど。私、真桜くんに嘘つかれちゃったかな。


「…でも、一応、…上手くはいってる。」

「そうなんだ、よかったね。」

「…うん、サンキュー…。」


ここで真桜くんは、ぎこちない表情ではあるがようやく少しだけにこりと笑ってくれた。


そっか。二人はまだ付き合ってないんだ。まあ、真桜くんの嘘かもしれないけれど。

…って、それを聞いたところで私にはもうまったくの他人事。アプローチももうする気なんて起こらないし、二人の応援をする気も無い。


“久しぶりに真桜くんに話しかけてみた”

…たったそれだけだったけどなんでだろう、…なんか、この一瞬で未練たらたらだった気持ちがスッと消えていった気がする。


真桜くんの『サンキュー』って笑った顔が、そこはかとなく嬉しそうな顔に見えて、綺麗さっぱり諦めることができそうだからかな。

…いや、私はみんなが知らない真桜くんの秘密を知っているから、そんな優越感を感じて、満足したのかもしれない。


さぁて、じゃあもう真桜くんのことは綺麗さっぱり忘れて、次の恋に進みたいな。と、私は笑顔で「じゃあね、真桜くん」と手を振った。


「うん、じゃあな。」


そう言って手を振りかえしてくれた真桜くんの笑顔がやっぱりすごくかっこよくて、私はその最後ほんのちょっとだけ、泣きそうになった。


佐伯のその後 おわり

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